本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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週末は思いっきり書き溜めたい。
みかみです。

昨日に引き続き、第七幕をお送りいたします。
本日22時に第8話を投稿予定です。


第1-7話[鬼の本能(後編)]

「頼むから……、頼むからやめてくれっ! 禰豆子ぉ!!」

 

 冬の雪山に悲痛な叫びが木霊していた。

 ぷるぷると震えた炭治郎の手が一瞬、最愛の妹の手を掴もうとしたが食事の邪魔をするなと言わんばかりに(はじ)かれる。

 その横ではこの惨劇の元凶たる男が、恍惚(こうこつ)の表情で人肉に喰らいつこうとしている禰豆子を見守っている。もはや人間無勢が(あらが)える領域ではないのだ。炭治郎に与えられた手段は限りなく少なく、自分というか弱い存在を痛感させられる。

 鬼と化した下の兄弟達は、三郎爺さんの太ももやふくらはぎを喰らい尽くし、いよいよ臓腑(ぞうふ)へと取り掛かろうとしていた。その光景を、視線を外すことなく凝視していた禰豆子は、自分の肉がなくなると感じたのだろう。今にも兄弟達を払いのけ、この人肉が自分の所有物にせんと飛び掛らんばかりの形相を浮かべている。

 もう炭治郎に取れる手段は殆どない。もうこの場において仏による救済など望めるはずもない。

 

 天からの助けが無いのであるならば、もはや、……地獄の鬼にすがる他なかった。

 

「お願いします……、見逃してください。どうか、どうかっ、俺の家族を人間に戻してください。お願いします、お願いします…………」

 

 額を、腕を、足を。

 雪が降り積もった地面に埋もれさせ、炭治郎は目の前の仇に慈悲を乞うた。

 地力で立てない炭治郎がこの状況で出来る事と言えば、わずかばかりでも残っている良心に期待して鬼に慈悲を求めることしか出来なかったのだ。

 

 炭治郎が土下座している男は、自分の平穏な暮らしを地獄に変えた張本人である。土下座くらいで気が変わるとも到底思えない。ただ、それでも。只の人間である自分には他の手段が見つからなかった。憎くて、恨めしくて、出来るなら八つ裂きにしても足らないほどの怨敵。

 炭治郎は目の前の鬼を心の中で呪った。運命を呪った。そして何より、無力で何も出来ない自分自身を呪った。

 

(俺に、俺にもっと、もっと力があれば…………っ!)

 

 それは平穏に暮らす十三歳の少年には得られるはずもない願いだった。あれだけの猟師の経験を持ち、かつ猟銃を携えた三郎爺さんでさえ何も出来ずに殺されたのだ。斧一本しか持たなかった自分に何が出来るというのか。

 額を土で汚れた雪面に(こす)りつけ、怨敵である鬼にすがりつく。きっと、この行動にも何の意味もない。この後、自分は殺されるか、兄弟達と同じ鬼にされるのだろう。

 それも良いのかもしれない、と炭治郎は思った。きっと他の人達に多大な迷惑をかける鬼へと自分はなるのだろう。それでも、鬼となればこんなに苦しまずに済む。罪悪感に苛まさる事もなく、他人を気遣う事なく鬼の本能のままに生きてゆける。

 もう……、それがこれからの人生における最良の道なのかもしれない。

 

(もう奇跡なんて、起きやしない。みんな、殺された。鬼にされた。もう何の、希望もない――)

 

 もう炭治郎の心の中は絶望の二文字で溢れていた。許されるなら、最後の瞬間だけは安息を。戦う術もなく、逃げる術もない。それが当たり前の少年に誰がそれ以上を望むのか。

 

 もしそれを望む者が居るとするならば、それは皮肉なことに、目の前の仇である男だけだった。

 

 

 

 

 地に伏せる炭治郎の姿を、この惨劇を作り出した男は不愉快そうに見下していた。まるで期待していた新しいオモチャがガラクタだったかのような喪失感。この男から放たれる、ドス黒い血のような臭いが血の池地獄のように感じられた時、炭治郎は初めて人生の終わりを覚悟した。

 ならばせめて、最後の瞬間くらいは確認しようと顔を上げてみる。炭治郎の頭上に降りかかってきたのは凶刃ではなく、侮蔑(ぶべつ)の言葉だった。

 

「最初に言っただろう? まだ、殺しはしないと。お前は我等にとっても希少な赫灼(かくしゃく)の子だ。だが、そうだな。まさか仇を前にして命を差し出す軟弱者だとは思いもしなかった。お前の父親が生きていたら、さぞ情けないと嘆くであろうな」

 

 呆れ顔を隠しもせずに、この惨劇の張本人である男は言葉を吐き捨てる。

 

「……とうちゃん? 父ちゃんを知って……?」

「お前が知る必要はない。そうだな、こんな腰抜けの心ならばいっそ壊してしまっても構わんか。少女、禰豆子とか言ったか。その肉はお前の物だ、もはやご相伴などと言う遠慮も要らぬ。たかっている害虫を排除し自分のモノとすることを許そう。我、鬼舞辻 無惨が許可する」

「なっ、なにを……」

「再度、許可する。新しき鬼、禰豆子よ。その肉にたかる害虫を駆除し、獲物を我が物とすることを許す」

 

 禰豆子が金縛りに解かれたかのように、カクリと身体の力を抜いた。禰豆子はそれまで鬼と化した下の兄弟達が支配している肉だと思い込んで、飛びかかろうとはしなかったのだ。

 この男の言う害虫とは……今、三郎爺さんに齧り付いている兄弟達を指している。

 

「ウウウウウウウッ……」

「さあどうした。遠慮はいらぬぞ? 新鮮な人間の肉は、我等鬼にとって最高のご馳走よ。鬼になり立ての肉とて珍味ではある。食してみよ」

「……あっ、……あぁ」

 

 炭治郎はそんな(うめ)き声しか、口にできなかった。言葉という手段で感情の受け皿という名のガラス容器にふれた瞬間、すべてが粉微塵になりそうな気がしたからだ。

 もう次の瞬間、理性を失った禰豆子が兄弟達に襲い掛かるだろう。それは鬼舞辻 無惨と名乗る鬼が、炭治郎の心を壊すために用いた狂気の策だった。

 

「ガアアアアアアアアァァァ――――――!!!」

「やめろおおおおおおぉぉぉ――――――ッ!!!」

 

 禰豆子の叫びと同時に、炭治郎が慟哭の叫び声をあげた瞬間。

 

 奇跡が、飛び込んでくる。

 

「……水の呼吸、壱の型。……水面斬り」

 

 

 一陣の水風が、炭治郎の前を吹き抜けたのだ。




最後までお読みいただきありがとうございました。
段々と、一話の文字数が増えていっているような気がします(汗

本日22時に第八幕を投稿しますので、よろしければお付き合いください。
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