本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-6話「懺悔の左腕と漆黒の龍」

 今だ燃え盛る山火事の炎によって、周囲は赤く、そして薄暗い。それが明りも灯していない天幕の中であれば尚更だった。

 唯一の光源となる天幕の入り口に、青年は立っていた。その表情は影に包まれ、しのぶや珠世からは(うかが)い知ることさえできない。

 

 ただ、まるで敵意も好意もないことだけが隊士独特の感覚によって理解できた。

 

 例えるならば、動く死体。もしくは世捨て人。

 

 何にも興味を示さず、生に執着を持っていないであろうその姿が不気味で。誰もが警戒心を最大まで引き上げるなか。

 

「冨岡、さん?」

 

 胡蝶しのぶが慎重に問いかけた。

 ほとんど時期に差はないとはいえ、冨岡義勇は柱としても胡蝶しのぶの先輩だ。

 他ならぬ姉、カナエの推薦によって水柱に就任した義勇。そして姉であるカナエの死を切欠に蟲柱として就任したしのぶ。その差は本当に僅かな時期でしかない。それでも先輩である事実は確かなので、しのぶは敬意をもって義勇に接しているつもりだ。もっとも今だ、まともな会話さえしたこともないのだが。

 

「………………」

 

 義勇からの返事はない。ただ無言で此方を見据え、立ち尽くすのみ。時間にすれば数分。しかしてその場の人間にとっては長すぎる時が流れている。

 

 次に口を開いたのは女医の珠世だった。

 

「胡蝶しのぶ様。この方は、水柱:冨岡義勇様で間違いありませんか? 下弦の伍、そして上弦の弐との闘いの末に消息を絶ったという……」

「……まず、間違いありません。私もそれほど親交があったわけではありませんが、蟲柱としての感覚が教えてくれます。この人は、以前鬼殺隊本部で見かけた冨岡義勇と変わりありません」

 

 しのぶの感覚は、九人いる柱の中でも随一と言っていいほどに優れている。

 それでもしのぶの心情としては信じられなかった。別に無言であることが違和感の正体ではない。元々から無口・無表情を地でいく人物であることくらい承知している。だがその心の奥底には、心優しい親愛の情が感じられていたのだ。だが今、目の前に立つ人物からは何も感じられない。それこそが、何よりもしのぶが信じられない点であった。

 

「………………」

 

 一歩、冨岡義勇らしき男が天幕の中へと歩を進める。

 右手には抜き身の日輪刀。義勇の実力であればその場からでも斬りかかれる間合いだ。事実、数歩進んだ後に腕が動く。腕が斜めに上がり、袈裟懸(けさが)けに切り捨てるような構えである。

 

 ただ一点、日輪刀を持たぬ左腕さえ前に突き出されていなければ。

 

 珠世や愈史郎はともかく、しのぶでさえ得物を抜かない。それは、このすぐ先に迎える未来を予知しているかのようだった。

 ヒュン、という僅かな風切り音と共に義勇が殺意なき斬撃をくりだす。水柱の称号は伊達ではない、日輪刀は担い手の望む軌跡(きせき)を辿っていた。

 

 目の前に立つしのぶ達ではなく、己の左腕へと至る軌跡を――――。

 

 ボトリと地へ、腕が落ちた。

 突き出されていた腕から血しぶきが飛び、真正面で応対するしのぶの顔に降りかかる。

 珠世は青ざめながらも両手で口を塞ぎ、必死に悲鳴を抑えていた。

 天幕の中が生暖かくも独特の臭いに支配される。言うまでもない、この場に相応しい戦場の香りだ。しかして当の本人は、痛みを感じることなく地に落ちた左腕を拾い上げ、

 

 まるでお見舞いの花束を置くかのように、横になった禰豆子の隣へと添えた。

 

「……誓いは、守ったぞ」

 

 これまで沈黙を守っていた男の口が動く。

 呟くように一度。それだけしか動かない唇は、役目を終えたとばかりにまた沈黙する。

 決して、この場に居る珠世やしのぶに対して向けられた言葉ではなく。義勇の心の中に居る「誰か」へ向けて放たれた約束の言葉だった。

 

 もはやここに、用はない。

 やるべきことは終えたとばかりに向きを変え、天幕の外へと歩き出す。

 

 珠世も、しのぶも。

 

 その場に居る誰もが、今の義勇を引き留めることなど。

 

 できるはずがなかった。

 

 ◇

 

