本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第6-12話「突きつけられた絶望」

「ゲホッ、げほっ……。まったく、(けむ)たくて仕方ねえぜ!」

「うわわっ、こっちも燃えてるっ!?」

 

 鬼殺隊対策本部へと急行する炭治郎・伊之助・善逸の三人は、上空から吹きつける熱波に苦戦しながらも走り続けていた。

 那田蜘蛛山だけが火山の如く燃えているのであれば話は楽なのだが、残念ながら現実はそう単純に出来ていない。今も延焼を続け、飛び散る火の粉が麓の枯れ草さえ燃やし尽くす。被害は拡大の一途をたどっているのだ。

 初春のこの時期、空気が乾燥していたのも原因の一つとなっている。現段階では、火の手がどこまで燃え広がるのかさえ不明であった。

 

 ならばなおの事、近隣の村を間借りした対策本部にも火の手が押し迫っているはずだ。そして禰豆子にも。

 

 炭治郎は疲労の溜まった身体を酷使し、全力で駆け抜ける。

 道中で山火事から逃れてきた鬼が飛び出てくる事もあったが、炭治郎は一刀のもとに首を跳ね飛ばす。その手際の良さは鬼殺隊士となってからも続けた、たゆまぬ努力の成果である。だがそれ以上に、目の前に現れる殆どの鬼が皮膚が焼きただれるほどの火傷を負っていた点も見逃せない。胡蝶しのぶの火攻めという策は確実に成果をあげていた。

 いくら禰豆子が特殊な鬼とはいえ、これほどの炎に巻かれて無事とは考えにくい。鬼の再生力とて無限ではないのだ。栄養を摂取し続けなければ再生も止まるし、死にもする。もう二度と禰豆子に肉を喰らわせてなるものか。

 

 急がねばならなかった。

 

「……苦手だからって、諦めていたけど。伊之助、善逸。俺の隣に来いっ!」

「ぬっ?」

「ふえっ?」

 

 後ろから追ってきていた二人に炭治郎は声をかける。なぜなら眼前の農道には、両脇の茂みから立ち上る炎が立ち塞がっていたからだ。

 

 「水の呼吸、玖ノ型。……水流飛沫(すいりゅうしぶき)っ!」

 

 日輪刀を(さや)におさめ、両脇に二人の友人を抱え込み。

 

「おいおい、マジかよっ!?」

「うそ、うそっ? 嘘でしょおおおおおおおおお!!?」

 

 炭治郎は迷いなく炎の中へと飛び込んでゆく。

 わずかに残った道を正確に通り抜け、他よりも熱の低い箇所を見極めながら突き進む。玖ノ型は攻撃よりも回避に使われる技だ。着地する時の接地面を最小にすることで、どんな悪路でも駆け抜けられる。

 水の呼吸に対してまるで適正のない炭治郎であったが、今ではたゆまぬ鍛錬により回避や防御の型だけは及第点をもらえるほどにまでなっている。

 

 「気熱の呼吸」の威力は確かに強い、だが致命的に守りが弱い。

 久遠の屋敷でも鍛錬に付き合ってもらった師:鱗滝の言葉だ。ならば守りだけでもと水の呼吸を諦めず、研鑽を継続したたゆまぬ努力の成果である。

 とはいえ摂氏数百度、下手をすれば数千度にもなろうかという火災の中を進むのだ。チリチリと髪は焼け焦げ、油入りの隊服を脱ぎ捨てたお陰で上半身の守りは脆弱の一言だ。

 そしてそれは、両脇に抱えられた二人とて変わりない。

 

「ぐぬぬっ!?」

「あちっ、ふぉあちっ! あっちいいいいいいいいっ!!」

「善逸、口を開けるなっ! 喉が焼けるぞっ!!」

「だったら早く抜けてええええええええええええっ!!!」

 

 水の呼吸で顕現(けんげん)する水分は、決して現実の水ではない。「全集中の呼吸」から各属性に派生する際、陽炎のような現象で実体化する幻だ。

 だが炭治郎の水は、僅かばかりに炎の熱を遮断してくれているような実感も得ていた。そうでなければ言葉を口にすることさえも出来ないはずなのだ。

 

 幸いにも火災の中を通り抜けた時間は数秒、だが当の本人達にとっては永遠にも近い時間であっただろう。

 

 全身の至る所から(くすぶ)った煙を昇らせ、三人はようやく澄み切った空気を吸える場所まで到達したのである。

 

「しっ、死ぬかと思った!? マジで死ぬかとっ!!?」

 

 善逸の顔は蒼白に染まり、

 

「……………………(ぷるぷるぷる)」

 

 自然界での火は天敵とばかりに伊之助は震えている。

 そんな二人を見て少し悪いことをしたかと反省する炭治郎であったが、あの炎を迂回するとなれば大幅な時間を消耗することになる。

 禰豆子を一刻も早く助けるためには、仕方の無い判断だったのだ。

 

