本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第5-9話「デート」

 血を飲めば、人肉を食べずとも生きてゆける。

 

 珠世の研究は鬼が生来持つ食肉衝動を抑え、人の世に鬼を生かすためのものである。

 

 これまでの説明を纏めるなら、こんな感じであろうか。

 先日、神藤久遠の口から飛び出た真実は、竈門兄妹にとって希望以外の何者でもなかった。何と言っても、禰豆子には人肉が必要だという事実が露見した当初。炭治朗も兄妹そろって自殺も止む無し、と思うまでに追い詰められた。しかして医者である珠世は医療的な理由で輸血用の血液を容易に入手できる立場にある。つまりはこの屋敷に滞在するかぎり、もう葵枝や禰豆子の飢餓を心配する必要はなくなるのだ。

 

 一方、食肉衝動に関しては一筋縄ではいかない。

 生来鬼は人の肉を追い求める。自らがこの世の生存競争を勝ち抜くために、尋常ならざる手で食肉衝動を抑えこまねば人と鬼が手を取る未来など勝ち取れないのだ。要は「力などなくとも生きてゆける」と鬼達の骨髄にまで理解させねばならない。その難題に光明の灯りを燈したのが、久遠という存在であった。

 普通の市民として、ただ生を謳歌するだけならば何の問題もない。だが鬼と騒乱は切っても切り離せない関係だ。自分より強大な何かが命を奪いにくるかもしれない。そう思うだけで鬼は人肉を求め、限りない力を求め続ける。それは正に鬼としての本能である。

 

 一瞬の希望だった。

 結局のところ、今の段階では問題は何も解決していないのだ。肉欲を抑え付け、人としての生活を手に入れたのが珠世と愈史郎だけでは焼け石に水なのだ。

 

 のちに久遠は語る。

 私に出来る事とて限界があると。だからこそ、学問的な面からは珠世先生に研究をお願いしているのだと。人と鬼が共存するためには、まずは狩る狩られるという関係をなくさねばならない。だからこそ久遠は炭治郎と理想の世を作り上げたいのだ。鬼と人の夫婦という、未来の平和に繋がる最初の第一歩を。

 

 そんな世界を作り上げられたなら、どんなに幸福な世となるだろうか。

 炭治郎の心に平和を願う水の心と仇を討ちたいという復讐の炎がせめぎあう。これまでは兄弟達の仇を討つ、それだけを生きる目的にして厳しい修行にも耐えてきた。だが十二鬼月の来襲によって富岡義勇への恨みが薄れ、双璧を成していた片方にぽっかりと空き地が出来てしまった。その空き地に何を置くべきか。それをずっと悩み続けている。

 

 炭治郎にとって、この神藤久遠という少女はあまりにも眩しすぎた。

 

 復讐という闇夜の脇道を歩き続けた二年から一転、日の光が差す大通りへ無理矢理引っ張り出されたような気分である。

 

 炭治郎がどちらの道に進むのか。決断するには、まだまだ心の準備ができていなかった。

 

 それに何より、久遠も珠世も、食肉衝動に関する対策を言葉にしていない。そんな心の内を見透かしたのか、久遠は眩いばかりに微笑みながら提案したのだ。

 

 ――まずは、お互いを深く理解するために。……お姉さんと逢引でもしませんか? と。

 

 ◇

 

 夕闇に包まれた浅草の大通りは、それでも数多くの街灯で明るかった。

 無論、昼間のようにとまではいかないが個人が提灯を持たずとも出歩くのに何の不自由もない。もうすぐ今日という一日が終わろうかという雰囲気もなく、お祭りのような騒ぎが続いていた。

 医務室で論議するうち、時刻はすっかり夕食時だ。おそらくはこの時間帯を狙っていたのであろう。例え半人半鬼といえども日の光は大敵らしい。それに加えて理由はもう一つあった。他でもない、禰豆子だ。

 

