本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-2話 「夜叉の子、覚醒」

 那田蜘蛛山討伐隊大将:胡蝶しのぶは隊の最後尾である本陣から、この戦いの行く末を見守っていた。

 火矢を担当した百名の隊士も合流し、燃え盛る山肌に一筋だけ残った緑の一本道こそが最後の戦場となる。驚異的な再生能力を誇る鬼とて決して不死身などではない。何度も斬られたり焼かれたりすれば栄養も尽き、最後は塵となって吹き飛ぶ運命だ。

 なればこそ、意図的に残した唯一の逃げ道へと鬼達は殺到する。犠牲になった隊士達を発火剤として、山に生えた無数の樹木を燃料として、燃え盛る炎から逃げる道はここ以外にない。

 

「……ごめんなさい」

 

 しのぶが隣に立つ部下のアオイにも聞こえぬような小声で謝罪の言葉を口にする。

 その言葉は今も鬼と死闘を繰り広げる前線の隊士は勿論の事、味方にさえ騙され、油が仕込まれた隊服を着させられ、無謀な突撃を強要された攻勢部隊の隊士達へと贈られたものだ。

 本当ならすぐにでも前線に赴き、同胞達と肩を並べて戦いたい。

 現段階ではそれが、もっとも被害を軽微にする策だろう。だが局面を最後まで見通すなら、最大の難敵である上弦の弐が姿を現すまで自分が無駄に力を消費するわけにもいかなかった。

 

「戦では切り札を最後まで残した方が勝つ、か……」

「……おっしゃるとおりです。貴方様はどんな事があろうとも、例え他の全員が戦死しようと生き残らねばなりません。私達は戦っている敵はまだ『十二鬼月の一角でしかない』のですから」

 

 今度の呟きはアオイにも聞こえたようで返答があった。

 そう、まだ下弦。そして上弦の弐が出て来ても氷山の一角でしかないのだ。この戦がどのような形で終わろうとも鬼殺隊の戦いは続いてゆく。中位から下位の階級である隊士達の代わりは補充できるが、柱の代わりなどそうそう居るものではない。他の下弦を駆逐し、上弦の鬼達を全て滅した先に鬼舞辻 無惨が居る。

 

 こんな序盤の戦で、貴重な柱を失うわけにはいかない。

 

 大将であり、蟲柱であるしのぶの出番は最後の最後。下弦の伍である累、上弦の弐である童磨との戦闘以外にありえない。

 

(姉さん、どうか。私に耐え忍ぶ力を……。そして、貴方の仇を討つ力を……!)

 

 最も安全な後方の本陣で瞳を閉じ、手を組み、しのぶは祈り続ける。

 

 せめて、

 

 一人でも多くの隊士が生還したまま、目的を達成できますようにと――。

 

 ◇

 

「ひゃはははははははっ、そうら味方同士で殺しあえええええええええええっ!!」

 

 頭部のみが人間の面影を残す蜘蛛鬼が笑い狂っている。

 戦地はすでに山頂付近。突然の山火事に慌てて出てきた兄鬼が手勢を率いて現れたのだ。その手勢とは他でもない、作戦の第一段階で全面攻勢部隊に配置されていた隊士達である。

 暗部の想定としては攻勢部隊百名のうち、七、八割の隊士が戦死または焼死すると考えられていた。だが蜘蛛鬼と相対する前に、自然の蜘蛛達の手により甚大な被害を受けた結果。実際の被害は四割程度、生き残った残り六十人の隊士が火事に巻き込まれることなく蜘蛛鬼に利用されている。しのぶに伝えられた被害甚大な理由とは、死人ではなく蜘蛛へと変えられた隊士を示していたのだ。

 

「……助けて、人間に戻してくれぇ……」

 

 つい数時間前まで人間であった隊士達。その姿は今や、間違っても人間とは形容しがたい。

 体調は三尺少々、人間で言えば五歳児程度の体となってしまい。親である兄鬼と同じ、頭部のみを残して蜘蛛化してしまっている。

 

「……くそっ。おいっ、あの鬼娘はどうした!?」

「他の蜘蛛鬼に大穴を開けられて倒れています! 今は後方にっ」

「鬼ならすぐに再生するはずだろっ、役立たずめがっ!!」

 