 二人の苦言に満ちた顔をあえて無視し、炭治郎は先を急いだ。

 

 ◇

 

 幸いにも鬼殺隊本部が置かれた農村には、それほどの被害が及んではいなかった。

 火災において一番の原因である、かやぶき屋根の住宅が偶然にも那田蜘蛛山から一番遠い箇所に集中していたのも幸いだった。村の中に人の気配はなく、まるで廃村のように静まり返っている。

 

 それに加え、

 

「……なんでぇ、誰もいねえじゃねえか」

「俺達とは別行動の半数が、拠点移動を担当するって話だったよね? なんの道具も運ばれた形跡がないんだけど……」

 

 伊之助はつまらんとばかりに嘆息(たんそく)し、善逸は不思議そうにキョロキョロ周囲を見回している。

 武器も道具も、そして糧秣(りょうまつ)さえも昨日から手が触れられた形跡はない。まるで最初から「動かすつもりがなかった」かのようだ。

 

「禰豆子っ、どこだっ!? 禰豆子おおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

 

 無人の本部に炭治郎の悲痛な叫び声だけが響きわたる。

 何度も、何度も。声が枯れるほどに叫び続けるが、返事などあるわけがない。その事実を確認するにあたり、奥歯を噛み締めながら炭治郎は(うな)った。

 

「……ふざけるなっ、絶対に許さないぞ。鬼殺隊っ!」

「拠点移動なんて最初からするつもりはなかったんだ。……残った半数の百名は皆、那田蜘蛛山に火矢を射る担当だった。俺達がまだ山中に居ることを承知の上で」

「それって俺様達が勝とうが負けようが。火矢は最初から放たれてた、……ってことかよ?」

 

 善逸の確信に満ちた推論を、めずらしくも伊之助が補足する。

 いくら戦いに慣れた軍人であっても、命を失う前提での作戦には反発もでるだろう。だからこそ、このような仲間を騙すような形で決行されたのだ。

 

「そうだ、確かあの天幕に……禰豆子は閉じ込められてっ!」

 

 絶望しつつも炭治郎は歩みを止めない。最後の希望にすがらんとばかりに、昨日まで禰豆子が軟禁されていた家へと近づいていく。

 確信めいた悪い予想が的中しそうで、その歩みは酷く鈍い。この場に居るのであれば、妹に先ほどの声が聞こえていないわけがないのだ。ここからでも聞こえる山肌の樹木が燃え、倒れる際の轟音が炭治郎の不安を更に(あお)りたてていた。

 

 ギィと、軋むような音を立てて木の扉を開けてゆく。

 

「……………………ああっ」

 

 すでに予想がついている現実だった。

 しかして決して訪れてほしくない現実でもあった。そこに妹の、禰豆子の姿はない。あるのは見慣れた木箱のみ。中には誰も居はしない。

 胡蝶しのぶが木箱の扉を空け、妹を連れ去ったのだ。よりにもよって、鬼にとっては灼熱地獄である晴天の昼間に。

 

 鬼の最後は酷くあっけなく、そして(はかな)い。

 

 日の光に焼かれ、かといって火がつくでもなく、ただただ(ちり)となって風に飛ばされてゆく。遺体の痕跡などまるで残らないのが鬼の終焉だ。

 

 炭治郎はガクリと膝をついた。

 今まであった気力も、体力も。根こそぎ抜け落ちたかのように脱力した。

 

 一体、どこから間違えたのだろうか。

 

 炭治郎は自問自答する。

 

 この那田蜘蛛山に来たのは間違いだったのか、そもそもが鬼殺隊に入ろうなどと決意しなければよかったのか、それとも。

 

 久遠の言う通り、仇を討とうなどと思わなければ良かったのか。

 

 答えはでない。出るわけがない。

 

 この世は諦めの数だけ絶望は少なくなる。

 

 だが諦めの数だけ希望もまた、少なくなると信じてここまで来た。

 

 その結果が、この顛末か。

 

 鬼殺隊への憎悪が更に湧き上がる。自分自身でもどうしようもないくらいに、炭治郎の心は漆黒の炎を燃え滾らせていた。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 物語は最悪の展開へと突き進んでおります。
 当然のことながら炭治郎という個人の力のみでは、鬼殺隊という組織の力には太刀打ちできません。
 だからこそ、炭治郎君にも「組織の力」が必要になるわけですが……。

 この第六章は那田蜘蛛山編の前編となります。
 これまでにないほどのキャラ達を動かした都合上、とてもじゃないけど一章に納まる内容ではなくなったのです^^;
 全二章構成の長編となりますが、どうかお付き合いください。

 よろしくお願い致します。

 ではまた明日っ!
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