本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第6-5話「戦友」

 久しぶりに一人っきりの夜だった。

 討伐隊本部となった農村の広場には多くの隊士が焚き火を囲み、情報交換の場をつくりあげている。だが炭治郎はその輪に入っていけずにいた。広場の(はじ)も端、草むらとの境界線で夜空の星を見上げ、一人もの思いにふけっている。

 あの惨劇から始まった生活も二年と少し。これまで炭治郎の横には、必ずと言って良いほど禰豆子がいた。幼女と言える精神年齢まで後退してしまった妹の面倒をみることで、兄は己の自尊心を満足させていたのだ。

 

 炭治郎は思う。

 尊敬する師であり、妹のために片足を捧げてくれた鱗滝。仇と憎まれながらも盾となり、命を救ってくれた義勇。そして東京で出会った自分に好意を寄せてくれる少女、久遠。

 鬼殺隊士として成長する中で、心を許せる人達との出会いもあった。鬼を憎み、人さえも信じられなかったあの頃に比べれば。もしかすると、精神的に丸くなってきたのかもしれない。

 

「でも、やっぱり。ちょっと寂しいな」

 

 自嘲気味に笑いながらも、そんな愚痴がついてでる。

 そういえば前も似たような言葉を口にしたなと、東京での生活が思い出された。あの時は久遠が慰めてくれたのだったか。

 あの時も今も。別に会いに行こうと思うならば何時でも再会は可能だ。だが人の噂というものはどこからか伝染するらしい。誰が言うでもなく、「新人の(みずのと)には鬼が混じっている」との噂が広がり始めていたのだ。自分が寂しさを紛らわせるために妹の立場が更に悪くなるという、最悪の事態だけは避けねばならない。

 

「今はお互い、近くに居ない方が良いって……。しのぶさんの判断は間違っていなかったんだな」

 

 事実、今の炭治郎には奇異な視線が多方面から突きつけられている。

 誰も表立っては口にしてこないが、おそらく爪弾きに近い状態となっているのだろう。ここに自分の居場所はない、そう思っていた炭治郎の肩に手を置く隊士がいた。

 驚いて振りかえると、そこには同期のサクラ二人が立っている。

 

「あー、うー。まぁ、な。……お陰で助かったぜ。ありがとよって言いたいが、あのチビっ子はどこにいるんだ?」

 

 禰豆子による藤の呼吸で命を取りとめた伊之助が、なれない感謝の意を伝えてくる。その後ろには善逸が、苦笑いしながらも補助を買って出てくれていた。

 

「遅すぎるんだよっ、まったく。いくら頭までも猪だからって、お礼の言葉くらいちゃんと言えるようになれよなー。命の恩人だぞ? お・ん・じ・ん!!」

「わぁーってるよっ! 俺様は強いから、助けられるって経験がなかったんだよ!! それと…………、…………すまねぇ」

 

 なれない仕草で伊之助が頭を下げる。

 それが何に対しての謝罪なのか、炭治郎は痛いほど理解していた。自分の負傷が原因となって、炭治郎が村八分となっている雰囲気を察してのことだろう。だがこんな自分に声をかけてくれる隊士が居るというだけでも、冷め切った心に温もりがこもったようだった。

 炭治郎は無理に笑顔を作り出し、涙をこぼしながらも口を開く。

 

「……いつかは、こんな誤解が生まれる時もあると覚悟していたさ。大丈夫、俺達は何も悪いことなんかしていないんだから。……ゆっくりと、他の皆にも分かってもらうよ」

 

 この悲しみを、友人二人には味わってもらいたくない。そう思ったのだが、まだまだ人生経験の足りない炭治郎の作り笑顔にはおもいっきり寂しいと書いてある。依然として変わらぬ空気が三人の間に染み渡った。

 

「があああああああああああっ!! こういう時は猪突猛進、身体を動かすにかぎるぜっ! 見回りにいくぞっ、富三郎(とみさぶろう)!!」

「富三郎じゃなくて、炭治郎だってば」

「まあまあ、まあまあまあまあまあまあまあまあっ!」

「何回まあまあ言うんだよっ!?」

 

 しみったれた空気を吹き飛ばすかのように伊之助が叫び、善逸が両手で炭治郎の背中を押してくれる。確かに身体を動かしていた方が、気もまぎれるのも事実だ。

 毎日のように繰り返す漫才でようやく笑顔を取り戻した炭治郎は、その重い足を軽くすべく日輪刀を手に取った。

 

 ◇

 

 先日と同じく、那田蜘蛛山周辺の農道を巡回する。

 これだって重要な任務だ。討伐隊本部とした村の住民は避難させたが、元々が鬼という迷信のような存在を信じて重い腰を上げる人などいない。近隣の農村にはまだまだ普段の生活を送る人達がほとんどである。

