本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第6-11話「非情なる策」

 子々孫々に至るまで崇め続けられたであろう那田蜘蛛山。

 だが今、他ならぬ人の手によって放たれた烈火の矢が豪雨のように降り注いでいた。これは決して望まれた結末ではない。信仰の対象であった蜘蛛は害虫を捕食する益虫として受け入れられ、地元住民の生活において密接に関わってきたのだ。

 これまで深緑(しんよく)の針葉樹に覆われていた神山は燃え盛り、黒煙を立ち昇らせ、蒼穹(そうきゅう)(かまど)のように赤く染め上げていた。

 

「こんな、こんな暴挙が。……許されて良いの?」

 

 この場で数少ない常識人を自負する善逸が呆然とつぶやく。ようやく動かせるようになった体を放置し、ひたすら現実の光景を大きく見開いた瞳に焼き付けていた。

 火とは人が生みだし、人のみが活用する文明の基礎だ。他の動物は決して使わぬし、ましてや下弦の伍である累が自らの居城を燃やすなどありえない。過去の歴史において。火攻めとはもっとも効果的な攻城手段であり、同時に最も残虐な殺戮手段でもあった。

 

 炭治郎達が呆然と見守る間にも炎はその激しさを増し、那田蜘蛛山に吹き付ける風が火の粉を運んでくる。

 

 ふと、舞い散った火花の一欠けらが炭治郎の新しく支給された隊服に付着した。

 たとえ普通の衣服であっても小さい焦げ痕を残す程度の火粉(ひのこ)だ。それが鬼と戦うために作り出された鬼殺の隊服であれば、焦げ目でさえもできる道理はない。だがその火粉は、ここが己の住処だとばかりに成長を遂げ、人間もろとも隊服を燃やし始めたのだ。

 

「――――そういうことかよ、クソッ!? 伊之助・善逸っ、隊服を脱げっ! これは『油入り』だっ!!」

 

 新しい燃料を得た火を避けるように隊服を脱ぎ捨て、炭治郎は苛立ちを隠しもせずに地面へと叩きつけながら消火する。季節は初春、周囲の田畑に今だ水はなく消化の手段としては土を用いる他ない。

 他の面々も炭治郎に習い、自らの身体を燃やさぬよう隊服を脱ぎ捨てた。

 

「やっぱり、勘違いじゃなかったんだ……。俺達攻勢部隊はみんな、火攻めの(まき)にされたんだっ!」

 

 炭治郎の脳裏に先ほどまでの感情の臭いが去来する。

 最初は蜘蛛の毒にやられた(かゆ)みの臭いだと思っていた。だが、その程度であれほどの苦しみの臭いを人が発したりはしない。

 

 あれは、あれは。人が焼け死ぬ時に味わう、断末魔の臭いだったのだ。

 

 炭治郎が吐き捨てるように叫んだ言葉が、全員の脳髄にまで染み渡る。冷酷という言葉では表現しきれない残忍な策に、炭治郎以外の誰もが言葉を失っていた。

 

 

 

 

 那田蜘蛛山から上る黒煙が蒼穹(そうきゅう)を支配し、日の光までも遮っている。

 まるで夜にでもなったかのように、周囲は薄暗い景色へと変貌を遂げていた。炭治郎達と同じように助け出された先輩隊士は身動きもとれず、伊之助は怒りを(あら)わにし、善逸の表情は今にも逃げ出しそうなほどに歪んでいる。

 

 その場で唯一、冷静であれたのは炭治郎のみであった。

 つい数日前までの彼であるならば、おそらくは他の仲間と同様に慌てふためいていたことだろう。久遠の元で平穏を味わい、戦いの空気を忘れた炭治郎であるならば耐えられなかったに違いない。だがここ数日において受けた差別的な行為の数々が、改めて炭治郎に真実を思い出させていた。

 

 やはり、鬼殺隊なんて。ろくなもんじゃない、と。

 

 そんな中にも救われるべき人が居るのもまた、確かな事実だ。友達と言える存在が今、この場にそろっているのは不幸中の幸いである。

 一連の騒ぎの間に、ようやく解毒薬が身体中を巡ったようだった。これで多少の違和感はあれど、動くことができる。そしてそれはおそらく炭治郎だけではない。

 

「伊之助、善逸。俺はもう行くよ、……禰豆子を助け出さないと。お前達はどうする?」

 

