本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第6-6話「蜘蛛糸の罠」

「気持ちは有難いんですけど……、まいったな。まさか大本営に連れて行くわけにもいかないし……」

 

 目の前に(ひざまず)く二人の増援。

 しかしてその好意をどう受け取るべきか、炭治郎は悩み続けていた。何しろ禰豆子が鬼だと知られてしまったばかりだ。

 このうえ更に鬼が増えましたなんて言おうものなら、討伐隊での竈門兄妹の居場所が完全になくなってしまう。特に響凱(きょうがい)に至っては元下弦の陸である十二鬼月の一角だったというのだから笑えない。

 そんな炭治郎の心情を察したのか、三人の鬼のうち身体のいたるところに(つづみ)を付けた鬼である響凱が一歩前に進み出た。

 

「婿殿にご迷惑はかけませぬ。小生らは貴方様にとって影の武器、得物は戦の時のみ振るうが良いでしょう」

「……でも、寝るところもないんじゃ」

「ご心配には及びませぬ。小生の血気術は『迷宮御殿』、潜む場所には困らぬゆえ」

「はぁ」

 

 とにかく、よく理解はできないが住処に不自由はないらしい。

 

「けど、これだけは確認させてくれ。アンタ達は『食肉衝動』を克服できたのか?」

 

 それだけは今、確認せねばならぬと炭治郎は問いかけた。

 久遠や珠世の言によれば、今だ鬼は人の肉を喰らう欲求が克服できていないと言っていた。これから先、味方として手助けしてもらえるのは有難いが人肉を喰らってもらうわけにはいかない。

 

「……いえ、今だ肉の欲求を克服できておるのは珠世殿と愈史郎(ゆしろう)殿のみ。我等も数年の月日を肉なしで過ごしておりますが難しいものありますな。ですがご安心を。我ら婿殿の師、鱗滝殿よりこれを授かっておりまする」

「それは……、もしかして厄徐の面?」

「いかにも。期限付きではありまするが、この面を付けているうちはご迷惑などかけますまい」

 

 響凱の後ろに控えた二人の鬼も同様に、懐から厄徐の面を取り出した。

 炭治郎も昨日、しのぶから聞いた真実だ。最終選別へと赴く際に手渡してくれた狐面には鬼の特徴を消す効果があるらしい。正確には装着者の気配を消すという能力だったのだが、吐息や臭いなども隠蔽できるような性能が副次効果をもたらしたのだ。禰豆子はこの面を付けていたおかげで最終選別の会場である藤襲山へ入り込むことができたというわけだ。

 

「それでも腹は空きますが。なに、そうなったらなったで山の鬼を狩りましょうぞ」

「くれぐれも、鬼殺隊の人に見つからないようお願いしますよ……」

 

 なんとも鬼らしくない、穏やかな口調である。まあ、なにはともあれ。三匹の鬼達と久遠の好意には感謝しなければならないだろう。炭治郎達とて戦局が変われば那田蜘蛛山へ借り出される可能性も十分にある。戦力は少しでも多いに越したことはないのだ。

 伊之助が毒に侵されて以来、蜘蛛鬼達の動きは小康状態を続けていた。平和なのは良いことだが、この静けさが嵐の序章のようで不気味でもある。鎹鴉(かすがいがらす)の報告にあった冨岡義勇の消息は依然として判明していない。この那田蜘蛛山のどこかに居るのか、それともすでに食われてしまったのか。現状ではなんの確認もとれる手段は皆無だった。

 

 ◇

 

 そんなある日、事件は意外なところから発生した。

 

 最初は待機命令のつづく現状に不満を募らせた、隊士同士の喧嘩と思われる珍事だった。

 だが一方の隊士が重傷を負ったとなれば笑い話で済むわけもない。即座に現行犯で取り押さえられた加害者である隊士に、しのぶが事情聴取を開始する。鬼殺隊士同士が傷つけあうような行為は、隊律にて明確に禁じられている。それを破った行為はたとえ故意ではなかったとしても重罪である。

 

 だが当の加害者は暴行は認めても、殺意があったかどうかについては明確に否定したのだ。

 

「確かにアイツとは喧嘩仲間でした。けどそれも、訓練の一環としての悪ふざけに等しいものなんです!」

「しかし現に、相手方は重傷を負っています。あの分では半年は現場復帰が難しいでしょう。……訓練中の事故だとでも?」

 

 全ての隊士が見守る村の広場でのなか、しのぶの糾弾する視線が加害者である隊士に突き刺さる。

 当事者の両人は同期であり、出世の早さも似たようなものだったらしい。(かのえ)と呼ばれる鬼殺隊でも中の下に位置する階級で、炭治郎達癸から見るなら三階級ほど上の先輩となる。決して早くはないが遅くもないその昇進速度は、隊士となって四年目の生え抜きと言っても良い。それに周囲の声を聞くならば、被害者と加害者の仲は良好であり殺し合いなどありえないという意見が大勢を占めていた。

