本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第6-8話「蜘蛛鬼の罠」

 異変は唐突だった。

 此方にも非はあるのかもしれない。昼間と言う時間帯もあいまって、鬼は出てこれないであろうと隊士達が油断していたのかもしれない。それでもこの状況は炭治郎の予想を遥かに超えている。それだけ下弦の伍:累は用意周到に罠を張り巡らせていたのだ。

 

 那田蜘蛛山を包囲した十七班が突入した際、最初に出会った敵は鬼ではなかった。まごうことなき自然の蜘蛛である。

 もちろん、ただの蜘蛛であったならば毒を持っていようと人間様の敵ではない。元来、蜘蛛とは臆病(おくびょう)で自分より大きな相手を捕食しようとはしない生き物だ。罠にかかった得物や、相当に追い詰められた状況にならなければ襲い掛かってこない。

 

 だがそんな常識はこの那田蜘蛛山では通用しなかった。山肌の獣道に入り込んだ隊士達の頭上から、糸を伝って降りたきた無数の蜘蛛が襲撃を仕掛けてきたのだ。

 蜘蛛一匹一匹にはそれほどの毒はない。だがその分、数が有り得ないほどに膨大だ。命に別状はないものの、皮膚の炎症による耐えがたい(かゆ)みが隊士達に襲い掛かっていた。

 

「この蜘蛛ども、新しい隊服の隙間にも入り込んでくるぞ!」

「噛まれるぞっ! 服の中に入ったならそのまま叩き潰せっ!!」

 

 この声は隣の班であろうか。

 炭治郎の耳にも悲痛な怒号が届いてくる。たとえどんなに丈夫な布であろうとも、服の隙間から中に入り込まれては意味がない。必死の抵抗をみせる隊士達が隊服の上から蜘蛛を潰そうと叩き続ける。だがそれもまた、悪手以外のなにものでもなかった。

 

「噛まれたような痛みはなかったのに……、(かゆ)い。痒すぎるっ!」

 

 いたるところから鬼殺隊士の悲鳴が聞こえてくる。それはまた、炭治郎達の居る班も例外ではなかった。

 

 ◇

 

 数の暴力とはこれほど恐ろしいものなのか。

 山育ちの炭治郎は自分が心得ていた蜘蛛の危険性を確認しつつも、現実となった光景を愕然(がくぜん)としながら受け入れていた。本当に一匹一匹の蜘蛛であれば脆弱(ぜいじゃく)すぎる存在だ。だがこれほど無数に降りかかってくるならば、どれだけ恐ろしい存在に変貌するかなど知るはずもない。

 

 那田蜘蛛山全体に阿鼻叫喚(あびきょうかん)の叫び声が乱発している。

 百人ほどの鬼殺隊士が十七の班に分かれて入山し、蜘蛛の襲撃に対応できている班など(ほとん)どいなかった。

 毒蜘蛛といっても、その毒自体はそれほど強いものではない。皮膚が炎症を起こし、人間の脳に(かゆ)みを与える程度のものだ。本当にその程度のものなのだ。しかして痒みという人間の拒否反応がどれだけ耐え難い苦痛となるかは、意外と知られてはいない。

 

 たかが(かゆ)みと侮ることなかれ。

 

 痛覚以上に神経を刺激し、自ら皮膚を掻き裂き、様々な細菌を体内へ迎え入れるのだ。それが人の手の入っていない、ましてや鬼の本拠地であるなら、その危険性は語らずとも良いだろう。そんな危険地帯に「昼間なら安全だ」と討伐隊は入り込んでしまった。

 

 蜘蛛鬼によって張り巡らされた罠は用意周到だった。わざと麓の入口には蜘蛛の巣だけを配置し、「この程度で(ひる)んでいられるか」という状況を作り出す。それが罠であると気づきもせず、入山してから半刻ばかりは順調な行軍を続けてしまう。その行軍が尚更、撤退の困難性を高めていた。

 鬼は霊長の長たる人間がなるものだ。決して蜘蛛のような畜生がなれる存在ではない。逆に言えば、鬼ではないのだから日の光が影響することもない。那田蜘蛛山の門番としては十分に優秀な存在だ。下弦の伍:累は自身の分身とも言える蜘蛛の特性を十分に理解しるからこその罠なのだろう。

 蜘蛛達は決して累の命令に縛られているわけではない。そんな知能を持ち合わせているはずもない。ただ「己の住処に侵入してきた外敵に驚き、反撃している」にすぎないのだ。

 

 炭治郎・伊之助・善逸の班にも、そんな毒蜘蛛の脅威が襲いかかろうとしていた。

 獣道の脇に乱立する針葉樹。炭治郎達の頭上にまで伸びた枝葉から、指先ほどの大きさしかない蜘蛛が無数に降りてくる。その光景はあまりにも不気味すぎるものだった。

 

「ひぃ、なになにぃ!?」

 

 と善逸が(おび)え。

 

「ようやく出やがったかっ、毒蜘蛛鬼のクソ野郎はどこだあ!?」

 

 と伊之助が息をまき。

 

「…………」

 

 炭治郎は荒ぶった意識を落ち着かせつつ、冷静に状況を分析しようと苦心していた。

 このような場合であれば三人の中で炭治郎の嗅覚が効力を発揮する。周囲がどのように動いているかを察知するならば伊之助が適任だが、感情の臭いを読み取り状況を察知するのなら炭治郎の方が優れている。あの冨岡義勇も言っていたではないか、これまでの経験から必ず突破口は見つかると。

 

(痛みではなく、痒み……、そして混乱と恐怖。……やはり毒かっ!)

