本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

9 / 133
第九幕でございます。
個人的には敵役であっても何か事情があって主人公と対立しているという物語の方が好きです。

ですが無残様の場合、悪の美学を突き進んでもらった方が美しいと思いました。
こうなれば行けるところまで突き進んでもらいましょう!

本日ももう一話22時に更新しますのでお付き合いください。


第1-9話[二人だけの兄弟]

「や、やめっ……」

 

 雪面に膝をつきながら力なく声を出す炭治郎。

 そんな少年の姿を、水の剣士は悲しそうに見つめていた。自分は決して正義ではない。それでも、人間に仇なす鬼を斬ることが人々の為になると信じていたのだ。

 今、水の剣士の前には鬼となってしまった少年の妹が居る。鬼の眼を光らせ、鬼化した反動であろう飢餓(きが)を癒すために牙をむいた少女が。

 

(今、此処でこの少女を斬らねば……。兄である少年を含めて多大なる犠牲が出るだろう。この少年には泣いてもらわねばならない。そんな事は分かっている……っ!)

 

 こんな場面など今までに沢山あったと自分をさとす。

 仲間の前で、親の前で、兄弟の前で。水の剣士は鬼と化した人間を幾多も斬り捨てて来た。そうしなければ、ならなかった。そうしなればこの先、同様の悲劇が起き続ける。ならば被害は最小限にしなければならないのだ。

 水の剣士は、覚悟を決めた。

 

「……恨んで、くれて、良い」

 

 ぽつりとそう、水の剣士は呟いた。それは少年のみならず、自分自身にも覚悟を問う言葉。この国に生きる大勢の人々を救う為、今はこの少年に泣いてもらう。この結果が何時か、平穏な日常への道標となってゆくと信じて。

 

「水の呼吸、伍の型……」

 

 水の剣士の刀から、水の勢いが消えてゆく。先ほどまでは水量こそ少ないものの、濁流のようだった勢いが消えうせ、まるで清らかな小川のせせらぎのような静寂がこの場を包み込んでゆく。

 まるで戦意を失ったかのような水の剣士だったが、それでも両腕を交差しつつ刀の握りを順手に持ちなおした。

 他の人間が見れば、ワケの分からぬ情景に映ったかもしれない。だが炭治郎の鼻は、鬼滅隊の剣士と呼ばれた男の明確な殺意を嗅ぎ分けていた。黄色い慈悲の心を持ちつつも、目の前の異形を切り伏せるという確固たる決意。

 

「黄色い殺意」の臭いだ。

 

「――――……、干天の慈雨」

「やめろおおおおおおおおおおおおおぉぉぉッ!!!」

 

 炭治郎が絶叫しながら飛び出してゆく。

 今の自分では間に合わない、盾にすらならない。そんな事実は解ってる。それでも、禰豆子は。炭治郎の大切な妹だった。目の前で殺されるなんて我慢ならない。

 

「禰豆子、待ってろ! 今、兄ちゃんが、助けるからっ!!」

 

 そう叫びながら、痙攣を続けていた炭治郎の足が前方へと蹴りだされる。

 

 ――――助けて、お兄ちゃん。

 

 夢か、はたまた自分が作り出した幻か。そんな妹の声が、炭治郎の耳に届いた。

 現実において、奇跡など起きる筈も無い。そんなものを期待した人間から死んでいく時代だ。頼みの綱となるのは自分の意思と強さ、それ以外の何があるというのか。

 

 でも、それでも。

 

 炭治郎と禰豆子は、――――奇跡(水の剣士)に賭けた。

 

 

 シャン――。

 

 そんな、おおよそ殺し合いでは聞く事の無い、優しい音が響いた。

 鬼殺隊の剣士による一撃は、奇跡が起こることもなく妹の横を通り過ぎていった。

 

 おそらく。いや、万に一つもなく。この数瞬の後、禰豆子の首は落ちるのだろう。もしかしたら、自分の首さえも落ちるのかもしれない。自分達の頭上から、霧雨のような水滴が降りかかる。

 炭治郎は、兄弟達と一緒に冥府へと落ちる覚悟を決めていた。仇を討てなかった事への悔しさと、自分一人が現世に留まらなくて済む事への安堵。二つの感情が入り混じり、不思議と心は穏やかだった。

 

 しかして、現実は。この兄弟に、万に一つ以上の奇跡を与えたのだ。

 

「首……、繋がってる。禰豆子も俺も、生きてるっ」

 

 歓喜の表情を浮かべる炭治郎。彼の胸の中で、鬼となってしまった禰豆子も借りた猫のように大人しくなっている。

 しかしてコレは、やはり決して奇跡という事象ではなかった。

 

「――――――っ」

 

 ドサッ。

 

 炭治郎の視界の隅で、何か長いモノが地面に降り積もった雪の中へと埋もれる。

 それは他でもない、禰豆子を斬ろうとした剣士の刀だった。左手で右腕をかばうように押さえつけ、全身に汗をかきながらその場に崩れ落ちる。

 勿論、炭治郎には何が起こったのか理解できない。この剣士の一撃は間違いなく、炭治郎が禰豆子の身体に覆いかぶさるより早かった。その間、禰豆子はその場から動いてはいない。つまり、この剣士は。自らの意思で剣閃を逸らしたのだ。

 

 だがその代償は決して軽くないようだった。鬼をも切断する奥義の軌道を途中で無理矢理変化させ、基点となった右腕の肘関節を痛めてしまったらしい。

 

「甘い、……相変わらずの甘さよな。さすがあの水柱の継子だ。まさか、ここまで上手く行くとは思わなんだ」

 

 まさかの剣士の体たらくに、鬼舞辻 無惨は大口を開けて嘲笑(ちょうしょう)している。

 

「黙れ……。この卑怯者の鬼めがっ!」

「それが貴様の限界だったようだな。……さあ、新しき鬼よ。自らの飢えを満たせ。それは鬼だけでなく、この地に生きる全ての生き物が行なう生存競争だ。少年、その男は『お前の家族の仇だぞ?』」

 

 自らを「鬼舞辻 無惨」と名乗った鬼は、そう言い放った。

 鬼と化した禰豆子だけでなく、彼女の身体を抱き締めている炭治郎にも。炭治郎と鬼の禰豆子は同時に家の玄関口へと視線を移す。「仇」という鬼の言葉に反応したのだ。果たしてそこには、灰燼(かいじん)に帰す兄弟達の姿があった。

 

 竹雄、茂、花子、六太。

 

 四人の愛すべき兄弟達の(むくろ)(ちり)となって消えようとしている。

 首を飛ばされたのだ。もはや生きている筈もないと炭治郎は覚悟していた。生きてこの窮地を脱せられたならば、四人の身体を埋葬し必ず仇を討つと。

 しかして鬼と成り果てた人間の最後は残酷なものであった。死んだ鬼は、この世に存在するのを許されぬかのように消え去るのだ。

 

「ああああ……っ」

「アアアア……ッ」

 

 慟哭の呻き声が重なった。

 炭治郎と鬼の禰豆子、二人の涙がぽたぽたと落ち、雪を溶かす。もはや人間に戻すという最後の希望さえも消え去った。

 

 今、この世に。

 

 竈門家の兄弟は。

 

 炭治郎と禰豆子しか存在しない――――。




最後までお読み頂き有難うございます。
細かい考察は第10幕の後書きで。

よろしければお付き合いくださいな。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。