本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第5-6話「告白」

「というわけでお父さん(鱗滝さん)っ、お母さん(葵枝さん)! 炭治郎君を私にくださいっ!!」

「ぶふぅ――――――っ!!!?」

 

 翌日の朝。

 これまた貴族の暮らしを体現したかのような朝食の席は、久遠の爆弾発言から始まった。何の前置きも脈絡もない、唐突な発言である。しかも久遠が商品とした炭治郎本人でさえ、口の中へと放り込んだ米を盛大に飛び散らかしている。

 その舞台となったのは久遠専用の朝食会場であった。この部屋に窓はなく、一筋の太陽光も差し込んではこない。正に鬼の為に作られた、人間であれば欠陥住宅だと叫びたくなるような部屋だ。だがそのお陰で、炭治郎は久しぶりに家族と一緒の朝食を楽しめていた。

 

 その矢先に、この屋敷の主からの爆弾発言である。米粒も噴出そうというものなのだ。

 

「いっ、いきなり何を言っているんですか久遠さんっ!!」

 

 勿論、苦情の主は当の本人である炭治郎だ。昨夜は楽しく語れたとは思っているが、さすがに話が飛躍しすぎている。

 

「え~、でも~。炭治郎君だって昨日、私の身体を気に入ってくれたでしょ?」

「「「ぶふぅ――――――っ!!!?」」」

 

 今度は父役の鱗滝、母の紗枝も含めて仲良く噴出した。

 

「鱗滝さんっ! ウチの炭治郎は何時からそこまでの好色漢に……」

「いやっ!? 儂は刀の扱いを教えたのみですので、そちらの方面はとんと……」

 

 今度は保護者組が何やら言い争っている。紗枝から見れば、鱗滝は路頭にまよった子供達の面倒を見てくれた恩人である。だが教育方針という点については個人の好みが別れるトコロ。紗枝は二年ぶりに再会できたわが子がどんな生活を送ってきたのか知らないのだ。その矢先にこんな爆弾発言を聞けば、問い詰めたくもなるというものである。

 

「違うっ! 俺は何もしていないっ!!」

 

 真実、炭治郎からは昨夜の会話において彼女に手を出してはいない。

 ただ薄く作られた寝間着ごしに久遠のくびれ具合を存分に拝ませてもらい、彼女の胸の中で優しく慰めてもらっただけなのだ。

 しかしてこれが「だけ」と言って良いものなのだろうか。言葉にするならば、なんと卑猥きわまる表現なのか。炭治郎は狼狽の極地に陥っていた。

 

「炭治郎、アンタ。昨日出会ったばかりのお嬢さんを手篭めにするような男になっちまったのかい!?」

「だから違うって!?」

 

 母の視線が鋭く炭治郎の胸に突き刺さる。普段は優しい母そのものである紗枝も、子供達が悪さをした時には般若へと変貌する。父である炭十郎亡き今、子供達をしっかり監督するのは紗枝の役目と肝に銘じていたのだ。普段は真面目な自慢の息子がオイタをしたとなれば驚きもしよう。

 

「まあ、おふざけはこの程度にしておきまして。お婿さんにお迎えしたいというのは本気ですよ? 炭治郎君はこの国でも数少ない鬼に偏見のない男性ですから」

「……鬼は俺達家族の仇で、殺すべき敵です。偏見持ちまくりだと思いますけど」

「そう言いながらも、お母さんや妹さんには特別な愛情を捧げています。炭治郎さんは差別ではなく、区別しているのですよ」

 

 家族なのだから、どんな姿に変わり果てようとも愛情には変わりない。そう言い返そうとしたが反論になっていないことにも気付く。二の句が継げない炭治郎を優しく見つめながら、久遠はにっこりと微笑み続けていた。

 

「たとえば私です。私の身体にも鬼の、皆様の仇である鬼舞辻 無惨の血が確実に流れています。……私を、殺しますか? 他の鬼と同じように」

「まさかっ、久遠さんはこんなにも人間らしいのにっ!」

「それが区別というものです。差別主義者と呼ばれる人間は、私の人格などどうでも良いのですよ。ただ私の身体に鬼の血が流れている。その一点のみで恐れ、畏怖し、人の社会から排除しようと画策するのです。人間とは自分と違う存在を許せない生き物ですからね」

 

 久遠の言葉を最後に、朝食の場に静寂が訪れた。誰もが鬼という怪異を理解しようなどとは思っていなかったのだ。ただ「鬼である」というだけで斬らねばならない、そんな強迫観念にかられてた事実を今更になって気づいている。

 

「これから先、炭治郎君に恋人ができて祝言となる運びになったとしましょう。ですが相手方は旦那様を信頼しても、残念ながら紗枝さんや禰豆子さんは決して受け入れない。人に戻ったとしても、ですよ? 二人の経歴を決して認めないと断言できます」

 

 静寂が続く。この場で言葉を発しているのはもはや、久遠だけだ。竈門一家はもちろん、あの鱗滝でさえ口をつぐんでいる。残酷であろうとも、それが真実であると納得しているからだ。

