本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-7話「鬼姫の温もり」

 漆黒の龍が一度天へと昇り、全てを薙ぎ払わんと再び地へ駆け下ろうとしている。

 その光景は、神山の火事に慌てふためく周辺住民の眼にも映るほど巨大だった。ある者は竜神様の降臨だと膝を突いて祈りを捧げ、ある者は荒ぶる竜神の天罰だと逃げ惑う。

 しかして一番の被害者は、現場に居る当事者に他ならない。人間も、そして鬼も。もう手遅れだと理解していながら、少しでもあの黒龍から離れようと逃亡の一手を選択する。

 

 もはや集団としての規律も何も無かった。山中で戦闘を繰り返していた鬼と鬼殺隊士は暴徒と成り果て、我先にと逃げ惑う。

 ある者は転倒し、踏み潰され。ある者は邪魔だと言わんばかりに仲間さえ斬り捨てる。誰もが予想しなかった最悪の結末。未来を、一人の少女が決死の覚悟で阻まんと立ち塞がっている事実など誰も知る由はない。

 

 神藤久遠は、鬼舞辻 無惨の血を引く実の娘である。

 

 その事実を知る者も、温厚な普段の振る舞いもあってか誰も気に留めたことなどなかった。人と鬼、両方を慈しみ、共に歩く未来を模索する。東京にて保護された鬼は、そんな彼女をこう呼んだ。

 

 菩薩。または聖母。

 

 その二つ名は鬼達の間で自然と広まり、久遠の名声を高めたのだ。

 

 懐から一本の小刀を取り出し、彼女はその刃を自らの左手首にあてた。ゆっくりと引き斬る矢先から、人間と何ら変わらない血液が溢れてくる。

 地に落ちるはずの赤々しい液体が自然の法則に逆らい、宙に舞い、周囲に拡散してゆく。

 

「……皆々様。ここは私に任せ、どうか生き延びる活力を――――」

 

 その声は不思議と、人と鬼の区別なく那田蜘蛛山に居るすべての存在へ届いた。

 

 これぞ神藤久遠の血気術「鬼人(おにびと)ノ楽園」。

 

 周囲に居る人間・鬼を問わずに自らの血を分け与え、生き延びるに足る活力を振りまく。鬼舞辻 無惨の血脈を受け継ぎし娘による、戦術級の血気術だった。

 宙に舞い散った血液は次第にその色を失い、恵みの雨となって麓にまで降り注ぐ。鬼殺隊士はもちろん、鬼蜘蛛でさえない鬼達の体にも淡い桃色の霧が(まと)わり付いた。

 

「これは、一体なにが……?」

「力が、沸いてくる…………!」

 

 それまで暴徒と化していた隊士や鬼達が呆然とその場に立ち尽くし、突如訪れた奇跡に驚いている。

 

 ――――今はお互い、争っている場合ではありません。人も鬼も、皆が協力しつつ、この窮地をきり抜けるのです。……大丈夫、あの黒龍は私が食い止めますから――――。

 

 宣託(せんたく)だった。

 

 誰もが疑うこともせず、心の中に染み入るほどの神託だった。

 ある隊士はその場に崩れ落ち、ある鬼は祈りを捧げている。人と鬼が争いを続けて千年もの月日がすでに流れ、それでも和解に至らなかった奇跡が大正の世に顕現する。

 

 しかしてその権能は、久遠本人を強化する血気術では決してない。

 むしろ彼女の体から血を奪い、命の灯火を曇らせる、諸刃の刃であった。

 

 狂気に身をささげた炭治郎の日輪刀に黒龍が舞い戻る。 

 その火力はもはや、周囲を禿山にしたとて終わりを見せるような炎ではない。

 

 一切の躊躇(ちゅうちょ)はなかった。目の前の久遠(てき)が自らの力を衰えさせたとて、情けなどかけるはずもない。

 

「死ね……、俺達兄妹の前から消えてなくなれっ!」

 

 無慈悲な死の宣告を口にし、夜叉の子として覚醒した炭治郎が刃を突き出しながら突進する。

 周囲の炎を身に纏い、炭治朗自身が龍にでもなったかのようだ。黒龍の口が開き、全てを飲み込まんと久遠に向けて飛んでゆき――。

 

 瞳を見開いた。

 

 目の前にいる半人半鬼は、久遠は何の抵抗も見せずに両手を広げていたのだ。まるでわが子を迎え入れる母であるかのように、優しい笑顔を見せながら動かない。

 炭治郎の動きが僅かに鈍る。だが一度繰り出した刃は止まらない、止まれない。己の願いに嘘などつけない。

 僅かな抵抗が炭治郎の腕に響く。それは女性特有の柔肌を貫いた感触に違いない。

 

 炭治郎の心に僅かな痛みが走った。

 

 それが何故なのか理解が及ばない。兄妹の仇である鬼を突いただけだというのに、なぜこんな感情が沸き起こるのだろうか。

 

「……孤独になろうとしちゃ、ダメだよ」

「俺には母と妹が居る。……孤独じゃない。例え、他の誰からも理解されなくても」

「ダメ」

 

 炭治郎の日輪刀は間違いなく久遠の腹を突き抜けていた。それなのに、まるで実の母であるかのように抱きしめる聖母がそこにいる。

 