 童磨のにやついた顔と不機嫌そうな累の顔に見つめられながら、炭治郎と久遠の戦いは続いていた。

 戦況は著しく久遠に不利だ。どうしても炭治郎の身体に傷を付けられず、本気の斬撃を放てずにいたのだ。一方、狂気に身を委ねた炭治郎に迷いなどない。自身が愛すべき存在は母と妹のみと決意し、久遠を仇の娘とわりきっている。

 防戦一方の久遠に、上弦の弐である童磨はからかいの言葉を投げかけた。

 

「ホラホラおひいさま、このままじゃ斬り殺されちゃいますよ? そのままの姿でいいの?」

「うっさいわね、外野は黙ってなさい! まったくもう、あの姿は彼に見せたくなかったのにっ!!」

 

 もはや久遠の薙刀(なぎなた)は熱せられた日輪刀の熱に犯され、本来の強度を保てずにいる。久遠の両手も重度の火傷によって(ただ)れ、あの純白できめ細やかな肌が見る影もない。

 

「……殺す。鬼なんて存在は俺が、最後の一匹まで殺しつくしてやるっ!!」

 

 決意の宣言と共に「全集中の呼吸」を用い、炭治郎は上段からの振り下ろしに全ての力を注ぎ込む。もし回避しなければ確実に頭蓋が割れ、普通の人間であれば死に至るだろう。

 そんな凶刃を眼前にして、久遠のとった行動は狂気に満ちていた。

 

 日輪刀の熱によって白い塗装が剥げ落ち、強度を失った薙刀を地へ放り捨てる。

 

 まさか、素手で炭治郎の一撃を受け止める気なのか? この戦いを見守る人物がいたとするなら、間違いなくそんな感情を抱いたはずだ。

 

「舐めるなっ、鬼いいいいいいいいいいいいっ!!!」

 

 裂帛(れっぱく)の気合をもって日輪刀を振り下ろす。

 しかして久遠の身体を炭治郎の一撃が手ごたえもなくすり抜けた。防いだわけでも、回避したわけでもない。文字通り、すり抜けたのだ。

 

「あら、炭治郎君さえ許してくれるのなら。……その流れる血でも、舐めてあげるわよ? こんなふうに――」

 

 軽口をもって返答し、炭治朗の(あざ)から流れた血を一舐めする久遠。その瞬間、半人半鬼のお姫様は明らかに別人になっていた。

 (あま)のように頭部を覆う純白の布が燃え、火の粉となって艶姿(あですがた)を演出する。濡烏(ぬれがらす)のごとき髪が熱風になびき、額には刃のように鋭利な角がそびえる。桜色の爪は伸び、血のごとき真紅に染まっていた。

 着物の裾から覗く太ももを大胆に見せながらも前へと進むその姿は、正に鬼姫という言葉が相応しい。

 

「なるべく傷つけたくなかったけど、……しょうがないか。愛する殿方を(いさ)めるのも妻の役目ってね、かかって来なさい旦那様っ!」

「くそおおおおおおおおおおおおおおおっ!!」

 

 己の斬撃がことごとく意味を成さぬ状況に、炭治郎は苛立ちを隠せないでいた。

 当たっているはずなのだ。そのはずなのに、久遠の体はどう見ても致命傷らしき一撃を与えられない。まるで影を斬っているかのような手ごたえのなさ、それこそが「鬼人化」した久遠の持つ力の一端である。

 避けるというより、舞う。まるで劇場に立つ舞姫が舞台狭しと舞い狂うかのように、その動きは不規則で、それでいて芸術的でさえあった。

 そんな演劇の観客となった童磨が茶々を入れる。

 

「久しぶりに見たけど、成長したおひいさまの鬼人化もまた美しいねぇ。鬼と人、両方の血を持つ者のみが成る最強の化物。その動きは血気術なのかなぁ?」

「失礼ね、誰が化物よ、誰が! ……鬼が人肉を喰らわねば成長できない、なんて常識はもはや時代錯誤よ。鬼だって日々研鑽を積み、数々の経験の中から成長していくことだってできる。この『鬼人の舞』は私が編み出し、私が完成させた正真正銘の個人技よ!!」

「確かに。努力なんて面倒、俺達は間違ってもしないね。ただ人間を喰らうだけで強くなれるんだから」

 

 そんな二人の会話を耳にして、炭治郎は更に激高する。自分の相手など、童磨との会話を交えながらでも十分だと言わんばかりの態度だったからだ。

 

「どうしてだっ、どうして俺の刀が当たらない!?」

「教えてあげましょうか? 今の君は、荒れ狂う怒りのせいで動きが単調になってるのよ。せっかく鱗滝さんが教えてくれた無の型も台無しになってる。そんな体たらくじゃ、私を斬るなんて明日になっても無理ね」

