本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第6-3話「藤の呼吸」

 膠着(こうちゃく)状態の続く那田蜘蛛山。

 それでも鬼殺隊士のなすべき役目は決まっていた。その点については語るまでもないだろう、隊士の仕事は鬼を斬ることだ。かといって山への立ち入りは総大将であるしのぶの命によって厳禁されている。ならば、どういうことかといえば。

 

「はっはぁっ! これで、六匹めえええええええっ!!」

 

 少しでも鬼の勢力を弱体化させるため、麓に迷い出てきた鬼を狩っていたのだ。現代でいうところのゲリラ戦である。

 

「どうだっ、民三郎(たみさぶろう)! 俺様は強いだろうがっ!!」

「う――――っ!!」

「伊之助の強さは最終選別の時から分かってたよ。それと民三郎じゃなくて炭治郎だから。禰豆子も伊之助の物まねはやめなさいっ!」

 

 たった今斬り伏せた鬼の頭部に片足を乗せ、勝ち名乗りをあげる伊之助とそれを真似する禰豆子。

 この那田蜘蛛山に到着してから数日は、こんなやり取りを繰り返している。猪頭の伊之助は鳥頭でもあったらしく、何度炭治郎が自分の名前を教えても覚えてはくれない。ここ最近ではこのやりとりも日課と化していた。

 ある意味でいえば平穏なのだろう。見上げればあの下弦の伍が居る山があるというだけで、現状において炭治郎達にはさしたる危険が迫るわけでもない。なぜなら、目の前に現れた鬼はすべて伊之助が「猪突猛進」と叫びながら斬り捨ててしまうからだ。どうやら自分の力を炭治郎達に見せ付けたいようだが、炭治郎にとっては最終選別の時点である程度は察している。

 それに加えて、炭治郎の呼吸である「気熱」は一匹の大鬼を狩るのには長けていても、複数の鬼を手当たり次第切り捨てるという場当たり的な戦いには向いていない。一撃の威力は凄まじいが体力の消費もまた凄まじい気熱の技は、このような散発的な戦いにはまるで効果がないばかりか窮地(きゅうち)を呼び込む危険性すらあった。

 

 そんなお荷物と化した炭治郎の代わりに働いていたのは伊之助の他にもう一人、禰豆子である。

 狭霧山での修行時代に真菰(まこも)から教授された小太刀の二刀術は、速度を重視する禰豆子の特性と見事にかみ合っていた。今では伊之助と競い合って鬼を追い回すほどである。兄としては伊之助の真似などやめてほしいところではあるのだが、当の本人がこれだけ楽しそうにしているなら止めにくい。狩った鬼に妹が牙を突き立てやしないかと、戦々恐々(せんせんきょうきょう)たる想いで見守っていたりするくらいなのだ。

 親の心子知らずならぬ兄の心妹知らずな状態に、炭治郎の心労は終わりの気配を見せなかった。

 

 この山へとおもむくキッカケとなった冨岡義勇の安否も、現時点では討伐隊の大将であるしのぶの情報網にもかかっていないらしい。

 一度に柱を二人も失うなど前代未聞の異常事態だ。それはこれだけの隊士が動員されている事実でも察することができる。今頃は大本営で結論のでない議論を続けているであろうしのぶを想い起こしながらも、炭治郎は自分に今できる任務を精一杯果たすべく二人の後につづいた。

 

 そんな時だった。

 

 禰豆子以外の全員が、今までとは明らかに違う鬼の気配に気付いたのだ。

 

「こりゃあ……、異能の鬼か?」

「――っ!? 伊之助っ、避けろ!!」

 

 不意打ちで放たれた禍々しい毒色の針が、伊之助の右腕に突き刺さる。

 伊之助の鋭敏(えいびん)な触覚が鬼の正体をいち早く察し、それに続いて炭治郎の鼻も気味の悪い異臭を感じ取った。だがそれ以上に毒針は速かった。感知できる能力と対応できるという能力はまったくの別物だ。敵の存在を察知できたとしても、対応できなければ意味がないのだ。

