本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-4話「それぞれの戦」

 突如、地の底より現れた一人の少女。

 彼女は自分の背丈ほどの長さを誇る薙刀(なぎなた)で、愛すべき少年の凶行を阻んでいた。

 足元を見下ろせば、つい先ほどまでなかった漆黒の沼が現れ、誰が彼女を連れて来たのか明確に判断できる。しかして目の前の少年に見知った面影は殆どない。

 

 神藤久遠は唇を噛み締め、これほどまでに苦悩させてしまった現状に口を荒げた。まるで知り合いであるかのように上弦の弐へと問いかける。

 

「心配していたとおり、最悪の状況ね。童磨、これは貴方の策略?」

「今回の俺は観客……、ただの傍観者さ。本当は別に手助けしなくとも良かったからね。でもこの少年がおひいさまの想い人とはしらなかった。……随分とお久しぶりですねぇ」

 

 これは一応の礼をとっているのだろうか。童磨の声色が、そして最後の問いかけが幾分柔らかい表現となっている。

 

「貴方達と違って私は見た目通りの年齢で、今年十七を迎えるわ。久しぶりと言っても十年も経っていないし、……貴方達上弦の鬼からすれば(まばた)きにも等しい年月でしょう?」

「……くくく、まったくまったく。これほどお元気なおひいさまをご覧になれば、あの御方もお喜びになるでしょうかね?」

「冗談、父曰く私は失敗作らしいですからね。もう何の興味もないでしょう」

「ですか……っ。それよりも炭治郎君が貴方を待っていますよ」

「言われずともっ!」

 

 無駄話はこれで終わりだとばかりに、久遠は炭治郎の日輪刀を振り上げるようにはじいた。

 

「ぐっ」

 

 力任せに振るわれた薙刀(なぎなた)の勢いをもって間合いをあける。

 薙刀とは本来、刀より長く分厚い重量を活かして振り下ろすものだ。江戸より続く「おんな薙刀」はどちらかと言えば興行劇的な意味合いが強いが、戦国の世では僧兵が用いたことで有名である。テコの原理をもって繰り出す斬撃や突きは、刀と比べて圧倒的な間合いを誇り、希少ではあるが一線級の武器として扱う者も居る。

 鬼という人間の常識から外れた膂力を持ってすれば十分に驚異的な得物だ。

 

 鬼に金棒ならぬ、久遠に薙刀。尼らしい服装も相まって実に絵となる艶姿(あですがた)であった。

 

「炭治郎くん、私が分からないのっ!? 久遠、神藤久遠よっ!」

 

 一足一刀の間合いから離れ、久遠が悲痛な叫びで呼びかける。だが返事はない。久遠という存在を鬼という点のみで認識し、敵意を向けているからだ。

 今の炭治郎にとって、斬り捨てぬ味方は母と禰豆子のみ。他の存在など信じないと誓っていた。

 

「……分かるさ。俺の兄弟達を鬼に替えた鬼舞辻 無惨(かたき)の娘。俺と禰豆子のっ、敵だっ!!」

「……ちっ、これは拙いことになりそうね。許さないわよっ童磨!!」

 

 自分の知る少年から出た言葉と信じられず、瞳を真ん丸にする久遠。だがその変わり果てた姿からもある程度予想はついた。東京で出会い、短い間ながらも一つ屋根の下で過ごした心優しい少年の面影はどこにもなかったからだ。

 

「心外だなあ、俺は何も手を下しちゃいませんよ? 竈門炭治郎君を変貌させたのは間違いなく鬼殺隊士、人間の歪んだ猜疑心(さいぎしん)が原因です」

「ふざけるんじゃないわよ! アンタみたいな性悪が何もしていないわけないじゃない!!」

「ひどいなぁ」

 

 炭治郎の日輪刀を受け止めつつ、確信めいた答えを返す久遠。刀身から焼けるような熱が薙刀の柄まで伝わってくる。

 まるで置き場のない憎しみや怒り、そしてどうしようもない悲しみまでもが伝わってくるようだ。ふと周囲を見渡すなら、股間から湯気を漏らした隊士の姿がある。先ほど炭治郎の手によって斬り捨てられそうになった者だ。

 

「アンタっ! 戦えもしないならさっさと逃げなさい!!」

「だ、ダメなんだ……。こ、腰が抜けて立てない……」

「ああもう、それでも鬼殺の剣士なのっ!?」

 

 まだまだ吐いて捨てるほどの文句が山ほどあるが、今は目の前の想い人を何とかしなくてはならない。

 

泥穀(でいこく)響凱(きょうがい)。この軟弱者共をどこぞに捨ててきなさい! それとあの二人を急がせて!!」

「御意」

 

 久遠の指示に従って沼が動く。よほど童磨が怖いのか、決して地上に姿を現さない二人の鬼。ジリジリと地を這って隊士達の下に到着した沼は、まるで底なし沼に落ちたかのように隊士達を回収し消えていった。

