あの、鬼舞辻 無惨が子をもうけた――――?
これまで考えもしなかった話に、炭治郎達は言葉が出なかった。
そもそもが出産という、長い過程を利用する必要があの男にはない。鬼を生み出したいのならばあの爪で、あの血で、瞬時に人間を狂気の存在に変貌させることができるのだ。それは鱗滝との修行時代、自らの家庭事情を打ち明けた時に教えられた知識である。炭治郎の家族は爪によって開けられた裂傷から血を埋め込まれ鬼へと変えられたのだと、そう教えられていた。
ならば女性の子宮に精を打ち込み、拾もの月日をかけて種から成長させるなど非効率きわまる方法だ。今想い起こせば、あの男は己の快楽に忠実ながらも自らの目的に対しては打算的なようにも見えた。その天秤の秤が快楽へと傾いた結果なのだろうか?
「後に知ったことではありますが、あの鬼舞辻 無惨という男は常に姿形を変え人の世に紛れています。もしかしたら母も、そんな一時の宿にされたのかもしれません。私はあくまで偶然の産物……」
久遠の声色が後半になればなるほど沈んでいった。
大正の世、一度夫婦の契りを交わした女性が独り身に戻るなど夫との死別以外にはありえないことである。そんな世で久遠の母は生涯の伴侶を鬼としてしまった。娘である久遠も生まれた時は祝福されていたのだろうが、成長するにつれ自分の異端さに気付いていったのだ。
どこか、どこか自分は他の子とは違う――と。
「失礼だが久遠殿は傷を負った場合、どのように対処しておられるのだ? それに……」
さすがの鱗滝も歯切れが悪くなる。この質問は少女が秘める心の傷そのものだからだ。それでも人の世に生きる鬼とは滅多に出会えるものではない。人に疑われず、鬼殺隊に命を狙われずにこの歳まで生き延びたとなれば、禰豆子のこれからにも参考になる重大な処世術である。是非ともご教授頂きたかった。
長い沈黙が続くかと思われたが、その点においては覚悟していたらしい。久遠は重い空気を吹き飛ばすかのような口調で答えた。
「そうですねぇ~。負えばすぐに癒えるのでしょうが、なるべく負わないよう気を使っています。……ああ、勿論。人の肉など食べてはおりませんよ? 生きてゆくには他の方法がありますし、私自身食べようとも思えません」
「その、他の方法ってヤツを教えてくださいっ!!」
それまで場の雰囲気の呑まれ、ほとんど言葉を発しなかった炭治郎が叫ぶように問いを投げかける。
その方法こそ、炭治郎が待ち望んだ真実だったのだ。今でこそ鱗滝の左足を食して安定している禰豆子であるが、何時また腹を空かせてしまうかも分からない。そしてこの東京という都会に居る限り、田舎のような野良鬼などとは出会えないだろう。此処は人間の色が濃すぎるのだ。安定して鬼の肉が手に入るとはどう考えても思えない。しかも今では妹だけではなく、母も居る。二人の食料問題は、早急に解決すべき最重要課題である。
ギラついた表情で詰め寄る炭治郎を不快な表情一つ見せる事なく、久遠は笑顔のままで結論を口にした。
「血です」
「……血? 人間の血、ですか?」
「ええ、私は表向きは病弱の令嬢としてとおっていますから。心苦しくはあるのですが、屋敷の者から輸血と称して害を成さない程度の量を頂戴しているのです」
久遠の意外鳴る答えに、炭治郎は呆気に取られた。
血? そんなものでよかったのか? と。それならば今までの生活とは一体なんだったのだろうか。あそこまで必死に鬼を探さなくとも、炭治郎自身の血を禰豆子に与えれば解決していたのだ。これまで頭を悩ませ続けていた問題が、実にアッサリと解決してしまった。正直に言えば拍子抜けだ。
炭治郎は鬼となった禰豆子との関係に慣れきってしまった。普通の人間が聞けば、他人の血を栄養にして生きるというだけで魑魅魍魎の類だと恐れられ、避けられるだろう。それをアッサリと受け入れただけに留まらず、病も気にせずに血を妹に提供できると思考するだけでも十分に狂気じみている。
そんな風に思考したのは、喜色満面な炭治郎の隣に居る鱗滝であった。鬼との戦いに身を投じ、それに反して鬼の妹には愛情を注ぐ。自らの弟子は随分と歪に成長してしまったと心配せざるを得ない。
(それもまた、儂の業の一つか。儂とて禰豆子を見放すことなど出来なかった。もし出会った当初感じたように、兄を妹から離れさせ、人の世で平穏に暮らさせていたら……)
鱗滝はそう思わずにはいられない。自身が「夜叉の子」と評した少年、竈門炭治郎はもう決して人の世に戻れない人格を形成してしまっていたのだ。
「しかして、それだけでは疑問も残る。血だけで事足りるならば、鬼はあれほど人の肉を喰らおうとはしないはず。久遠殿、この話には……裏がありますな?」
鱗滝の言葉に、先ほどまで興奮していた炭治郎の顔が翳りを見せる。そう、そんな単純な事実であるならば鬼殺隊が気付いていないわけがないのだ。
「さすがは元水柱:鱗滝左近次様ですね。……おっしゃるとおり、この真実は通常の鬼には当てはまりません」
「――――っ、そんな!?」
せっかく救いの道を見つけたというのに、再び奈落へと落とされるのか。炭治郎の顔がそんな言葉を物語っている。
「ですが、禰豆子ちゃんや紗枝さんに限っては。条件付きではありますが当てはまる可能性が無いわけではありません」
「その条件、とは?」
「もう、二度と。戦乱の只中に身を置かないことです」
最終選別前であるならば、その選択肢もあったのかもしれない。しかし今となっては難問と言わざるをえない。なぜかと言えば、禰豆子はすでに正式な鬼殺隊士として認められているからだ。幕末の新撰組を参考にしたのかは分からないが「武士道不覚悟」という規律は鬼殺隊にも採用されている。探せば戦闘以外の役職もあるのかもしれないが、すでに戦闘力として期待されている可能性も捨てきれない。
あの時、カナエさんや義勇も言っていたではないか。
豊作が予想できたから、継子の青田買いに来たと。
「ご存知の通り、鬼の食事とは栄養摂取の為だけの目的ではありません。人を殺し、肉を喰らうことで鬼は更なる力を得る。鬼にとってそれが最優先事項なのです。純粋な鬼にとってこの欲を押さえ込むには並大抵の覚悟では出来ますまい。血だけでは、生存を約束するだけなのです。もし他の強大な鬼の標的ともなれば、自然界の掟に従うことになるでしょう」
炭治郎にとって最愛の妹であり、最優の相棒でもある禰豆子。
そのどちらかを取るか、全ては兄の判断にかかっていた。
最後までお読みいただきありがとうございました。
今回のお話は作者なりの「鬼の血」を摂取する設定を原作から構成しなおしたものになります。始めてアニメで血のみでも鬼は生きられるという設定を視聴した時。
「じゃあなぜ肉を喰らうのだろう?」と疑問がわきました。
極端な話ではありますが、鬼にとっては血のみでOKならば世間を騒がせることもなかったように思えます。ならばなぜ、殺して人肉までも得ようとしたのか。上弦の鬼達が柱の肉を食べて成長しているように、力を得るためだと結論づけた次第です。
まだまだ血まなぐさい話をしておりますが、これでも日常回なのです。
だって死人でてませんもんね?
……、うん。次回へと続きます。今後ともよしなにっ!(逃げ