 人の心は固いようで柔軟なものだ。凍るほどに冷静な炭治郎の言葉に、二人は正気を取り戻す。

 特に伊之助はさすがだった。自然界での生活において、もしかすると山火事にも遭遇した経験があるのかもしれない。いの一番に立ち直り、咆哮(ほうこう)する。

 

「……決まってるぜ。俺様をダシにしてくれた大将の綺麗なツラへ一発、お見舞いしてやらねえと気がすまねえっ!!」

「お前ならそう言うと思ってたよ。……善逸は? 怖いなら避難してくれて良いんだぞ?」

 

 炭治郎としては思いやりを籠めた言葉だったのだが、それが数少ない善逸の逆鱗に触れたようだった。

 

「……冗談じゃない、俺だって怒る時は怒るんだ。士道不覚悟……? 作戦のためなら逃げずに潔く死ねっていうのか!? こんな作戦を考える奴なんて人じゃないっ、絶対に禰豆子ちゃんは俺が助けるんだ!!」

 

 そういえば禰豆子が好きなんだっけと、炭治郎は思い返す。普段は情けない表情ばかり見せている善逸だが、女性絡みとなると激怒することもあるらしい。

 

 炭治郎は同期に恵まれた。

 本当に、本当にそれだけが不幸中の幸いだと再び実感する。ならばあとは、達成するべき目的に向かって突き進むだけだ。

 

「我等はまた隠れますゆえお気になさらず。……妹殿は我等の同胞でもあります。どうか無事にお救いくだされ……」

 

 響凱(きょうがい)泥穀(でいこく)もまた、禰豆子の安否を気にかける友であった。炭治郎はしっかりと頷いてみせる。

 

「……勿論です。行こう、禰豆子が待ってる。伊之助の言う通り、こんな策を実行した大将に一発お見舞いしないとなっ!」

「「おおっ!!」」

 

 気合を入れなおした三人は一路、鬼殺隊本部へと駆けはじめる。

 

 そんな彼等の目には、この場に取り残された先輩隊士三人の姿など。

 

 もはや映ってもいなかった。

 

 ◇

 

 時は少々さかのぼる。

 炭治郎も参加する総勢二百名の半数。百名の攻勢部隊が那田蜘蛛山全周に配置され、意気揚々に入山した頃。

 実はもうすでに、大将である胡蝶しのぶは動き出していた。いや、最初から動いていたと言っても過言ではないのかもしれない。

 残り約半数、九十名は味方である攻勢部隊にさえ見つからぬよう配置され火矢を構える。では半端に余った十名、精鋭と呼ばれるべき上位の三階級「(きのえ)(きのと)(ひのえ)」の階級を持つ隊士達はどこにいるのかといえば。

 

 討伐隊本部から見て正反対の山裏側。獣道さえない原生林が生い茂る麓に、最精鋭の奇襲部隊十名が配置されている。その隊の頭はもちろん、蟲柱:胡蝶しのぶ その人である。普段の温厚な笑顔はなりを潜め、今はただ無表情に那田蜘蛛山を見上げている。ここにだけは火矢を持つ隊士が存在しない、策の最後を飾る突入路だ。

 何時の間に接近したのか、これまで姿の見えなかった「隠」の一人がしのぶの前に跪いた。

 

「……しのぶ様。当初の予定通り、正面から突入した討伐隊は苦戦しているようです」

「そうですか……。ではこれもまた予定通り、「(かくし)」の皆さんは表に戻って隊士の救護にあたってくださいね。隊服を脱がせ、山に捨てて来る事もお忘れなく」

「はっ! ですが……」

「何か?」

「助けるまでもない者も多数、出ているようです」

「そう……、ですか」

 

 ほんの一瞬だけ、しのぶの表情に影が差す。

 蟲柱として鬼殺隊の頂点に立ったばかりのしのぶは、柱の中で唯一の鬼と人の共存を(うた)う穏健派であった。それでも鬼に対する憎悪を忘れたことなどない。他ならぬ穏健派の筆頭であった花柱、自身の姉でもあるカナエを失ってまだそれほどの月日が経過していないのだ。

 実は、大多数の隊士を陽動に用いるという策を作成したのはしのぶではない。もはや日ノ本と呼ばれるこの国全土に鬼は潜んでいる。それほど大規模な討伐を行なうとなれば、綿密な計画を要するのは当然の理屈だ。

 

 情に流されず、冷徹に未来を想定して策をねる。

 