 

「……なんだこりゃ? こんな毛みたいな針で俺様が殺せるかあっ!」

 

 不意の一刺しに苛立った伊之助が針の飛んできた方向に日輪刀を投げつける。しかして残念ながら大した効果はないようであった。

 

「ぎゃはははっ、これでまた一匹ぃ……」

 

 炭治郎達の耳に享楽的(きょうらくてき)な、そして不気味でもある笑い声が届いてくる。声の主はすでに那田蜘蛛山の山中へと撤退してしまった。ならば、相手にとってはこの一刺しで目的を達成したということになる。次第に二の腕に刺さった毛ほどの細さである針から、黒ずんだ染みが伊之助の皮膚へと広がっていた。

 

 ――毒だ。

 

 炭治郎は直感的に敵の思惑を察した。ゲリラ戦が有効なのは何も、自分達だけではないのだ。

 

「伊之助っ! 腕の毒針を抜き取れっ!!」

「ああんっ? ……別に俺様はなんともねえぜ? …………、なんとも……」

 

 平然とその場に立つ伊之助にやがて、僅かな違和感が訪れた。僅かばかりの痺れが腕に走り、やがて全身へと広がってゆく。

 自然界の毒であるならば命までは奪われないかもしれない。危険な毒は数あれど、人間を死に至らしめるほどの猛毒など中々ないものだ。しかしてこれは鬼の放った毒である。人体にどんな悪影響があるか分かったものではない。それに加え、あの蜘蛛鬼らしき者の笑い声が炭治郎の耳から離れようとしなかった。

 

「貸せっ!」

 

 短く叫んだ炭治郎は、伊之助の右腕を強引に引き寄せ毒針を慎重に引き抜いた。山育ちの炭治郎には毒の手当てに関する知識も一通りはある。慎重に引き抜いたのは、毒針の先端を体内に残して折れてしまわないようにするための処置である。しかして毒針の青黒い色合いは、すでに伊之助の右腕を染め、心の臓へ浸食を始めていた。

 

「……おおっ、おおお??」

 

 伊之助にも自覚症状がでてきたようだ。おそらくは自分の身体が思い通りに動かない事実に困惑しているのであろう。

 予想通り、炭治朗の知る自然界の毒などとは比べ物にならないほどに回りが早い。皮膚が変色しているのはまだ腕周りだけだが、伊之助の反応を見るに全身に毒が駆け巡り始めているのだ。

 

 状況は極めて危険と言わざるをえなかった。

 

「くそっ、伊之助! 意識をしっかりと保つんだ!! 鬼の毒なんかに負けるなっ!!!」

「お…………ぉ。…………」

 

 声をかけ続けながらも隊服のベルトを外した炭治郎は、毒の傷口から上の箇所をきつく縛り上げる。少しでも毒の進行を遅らせるための処置だ。だがそれも焼け石に水だった。すでに伊之助は意識を失っていたのだ。

 久遠の屋敷を出発する際、珠世先生が持たせてくれた薬類の中には解毒の薬など入ってはいない。

 そもそも毒の種類によっても対応する血清は多岐に渡るのだ。そんな都合よく蜘蛛鬼の毒に効く薬などがあるわけもない。大本営に移送しようにも移動手段がない。無理に運ぼうものなら毒の進行を早めるだけだ。

 

「なにか、手はないのかっ!? …………なにかっ!!?」

「……う?」

 

 悲嘆(ひたん)にくれる炭治郎の横で、禰豆子が不思議そうに声を漏らした。まるで先ほどま一緒に遊んでいた友達の異変を不思議がるかのような表情だ。

 