 元々が炭治郎達新人の役目はそうした人的被害を未然に防止する雑務仕事のみだった。もちろん大将である胡蝶しのぶの考えとしては、少しでも経験を積ませて未来の戦力を育成しようという意図でもあるのだが、炭治郎がどんな境遇になろうとも仕事内容に変化はない。

 上空を飛ぶ鎹鴉の監視の中、炭治郎達は職務を全うしていた。

 

「ゆく道、鬼斬りさんぜんり~♪ 伊之助さ~まの、お通りだぁ! ちょっとつ、もうしん! ちょっとつ、もうしん♪」 

「うるっさいなぁ、なんだよその歌っ! どんだけ自分好きなの!? 鬼が出てきたらどうすんだよっ!!?」

「鬼が出てきたら斬ればいいだけの話じゃねえか。お前、馬鹿なのか?」

「猪に馬鹿って言われたあ!!?」

 

 まるで炭治郎の寂しさを消し飛ばすかのように伊之助が歌い、善逸が文句を口にしている。

 いつもであれば炭治郎とて注意しているところだが、今はその喧噪が何よりもうれしい。炭治郎の心の中にぽっかり空いた禰豆子という名の穴を、二人が何とか埋めようと苦心してくれているからだ。今日だけは後で先輩隊士に怒られたとしても、一緒に謝ろう。

 炭治郎は二人に感謝しつつも、後方で鬼の気配がないか神経を張り巡らせている。

 

 そんな時だった。

 

 噂をすれば何とやら。田畑が広がる闇夜の農道を巡回していた三人の前方に、伊之助が鬼の気配を感知した。

 

「おっしゃあっ! テメエで七匹目だっ、覚悟しやがれえええええええっ!!」

 

 まるで水を得た魚のように飛び出していく伊之助。どうやら炭治郎や善逸よりも特に感覚が鋭敏なようだ。野生の勘とでも言うのであろうか、自然界にある様々な動きを鋭敏な触覚で察知し鬼を判別する。その索敵範囲は炭治郎や善逸の追随を許さないほどである。

 

 だが今晩の鬼はいつもとは何かが違うように思える。そう感じた炭治郎は咄嗟に声を張り上げた。

 

「待て、その人を斬っちゃダメだっ! 伊之助!!」

 

 とっさに大声で伊之助を引き止める炭治郎。

 これまでの炭治郎であれば、独断専行する伊之助を止めたりなどしない。最初は足並みをそろえようと提案したこともあった。だがいくら「わかった」と了承しても翌日には綺麗さっぱり忘れている伊之助に何度も言い続けた結果、さすがの炭治郎も諦めざるをえなかったのだ。

 しかして今回だけは諦めるわけにはいかない現実がある。それというのも、近づくにつれ。炭治郎の鼻にも鬼の気配が伝わってきたのだ。

 

(……確かに赤い、これは鬼の臭いに間違いはない。でも、……どこか黄色い臭いも含まれている。もしかして、殺意がない? それにこの臭い、どこかで嗅いだような――――)

 

 炭治郎がこれまで出会った鬼の数は決して多くはない。

 禰豆子の始めてとなる共喰の犠牲となった神社の鬼。

 最終選別会場において鱗滝の子を喰らっていた数手の大鬼。

 その数手の大鬼を喰らった藤の鬼少女、藤華。

 下弦の伍 累。

 上弦の弐 童磨。

 東京は浅草で出会った半人半鬼の久遠。

 その屋敷に診療所を構える珠世先生に助手の――。

 

 数瞬のうちに炭治郎はこれまでの経験を思い返す。そんな出会いの中に、この臭いの該当者が。

 

 いた。

 

「止まれってお兄さんが言ってんだろ、この猪があああああああああああっ!!」

「――――ぐほぉあ!?」

 

 到底間に合わないと炭治郎が判断した距離を一瞬でつめ、稲妻と貸した善逸がとび蹴りを放つ。

 常日頃暴走ばかりの伊之助とは違い、どうにも最近。善逸は禰豆子に一目惚れしたらしく、こうして自分の格好良い所を見せようと兄である炭治郎に協力してくれている。若干禰豆子が困っている素振りも見せてはいたが、これはこれで便利だと放置している兄であった。現実とは、理想だけで解決できるほど優しくはないのだ。

 

「どうですか、お兄さん! この我妻 善逸、正に禰豆子ちゃんに相応しい男だとは思いませんか!?」

「ああ、はいはい。ありがとうなー」

 

