起承転結の起と結は原作準処と言っておきながら、かなりオリジナルです。更には独自設定も追加というやりたい放題。どうかゆる~い目でご覧下さい。
第5-1話「鬼の渇き」
「禰豆子っ、急げ!!」
「ううう――――っ!!」
まだまだ朝日の到来には程遠い夜の山道。
あの下弦の伍から母を奪い返した竈門兄妹は水柱が放った命を受け、ただひたすらに逃げの一手をうち続けていた。何しろ、蜘蛛鬼の糸がどの程度離れれば無効化されるかも分からない。仮に狭霧山に留まり共に戦ったとしても、今の竈門兄妹に出来ることは何もなかった。何もないばかりか、確実に冨岡義勇の足を引っ張ったであろう。何しろ上弦の弐である童磨までもが襲来したのだ。
それにもしまた母を盾にされ、鬼殺隊の覚悟をもって義勇が日輪刀を向けるなら。炭治郎はその時、一体どちらの味方をしていたのか分からない。もしかしたら義勇のみならず、大恩ある鱗滝にまで刃を向けてしまっていたかもしれないのだ。今更ながらに、炭治郎は自分の立ち位置がひどく曖昧なことを自覚していた。
人の立場になれば鬼を斬り、鬼の立場になれば逆となる。
これが鬼の家族を背負うということなのか。
鬼へも、人へも刃を向ける「夜叉の子」。
それが今の竈門炭治郎という剣士であった。
あまりの八方美人ぶりに、我ながら呆れ返るばかりだ。だが今は考えずとも果たすべき使命は定まっている。妹の禰豆子と共に片足を失った鱗滝と、蜘蛛鬼となって操られていた母を安全な場所へと連れて行く。今はそれだけを考えれば良い。大丈夫、義勇とて鬼殺隊最高峰の水柱なのだからきっと、大丈夫なはず。炭治郎は、そんな屁理屈で無理矢理自分自身を納得させていた。
竈門兄妹は師を抱き、母を抱き、走り続ける。
それだけしか出来ない自分達が無性に情けなく、そして惨めにも思えた。
◇
いつの間にか、朝日が顔を見せようという時間帯になってようやく。炭治郎と禰豆子は始めての小休止をとった。
もう随分と狭霧山からは離れたようにも思える。この時刻になっても追っ手がないことを思えば、この逃走劇は成功したとみていいだろう。いくら十二鬼月と言っても鬼という存在には変わりない。日の光が天に居続けるうちは安全だ。
もう人里を二つも通り過ぎたであろうか。申し訳ないと思いつつも通りすがりの民家から籠を失敬した炭治郎は、背中に鱗滝が作ってくれた禰豆子の箱を背負い、胸の方には紗枝が入っている籠を抱きかかえて来た。間違っても妹と母を日の光の下に居させるわけにはいかないのだ。まだ日の光は見えないとはいえ、用心するにこした事はない。
「……ふぅ。生き返るなぁ!」
近くの山肌にあった石に腰を下ろし、山から流れる沢水で喉の渇きを癒す。禰豆子や紗枝とは違い、人間である炭治郎や鱗滝には水分も必要だ。更に言えば体力とて無尽蔵ではない。休める時には休む。人間が常に最高の体調を維持するために必要不可欠な要素だ。疲れた身体に沢水の冷たさが染み渡る。
ついでとばかりに顔を洗っている炭治郎へ、鱗滝が声をかけてきた。
「炭治郎、……重くはないか?」
木の枝を杖代わりにして歩いて来た鱗滝が心配してくれる。だがまさか、妹のために片足を捧げてくれた師に二人を預けるわけにはいかない。それにこの先は朝日が差し込む。禰豆子の手の中ではなく、自分の足でなんとか歩いてもらわなければならないのだ。
「ぜんぜん平気ですよっ、鱗滝さんの修行に比べたら楽すぎるくらいです!」
若干の強がりを含みつつも、炭治郎は明るく答えた。だがこの先の運命は決して明るくはない。
まったく、自分は何かに呪われているのだろうか。
内心、そう思わずにはいられない。最終選別を合格してからというもの、鬼の行動は閃光のごとしだ。今まで野良の鬼しか顔を見せなかった狭霧山に、いきなり十二鬼月が二人も現れたのだから笑えない。そのあげくに、妹のみならず母まで鬼となってしまったとは。
だがその点においてだけは不幸中の幸いでもあった。鬼であったとしても、母は他の兄弟達とは違って此処にいる。死んでしまったと諦めていた母が生きていたのだ。
ならば炭治郎の目標は変わりない。
兄弟の仇を討ち、禰豆子と紗枝を人間へと戻す方法を必ず探し出す。――それだけだ。
その仇の中に義勇が含まれるか否かは、とりあえずは棚へあげておく。命を奪うと公言している相手に命を救われるとは思ってもみない事態だったからだ。
以前として決して明るくない未来である。それでも大切な家族である母が生きていたという事実は、炭治郎の心に僅かなりとも温もりを与えてくれていた。
そんな時だった。
「ねずこ……?」
ガタ、ゴト、と。
禰豆子が入っている箱から音が漏れてくる。先ほども言ったが、もうすぐ朝日が顔を見せる時間帯だ。この時間になれば禰豆子は日の光を嫌い、夜の活動に備えて眠りにつく。こんなふうに騒ぎ出すことなど今までなかったのだ。
ぱかり、と。
箱から飛び出した禰豆子は頭ごと沢水の中へ顔を突っ込んだ。その目的は一つしかない。おそらく禰豆子も喉が渇いていたのだろう。透明な水を通して禰豆子の口が大きく開いているのが見て取れる。
だけど……。
「鬼となった禰豆子も、……喉が、渇くのか?」
狭霧山での修行時代には見なかった光景だ。鱗滝の言によれば、禰豆子は肉を喰らうため夜な夜な鬼を狩っていたらしい。だが炭治郎の前で水を飲んだこと一度たりとてない。てっきり、肉さえ食べられるなら問題ないかと思っていたのだ。
「……ふむ。儂も鬼の生存には水が必要だとは知らなんだ。鬼殺隊士が遭遇する鬼の食事とは基本、人を喰らっている時ばかり。おそらくは肉を喰らう時の血液で水分を補っているのかと思っておったが」
炭治郎の横で、鱗滝も興味深そうに禰豆子の行動を見守っている。いかに鬼殺の隊士とはいえ、鬼の生態については詳しくない。出会えば即、殺し合いな関係なのだ。相手を知る余裕などある訳がない。
鬼でありながら、人と共に暮らす異端の鬼。
そんな禰豆子がおりなす不思議な光景を、二人は朝日を警戒しつつも暖かく見守っていた。
最後までお読み頂きありがとうございました。
原作の禰豆子さんは一切の食事や水分を必要としないようです。しかしいくら特別な鬼とて生き物であることには変わりありません。生命活動には必須な栄養分をどこからか補う必要があると作者は考えます。
寝るだけ?
いやいや。
ゾンビやキョンシーじゃないんですから。
禰豆子ちゃんは可愛い女の子なのです。