本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第6-10話「怨嗟の獄炎」

 人生で最後に見るという走馬灯が描かれる中、炭治郎は鬼舞辻 無惨の幻と対峙していた。

 まるで雲の上に立っているかのように膝から下は白い霧におおわれ、何の障害もないように見えても決してその場から動けない。周囲には驚くほど何もなく、ただ天からは黄色い陽光がさんさんと降り注いでいた。

 

 これが俺、竈門炭治郎の最後か。

 そんな感情を自覚すると、情けないを通り越して笑ってしまいそうになる。日輪刀を抜き、ただの一度跳べるなら。あの憎たらしい顔を二度と見ずに済むよう、首を跳ね飛ばしてやれるのに。足も手も炭治郎の意志をまるで受け付けず、ただただ鬼舞辻 無惨という怨敵の顔を見るほか出来ることはなかった。

 

 ふと、憎き怨敵の影から一人の少女が現れる。

 

 長くも艶やかな黒髪。その毛先がすこしばかり赤く染まったのは鬼となってからであろうか。もはや見慣れた桃色の鬼眼は、何の感情もあらわしてはいない。

 

「ああ、この子ですか。……中々、見所がありそうなのでね。こんな山奥で一生を終わらせるには勿体ない『稀血(まれち)の子』だ」

 

 どこかで聞いた言葉だった。

 

赫灼(かくしゃく)の子……、ということは君もこの家の子か。あの男の血を十分に受け継いでいるのはこの娘だけではなかったか。……これは、良い」

 

 一体、何が良いというのか。

 

「他の兄弟は期待はずれでしたからね。私の血肉になってもらうとして……。一度に『稀血の子』と『赫灼の子』が手に入るとは、これは期待以上だ」

 

 期待以上? この鬼は自分達に何を期待していたのだろうか。いや、今ならばその言葉の半分だけは理解できる。「稀血の子」とは、鬼にありえないほどの成長を遂げさせる最高の得物なのだろう。

 鬼舞辻 無惨の腕の中へ、禰豆子が自ら寄っていく。怨敵の青白い左手が肩に置かれ、一方の右腕は妹の背中へとまわってゆく。まるで自分のモノであるかのように、大切に。大切に抱き上げられた。それでも禰豆子は何の表情も変えようとはしない。

 

 呆然とする炭治郎の眼前で、鬼舞辻 無惨がこちらに振り向いた。

 

「竈門炭治郎。君はなぜそこまで人間に固執する? そんなに人間とは信じられる存在か?」

「…………えっ?」

「鬼がそんなに邪悪か? 自然の摂理に従い、得物を捕らえ喰らう。それがそんなに悪いことか?」

「………………」

 

 炭治郎の口は答えを発さない。つい先ほどまで人間の醜い部分を見てきたのだから尚更だ。

 

「どの鬼の目的も、究極的に言えばただ一つ。自らの命、その存続だ。対して人間はどうだ? 生があるだけで満足できるか? 出来ぬであろうよ、鬼が人間の化物であるならば人間は欲の化物だ。他人より豪華に、他人より偉く、そして全ての他人を見下したい。それを罪悪と呼ばずして何なのか」

 

 無惨が禰豆子を連れ、ゆっくりと近づいてくる。炭治郎は反射的に、動かぬ足を後ろへ動かそうと足掻いた。

 

「そんな醜い人間へ、本当に禰豆子君を戻すつもりか?」

 

 お互いの視線が瞳の中に溶け合うなか、無惨が足を進める。その歩数と同じだけ後ろへ下がりたかった。だがまるで固められたかのように雲の中の足は動かない。

 

「この醜い人の世に。大切な妹を戻すつもりか?」

 

 更に無惨が近づく。もう手を伸ばせば頬に触れられるような距離だ。

 

「考えろ、そして決断しろ。君たちは人の世と鬼の世、どちらが幸せだ?」

「分からない、……俺には何も、分からないよっ!!」

 