 善逸による会心の見せ場を軽くすり抜け、すっかり元の調子に戻った炭治郎は鬼の前へと立つ。その先に立つ鬼は、やはり炭治郎の想像した通りの人物であった。

 

「相手が鬼とはいえ、いきなり斬りかかろうとするとはな。やはり鬼殺隊は野蛮人の集まりだ。何故俺が珠世様のおそばを離れて、こんな場所に来なくてはならないのか。まったく、久遠様も鬼使いの荒い……」

 

 ブツブツと現状に対する不満を唱え続けるその姿は、久遠の屋敷でよく見た人物である。

 見た目だけで言えば炭治郎とそれほど背丈も変わることなく、薄紫色の鬼目がなければ何処にでもいる少年にしか見えない。だが一度口を開けば珠世先生への賛辞以外はボロカスな言葉しか発しない。そんな人物は他に居るはずもなかった。

 

愈史郎(ゆしろう)さん? ……お久しぶりです。でも、どうして此処に?」

「貴様らに用がなければ俺が珠世様のそばから離れるわけもないだろう。……増援を連れて来たのだ、感謝しろ」

「増援?」

 

 さっさと用件を話して帰りたいという気配を隠しもせずに、愈史郎は端的に用件を話し出す。

 どうやら増援とは自分自身のことではないようだ。たしか珠世と愈史郎は明治の世になって以降、人の肉を喰らっていないと久遠の屋敷で言っていた。それはつまり、鬼としての成長を止めていることに他ならない。

 ならば、増援とは。

 

「診療所の中からそれなりに力のある者を二人連れて来た。あまり大人数では怪しまれると、珠世様が言っていたからな……。まあ、俺には関係ないから好きにこき使えば良い。じゃあな」

「えっ? どういうこと? 待って下さいよ、愈史郎さ――――んっ!」

 

 本当にそれだけの、簡潔すぎる説明のみで帰宅の途につく愈史郎。

 困惑する炭治郎などお構いなしに闇夜の中へと姿が消えてゆく。何がなんだか理解が追いつかない炭治郎の眼前に、これまた鬼の気配を漂わせた存在が二人。なんと地面の中から姿を現したのだ。

 

「おひいさまの命により、助太刀に参りました。我等はおひいさまに忠義をつくす新しき時代の鬼」

 

 一人目は額に一本の角を生やした長髪の鬼。忍のような装束を着込み、黒目のない真っ赤な眼球がギョロリとしている。

 

「人と鬼の未来を描くため。小生達の力、いかようにもお使いくだされ」

 

 二人目は半裸というか、全裸と言っても過言ではない鬼だった。唯一の衣装であるフンドシをはき、神社の鳥居に飾るような大きなしめ縄を腰に巻いている。両肩に両足、そして腹に鼓をつけた見た事もない種類の鬼だった。

 

 二人とも炭治郎の前に(ひざまず)き、まるで忠誠を誓うかのように命令を待ち続けている。

 

「えっ? ちょっ、愈史郎さん? どういうこと? 婿殿ってもしかして、俺のこと? ……説明ぐらいしていってよおおおおおおおおおおお!!?」

 

 言うべき事は言ったとばかりに、闇夜の中へと消えてゆく愈史郎。その背中へ、今だ事情が把握できない炭治郎は叫ばずにはいられなかった。

 

 沼鬼:泥穀(でいこく)

 そして元下弦の陸、鼓鬼:響凱(きょうがい)

 

 これが久遠の言っていた、「万が一に備えての、万全の体勢」というヤツなのだろうか。困惑すると共に、この事実をどう胡蝶しのぶに説明しようかと頭を悩ませる自分の未来が、まるで手に取るように見て取れた。

 

 竈門炭治郎、彼の心労はまだまだ続く。善意とも悪意ともとれる、理解者の手によって――。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 炭治朗君、友人達に励まされ、久遠さんに振り回されるの巻。

 本当に善意か悪意か判断に困る増援、沼鬼さんと鼓鬼さんの登場です。
 沼鬼さんは原作で炭治郎が最初に戦った異能のロリコン鬼です。どうやら名前が無いようでしたので「泥穀(でいこく)」と名づけてみました。泥沼の中で穀物(食料)を得るとかそんな感じの意味です。

 鼓鬼さんの名前は原作通りですね。ウィキペディア先生教えてくれてありがとう。
 この鬼さんの力、もし沢山の人間を食べて成長していたらスゴイ血気術になるのではないかと想定しています。

 今回は顔見せだけですが、今後炭治郎君の縁の下の力持ちになっていただく予定です。

 今後の更新をお待ち下さいなっ。

 ではまた明日。今後ともどうか、お付き合いのほどを。
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