 

 幾度となくがむしゃらに動き続けた炭治郎は限界が近づいていた。

 額から大量の汗が滴り落ち、肩で息をする姿はしっかりと久遠にも観察されているだろう。このままじゃ勝てない、兄妹達の仇を討つことなんて論外だ。握り潰さんばかりに力をこめた日輪刀がギシギシと悲鳴をあげている。

 

「……もう、いい」

 

 ふと、炭治郎の体から力が抜けた。

 

「あら、もう降参? それとも未来のお嫁さんの話を聞く気になってくれたのかしら」

 

 久遠としては炭治郎の気の済むまで相手を務め、力尽きたところで連れ去る算段だった。その好機が来たのかもしれないと笑みがこぼれる。

 

 だが。

 

「……当たらないなら、この辺り一帯すべて。……吹き飛ばすまでだっ!!」

「へっ?」

 

 想定していなかった炭治郎の返答に、久遠の口から妙な疑問が漏れ出した。

 それと同時に、自身の危機も敏感に察知する。婚約者の背中から、これまでとは比べ物にならないほどの熱量を感じたのだ。

 

「それは、もしかして炎の呼吸……? ……じゃないっ、漆黒の炎!? 旦那様ってば、天才にもほどがあるでしょ! 今、この場で新しい呼吸を作っちゃったの!!?」

「あちゃあ、これは俺も計算外だ。覚醒した『夜叉(やしゃ)の子』の本領発揮ってやつかな? 一度退散しよっと、累君も逃げたほうがいいよ?」

「……そうするよ。いつかお前も絶対に殺すから」

 

 どの口がそれを言うかと言わんばかりの仏頂面で、累の姿が掻き消える。文句を言いたいのは久遠とて一緒だ。

 

「ちょっと童磨っ! 場を掻き回すだけ掻き回しといて逃げる気!?」

「おひいさまも逃げたほうが良いよぉ? アレを喰らって生きていられる存在なんて、鬼でも居ないだろうから。まあ、(ふもと)の鬼殺隊士達も巻き添えになるだろうけど、きにしない気にしない♪」

「ちょっ!?」

 

 童磨の指摘を受けて、久遠の全身に緊張がはしった。

 確かに山頂側に陣取る炭治郎に対して、久遠は麓側に背を向けている。今から全力で退避すれば直撃は免れるだろうが、炭治郎の呼吸はそのまま火砕流のごとく麓に押し寄せるだろう。そんな未来が容易に想像できるほど、今の炭治郎は個人の人間が持てる力を凌駕していた。

 

「……我流:怨炎龍(えんえんりゅう)

 

 ボソリと、炭治郎が呟く。

 それと共に、日輪刀から揺らぎ立った漆黒の陽炎が龍を形どりながらくねり始めた。正に炎龍の顕現だ。数瞬後には炭治郎の手から放たれ、すべてを飲み込まんと麓にまで襲い掛かるだろう。

 

「俺達兄妹の敵は全部、燃え尽きろおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」

「ああもうっ、ホントに手のかかる旦那様ねっ!」

 

 愚痴を漏らしながらも、久遠はその場から動かない。

 この一撃を回避し、傍観したなら。正気に戻った時の炭治郎が悲しむ様を容易に想像できたからだ。

 

 爆炎と共に炭治郎が黒炎龍の(かせ)を解き放つ。

 

 久遠はその光景を、相対したまま、一歩も動かずに見守り続けていた。




 最後までお読み頂きありがとうございました。

 理解不能な義勇さんの行動。そして久遠さんと炭治郎君の戦いをお送りました。
 鬼が強くなるための研鑽をしない。という設定は全ての鬼に当てはまるわけではありません。特に上弦の参あたりはかなり鍛えてそうですしね。あくまで大多数の鬼は、って意味です。
 
 さて、話は変わりますが第六・七章と続く「那田蜘蛛山編」。
 このお話での最大の見せ場と定義づけ、かなり悶々としながらもこだわって書いているつもりです。
 テーマとして掲げているのは「ホラーな中にも少年漫画的な熱さを入れ込む」というものだったりします。
 心揺れる主人公。それを支える仲間達。立ちはだかる強大な敵と姑息な手段。

 うーん。やっぱり少年漫画らしくはないですかね?(笑
 ですがこれはこれで、作者的な英雄譚を描いているつもりです。

 だいぶ原作から離れてしまいましたが、どうでしょうかねぇ。

 もしよろしければ、ツッコミを頂けると嬉しいです。

 今後とも頑張って書いていきますので、よろしければお付き合いください。

 ではまた明日っ!

 
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