 そんな会話が上の位を持つ隊士達の間に乱れ飛ぶ。

 彼等にとって救うべきは人間のみである。そこに例外があってはならないのだが、解毒に利用するとなれば許容範囲内らしい。いくら階級上位の選抜された隊士達とはいえその数、十名程度。加えて火矢を担当し、合流した隊士九十名は中位から下位の隊士達だ。対して鬼は蜘蛛化した隊士を含めて百名以上はいるであろうか。

 数の上では同数。しかも蜘蛛化した隊士達の強さはそれほどでもない。だがその顔はどれも見知った顔ばかりで、どうしても躊躇(ためら)いを生んでしまう。

 

「グウ…………」

「父さんの出番はまだだよって言ってるでしょ? さっきの鬼女で我慢しなよ。心配しなくても、もっと歯ごたえのある相手がきっと来るから。そう、例えば鬼殺隊の柱とかね」

 

 更に軍勢の後方には禰豆子に重傷を負わせた巨大な蜘蛛鬼と、下弦の伍:累が控えていた。状況でいえば最悪の一言に尽きる。本来の策であれば、残った鬼は下弦の伍を含め数匹であったはずなのだ。

 こうなればもはや、蜘蛛となった隊士達を皆殺しにする他ない。

 

 それぞれが壮絶な決断を迫られていた。

 

 

 そんな戦場の最前線で、ある異変が発生した。

 援軍など来るはずのない後方で突如、天にも昇るかのような火柱があがったのだ。

 

「何事だっ、新手の蜘蛛鬼か!?」

 

 前線の指揮官を拝命した(きのと)の隊士が声をあげる。

 

「いえ、鬼では……いや。鬼なのか? それとも人なのか?」

 

 何処からか突如として現れた少年を前に、隊士達は判断がつかずにいる。

 鬼の気配ではない、それは確信をもって言えた。だがその代わりに(まと)った憤怒の感情は人の域を超えているとしか思えない。しかもその後方に控えた二人は間違いなく鬼である。

 

 少年は隊士達の後方にて、打ち捨てられるように横たわっていた少女を抱き上げ、二匹の鬼に託す。

 

「禰豆子を連れ、後退しろ。どんな手段を使っても構わない、絶対に死なせるな」

「婿殿、お伝えしたき儀が」

「今はそれだけを考えろ、急げ」

「……御意」

 

 二匹の鬼は何か、報告したい事柄があったようだが少年は聞き入れない。二人の鬼は言葉少なに命令を了承した。

 ゆっくりとではあるが再生を続ける少女の身体を、まるで宝物のように少年から受け取り、それまである筈のなかった沼の底へと連れて行く。やがて姿が消え、地にあった沼も消えてしまった頃に。

 乱入者はゆっくりと隊士達へと振り向いた。

 

 何処かで見た顔だ。

 一人の隊士がそう思う。だが同時にこんな少年を見かけるはずがないとも思った。

 逆立った毛髪は生え際のみが黒く、燃え立つ炎を連想させるほどに赤く黄色い色合いが毛先にまで到達している。限界まで見開いた眼球は充血し、瞳孔は猫目のように縦長となり、額の(アザ)からは自らの怒りを体現させるように血が流れ続けている。そして右手に持つ日輪刀、その刀身は持ち主の心を反映させるかのように赤く熱せられていた。

 

「貴様ら鬼殺隊が、こんなにも恩知らずとは知らなかった」

 

 隊士達に向けて一歩、少年が弾劾の言葉を発しながら歩を進める。同時に隊士達が一歩、後ろへと後ずさる。

 

「貴様ら鬼殺隊もまた、俺達兄妹の敵だとは知らなかった」

 

 更に一歩進み、更に一歩、後ずさる。

 

「お、おいっ、コイツ。あの鬼娘の兄貴だ!」

 

 誰かが乱入者の素性を言い当てる。

 だがそれが判明したところで状況が何か変わるわけでもない。隊士達はすでに、少年にとって許されざる裏切り行為を犯した後なのだ。

 もう後退はできなかった。背中の向こうには、これまで戦っていた鬼達が待ち構えている。もう一歩後ろへ、蜘蛛鬼の間合いに足を踏み入れれば蜘蛛化してしまうだろう。

 

