本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-5話「二度目の救済」

 乱雑に用意された寝床に横たわる禰豆子の顔は、一見すれば静かに眠っているようにも見えた。

 しかしそれも首から上、頭部だけを見た場合の話である。しのぶの視線はすぐに首から下、胴体の方へと降りてゆく。

 

「……何かが、動いてる? ……いえ、これは」

 

 しのぶは茫然と呟いた。

 もしかすると小動物が潜り込んでいるのかとも思ったが、その予想は即座に棄却された。通常、隊士の「感覚」は人間や鬼しか感じにくい。それは高い知能を持つ生物ほど様々な情報が外部へと発散されているからだ。逆に言えば、野生動物の気配を隠す本能が優れているということでもある。鬼殺の隊士=優秀な猟師ではないということだ。その点で言えば炭治郎の嗅覚は異常であった。

 そして蟲の呼吸を操る胡蝶しのぶもまた、特異な例外だ。虫は小鳥や小動物の気配にも敏感に察知し、いち早く逃げ去る能力を持っている。その恩恵は蟲の呼吸という形であらわれていた。

 

 自分の感覚を確信するかのように、ゆっくりとしのぶの手が布へと伸びる。恐る恐る人差し指と親指で(はし)をつまみ、更にゆっくりとめくってゆく。

 しのぶとて柱にまで上り詰めた歴戦の勇士だ。鬼を斬った経験は勿論の事、鬼がどういう再生手段をもって(よみがえ)るかも熟知している。しかして「鬼を救おう」としたことなどあるわけがない。更に言えば強い鬼になればなるほど再生の速度も一瞬だ。

 ならば今、死という人生の終わりに抗う禰豆子という名の鬼はどうなっているのか。真実は目の前にあった。

 

「……あまり直視するものではありませんよ。人という視点から見るなら、気分の良いものではありませんから」

「そのようですね……。これが、生にすがる鬼の姿……」

 

 ゴクリという、(つば)を飲み込む自身の音がはっきりと聞こえた。

 

 腹に穴が開いている。

 そこにあるはずの内蔵が明らかに欠損している。

 千切れた血管から血液が噴き出したかと思えば、繋がっていたであろう反対側の血管へと宙を飛び、吸い込まれてゆく。

 おおよそ、人間の常識ではありえない光景が目の前にあった。自分達が戦っている相手がどれほど異常な存在なのか、証明する光景でもあった。

 

「単純に栄養が足りていないのです。身体は必死に再生しようと足掻いても、その糧がない。例え人の肉が用意できたとしても、彼女自身が受け入れてくれないでしょう」

 

 珠世の説明を聞き入るしのぶ。だが最後の言葉だけには疑問を抱いた。

 

「受け入れない、とは?」

「禰豆子さん自身が無意識に人間の肉を拒絶しているんです。……過去によほど受け入れがたい経験があったのか、鬼の肉は食べられても人間の肉は口にしてくれません」

「………………」

 

 しのぶはこれ以上、何も言葉が見つからなかった。

 彼女の知る鬼とは、ただひたすらに人肉を追い求める獣だ。理解はできる、納得もできる。鬼達はただ、自分が生き残るために足掻いているだけなのだ。だが人間の立場からすれば決して受け入れられない。だからこそ千年もの長きにわたり、人間と鬼は争い続けている。

 

「つまりは、鬼の肉なら食べられるわけですね?」

 

 唯一の解決策を提示し、しのぶは背を向ける。

 鬼の肉しか食べられないのであれば、鬼の肉を用意するまで。幸いここは戦場だ。部下に命じれば鬼を生け捕りにすることも不可能ではないだろう。それで間に合わないのであれば自分が調達する。

 決意の言葉と共に天幕を出ていこうとする蟲柱の背中へ、珠世は無情な現実を投げかけた。

 

「……無理です」

「なぜですかっ! 貴方は今っ!!」

「普段の健常な禰豆子さんであれば、それも手段の一つに入ったでしょう。事実、人の肉を喰らわずに今日まで生き延びれたのは、鬼を狩っていたからだと思います。……健常な時であれば」

 

 珠世はその言葉を最後に、顔を見られぬように(うつむ)いた。

 鬼が鬼の肉を喰らう。それは珠世や愈史郎(ゆしろう)が現代になって人肉を喰らわず、人の血をもって生き延びたように、禰豆子とて生存という最低限の望みで十分だったからだ。だが今の禰豆子は違う。生き延びる以前に大穴の空いた身体を(いや)し、その上で生き延びるに足る活力を得なければならない。

