これまでの慎重論による停滞ぶりが嘘のように情勢は動き出す。
隊員同士の刃傷沙汰から始まり、炭治郎の口からもたらされた那田蜘蛛山に潜む下弦の伍の能力。それは討伐隊を動かすには十分すぎる理由となった。もはや慎重論など唱えている場合ではなくなったのだ。この状況を続ければつづけるほど、鬼殺隊同士での殺し合いが深刻化してしまう。
那田蜘蛛山討伐隊大将:胡蝶しのぶは隊を二つに分けた。
本来、このような大きな作戦である場合。普通は隊士の補佐を担当する「
だがあまりにも突然すぎる展開に、人手がまるで追いつかなかった。何しろ大本営として使われていた村は、鬼の血気術の圏内であると証明されてしまったからだ。
一部隊は山へ鬼狩りに。そしてもう一部隊は那田蜘蛛山から更に離れた拠点を設営するために。
隊士達が胡蝶しのぶの号令の元、慌しく動き始めた。
そんな状況の中、炭治郎達の班はというと。
「なんで新人の
「うるせーぞっ! ホントにお前、なんで鬼殺隊士になったんだ!?」
「えっ、女の子に格好いいって言われるかなーって」
「…………(ふしゅーっ!)」
隊列の中を歩きながらも善逸が泣き叫び、伊之助が鼻息荒く怒鳴りながらも興奮している。
昨日までならその漫才に炭治郎も加わっていたが、今回ばかりは彼等に付き合っている暇はない。何しろ下弦の伍と戦闘経験があるのは炭治郎だけなのだ。作戦開始前の僅かな時間とはいえ、胡蝶しのぶの隣という新人の癸としては有り得ない位置に配置されたのもまた、当然と言えば当然だろう。
「俺達が対峙した時はまだ、それほど遠くの人間は操れないようでした。……下弦の伍が成長したか、もしくは
「炭治郎君はどちらの可能性が高いと思いますか?」
「おそらくは……、後者だと思います。下弦の伍に操られた人間はその戦闘能力さえも格段に上昇していました。本当にあの鬼の仕業であるならば重傷では済まなかったはずです」
炭治郎は殊更冷静に、しのぶへと情報を提供する。
間違っても操られていた人間が鬼と化した母だとは口にしない。これほど多くの鬼殺隊士と始めて生活を共にした炭治郎であったが、その入隊理由のほとんどが家族を鬼によって奪われたからというものだった。まさに竈門兄妹と同じ境遇の人々が集まってできたのが鬼殺隊という組織なのだ。
だからこそ、なおのこと。鬼の妹を連れて来たと知られてからの視線は冷たかった。
鬼という存在は一般には周知されておらず、被害者は警察に訴えるも相手にすらされない。それどころか国が「仇討ち」を法で禁じているため、まともな組織では家族の無念を晴らすことさえできない。その結果、この鬼殺隊という非政府組織に身をおくという境遇へ
そんな事情から鬼殺の隊士が異常なまでに鬼を憎むのも無理はなかった。だが同情できるからと言って、鬼となった妹や母までも恨まれるという事態は何としても避けたい。ならば最初から話題に出さなければ良いではないか。炭治郎はそう結論づけていた。
(ここに居る隊士だって全員、俺と同じ想いを経験したはずなのに……)
炭治郎は思う。だが決して口にはださない。
これから始まるのは戦争なのだ。背中を預けなければならない隊士達さえも敵となってしまったら、戦場で孤立してしまうことになる。
(……死ねない、俺は絶対に死ねない。禰豆子を連れて、母ちゃんの居る神藤邸に帰るんだっ!)