「炭治郎君も、禰豆子ちゃんも。これから先、沢山の友達や大事な人を作って。たくさん笑って、沢山の思い出を作っていかなきゃ。……家族三人だけで良いなんて逃げちゃ、ダメ」

「……だって、誰も俺達のことなんか信じちゃくれないじゃないか! みんな禰豆子が鬼だからって理由だけで疎んで、忌み嫌って。俺や禰豆子は、……仲良くしたいのにっ!!」

 

 久遠に抱かれながら、炭治郎は無意識に心に溜まり込んだ本音を暴露する。

 せっかく、東京で穏やかな平穏を手に入れたのに。妹の禰豆子も鬼の肉ばかりではなく、人らしい食事を楽しめると分かったのに。誰も望んで鬼になんか、なる訳がないのに。

 

「そう、それが貴方の本音だよ。……久遠さんには分かるんだから。本当の炭治郎君はとっても、優しい子なんだって。仇討ちなんて誰も望まないし、喜ばない。ねえ、思い出してみて。君の愛した兄妹達は、本当に仇討してほしいって思っているのかな?」

 

 久遠の言葉が、貧しくも幸せだった竈門家の光景を脳裏に映し出した。

 文句を言いつつも稼業を手伝ってくれた竹雄。ご馳走を持ち帰るたびに喜色満面になる茂。禰豆子にべったりだった花子。いくらあやしても愚図ってばかりの六太。

 皆があの暖かい竈門家で、精一杯の幸せを体現していた。

 もう、あの景色を取り戻すことは叶わない。けど新しい幸せを作り出すことはできるはずだ。

 

 炭治郎の表情から狂気が薄れてゆく。

 赤く、逆立った頭髪が静まり、鬼目のように縦になった瞳孔も丸くなってゆく。

 

「竹雄も茂も花子も六太も、……きっと、俺達の幸せを願ってる」

「……うん、そうだよね。これから先、人として沢山の出会いを経て、炭治郎君も禰豆子ちゃんも大切な人を見つけて。……沢山の家族に囲まれて過ごすの。そのためには、他人を信じなきゃ。……認めてもらわなくちゃ。その努力こそが、本当の幸せへの道なんだよ」

 

 そんな久遠の言葉を最後に、しばらく沈黙が続いた。

 今だけは、彼女の温もりに甘えさせてもらおう。暖かい胸の中で涙を流しながら、炭治郎は正気に戻る自分に気付いていた。

 

 

 

 

 

 どれだけの時間が流れただろうか。

 無言の抱擁が続く中、先に口を開いたのは久遠の方だった。

 

「ごめんね……」

 

 唐突な謝罪の言葉。

 その真意を炭治郎は理解できない。謝罪するべきは自分の方だ。もう少しで自分は取り返しのつかない罪を犯すところだったのだから。

 だが久遠の謝罪は続く。

 

「実は此処に駆けつけるまでの間、炭治郎君がどんなに苦しい想いをしているのか。みんな……、ぜんぶ聞いていたの。この耳飾りを通じて」

 

 この那田蜘蛛山へと向かう際、久遠からもらった耳飾り。お互いの耳に一つずつ身に着け、守りの願いが込められた贈り物。炭治郎とて普通の装飾品だとは思っていなかったが、まさかお互いの状況が把握できるほどの一品だとは思いもしなかった。

 久遠の懺悔は続く。

 

「禰豆子ちゃんと離れ離れにならなきゃいけなくて、寂しかったね。味方であるはずの隊士達から責められて、怖かったね。でも、……でももう大丈夫。禰豆子ちゃんも避難させたし、私も此処に居る。もう離さない、絶対に離さないから。だから、今度こそ安心してね。炭治郎君」

 

 久遠の言葉と共に、炭治郎の髪が湿り気を帯びてゆく。

 胸の中で涙を流す炭治郎と同様に、久遠も泣いていた。自らの伴侶と決めた少年の受けた差別の言葉。その傷は炭治郎だけではなく、久遠の心をも傷つけていたのだ。

 

「私が、絶対幸せにしてみせるから――――」

 

 一人の男として女性にここまで甘えるのは、情けないにもほどがある。炭治郎の心に一瞬、そんなつまらない男の意地が沸きあがる。

 

 でも、今だけは。

 

 この温もりに甘えさせてもらおう。

 

 自身の涙で湿った久遠の胸に顔を埋めながら、炭治郎は一時の安息を受け入れるべく、再び瞳を閉じた――。




 最後までお読みいただきありがとうございました。
 もうこの後書きに何を書くか考えつかないくらいに、ストックが少なくなっております。

 只今14話を執筆中。
 結構あるじゃんって思うでしょ? 一週間なんてあっという間です。今日の作業で四回目のプロット直しが完了しました。それってつまり、本文を書いていないことに他なりません。
 一日最低3000文字。うまくいって5000文字。締め切りに追われる世の作家さん方はすごいなあ、と本当に思います。

 本編に関係のない後書きですみません。
 さあ、頑張って書こう。最低でも七章完結までは毎日更新を続けたいので。

 また明日、よろしければお付き合いください。

 ではではっ! 
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