本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第6-14話「僅かな希望の果てに~」

「禰豆子ちゃんは特別な鬼なんだろっ!? じゃあそのまま殺したりなんかしない。きっと、まだ。死んじゃいない!!」

 

 絶望に沈む炭治郎をムリヤリ立たせ、善逸が僅かな希望を口にする。

 

 そんな根拠のない希望にすがりながら、炭治郎達は胡蝶しのぶ率いる本隊に追い着くため走り続けていた。

 決して整備されたとは言えない農道に、禰豆子を連れて行ったであろう多数の足跡が残っていたのだ。これまで見回りをしていた農道とは反対方向へ。途切れ途切れの臭いや音、空気を辿る。三人の隊士として持つ感覚を総動員させながらの追跡劇だ。

 どうやら禰豆子はどこかに移動させられているようだった。炭治郎の心に徐々にではあるが、一縷(いちる)光明(こうみょう)が差し込んでくる。日光に焼かれるという最悪の事態にはなってはいない。禰豆子はまだ生きているのだと、他でもない妹の臭いが知らせてくれていた。

 

 だが決して、状況が好転したわけではない。

 わざわざ連れて行くということは、大将である胡蝶しのぶが禰豆子の価値を認めているということに他ならないのだ。まだまだ「藤の呼吸」は全貌(ぜんぼう)が明らかになってもいなく、そんな状態での連続行使は身体にどんな影響を与えるか分かったものではなかった。

 

 本部を飛び出してしばらくは、本隊を追えば追うほど山火事の火の手は引っ込んでゆくようだった。位置的に言えば本部から見て那田蜘蛛山の反対側、そここそが目的地らしい。

 段々と細かった臭いの川が幅広く、そしてハッキリと知覚できるほど濃くなってくる。

 

 間違いない、この道の先に禰豆子は居る。

 

 歓喜の感情がこれまでの疲労を忘れさせ、自然と足取りが速くなる。これまでの苦悩も忘れ、今だけは炭治郎の顔に笑顔が戻っていた。

 

 と、

 

「おやおや~? そこに居る子は見覚えがあるねぇ」

「――――っ!!?」

 

 唐突に聞こえた声により、最悪の思い出が脳裏を描写する。

 思わず足が止まり、僅かばかり後ろへと後退する。炭治郎の本能による無意識の行動だった。

 

「なんだぁ、こいつ。変な服を着てやがるな」

「お前今、完全に自分の事を(たな)にあげてるぞ?」

 

 そんな軽口を叩きながら、後方から伊之助と善逸も追いついて来る。

 炭治郎は咄嗟に、警告を発していた。

 

「伊之助っ、善逸! 来るなっ!! コイツはっ――――、ぐっ!?」

 

 だがその警告もすでに遅すぎた。三人の周囲には季節はずれである雪の結晶が散布され、息と共に肺へと進入してくる。

 まちがいなくあの時見た、コイツの血気術に間違いない。

 

「そっちの二人は始めましてだね~。俺の名は童磨、万世極楽教の教祖にして上弦の弐なんて役職にもついてるよ?」 

「……なにぃ?」

「へ?」

 

 満面の笑顔に輝く虹色の瞳。

 一見すれば浮世から外れた不思議な人物としか映らないだろう。教祖にしては坊主らしくもなく、南蛮から到来したという西洋宗教がピッタリと当てはまる風貌(ふうぼう)だ。

 だが伊之助は触覚で、善逸は聴覚でこの男を鬼と認識していた。それもそこらを徘徊する野良鬼どころの話ではない威圧感だ。

 

 童磨は自らの登場を演出するかのように、氷の結晶を広く濃く展開する。まるでここだけが冬へと逆戻りしたかのようだった。

 

「コイツがっ、あの、花柱だったカナエさんを。……殺した、十二鬼月だっ!」

 

 童磨の血気術に肺を犯される中、炭治郎は息も絶え絶えに声を張り上げる。三人の認識が共通し、今の自分達では決して敵わない存在だと確信する。

 

「……ぐぅ」

「ひぃ!?」

 

 伊之助は(うな)り、善逸は引きつった。目の前の鬼が、完全に自分達の生殺与奪権を握られていると自覚したのだ。

 だが当の上弦の弐には殺意どころか闘志さえもまるで伺えない。ニコニコと微笑むばかりで、周囲に展開した血気術も足止め程度の役目しか果たしていなかった。

 