 この国の未来を想定しつづける「暗部」の軍師。決して表には出てこない部署が鬼殺隊には存在する。彼等は隊士という人間の個人を決して見ない。あくまで机上における数字として戦力を想定し、「少数を殺してでも多数を生かす」非情さが求められる部署である。

 本日の陽動も、そんな暗部から提示された策であった。

 鬼殺隊本部作戦立案部門、通称「暗部」は以下の作戦を立案ししのぶに提供している。

 

 1. 階級が中位~下位の隊士を全体の半数にて編成し、陽動部隊として全周囲から突撃させる。

 2. 上空に鎹鴉(かすがいがらす)を配置。迎撃のために動き出す蜘蛛鬼達の住処を確認の後、少数精鋭の本隊へと報告させる。

 3. 拠点移動という名目で残した残り半数の隊士にて火矢を準備。山火事を発生させ、鬼の逃亡を阻止する。

 4. 胡蝶しのぶ率いる精鋭部隊で各個撃破・住処の完全破壊。下弦の伍を討ち取る。

 

 この那田蜘蛛山は元々、地元民の信仰深き山であるため手荒な真似はできない。そんな意識が個人の鬼殺隊士は勿論、鬼にとっても当然の知識であった。 

「まさか、ここまではやらないだろう」という鬼の思考を完全に上回ることが何よりも肝要(かんよう)だ。それこそが策であり、暗部という部署が鬼殺隊に存在する意義でもある。

 

 当初、しのぶはこの策に反対した。鬼舞辻 無惨の腹心たる上弦の鬼にさえ対抗できる力を持つのが柱だ。下弦の、しかも伍などという後番を相手にするなど造作もないと考えたのだ。事実、しのぶの理屈は的を得ている。

 だが軍師達で構成された立案部門の暗部は、そうとは判断しない。すでに下弦の伍と上弦の弐が親しき仲であるという情報が、炭治郎の鎹鴉を通じて報告されていたのだ。更にいうならば炭治郎が出発する際、無惨の娘である神藤久遠が怪しげな発言をしていたという事実さえ報告に上がっている。

 事はもはや、単なる「下弦狩り」では収まらないところにまで膨れ上がっていたのだ。

 当然、暗部は炭治郎達新人の動向を今も監視し続けている。鴉という生物は便利なものだ。鳥であるがゆえに空を飛べ、鬼の被害にあわず、知能も高いので正確な情報を供給してくれる。以前、善逸が炭治郎に教えた鎹鴉の監視はまごうことなき真実だったのだ。

 

 一体、どれほどの被害が出るのか。それはしのぶにも分からない。

 

 それでもやらねばならぬ。この国を鬼の手に渡さないために、これまでに逝ってしまった同胞の想いを継ぐために。

 

 眼前にはおびただしい数の同胞であった屍がある。その上を歩く決意が、頂点たる柱には求められるのだ。

 

「皆の犠牲を無駄にするわけにはいきません、弓兵に火矢を準備させなさい! 合図の後、一斉に正射。確実に今日、下弦の伍・上弦の弐は討伐します……!!」

 

 後ろに控える精鋭部隊十名の前に立ち、胡蝶しのぶは宣言する。

 

 その一方。

 本命であるしのぶが率いる強襲部隊、その最後方に二人の隊士が担いだ早籠が存在した。

 窓もなく、唯一の出入り口である扉も固く閉ざされたソレは、何かを(かくま)っているようにも閉じ込めているようにも見える。その正体はしのぶの腹心たる一部の隊士にしか知らされていない。

 

 それこそが、強襲部隊の生命線。毒蜘蛛の能力を持つ鬼に対する最高の切り札であった――。 




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 鬼殺隊本部の部署として登場させた「暗部」という軍師集団はもちろんオリジナルです。作者の大好きな幼女戦記で例えるなら「参謀本部」と同じ部署ですね。戦争全体を裏で操る部署でもあります。

 鬼に対して恨みつらみを大量に抱く鬼殺隊ですが、逆に仲間意識は非常に高く見受けられます。それは最高の長所であると同時に、戦争では最悪の弱点でもあります。
 某少佐殿のように兵を数字として配置し、戦争を勝利に導く。そんな必要悪もありえるかと思い、登場させた次第です。
 しのぶさんは優しいですからね。自分からこんな非情な策は練れませんし、実行できないでしょうから。

 この第六章は全十四話の予定です。
 このGWで書き溜め、早々に第七章へと移行するよう努めますので今後ともお付き合いください。

 ではまた明日!
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