 そう、炭治郎が答えた瞬間。まるで雲が溶けるように足が自由を取り戻した。もはや身体に力はなく、崩れるように膝をつく。そんな少年を見下ろしながら、無惨は最期の言葉を解き放った。

 

「ならばもう一度、その目で拝んでくるといい。人という存在が、どれほど醜く救いがたい存在なのかを、な――」

 

 再び意識が暗転する。

 その超常現象に抗う力などもはや、炭治郎には残ってはいなかった。

 

 ◇

 

「……こどのっ! …………婿(むこ)殿っ!!」

 

 誰かの呼び声が聞こえる。

 そこまで聞きなれた声ではない、だがつい最近聞いたことのある声だった。そう、つい最近……此処と同じような場所で……。

 伊之助が鬼の毒にやられて、……それから。

 

 それから?

 

「――っ!? 禰豆子っ!!」

 

 無惨に寄り添う妹の顔を思い浮かべた炭治郎の脳は、その一瞬で現実を取り戻した。

 しかして眼前にあるのは決して妹の可愛らしい顔ではない。黒ずんだ肌、瞳孔のない真っ赤な眼球、額に走る刺青。なによりも可愛らしくない男の顔だ。

 

「貴方は……久遠さんの?」

「はい、鼓鬼:響凱(きょうがい)です。婿殿」

「無事、お目覚めになり安心致しました。私の名は沼鬼:泥穀(でいこく)、先日は名乗りもせず申し訳ない」

 

 二人の鬼が炭治郎の前でひざまずく。

 周囲を見渡せば、これまで見回りに使っていた麓の農道の脇にある、収穫した野菜などを収蔵する洞穴にいた。かたわらには伊之助・善逸、そして同じ班である三人の先輩隊士も居る。もっとも意識が覚醒したのは炭治郎が最初のようだったが。

 

「先ほどは救出が遅れて申し訳ありませぬ。まさか鬼殺隊の柱が全面攻勢に打って出る愚策を用いるとは予想しなかったゆえに。もしかと持たせてくれた珠世殿の解毒剤が効いて本当に良かった」

「いえ、助かりました。本当に、……ありがとうございます」

 

 命の恩人に対し、炭治郎は深々と頭を下げた。

 いくら仇の鬼とはいえ、この二人はあの久遠の部下らしい。ならば命の恩人に頭を下げるのも当然である。

 目の前に居る半裸の鬼:響凱(きょうがい)は、相変わらずどこぞの劇にでも出て来そうな古ゆかしい言葉使いだ。

 だがそれも当然なのかもしれない。この人達はおそらく、鬼となってからかなりの年月を積み重ねている。鬼が成長するといえば食肉だが、知識もまた長い時間を過ごせば変貌を遂げてゆくのだろう。ただ、その口調だけはどうにもならなかったらしい。……ただ単に変える必要がなかったとも考えられるが。

 

 そんな事より、炭治郎にはもっと大切な事があったはずだ。

 全面攻勢にでた討伐隊が蜘蛛の罠によって壊滅状態に陥り、炭治郎達の班も例に漏れず窮地(きゅうち)へと(おちい)り、先輩隊士にあらぬ疑いをかけられ。

 

 妹を、禰豆子を……。

 

「そうだっ、禰豆子っ!!」

 

 現状の危機をハッキリと思い出した炭治郎は、周囲の迷惑も考えず叫んでいた。

 洞穴を飛び出し雲一つない青空を見上げれば、日の光は真上から照らしている。おおよそではあるが正午くらいの時刻だろう。もし那田蜘蛛山の蜘蛛鬼が攻勢部隊を壊滅させた勢いをもって、本部にまで強襲をかけているのであれば一大事だ。

 妹の禰豆子は昼の間、鱗滝の作ってくれた木箱から出られない。つまりは己の意志で移動さえも出来ないのだ。これまでは炭治郎が肌身離さず背負っていた。だからこそ問題も起こりづらかった。しかし今、妹のそばに兄はいない。

 

 事態は急を要した。

 一刻もはやく討伐隊本部へ急行し、禰豆子の安否を確認しなくては。

 