 

 そのためには、どうしても。

 

 人間の肉を食べさせる必要があった――。

 

 

 

 このような状況になる前から、しのぶは自分自身の顔を殴り付けたいほどの後悔を心に抱いていた。

 それは他でもない。自分が炭治郎に真実をうちあかせ、禰豆子を鬼だと断定した時にまで(さかのぼ)る。

 あの時、しのぶは竈門兄妹の境遇を悪いようにはしないと約束していた。だが一夜明ければ、隊士達に間に竈門兄妹の妹が鬼であるという噂が広まっていたのだ。

 

 情報がどこから漏れたのかは今だに分からない。

 しかしてどんな理由があろうとも、自分は炭治郎との約束を違えてしまった。それどころか孤立した状態のまま「敵だらけの戦場」へと送り出してしまった。人間という戦力を数字でしか見ない暗部には、この感情を理解できないだろう。現場で人の心に触れ、喜びや悲しみを共有できなければ人の上に立つ資格などない。

 

 だからこそ、これは。

 

 那田蜘蛛山討伐隊の大将を任ぜられた自分の責任だ。

 

「人の肉があれば、人の肉だと思わせなければ……。良いのですね?」

「はいっ?」

 

 しのぶはそれだけを口にすると、腰に差した日輪刀を引き抜く。

 先端にしか刃のない異端の刀。だが自分の身体を引き裂くのならば、これでも十分だ。

 

「まずはこの片腕から。……形状をなくすほどに潰し、与えてみましょう。…………そうすれば食べてくれるかもしれません。ああ、調理すれば更に良いかも」

「――っ、正気ですかっ!??」

 

 珠世が目を見開き、驚愕の声を漏らす。しのぶは本気だった。本気で自分の肉を禰豆子に分け与えようというのだ。

 

 日輪刀を自身に突きつけながら、しのぶは思う。

 

 

 ああ、カナエ姉さん。

 やはり、私には。鬼殺隊の柱という地位など相応しくはありませんでした。

 この国の人々を救うどころか目の前で苦しむ兄妹を苦しめ、今となっては悲劇さえ引き起こしています。

 

 よく姉さんは言っていましたね。

 

 しのぶは優しすぎると、真面目すぎると。

 

 あの時は自分の事を棚に上げて何をいうかと思っていましたが、姉さんが亡くなってようやく実感できます。

 私は人の死に耐えられない。大望のためとはいえ、誰の死でさえ見たくはない。

 

 ならば、こうするしか。なかったのです――。

 

 

 自らの左腕に日輪刀の切っ先を突き立てる。あふれるように真紅の血液が零れだす。

 ああ、いけない。これだって彼女にとって立派な栄養源だ。一滴たりとも無駄にはできない。

 私は死なない。例え片腕で足らず両手を失おうとも、全ての四肢(しし)を失おうとも。目の前の少女とは違い、死ぬことはない。

 

 万々歳(ばんばんざい)ではないか。

 

 問題は私の覚悟が足らなかっただけ。

 

 こうすれば、二人とも。

 

 私も禰豆子さんも。生きていけるんだから。

 

 

 

 しかして、事態は二転も三転もしてしまう。

 

 胡蝶しのぶが最初の供物として、自らの左腕を斬り落とそうとした時。

 

 天幕の入り口に何者かの人影があることに気付く。それは、酷く懐かしい面影をもっていた。

 

 目は(うつ)ろで、身体中に力が入らないかのように脱力し。それでも右手に握った青くも黒い日輪刀には見覚えがあった。

 

 しのぶは信じらないとばかりに、その名を口にする。

 

「……冨岡、さん?」

「………………」

 

 返事は、ない。




 最後までお読み頂きありがとうございました。
 さすがに可哀そうだったので、しのぶ株上昇回です(これで?
 原作の蟲柱さんも自分の身を生贄にしてましたし、追い込まれればこれくらいするのかなと思いました。
 そして久しぶりに義勇さんが登場してくれました。何やら不穏な空気ではありますが、今回の目的はそもそも彼の救出なので重要な位置に居ることは確かです。

 物語もようやく中盤。過去にないほどの人物が入り乱れて、収集を付けるが大変です。そんな中でも、各キャラに日の目を与えて活躍させていけるよう頑張ります!

 だんだんとストックが無くなってきたので、どれだけ毎日更新が続けられるかは不明です。が、できるかぎりやっていこうと思いますので、どうぞこれからもお付き合いのほどを。

 ではまた明日っ!
 
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