 それからの禰豆子の行動に、炭治郎は奇跡を見た。

 禰豆子本人とて、その行為が伊之助の命を救うと確信していたわけではないだろう。それでも、禰豆子は藤色に輝く小太刀を腰から抜き放ち、けっして害することがないように刃を伊之助の傷口に当てた。

 

「うー……、うっ!」

「ねっ、ねずこ? その呼吸はもしかして、…………(ふじ)の臭いっ!??」

 

 炭治郎が困惑するのも無理はない。

 今まであまり意識してこなかったが、禰豆子の操る「鬼の呼吸」は色でいうなら真紅。まるで人の血液をそのまま呼吸にしたかのような色合いであった。そんな真っ赤な色合いが一部では桃色に薄まり、一部では青みがかって紫へと変色してゆく。まるで新しい日輪刀と鬼の呼吸が混ざり合ってゆくかのようだ。

  

 炭治郎の脳裏に、かつて激闘を繰り広げた一人の少女の姿が思い浮かぶ。鬼と化してなお、兄の愛情を捜し求めた藤の鬼「藤華」。

 思い返せば不思議な少女であった。彼女は本来、鬼にとって毒であるはずの藤の花を得物とした鬼である。もし彼女が鬼とならずに、人の側として生きられていたのなら。それは鬼殺隊にとって大きな切り札となりえるはずだったのだ。

 

 まさか、藤華の肉を喰らった禰豆子の中に彼女の想いが残っているのだとしたら。

 

「鬼の呼吸」が変異し「(ふじ)の呼吸」へと生まれ変わるなんて奇跡があるのかもしれない。

 

 禰豆子の日輪刀は「鬼の呼吸」の象徴である血のような真紅に染まるのではなく、一輪の咲き誇る藤の花のような色合いに変化した。その事実が、奇跡を現実のものへと昇華させた何よりの証拠だったのだ。

 

 禰豆子の小太刀から藤の色が溶け出し、伊之助の毒色に染まった傷口を中和してゆく。それは身体の中にも浸透し、全ての異物を消し去ってもいるようだ。

 

 やがて、

 

「むぅ……、寝てたっ!」

 

 状況を一切把握していない伊之助の寝ぼけた声が覚醒を知らせてくれる。先ほどまで死にかけていたとは思えないほどの能天気ぶりだ。

 

「……伊之助、よかったああああああああっ!! 禰豆子、ありがとう。……ありがとうなあっ!!」

「うおっ!? なんで抱きついてくるんだよっ、気持ち悪いぞコラっ!」

「うっ――――っ!」

 

 無事を確信した炭治郎は思わず、伊之助の顔面に抱きついていた。片腕を伊之助の後頭部へとまわし、もう片方の手は禰豆子の可愛い頭を優しく撫でている。

 

 伊之助や善逸は、炭治郎が仇討ちを始めてから始めて出会った友である。

 

 本人は気付いていないのであろうが、今の炭治郎の大切な人は決して家族だけではなくなっていた。

 

 師であり、父代わりでもある鱗滝左近次。

 

 東京で出会った自分に好意をよせてくれる少女、神藤久遠。

 

 そしてこの先、戦友として幾度も戦場と共に駆け抜ける善逸と伊之助。

 

 夜叉の子と呼ばれた炭治郎は、少しずつ変化し続けていた。

 

 人が生きる際に、当然のように必要とされる絆の繋がり。それを炭治郎は少しずつであろうが、着実に作り上げていたのだ。




 最後までお読みいただきありがとうございました。

 お話の後半にて、随分なつかしいキャラの名前が登場しました。
 覚えてくださっていますでしょうか? 第三章での最終選別会場で戦った鬼の少女「藤華」です。
 わざわざ外伝まで書いて描写した彼女がようやくの再登場となった訳ですね。(文面だけではありますが

 彼女の出番はこれだけではありません。結構重要なポジションを任せております。今後とも忘れた頃に登場すると思いますのでぜひご期待ください。

 ではまた明日、第四話にてー。
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