 疲労の溜まった足腰に(むち)を打ち、炭治郎は立ち上がる。その勢いのまま本部へ向かおうとした足は、今だ意識の戻らない友人達の姿が視界に入ると迷いをみせた。

 自分を裏切り者扱いした先輩隊士達はともかくとして、伊之助と善逸は炭治郎のことを信頼してくれた。だからこそ、炭治郎の気熱に自らの命をかけてくれたのだ。そんな二人を放置して自分が手前勝手な行動を起こすわけには……。

 

 炭治郎の顔に苦渋の色が現れた。だがそんな背中を押してくれたのもまた、友人である伊之助と善逸だ。

 

「……いけよ、子分が親分の心配なんざしてるんじゃねえぞ」

「伊之助っ、目が覚めたのか!」

「炭治郎は禰豆子ちゃんを助けにいきなよ。大丈夫、俺達も必ず後を追うから」

「……善逸もっ!」

 

 今だ身体を起こすことは無理そうでも、二人の意識はハッキリとしているようである。慌てて駆け寄ろうとした炭治郎だったが、他でもない二人の言葉が待ったをかけた。

 

「……子分その三があぶねえんだろ? 親分は子分の手なんぞ借りねえもんだ、行け」

「ははっ、爺ちゃんの地獄訓練もこういう時には役立つな。アレの方がまだマシだと思えるから……って、子分その三って禰豆子ちゃんのことか!?」

「ああ、お前は子分その二だ。富三郎(とみさぶろう)が子分その一、こーえーに思え」

「なんでだよっ! それにお前「光栄」の意味わかってないだろ!!」

 

 動かない身体を無視して口喧嘩を始める伊之助と善逸。本当にこの二人は仲のいい喧嘩友達だ。この暖かな光景を何時までも見ていたかったが、炭治郎は行かねばならない。

 

「ああ、ありがとう。伊之助、善逸……!」

 

 そう言って二人に背を向けようとした、

 

 その時。

 

 討伐隊大将:胡蝶しのぶの手による「本作戦」が始まりを迎える。

 

 遥か彼方から、号令の知らせる太鼓の音が炭治郎の耳にも届いた。

 それを不思議に思う間もなく那田蜘蛛山へ向けて火矢が飛び、空を翔けてゆく。その目的など言うまでもない。大規模で人為的な、山火事を発生させようとしているのだ。

 本来、火矢程度では小火(ぼや)程度が精々なはず。だがどういう訳か火は瞬く間に大きくなり、山の木々を次々と燃やしてゆく。まるで山自体が大きな一つの炎であるかのように、今だ避難しきれずにいた大多数の隊士達をも燃やしつつも成長を繰り返す。

 

 勢い良く燃え立つ炎は延焼を繰り返し、炭治郎達の居る農道に火の粉が飛んでくるまでに勢いを増していた。

 

 この場に居る誰もが呆然と、現実の光景なのかと疑いながら見つめている。

 

「……ここまで、ここまでするか?」

 

 炭治郎が力なく、息を吐き出すように声をもらす。

 

 それは、この場に居る全員が。

 

 灼熱地獄と化した山を見つめながら感じた想いでもあった。




 最後までお読みいただきありがとうございました。

 炭治郎君が幻の無惨様に選択をせまられ、人と鬼の狭間で迷っています。
 これまでは敵=鬼という単純な思考で行動していた彼ですが、ようやく憎むべき存在である鬼が、愛すべき妹である禰豆子でもある。という矛盾に気付いていきます。

 幸いなことに、炭治郎君が五章までに出会った人間は優しい人達ばかりでした。ですが六章では竈門兄妹を決して認めない隊士達が登場します。
 鬼ばかりではない、人間の醜い一面を目の当たりにして。炭治郎君はどんな判断を下すのでしょうか?

 そして、那田蜘蛛山討伐隊大将:胡蝶しのぶが仕組んだ「本当の作戦」が次話から開始されます。

 少なくとも六章の終わりまでは毎日更新を続けますので、よろしければお付き合いください。

 ではまた明日!
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