本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

93 / 133
第7-3話「約束を果たす時」

 下弦の伍:累が言うところの父と呼ばれる鬼と、夜叉の子として覚醒した炭治郎。

 二人の戦いは時がたつほどに、その激しさを増していた。父鬼は十二鬼月でこそないものの、これまで数多くの人間を喰らい、力を溜め込んできた大鬼だ。本来であれば隊士となって日の浅い炭治郎が敵う相手では決してない。

 

 どれだけ怒ろうとも、どれだけ殺意を(たぎ)らせようとも。

 

 精神は決して、肉体の限界を越えることはありえない。人としての分はわきまえねばならないのだ。それは夜叉の子として覚醒した炭治郎であっても、例外ではない。

 

「……随分大きな口を叩いた割には、大したことないね。あの威勢は見掛け倒し?」

 

 炭治郎へ向けて、累が嘲笑を浴びせかける。周囲は蜘蛛化した隊士達に取り囲まれ、さながら闘技場のようだ。

 

「くそっ、気熱の呼吸さえ使えれば……っ!」

 

 父鬼の両腕から、拳を握らない手の平による張り手が容赦なく襲い掛かる。

 

「すごいでしょ。父さんは人間時代(むかし)、力士だったんだ。生涯無敗を謳っていたそうだよ? それが鬼となって更に力を増している。たかが隊士一人ごときに負けるはずがないんだ」

 

 僅かばかりの動きで回避し、自分の身代わりとばかりに樹齢数十年は年を重ねたであろう樹木がなぎ倒される。怨嗟の炎に支配され、気熱を生み出すべき理性の水を失った炭治郎は今。父鬼を一刀のもとに斬り捨てる技をもっていなかったのだ。

 

(ふざけるなっ、コイツは禰豆子を殺しかけた鬼だ。絶対に殺す。…………絶対に!)

 

 心の中で怨嗟の叫びをあげる炭治郎。だがそれだけで状況が変わるほど現実は甘くない。

 狭霧山の修業時代から今までにおいて、炭治郎は気熱の呼吸に頼った戦い方に傾倒してきた。もちろん「無の型」や「全集中の呼吸」は扱えるが、ここまで巨大な鬼を相手にしては深手を負わせることが難しい。赫色へと変色した日輪刀の切れ味は抜群ではあるが、あの太すぎる首を刈り取るには長さに欠けている。

 このままでは身体的に圧倒する父鬼に軍配があがるだろう。体重、体格の違いというものはそれほどの格差を生むのだ。

 もし仮に、炭治郎が「炎の呼吸」を体得していたのならこれほど苦戦はしなかったのかもしれない。だが今、この場においてそんな仮定に意味などなかった。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 言葉なき咆哮と共に、父鬼の巨躯(きょく)が迫ってくる。

 とっさに炭治郎は「無の型」による脱力初動で回避を試みた。だがここは決して平地でも、人の手によって整備されている山道でもない。

 無遠慮に道を横断していた樹木の根に、炭治郎は足をつまづかせ転倒した。

 

「しまっ――……っ!」

 

 反射的に受け身を取り、転がりながらも間合いをとろうと苦心する。

 だが此処は蜘蛛鬼達にとっては我が家と同然の那田蜘蛛山だ。動きが鈍る炭治郎とは正反対に、父鬼は縦横無尽に動き回る。視界が自分の倍はありそうな手の平で埋め尽くされた。次の瞬間には顔面ごと頭を潰されて死ぬだろう。

 

 人生の最後を彩るかのように、ゆっくりと時が流れる。だがその最中、父鬼の手を鷲掴みにする、新たな手が現れた。

 

「この程度で死んでもらっちゃあ、困るんだよねえ」

 

 つい最近、耳にした声色が炭治郎の時を現実へと戻す。

 絶体絶命の窮地(きゅうち)に差し伸べられた救いの手。それはよりにもよって、仏の慈悲ではなく。

 

 上弦の弐:童磨。

 

 第二の乱入者。討ち果たすべき仇ではない、鬼の手であった――。

 

 

 

「少しはマシになったかと思えばまだまだ。あの御方が心酔する夜叉の子が、まさかこの程度なわけないよね?」

 

 虹色の奇妙な瞳を輝かせながら、童磨が地に尻をつけた炭治郎を見下ろしている。意外すぎる救援の手に、理解が今だ追い付いていない。

 