「禰豆子ちゃんは、何か食べたいものはある?」

「う――……」

「うどん屋台もあるし、最近は蕎麦のような細さの『らあめん』なる料理も人気だわ」

 

 前を向けば姉のように妹と手を繋いで歩く久遠と、鱗滝の面を帽子のようにつけた禰豆子の姿がある。これでは逢引というより兄弟そろってのお出掛けだ。炭治郎とて別に不満などあるわけもないが、引き続き外堀を埋められ続けているようで複雑な気持ちにもなろうというものなのだ。

 

「あの~、禰豆子に普通の食事は……」

 

 せめてもの抵抗として声をかける炭治郎。だが久遠の見事な笑顔で、そんな足掻きも封じ込められた。

 

「試したことは?」

「……え?」

「禰豆子ちゃんに人らしい食事を食べさせようと、試してみたことはありますか?」

 

 確かに、それはない。

 それというのも竈門兄妹が旅立つキッカケとなった、今は亡きカナエの言葉を鵜呑みにしたまま今を迎えているからだ。

 

 鬼は人の肉か、もしくは鬼の肉しか受け付けない。

 

 当たり前の知識として受け入れ、疑問に思うことなどなかった。

 

「すくなくとも私は食べられますよ? お仕事の関係上、取引先との会食なんて日常茶飯事ですからね。それに父である鬼舞辻 無惨も人の世に紛れ込んでいる以上、人の食事を摂らなければ怪しまれます。もしそのような妙な男が居るのなら、たとえ姿形を変えようとも見つけ出すのは簡単なのですが……」

 

 妹と手をつなぎながらも、ブツブツと考察という自分の世界に入り込んでしまう久遠。しかして炭治郎にとって、驚きの新事実なことには変わりなかった。

 つい、などと言ってしまえば妹に申し訳ないのだが、禰豆子は狭霧山での修行時代も夜な夜な狩りにでかけては自らの食料を食らってきていた。旅立ちの序盤以来、日常生活において飢えるという感情を見なかったことも失態の理由の一つだろう。

 

 兄は悔いた。

 妹を人間に戻すと言っておきながら、人間扱いしていなかった自分に。それを当然だと受け入れてしまっていた自分に。

 たとえ栄養的に問題がなくとも「食の楽しみ」とは人間たるに相応しい欲求の一つではないか。

 

 ふと。

 一件の食堂を前にして、禰豆子の足がピタリと止まった。看板を見上げれば達筆な筆字で「江戸前うなぎ」と書いてある、そんな店だ。中からは食欲を誘うタレの臭いが大通りにまで届いていた。

 

「……ふむ、禰豆子ちゃんは『うなぎ』を食べたことある?」

「う? ……(ふるふる)」

 

 久遠の問いかけに一瞬、疑問を持った禰豆子であったがすぐさま首を横に振った。

 山育ちの竈門兄妹は鱒や鮭は食べたことがあっても、川の中・下流に生息するうなぎは未知の存在だ。当然、その味を知るわけもない。

 

「おっけー。ならお姉さんが、都会の味というものをご教授してしんぜましょう♪」

 

 どこまでも楽しそうな久遠に手を引かれ、炭治郎と禰豆子は鰻屋の暖簾を潜り抜けた。




最後までお読み頂きありがとうございました。

今後の予定ですが、今のお話である第五章は全13話の予定となります。
そこまでは書きあがっているので継続して更新していきますが、第六章が現状難航しております。ネタバレになるので詳しくは書きません。それというのも第一部(二部あるんか?w)の一番の盛り上げどころになるからです。

じっくり、納得のいくものを仕上げるため。しばらしくのお時間も頂戴したいと考えています。
なるべく早めに更新を再開しますのでお待ち頂けたら幸いです。

ここまではホイホイと書けてこれたんだけどなあ。。。^^;

とりあえずはあと4話。よろしければ明日もお付き合いください。
宜しくお願いします!
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