本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-8話「戦の再開」

 奇跡は、成った。

 

 夜叉の子として覚醒し、この世の全てを憎もうとした少年が。以前の家族を愛する心優しい少年へと戻ってゆく。

 真っ赤に逆立った頭髪は元の黒髪となりつつもフサリと戻り、同じく真っ赤に充血した瞳も白さを取り戻している。右手で握りしめた日輪刀も元の鮮やかな赤青の色合いを取り戻した。

 

 ……よかった。私の大好きな、元の炭治郎君に戻ってくれた。

 

 瞳を閉じながら、久遠は溜め込んでいた緊張と共に大きく息を吐いた。それと同時に、今までの無茶が一気に押し寄せる。

 

 「鬼人(おにびと)ノ楽園」によって予想以上に血を流し、腹部に大穴を空け、もし人間であれば助かるはずもない重傷である。脱力した身体は重力に導かれるまま、倒れ込むように炭治郎の胸の中に収まった。

 

 彼女にとっても一世一代の大博打だったのだ。本当に少年を取り戻せるか否かなど、誰にも分からない。それでも久遠は、自らを犠牲にしてでも少年を取り戻したかった。

 最初は打算的な思惑があったことも事実だ。鬼となった妹を連れた鬼殺の少年。この子達の存在は、この先彼女が作り上げる「新たな組織」の旗頭になる。そう確信して近づいた。

 

 だが共に生活を続けるうち、そんな打算を抜きにして興味を持ちつつも。この兄妹と共に生きてゆきたいと願う自分が芽生え始める。

 

 意外だった。

 

 気づけば禰豆子ちゃんの可愛らしさに触れ、心優しい炭治郎君の愛にも気づき。自分もその中に入れたらどんなに心地よいかと、毎晩寝床で夢想する自分に気付いた。

 

 この兄妹と共に、新しい時代を築きたい。一度そう思えば、決して止まらないのも久遠らしい。

 

 自分もあの兄妹と一緒に、新しい家を築き上げるのだ。そのためには、鬼という存在に忌避感を持つ今の世を、なんとしても変えねばならない。

 神藤久遠はこれまで以上に早く走り始めた。何しろ鬼の血を引く自分と違い、少年に与えられた年月は限られている。例え一分一秒でも早く、長く。一緒に幸せな時間を過ごさなくては――――!

 

 だからこそ、本当に良かった。炭治郎君を元に戻せて。

 

「良かったよぉ……。炭治郎君、禰豆子ちゃん。……大好きだからね」

「久遠さんっ!」

 

 心配する炭治郎の胸の中で吐血しながらも、幸せそうに久遠は微笑んだ。

 

「俺は、なんてことを……っ!」

 

 顔面を蒼白にして痙攣する炭治郎。どうやら記憶はしっかりと残って居るらしく、今になった久遠に刀を向けた事実を後悔しているらしい。

 

「ええっ? これは炭治郎君が私に捧げてくれた愛そのものでしょう?」

「そんな過激な愛情表現なんてしませんよっ!?」

 

 しかして久遠は悲しむ顔など望んではいない。常人ならば死んだ方がマシだと思える激痛に耐えながらも、冗談をまじえ、微笑み続ける。どうやら声色を変えずに軽口をきく余裕も見せられたようで、内心はホッとしていた。

 だが重傷には違いない。いくら無惨の血を継いだ久遠とて、痛みを感じないわけではないのだ。

 

「……愛情は持ってくれてるんだ。そっかそっか、じゃあ仕方ないわね。炭治郎君に私の身体を預けましょう」

「いや、そういう意味じゃなくて。……まあ良いですけど」

「お姫様抱っこでもいいんだぞっ?」

「……背中で我慢してください」

 

 ただでさえ重い身体を心まで疲れさせ、炭治郎は背中を明け渡す。「むう、けちー」という声が聞こえつつも、久遠の柔らかい感触が伝わってきた。ゆっくりと、決して背中の久遠に負担がいかないよう下山を開始する。那田蜘蛛山は今だ山火事の最中だ、ここも何時火の手がやってきてもおかしくない。

 

「……後ろ見ちゃダメだよ?」

 

 背中から久遠の恥ずかしそうな声が響く。

 

「見ませんよっ。……ただでさえ服がボロボロなんですから、大人しく運ばれてください」

「そういう意味じゃないんだけど……。……ほら、鬼の再生なんて見てても面白いものじゃないから」

「それこそ今更です。俺は禰豆子の兄ですよ? ってそうだ! 禰豆子!!」

「大丈夫、珠世先生にお任せしてるから。鬼の治療にかけては日本一だと断言できるわ」

「そっか、……良かったぁ」

 

 とりあえずの窮地(きゅうち)は脱したと思って良いだろう。そう思った矢先、山頂方面から何かがベキベキと割れる音がした。

 燃えて炭になろうかという樹木が倒れる音ではない。それよりももっと甲高く、実家の傍にあった凍り付いた滝で聞こえるような……。

 

「グオオオオオオオオ…………」

 

 炭治郎、久遠。二人の心に悪い予感がよぎる。

 今のは間違いなく、鬼の声だ。しかもつい最近聞いた(うな)り声。

 

「もしかして……」

「ええ、童磨の奴。昔よりずっと嫌な性格になったわね」

 

 久遠が不穏な言葉を口にした瞬間。予感は現実となった。

 

「ガアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 氷が粉々に弾け飛ぶ轟音と共に、父鬼の咆哮が二人の身体に叩きつけられる。