「……今面白いところなんだから邪魔しないでよ。それと今、どこから現れたの?」

 

 人間の殺戮劇を楽しんでいた累が不機嫌そうに、そして不思議そうに訪ねる。

 

「俺は教主様だからね。響凱(きょうがい)君達のような不思議な技の、一つや二つくらい使えるのさ。とは言ってみたものの、実は走ってきただけだったりしてね。……助けない方が良かったかい?」

 

 相変わらず口の滑りが良い童磨は適当な言葉を並べ立てる。それに後半の問いは累にではなく、炭治郎へ向けられたものだ。

 

「鬼が人間を助けるわけないだろっ!!」

「え~、それって人によりけりじゃない? あ、この場合は鬼によりけりかぁ」

 

 まるで緊迫感のない口調に、炭治郎の心が更に掻き乱される。

 もしこの場に他の隊士が居るとしたら、全員が炭治郎の主張に同意するだろう。鬼にとって人間は食料だ。獲って食う、それ以外の選択肢などありえるはずもない。

 

「勘違いしてるみたいだから教えてあげるけどぉ。君たち人間は、俺達鬼にとって。愛すべき豚にも等しい存在なんだよ? 愛らしくて恋しくて、食べちゃいたいくらい大好きなんだぁ」

「……………………」

 

 炭治郎は確信した。この童磨という名の鬼は、間違いなく今まで出会った鬼とは違う存在なのだと。

 これまで出会った鬼は生きるために人を喰らっていた。多少の趣味趣向に違いはあれど、行きつく先は生への執着だ。他ならぬ無惨自身が、夢の中ではあるがそう言っていた。だがこの上弦の弐は、自らの悦楽のために人間を(もてあそ)ぶ。これ以上に鬼らしい鬼もいない。

 

「でもねえ、君はまだ食指が動くほどに熟していない。甘柿も渋い時に取ったらもったいないでしょ? だから、ね。俺から君に贈り物だ」

「――――ガァッ!?」

 

 炭治郎があれほど苦戦した父鬼の腕を掴み、童磨はいとも簡単に投げ飛ばした。その衝撃は凄まじいの一言に尽きる。周りを囲んでいた蜘蛛鬼達もろとも、父鬼の身体が何本もの樹木をなぎ倒し、二桁を数えるほどでようやく身体が地に落ちる轟音が炭治郎の耳にも届いた。

 それと同時に空気が凍り、結晶となった水分が父鬼を取り囲む。童磨の血気術だ。

 

「君はしばらく眠ってなさい」

「ガ……っ、………………」

 

 特に力を振り絞ることもなく、父鬼の氷像が完成した。冷気によって気温が急速に低下し、周りが山火事であることなど忘れてしまったかのように涼けさを取り戻している。この場だけが真夏から秋へと移り変わったかのようだ。

 

「僕達と敵対する気? 鬼同士でさ…………」

 

 突然の童磨による奇行に累が冷たい声を放つ。彼にしてみれば仲間だったはずの鬼に裏切られたも同然だ。

 

「この竈門炭治郎君はね。あの御方の計画に関わる重要人物なのさ。今だ下弦である、累君が知らされてなくても無理はないけど」

「…………」

 

 鬼の世界は自然の理、弱肉強食が絶対の法だ。下弦が上弦に意見するなど、本来は許される行為ではない。童磨はそれを承知した上で累を制している。

 

 一方。

 炭治郎にとっては敵である鬼に助けられる形となり、疑問の言葉を口にせずにはいられない。

 

「贈り物って、ソレか?」

「いんや、化物の氷像なんて見るにたえないよね。男たるもの可憐な女性こそ愛でるべきだ、炭治朗君もそうは思わないかい?」

「……べつに」

「う~ん、男女の密事に興味を持つにはまだ年が足りないか」

 

 間違っても仲の良さなど感じられない会話の応酬であった。

 炭治郎は決して童磨から視線を外さない。今一番の強敵が誰かなんて分かりきっている。男女関係の話題は反応が薄いと判断した童磨は、木陰に隠していたモノを取り出した。

 

「じゃあ、こっちなら喜んでくれるかな?」

 

 それまで無表情だった炭治郎の顔に、僅かではあるが動きがみえた。童磨が持つそれは、先ほど運よく逃亡に成功した隊士だったのだ。

 