 

 それでも同期を斬った感覚は加害者である隊士が誰よりもよく理解している。だからこそ分からない。暴行は認め、殺意は否定するとはあべこべにもほどがあるのだ。

 

「アイツとの訓練は、毎日の日課のようなものだったんです。あの時も隣で寝ている俺のイビキが五月蝿いなどといった分かりやすい理由で対峙しました。お互いに殺気はなく、待機命令が続く現状で腕が鈍らないよう刀を交わしていたんです」

「そして貴方は本気で切りつけた。あろうことか『全集中の呼吸』まで使って」

「……確かに俺はあの時、全集中の呼吸を使っていました。いや、俺は使う気などなかった。気が付けば、なぜか身体が使っていたんです!」

 

 しのぶの前で拘束された隊士は、叫ぶかのように自己弁論を口にしている。しかしてその内容は支離滅裂としか言い様のないものだった。加害者の隊士は自分の意思に関係なく身体が勝手に動いたというのだから。

 そんな話を、この広場に居る誰もが信用しなかった。だが疑いを持つ者は存在した。他でもない、下弦の伍:累との戦闘を経験した炭治郎だ。

 

「もしかしたら……、ありえるかもしれません」

 

 誰もが沈黙するなか、炭治郎の発言は驚くほどに広場を響かせる。

 周囲から「お前のような鬼の妹を持つ隊士が何をいうか」という視線が突き刺さる。とっさに口を開いてしまったが、そのあんまりな空気に二の句が継げない。だがしのぶとて、被害が拡大する前に問題を解決しなけれなならないという想いがある。今はとにかく、情報が欲しかった。

 

「階級癸:竈門炭治郎君、発言を許可します。貴方の意見を聞かせてください」

 

 この討伐隊の大将であり蟲柱であるしのぶの言葉に、周囲の喧噪も静まり返る。自然と人垣が割れた道が炭治郎を最前列へと押しやったのだ。

 

「この那田蜘蛛山の首魁であると思われる下弦の伍とは、狭霧山で遭遇し戦闘状態となりました。その時、此方の手勢が身体を操作されたのです。今回の件もおそらくは……」

「十二鬼月の仕業であると?」

「断言はできませんが、可能性は皆無でもありません。もっとも、あの時のヤツは近くに居る者のみを操れる程度のものでしたが……」

 

 炭治郎の悪い予感はまだまだ続く。

 思い出したくもないが、あの時。上弦の弐である童磨は「お土産」と称して胡蝶カナエの首を持っていた。柱の肉は鬼にとって最上のご馳走であるらしい。

 ならばもし、カナエの首を喰らった下弦の伍が成長して山の中からでも糸を送り込み、操れるのだとしたら。

 この小康状態は、鬼にとって有利以外の何者でもないことになる。炭治郎の言葉はこの場で唯一の戦闘経験者として見過ごせない内容だった。しかしてこれで、この膠着状態となっている現状への理由も説明がつく。

 

 胡蝶しのぶは大将として、即座に決断したのだ。

 

「明日の朝より、こちらから全面攻勢を仕掛けます。各員、日の沈む前には必ず下山するように徹底しなさい。まずは、鬼の住処を炙り出します!」

 

 ようやく情勢は動き出す。

 何も夜にしか活動できない鬼の習性に付き合う必要は何もないのだ。鬼の明確な弱点は日の光である。ならば戦略として昼間に攻勢をしかけるのは、ごく当然の結論といえた。

 これからは時間の勝負だ。なんとしても鬼の妨害なく朝方には部隊を展開し、攻め入る準備を完了させなくてはならない。

 

 全員が慌しく動き始めようとしていた。

 当然、隊士である炭治郎も作戦に参加することになる。まずは自分達の配置を確認して……、

 

 

「あの竈門炭治郎ってヤツが、鬼を手引きしたんじゃねえのか?」

 

 

 誰とも知れぬ声。だが動き始めるはずだった全員の足が、ピタリと止まった。

 

 決して大きな声ではなかったはずなのに、妙にハッキリと全員の耳に届いたのだ。もしかすると、この場に居る誰もが抱いていた疑惑だったのかもしれない。

 

 炭治郎は誰にも悟られぬよう、ゆっくりと右手を胸に当てる。

 

 ようやく癒えかけた心にまた、これ以上ない大きな傷が刻みこまれたのだ。

 

 自分はなぜ、鬼殺隊にいるのだろうか。正しいのは果たして、人なのか鬼なのか――?

 

 振るえる身体と痛みを訴える心を抱えながら、炭治郎は一人、逃げるように大本営を抜け出した。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 ようやく戦いの場へと移行していきそうです。そして炭治郎君に向けられる目も……。

 隊内で爪弾きにあっている彼はこれから、どのような運命をたどるのでしょうか。

 よろしければ今後ともお付き合いください。

 ではまた明日!
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