 

 周囲の隊士が垂れ流している感情の臭いが流れ込んでくる。その想いを、炭治郎の鼻は敏感に察知した。

 

「善逸、伊之助っ! 蜘蛛に手を出すなっ!!」

 

 咄嗟に炭治郎が声を張り上げる。蜘蛛の中には触るだけでも危険な固体が存在すると知っていたからである。

 

「こんな虫に何を怖気づいていやがるっ!」

「この那田蜘蛛山は下弦の伍が作り上げた城だ、どんな毒を持っているかも分からない。……大丈夫、この蜘蛛達に殺意はないよ」

 

 興奮する伊之助を鎮めるかのように、炭治郎は冷静に事実を指摘した。やがて、人間の存在に気付いたのだろう。蜘蛛達は慌てて糸をたぐりよせて頭上へと消えてゆく。だがそれでも危険が去ったわけではなかった。いつの間にか、地面にも足を動かせないほどに蜘蛛達が這い回っていたのだ。

 当然と言えば当然だが、蜘蛛達の知能は高くない。慌てふためいて逃げ回るうち、人間の足に昇ってくる個体もいた。このままでは何時までも動けない。ゆっくりであっても蜘蛛を刺激したなら噛み付いてくる危険性もある。

 だが炭治郎の「気熱」はこのような状況にも有効であった。

 

「俺の『気熱』で蜘蛛を散らす。少しずつ此処が住み心地の悪い場所だと悟らせれば勝手に散っていくはずだ。ここは俺に任せてくれ!」

 

 炭治郎であればたとえ蜘蛛の毒が体内に侵入しようと「気熱」の効果によって毒を無効化できる。かつて最終選別の場において、藤華から受けた毒さえも体内で中和した炭治郎だ。自然界の毒など敵ではない。

 少しずつ、体温を上昇させ。全身の皮膚が熱をもつ。決して蜘蛛を刺激させないよう、自然に気温が上昇したかのように見せるのが肝要(かんよう)だ。

 

「……よし、もう、少しで……」

 

 蜘蛛が耐えられないほどの蒸気を発生させられる。そう炭治郎が確信した時である。

 

「…………えっ?」

 

 これまで無意識であっても使えた「気熱の呼吸」が、蒸気となる温度へと上がりきる前に冷めていったのだ。

 

「まさか、なんで!!?」

 

 その場の誰もが蜘蛛の対応に夢中で、炭治郎の悲鳴には気付かなかった。

 

 その原因を炭治郎は知らない。気熱の呼吸は炭治郎の中にある「理性の水」と「復讐心の炎」が合わさって始めて使える呼吸であることに。

 

 そして炭治郎の心に今、自らの身体を張って逃がしてくれた冨岡義勇という存在が仇として認識されていないことに。

 

 それによって「復讐心の炎」が著しく(おとろ)えてしまったという現実に。

 

 炭治郎の気熱は著しく弱体化していた。

 東京浅草での穏やかな生活。仇である鬼舞辻 無惨の娘である神藤久遠と出会い、今まで修羅の道を歩んでいた竈門炭治郎は平穏を手にしてしまう。その結果、かつて「夜叉の子」と呼ばれるほどに怨嗟の炎を燃やしていた少年の姿は、もはや見る影もなくなっていた。

 

 もしあるとするならば、隊士達の差別によって生まれた「悲しみの涙」。それのみである。

 

 時間は巻き戻ってはくれない。敵地であるこの状況であっても事実は変わらない。

 

 下弦の伍:累の居城たる那田蜘蛛山という攻城戦の最中、炭治郎は知らず知らずのうちに。

 

 「気熱の呼吸」を失ってしまっていたのだ――。




 最後までお読みいただきありがとうございました。今回は解説文が多めですみません。

 やっとこさ戦いが始まりましたw
 しかして本作ではめずらしい平穏な東京での生活が、炭治郎君の力を失う要因となってしまいます。

 今回の章を書くにあたり、世界中の毒蜘蛛を調べたりしたのですが。
 もう画像を見るだけでゾワゾワしました(汗 ですが毒に関しては人間を死に至らしめるほどの蜘蛛はごく僅かというのは意外でしたね。蛇やサソリ、カエルの方がよっぽど危険です^^;
 なので毒の効果は「かゆみ」という痛みとは違う方向へとシフトした次第です。皆さんもやぶ蚊に刺された経験は沢山あるでしょう。いっそ、痛みの方がマシだと思いませんでしたか?

 さてさて。
 胡蝶しのぶの指示によって無謀な攻勢に苦しむ隊士達。しかしてそれも……。

 といった引きで、今後のお話をお待ちください(ゲス

 それではまた明日! 頑張って7章も書いてますよー。
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