 炭治郎達との実力差ならば、肺を凍らせるどころか全身を氷漬けにする事も容易いだろう。それなのに、まるで遠足に来ているかのような気の緩みようである。

 

「まあまぁ、そんなに警戒せずにゆっくりしようよぉ。今回の俺はただの傍観者だからね。……今度こそ自分だけで殺すって、累君が張りきってるのさ。まあ相手は新人の柱みたいだし、大丈夫じゃない? 炭治郎君だっけ? 君も見たでしょ、僕のお土産」

 

 ぺらぺらぺらぺら。

 上弦の弐たる童磨の口は止まる気配を見せない。

 

「今の累君はね、もう下弦の伍なんて下っ端じゃないんだよ。ちょっとだけ格上げされたんだ、ちょっとだけね? でもまあ、流石に上弦は早いって言われたから下弦のままなんだけどね、それでも壱の文字を授かった優秀な子さ。どうだい、すごいだろう??」

 

 世間話をするかのように鬼の内情を暴露する童磨。

 炭治郎はその減らず口を、元から生かして返す気などないからだと結論づけた。どうせ殺すのだから話しても問題ないのだ。それでも炭治郎が放つ険しい視線に気付いたのか、童磨は不思議そうに近づいてきた。

 肺が凍りそうなほどに呼吸がままならず、地に膝をつく炭治郎に合わせてしゃがみ込む。赫色の瞳と虹色の瞳が間近で見つめ合い、憎しみの心を察した童磨は不思議そうに顔を(ゆが)めた。

 

「君、怒ってる? もしかして、僕に??」

「あたりまっ――」

 

 えだ。そう叫ぼうとした炭治郎の言葉が途中で途切れた。この童磨が不思議がる理由を察してしまったのだ。

 

「君の母や妹を鬼に変えたのは『あの御方』だ。そして君が大事にしていた兄妹達の首を跳ねたのは鬼殺隊の柱だって聞いてる。じゃあ俺は? なんで怒ってるの??」

「………でも」

「僕は、君に。恨まれるような覚えは一切ない。妹の禰豆子ちゃんだって鬼殺隊の役に立っていれば危険はないしねぇ、累君は嫌がるかもだけど。……もう一度聞くよ? 君はなぜ、僕に対して、敵意をもってるの?」

 

 確かに、何の恨みもない。炭治郎は心の中でそう結論づけてしまった。

 別に狭霧山での一件だって、自分達兄妹に怪我はなかった。隊士達にあれだけの差別的行為をうけた今となっては、カナエの死も義勇の行方も。同情はしようが、怒りをもって命を危険にさらせるほどでもない。

 

 東京は浅草。神藤家の屋敷にて語った久遠の言葉が、炭治郎の脳裏によみがえった。

 

「差別と区別」

 

 鬼だからと言って無差別に殺していては、人間とて鬼と変わりない。

 

 先ほど夢の中で語られた、無惨の言葉が脳裏によみがえる。

 

 ――考えろ、そして決断しろ。君たちは人の世と鬼の世、どちらが幸せだ?

 

 今の炭治郎に、その決断にいたる答えは導き出せなかった。もはや無条件に人間が善だとは思えなくなっていたのだ。

 

 ふと、

 それまで息苦しかった童磨の血気術が突然、何もなかったかのように解除された。同時に炭治郎の体内にもあった寒威(かんい)による痛みが嘘のように消えてゆく。

 

「……まずいな、君の妹君が少々危険に晒されているようだ。累君め、よほどこの火攻めが堪えたらしい」

 

 これまでの飄々(ひょうひょう)とした言葉使いから一転、顔を歪めながらも真面目な表情で童磨は口を開いた。

 

「まあ、鬼同士の喧嘩だ。死にはすまいよ、幸い栄養豊富な場所に居るようだしね。……君も見るかい?」

 

 そういうと、童磨は再び血気術を展開した。今度は米粒程度の結晶ではなく、周囲の水気を全て集め、写り鏡のような氷の板を作り出したのだ。

 

 

 

 この場から決して遠くない戦場の光景が、冬の湖に張った氷のような画面に映し出される。

 火矢を放つ任務を遂行していた隊士達が合流したのだろう。総勢百名の隊士達は必死に蜘蛛の巣を排除し、山を駆け上ろうと苦心していた。対して頭部のみが人で身体が蜘蛛な異形の鬼が毒を撒き散らしながらも立ちはだかっている。