「今の君は怨嗟の心だけに支配されている。だから得意の気熱が使えない、そうだね?」

「…………ああ」

「だったら話は単純だ。……この人間共を、君の手で、殺すんだ。そうすれば『怨嗟の炎』と同じくらいの、俺にだって負けない『氷のような冷酷さ』を手にできる。待望の復活だ、これまでとは比べ物にならないくらいの呼吸。最強の気熱が、ね」

 

 周囲に舞い散った血気術による氷の霧が更に濃くなったような気がした。

 当然の話ではあるが、炭治郎はこれまで鬼は斬っても人間を斬った経験はない。それはこれまで人間の世界で生きてきたからだ。

 

 人間が正義で、鬼が悪。

 

 それが人間にとっての常識だが、けっして全ての生き物に当てはまるわけではない。むしろ他の生き物が言葉を口にできたのなら、大半の動物達が人間を悪だと糾弾するだろう。

 炭治郎の脳裏に走馬灯の中で語られた鬼舞辻 無惨の言葉が思い起こされる。

 

 ――ならばもう一度、その目で拝んでくるといい。人という存在が、どれほど醜く救いがたい存在なのかを、な。

 

 という言葉を。

 確かに人間は身勝手で、我がままで。自分の欲望に素直だ。だからこそ、この大地を席捲(せっけん)するまでに栄えたとも言える。

 だが炭治郎は今、人間という存在に心底愛想が尽きていた。兄弟の仇である鬼舞辻 無惨の言葉を受け入れるほどに、病んでいたのだ。

 

 炭治郎は赫刀(かくとう)と化した日輪刀を握りしめ、歩を進め始めた。

 

「まって、待ってくれ。……俺達が悪かった、お前だって鬼殺の隊士だ。俺達の、仲間だろう?」

 

 ――仲間。どの口がその言葉をほざくか。

 あれだけ竈門兄妹を忌み嫌い、陰口を叩き。禰豆子を見捨てようとした分際で。

 炭治郎の口から返答の言葉はない。もはや会話すらも億劫だ。

 

 ただ今は、右手にもった凶器を振り上げ。首を跳ねるだけで良い。何を躊躇うことがあろうものか。

 

「やめっ、やめてくれっ! 頼む、お願いします、ころさ、ないで……」

 

 ああ、この声。実に気分が良い。

 人間とか鬼とか、そんな区別など関係ない。ただ、俺達兄妹に仇を成す存在さえ。この世から居なくなればいいだけだ。

 炭治郎は今、自分がどんな表情をしているのか分からなかった。

 

 その表情を、恍惚(こうこつ)の歓喜をもって童磨だけが見届けている。

 

 人間である隊士達に日輪刀を振り下ろす。その顔は、酷く歪んだ笑顔を浮かべていた。

 

「――――――――死んで、その苦しみをもって禰豆子に謝罪しろ。……人間っ」

「ひいいいいいいいいいいいいいっ!!」

 

 隊士達の悲鳴が木霊する。しかして凶刃が止まることはない。

 

 だがこの数瞬後に、人殺しとなる炭治郎の耳に。

 

 第三の乱入者である、懐かしい女性の声が響きわたった。

 

「やれやれ、間一髪ってところね。許さないわよ童磨。私の未来の旦那様に、一体何をさせようっていうの?」

 

 可憐(かれん)な声色だった。

 風になびく清流のような黒髪。そして人間と鬼の瞳をそれぞれ左右に輝かせる可憐な面貌。日光対策であろう尼のような純白の布を巻きつけた華奢な身体。

 両手には自分の背丈はあろう薙刀(なぎなた)を持ち、しっかりと炭治郎の日輪刀を受け止める。

 

 その表情は決して余裕を崩さず。開口一番、こう言ってのけた。

 

「炭治郎君の危機に只今参上、神藤久遠(かみふじくおん)ここにあり――――ってね♪」




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 主人公を助けるはヒロインの役目。
 ですが本来のヒロインである禰豆子は今だうごけません。というわけで久遠さんのご登場です。
 五章で平和主義的な話をしていた彼女ですが、そこは無惨の娘。か弱い少女なはずがありません。

 この世で唯一の、生まれながらに無惨の血を引く半人半鬼。

 彼女の活躍をお楽しみに~。

 ではまた明日!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。