 その間も久遠の視線は炭治郎から片時もはずさない。相手は日輪刀を持っているのだ、一瞬の隙が人生を終わりになりかねない。父鬼相手に苦戦していたのは、あまりにも格差のあった体格差によるものが大きかったのだ。

 比べるなら炭治郎の身長は久遠と同等か、もしくは少々低い程度。刀の一振りで容易に首を跳ねられる高さだった。

 

「始めにも言ったけど、俺は傍観者として一切手出ししない。だからどうぞ、ごゆっくりと殺し合いを楽しんでくださいな」

「それは、……ご親切にどうもねっ!」

 

 今の炭治郎に久遠の声は届かない。

 いくら親密な関係を築きかけていると言っても、まだまだ出会って日が浅い事実は変わらないのだ。

 

(珠世先生、……頼みましたよ)

 

 久遠は覚悟を決めた。他ならぬ、命が尽きるその時まで離れぬと誓った相手へ、刃を向ける覚悟を。

 

 ◇

 

 久遠が望まぬ戦いを覚悟した戦場から、遠く離れた麓の本陣。

 そこは討伐隊大将である胡蝶しのぶが戦況の報告を受け、決断し、指示を出す心臓部である。ある意味、最前線より慌しい戦場となった本陣に意外すぎる来客があった。

 

「突然の失礼、あいすみません」

 

 狂気と殺戮(さつりく)が支配する戦場で、これほど違和感のある来訪者など初めてだった。

 

「……どちらさまで?」

「私の名は珠世、こちらは愈史郎(ゆしろう)と申します。うだつのあがらない医者ではありますが重傷患者を発見、保護いたしました。天幕の端でも構いませぬので場所をお借りしたく……」

 

 突然すぎる来訪者。

 戦場であるこの場にまるで合わない着物を着た婦人に、しのぶとその部下であるアオイは警戒心を強めた。だがもし周辺の村から逃げ延びてきた避難民であるならば保護しないわけにはいかない。戦場において地元民との友好は重要な要素だ。奇襲を知らせてくるなどの直接的な利益はもちろんのこと、官憲に見つからぬよう口をつぐんでもらうこともできる。

 逆に避難民を見捨てたなどという噂が吹聴されれば、今後も続く鬼との闘いに支障が及ぶ可能性だってありえるのだ。

 

「……わかりました。即席の作りではありますが、そちらの天幕を使用してください。アオイちゃん、案内してあげて」

「はい、しのぶ様。医師様、こちらへ……」

「ありがとうございます」

 

 しのぶの目に、アオイに先導されながら歩く二人が映る。いや、正確に言えば三人だろうか。助手らしき少年の腕には布にくるまれた子供らしき存在がある。この子こそ、この女医のいう重傷者なのだろう。

 だが、しかし。この気配、どこかで……。

 しのぶの脳裏にこれまで出会った人物の顔が幾つも浮かび、消えてゆく。蟲柱である胡蝶しのぶの感覚は、他の柱と比べても特殊極まりない。あえて言葉にするなら、第六感。蟲の知らせとも言っていいのだが、これまで感じた直感に偽りなどなかった。

 

 ガタンッと、唐突に。

 勢いよく席を立ったしのぶは、再びアオイに声をかける。

 

「……いえ、やはり私が案内しましょう。アオイちゃんは戦況報告の伝令が来たら教えて」

「しのぶ……さま?」

 

 アオイがポカンと口を開けて、主人の心変わりに驚いている。

 組織の大将という存在は、身体より頭脳を働かせる役職である。部下を手足のように使い、思い描いた結果を手繰り寄せる。それこそが人間が集団となる最大の利点だ。なのに、大将自らが手足となると宣言したのだ。副官たるアオイが困惑するのも無理はなかった。

 

 そんな部下を残し、天幕へと入り込んだしのぶは他の隊士に聞こえぬくらいの小声で口を開いた。

 

「重症患者とは、もしかして。……階級癸:竈門禰豆子隊士ですか?」

 

 愈史郎はその言葉にも動揺など見せない。だが珠世は、ビクンとわずかばかり背中を震わせてしまう。

 

 答え合わせなど必要なかった。

 

 仮眠用の寝床に横たわった小さな身体。そのぐるぐるに巻かれた布が、ハラリとめくれる。

 

 そこにはまるで眠るように目蓋を閉じた、禰豆子の綺麗な顔があった。 




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 救援に駆けつけた久遠さんと炭治郎君の戦い。それとは別に、珠世さんと愈史郎君の戦いも始まりました。
 鬼である珠世先生にとって、鬼殺隊の天幕へと向かうのは相当の決断だったでしょう。それでも禰豆子を救うためには、少しでも環境の良い場所で施術する必要があったのです。

 鬼って感染症にかかるのかな?w

 ではまた明日っ!

 
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