 それだけではない。数多くの隊士達が、鬼を前にして日輪刀を振るっていなかったのだ。だが炭治郎の眼にはそんな不可解な光景すら映ってはいない。

 

 そんな戦場の最前線。負傷名を後退させ臨時の救護地に炭治郎が愛して止まない妹がいた。しかもこれまで見たこともない巨鬼(きょき)の蜘蛛が迫っている。

 

「――禰豆子っ!」

「兄蜘蛛君の毒を片っ端から癒す妹君に気付いたのだろうねえ、臭いは元から断てとばかりに父蜘蛛君が突貫したようだ」

 

 氷の画面に食いつくように炭治郎が近づく。だがこれは只の映像、決して向こうに介入する術などない。

 

「童磨っ、俺をあそこまで連れていけっ!!」

「いいけど、この場所まで一里はある。どんなに急いでも数分はかかるだろう、例え僕が引き止めてなくとも間に合わない計算だ」

「そんな理屈はどうでもいいっ! なんとかならないのかっ!!」

 

 炭治郎は相手が上弦の弐だという事実も忘れ、胸倉(むなぐら)胸倉を掴みあげた。困り果てた童磨は両の手の平を掲げながら(なだ)め始める。

 

「だ~か~ら~、落ち着きなってば。命に別状はないからさぁ、……忘れたのかい? 日の光や鬼殺隊の刀で首を跳ねる以外の手段では、そう簡単に鬼は死なない。栄養が続く限り再生しつづける。それに栄養となる人の肉なんて、この戦場にはいくらでも転がっている」

「禰豆子は人肉なんか――っ」

 

 食べた事がない、とは言えない。他でもない最終選別で、炭治郎の気熱の呼吸:壱ノ型「天雷閃」をまともに受けた禰豆子は鱗滝の左足を喰らったのだから。

 だがその時の悲痛な空気と、炭治郎の悲しそうな表情は禰豆子の心にも残り続けていた。以来、禰豆子は人の肉に興味をもったことはない。

 

 兄のあんな泣き顔は見たくはないと、己の心に刻み付けたことだろう。

 

 ならば今、自分が傷ついたからと言って。

 

 禰豆子が人肉に手を出すとは思えないのだ。

 

「……えっ、何? じゃあ君、どうやって妹を生かしてきたの??」

 

 今度は童磨が驚く番だった。

 鬼にとって、人間の肉は栄養豊富にして唯一の腹を満たす手段だ。それを拒否する鬼が存在するなど到底理解できない。

 

「たっ、炭治郎っ。禰豆子ちゃんが、……禰豆子ちゃんがっ!」

「……クソがっ」

 

 童磨を締め上げる炭治郎の後方から、善逸の悲痛な叫びと。伊之助の唸りが聞こえてくる。

 

 それは、童磨の作り出した氷鏡に。最悪の光景が写ってしまった事を証明していた。

 

 衝撃が伝わったのか、いつも被っていた厄徐の面が砕け散る。父鬼の爪が、禰豆子の腹を破り、貫く。

 

「禰豆子おおおおおおおおおおおおおおおおおっ――――――――!!!」

 

 炭治郎は泣き叫ぶ。身体は痙攣し、心が握りつぶされるかのようだ。

 

 視界は狭まり、ただ一つ、目の前の光景だけを見つめ続けている。

 

 この世でもっとも大切な宝物のお腹から腕が生え、ボロ雑巾のようになげすてられ。

 

 地面に真紅の血液が池のように溜まり、生々しい臓腑が腹部より垂れ落ちる。

 

 そんな悪夢のごとき現実を――――。




 お付き合いいただけた読者様。最後までお読みいただきありがとうございました。
 これにて第六章、那田蜘蛛山前編が終了となります。

 引き続き、第七章那田蜘蛛山後編へと移行していくわけですが。
 現状、書きあがっているのは第七章八話まで。本当であればお時間を頂くところです。しかして今の世の中を鑑みれば、私が書いているような作品でもGW中の暇つぶしになればという想いもあったりします。

 なので、

 見切り発車も甚だしいですが、毎日更新を継続しようと思います!
 どこまで続けられるか不明ですが、なるべく休まぬよう努めてまいります。

 今後とも本作と作者をどうぞよろしくっ。
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