 もはや進むも地獄、戻るも地獄となった隊士達の行動は。

 

 敵前逃亡という、鬼殺隊にとって最も許されざる選択肢だった。

 

「もう、もう嫌だ。……死にたくねえ、死にたくねえよおおおおおおおお――――っ!!!」

 

 そんな命乞いの言葉を発しながら、一番少年に近い隊士が横をすり抜け、脱兎のごとく山道を駆け下りる。

 一人がそうなればあとは早かった。恐怖という感情は流行り病以上に早く、そして強く伝染する。部隊が瓦解する瞬間というものは得てしてこういうものだ。だからこそ軍では規律を第一に精神を鍛えぬく。本当の意味での一心同体となるまで訓練を繰り返すのだ。個人の我が強すぎる鬼殺隊では、そこまでの規律は望むべくもない。 

 ある者は逃げ、ある者は背中を向けた瞬間、蜘蛛鬼化した元隊士に取り付かれる。敵である鬼に背を向けたのだ、その結果は当然すぎるくらいに当然である。更には我慢の限界に達した父鬼が逃亡する隊士達を追い、丸太ほどもある腕を振り回している。少年の周囲には、どんな天才絵師が描いても表現できぬ地獄絵図があった。

 だが少年は動かない。

 妹を見捨てたように、少年もまた隊士達の悲鳴を無視した。まるで先ほどまでの隊士達を写す鏡であるかのように。

 

 ◇

 

「……メシは終わったか?」

 

 一切の感情を表に出さず、少年は肉をあらかた平らげた一匹の鬼に問いかけた。

 周囲には血塊が海となり、もはや元の土色など見える所はどこにもない。更には迫り来る炎の熱により蒸発し、真紅の霧となって戦場を彩っている。少年の心に嫌悪感はない。妹を介して何度も見た光景だ。ただソレが、鬼であるか人であるかという違いに過ぎないのだ。

 

「アンタは、本当に元人間か?」

「グウ?」

 

 静かに、何の感情を籠めることなく、もう一度父と呼ばれた鬼に問いかける。

 元人間であるにしても巨大な体躯だ。六尺はありそうな背丈は、少年が見上げなければ蜘蛛化した顔を拝めないほどである。それに加えて先ほどまでの敵意はなりを潜め、目の前の鬼は腹を満たしたようだった。

 

「俺はもう、鬼だとか人間だとかで差別しないことにした。だから、もう……。思い残すことはないな?」

 

 そう言って少年は燃えるような日輪刀を右手に歩みよる。その気迫に、兄鬼を含め蜘蛛化した隊士達は近づくことさえ出来なかった。寄れば死ぬ、鬼となって得た直感でハッキリと理解していたのだ。

 

「心配するな、お前の家族も。……すぐに逝かせてやる」

「――――――ッ!」

 

 少年にとっては慈悲の言葉のつもりだった。だが「家族」という単語が巨鬼の心を突き刺したらしく、再び敵意の臭いが身体中から漂い始める。

 

 ――お父さんは僕を裏切らないよね? 家族を、守ってくれるよね――?

 

 意識の奥底に存在した幼い累の声が父鬼を奮い立たせる。

 もはや人間であった頃の記憶など失って久しい。しかして「家族」の二文字だけは何よりも大切なものだと、新しき息子に教わっていた。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 いよいよ炭治郎君の逆襲が始まります。
 よっぽどサブタイトルを「逆襲の炭治郎」にしようかと思ったかわかりません。……ネタ回になってしまうのでやりませんでしたが^^;

 鬼と同様に人間の醜い部分を見、そして敵だと認識してしまった炭治郎君。
 彼に救いの手は差し伸べされるのでしょうか。

 ちなみに父鬼の設定はそれなりに改変させもらっております。
 人間時代の名前も、作者的にぴったりの人物をあてがっております。現代と違って小柄な日本人ばかりな時代に、あの背丈・体格。もうあの御方しかいらっしゃらないでしょう!
 本編を読みながら予想していただければ幸いです。

 それではまた明日、第三話にてっ!
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