 

「……炭治郎くん?」

「はい」

「私なら、そんな差別とは無縁です。ほかならぬ、私自身が半分は鬼なのですから。それに我が家の力をもってすれば、紗枝さんや禰豆子さんを保護することも可能です。貿易なんて仕事をしていますとね、警察や軍、果てには国の人間にも繋がりができる。鬼殺隊を悪く言うつもりもありませんが、非政府組織では限界があるのです。今はまだ少数の被害だけで済んでいても、もし鬼の存在が公となり国が軍を動かすとなれば……鬼に未来はありません」

 

 今の鬼という存在の立場は、言うなればテロ組織がゲリラ活動を展開しているにすぎない。それはそれで脅威ではあるが、日本という国そのものには抵抗できないのだ。事態を重くみた政府が何千、何万もの軍を鬼討伐に差し向けた時。この地から鬼は消えさる。それほどまでに国の力とは強大で、個人が決して抗えるものではない。今はまだ鬼という化け物が認知されていないだけなのだ。

 

「じゃあ、俺が。俺が鬼殺隊に入ってやろうとしていた事なんて、意味のないものだったのか!!?」

 

 両手をテーブルに叩きつけ、椅子を吹き飛ばすように立ち上がり、叫ぶように炭治郎が久遠に詰め寄った。このさき生涯をかけて叶えようとした目標が、無性に意味のないものに聞こえてしまったのだ。何よりも、国も、軍も。動いてくれないからこんな事態にまで進展したのではないか。心の中から今まで蓄積していた鬱憤が噴き出るようだった。

 興奮する炭治郎の怒声を顔面で受けながら、久遠はあくまで冷静な顔を崩さない。

 

「意味が、……ないわけないじゃないですか。国内での戦争なんてしないにこした事はありません。私はね、目標を一つに絞りなさいと言っているのです。目的を達成した後、貴方はどのような事をしたいのですか?」

「どうって……。また昔のように、母ちゃんや禰豆子と一緒に幸せに暮らしたいだけだ!」

「そう、貴方の目標は家族の幸せです。そこに私の父である鬼舞辻 無惨という存在は、生きていようが死んでいようが関係ない」

「アイツが生きているというだけで、俺達は安心してくらせなっ……!!?」

 

 そこまで言いかけて、炭治郎は先ほどの久遠の言葉を思い出した。

 

 人間とは自分と違う存在を許せない生き物なのだと。鬼という存在があるだけで、恐れ、畏怖し、排除しようとするのだと。

 

「仇討ちをしたいという炭治郎君の心はもっともだと、私も思います。ですが今、仇討ちは国の法で明確に禁じられています。私はね、心配なのですよ。貴方が罪人となることに」

 

 見た目の上だけでは鬼とて人間の一種であると、国の誰かが決めつけてしまうかもしれない。今までのように人里離れた場所で戦うならば露見しないであろうが、事態は進み続けている。国の都である東京で鬼殺隊士と鬼が戦闘になったら、非政府組織である鬼殺隊は国の法には逆らえないのだ。

 

 鬼を切り捨てた現場を、何もしらない一般人が見たのならば。

 

 炭治郎が殺人者として断罪されることだって十分にありえる。まだ少年と言える年齢である炭治郎には、そこまでの考えを持ってはいなかった。

 

「じゃあ、どうしたら良いんだよっ! どうしたらっ!!?」

 

 自分の生涯をかけた誓いが罪であると、そう断言されたのだ。混乱した炭治郎には考えがうまく纏まらない。

 久遠の主張は、ある意味においては単純で明快だった。

 

 恨みを捨て、家族と幸せに生きることだけを考えろと。そう、言っているのだ。

 

 だからと言って、はい分かりましたと言えるわけもない。炭治郎の中には今だに復讐の炎が燃え滾っている。理屈や論理だけでは消せない劫火である。

 その炎こそが、今の炭治郎を動かしていると言っても過言ではなかった。

 

「炭治郎君、私に協力していただけませんか?」

 

 炭治郎の手をとり、お互いの顔を間近まで引きよせて久遠が願う。

 

「……協力?」

 

「はい。鬼の家族を持ち、常識に捕らわれない貴方だからこそ、私はお願いします。

 私の夫となって、人間と鬼が共存する未来を。一緒に、……作りませんか――?」




最後までお読み頂きありがとうございました。

今回は差別、偏見のお話です。
時代は近代にようやく入ろうかという大正の世。人々の考えも現代ほど平等な思考を持っているわけではありません。

そんな世の中で一般市民が鬼と鬼殺隊の戦闘を目撃したのなら。どんな感情をもつでしょうか?
鬼だけを化物と見るなら、鬼殺隊にとっては有益でしょう。ですが人外ならざる技を見せるのは鬼殺隊士とて同じこと。どちらも化物として排除される危険性だってあるのです。
そんな中、お互いの立場を理解した久遠という女性が登場しました。

果たして今後の炭治郎君はどのような決断を下すのでしょうか?

今後ともご愛読よろしくお願いします。

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