愛する家族の元への帰還。それだけが今の炭治郎を支えていた。
「ではまず、鬼の隠れている住処の捜索を第一としましょう。攻勢部隊百名は十七班に分割。那田蜘蛛山全周を包囲し、進軍。決して一人では行動せず、六人一組での捜索を徹底しなさい!」
しのぶの号令により、那田蜘蛛山討伐作戦が開始される。もう、どうやったところで逃げられない。
一班六人とは軍における班編成で言えば最大の人数だ。それだけ少数行動が危険であると判断されたのだろう。それに人数が多い方が生きて情報を持ち帰る確率が高くなる。その分捜索範囲は狭くなるが確実性を重視した策であった。
各班の隊士達がぞくぞくと本部である村の門から出発してゆく。その流れに乗りながらも炭治郎は、ただひたすら愛する家族の姿だけを思い描いていた。
◇
「うへ~っ、気持ちわるっ!」
そんな善逸の声が炭治郎の耳にも届く。だがその感想は、一般的な人間の感性で言うなら当然すぎるものであった。
獣道のような道筋は一応あるのだが、山肌に生えた針葉樹の隙間を張り巡らすかのように蜘蛛の巣が大量に貼りめぐらされている。もちろん、それが人間の足を止めるものかと問われれば否。所詮は蜘蛛の糸、除去しようとするならば方法はいくらでもあるのは確かだ。しかして生理的な観点から言いうならば、最悪の二文字に尽きる。ただただ、この山に入るのが気持ち悪いのだ。
「仕方ないだろ? 入らなきゃ何も始まらないんだから。大丈夫、今は昼なんだから鬼も隠れ潜むしか手段がないはずだ」
「それは分かってるんだけどさぁ。ほら、俺ってば繊細だから――」
「邪魔くせえぞ、この蜘蛛の巣っ! いっそ山全部燃やしちまえばいいんじゃねえのか!?」
「いやいや、この那田蜘蛛山は地元の人にとって信仰のあつい山だって言われただろ? 火は拙い」
友人としての絆が繋がり始めた伊之助・善逸の班に組み込まれたのは、炭治郎にとって唯一の救いだった。これで少なくとも、周り全員が敵などという最悪の事態は回避される。自分の背中は二人が、二人の背中は炭治郎が守れるのだ。
しかして一班六人編成なのは決してこの班も例外ではない。チラリと後ろへ視線をやると、新米三人組よりも階級が上であろう三人の先輩隊士が
――先頭を努めていて後ろからグサリ、なんて裏切りは許さない。
わざわざ口に出すことはなかったが、つまりはそういうことなのだろう。先輩隊士の視線が炭治郎の背中を突き刺しているかのようだった。
「しっかしよぉ、なんでまた新しい隊服が全員に支給されたんだ? 動きにくくて仕方がねえ」
普段は上半身裸が当たり前の伊之助が苦言を漏らす。
出発前に支給された厚手の隊服は、この先にある激しい戦いを生き残るためにとしのぶが用意したものだった。伊之助が奇襲を受けた前例もある。毒蜘蛛の一刺しが隊士達の命を左右してしまうのだ。
「あれだろ? きっと俺達にしっかりと生き延びて帰って来いってことだろ?」
後方の先輩隊士達から声がかかる。だがきっと伊之助と善逸、二人に向けられたかけ声だ。
「死に装束だったりして……」
「やめろよ、縁起でもねえ!」
善逸も始めての大規模作戦に緊張し、伊之助だって炭治郎に気を使う余裕などない。
それは仕方の無いことなのだ。そう、誰だって自分の命が一番大切だ。炭治郎は前方を警戒しつつも、僅かな意識を後方の先輩隊士へと向け続ける。
敵は、鬼だけじゃあ、ない。
鬼殺隊は「鬼を殺すための非政府組織」だ。その非情さを、炭治郎達はこれから嫌というほど味わうことになろうとは。この時、誰も知るよしはなかった。
最後までお読み頂きありがとうございました。
いよいよ戦いが始まります。
しかして味方だと自信を持って言えるのは伊之助と善逸のみ。敵城へ攻め込むには不安要素だらけです。
しっかし伏線のためとは言え、伊之助に普通の隊服を着せるのは違和感バリバリですね^^;
この隊服がどんな意味を持つのか、お話の続きをお待ちくださいw
PVも16万再生を越え、これまでに経験のない人数の方にお読み頂いているようで光栄の至りです。
ではまた明日の朝7:00にお会いしましょう。外出はできないでしょうが、楽しい週末を! 作者はコツコツと執筆し続けています……。