 味方であるはずの上弦の弐:童磨によって氷漬けにされた父鬼が、氷の拘束から脱出に成功したのだ。

 久遠の言葉から推察するのであれば、二人の戦いが決着した後に氷の枷を破壊できるよう調整したと思われる。童磨も伊達に上弦の弐を名乗っているわけではない。圧倒的な力量と同時に知略をも兼ね備えているからこそ、あの男から弐の数字を(たまわ)っているのだ。

 

 まるで相撲の立ち合いのように姿勢を低くし、頭から突進してくる父鬼。

 小細工など一切必要ない、自らの体格と体重を最大限に利用した攻撃だ。

 

「炭治郎君、私を置いて行ってっ! じゃないと共倒れになるわよ!!」

「……そんなこと、できるわけないでしょう!」

 

 必死に背中から降りようとする久遠を抑えつけ、炭治郎は全力で逃げの一手をうつ。

 しかして疲労しているのは炭治郎とて同様だ。最初の那田蜘蛛山へと全面攻勢から始まってここまで、全力で走り抜けている。本音を言うならこの場で寝転がりたいほどに疲れきっていた。

 

(ダメだ、逃げ切れない……。やられる!)

 

 そう思った時にはすでに、父鬼はすぐそこにまで迫っている。久遠を抱えた背中から有り得ないほどの迫力を肌で感じるのだ。

 

 しかして竈門兄妹の味方は決して、久遠だけではない。

 

「富三郎っ! 伏せやがれええええええええっ!!」

「…………」

 

 もう随分と聞きなれた、特徴のある粗野(そや)な声。

 それと同時に炭治郎の頭上を閃光が翔けた。あまりに早すぎるソレがなんなのか、目視で確認することすら出来ない。まるで雷が地上を這ったかのような、そんな感覚。

 

 呆然と後ろへ振りかえる炭治郎の目の前に、一本の腕が落ちてきた。他でもない父鬼が振り上げていた右腕だ。

 間違いなく、先ほど翔けた雷の影響だろう。だが決して自然現象ではない。地へと転がる父鬼の腕の切り口を見れば、鋭利な刃物で切断されている事は明らかだ。

 

「これはまさか、雷の呼吸? でも、誰が……。って善逸!??」

 

 炭治郎が雷の行く先を見れば、特徴的な色あせた髪と同色の羽織。見間違うはずもない、これまで一緒に行動してきた友人の我妻 善逸だ。

 

「ぎゃははっ、いいぞ子分その三! その猪突猛進ぶり、やればできるじゃねえかっ!!」

「伊之助っ? 応援に来てくれたのか!」

「当然よ、子分の面倒を見るのも親分の役目ってなっ! そら食らいやがれ、獣の呼吸:陸ノ牙 乱杭咬(らんくいが)みぃ!!」

 

 善逸に遅れて姿を現した伊之助がフワリと宙を飛ぶ。両手に握った特殊な日輪刀を両腕ごと交差し、(はさみ)のように父鬼の首を切断するべく迫る。

 ギイィンという金属のような固い衝突音が周囲に響きわたった。

 

 が。

 

「……ちっ、さすがにこんだけのデカブツだと首もかってえな」

 

 伊之助の言う通り、父鬼の体は硬い。いや硬くなったと言ったほうが正しいか。

 覚醒状態の炭治郎との戦闘で、父鬼は手傷を負うたびに脱皮を繰り返していた。しかして完全に脱ぐことはしない、なぜなら硬化した皮がそのまま鎧の役目も果たしているからだ。

 

 そんな事を考えているうちにもう一度、甲高い金属の衝突音が響く。善逸が返す刀で追撃をかけたのだ。

 そのまま炭治郎の隣へと着地する。が、なぜかその瞳は閉じておりよくよく耳を澄ませば寝息のような音も聞こえた。

 

「善逸っ、助けに来てくれてありがとう……って、もしかして寝てるのか!?」

「……くー、すー……」

「なんかコイツ、寝てる方がつええんだぜ。おもしれぇだろ」

 

 あまりの事実に、炭治郎は口を閉じることさえ忘れてしまう。もしかしたらこれまでの出来事で一番驚いたかもしれない。

 

「まあ、子分その三のことなんてどうでもいいんだよ。珍太郎、お前はさっさと行け」

「……でも」

「でもも小芥子(カカシ)もねえ、女なんざ戦の邪魔だ。さっさと連れてけ」

 

 この二人だけで父鬼に勝てるだろうか、炭治郎はこの判断によって友人も失いかねない。

 迷う炭治郎だったが、最後に背中を押したのは久遠だった。

 

「……だいじょうぶ。彼等が此処に居るってことは、泥穀と響凱も居るはずよ。危なくなったら即、離脱できるわ……」

 

 久遠は生贄にされかけた隊士を逃がす際、伊之助と善逸の二人を連れて来るよう命令していたのだ。彼等の血気術は戦闘の役にはたたないのかもしれない。だが戦力を自在に移動させ、投入できるという能力は戦術的に言えば反則以外の何ものでもない。

 

 炭治郎はその言葉を聞いて決断した。

 

 今は何よりも、久遠の回復が最優先だ。

 

「……分かった。頼む伊之助、善逸!」

「だからさっさと行け、っつってんだろうが! 邪魔なんだよ!!」

 

 以前とは違い、乱暴な口調のなかに伊之助の優しさが伝わってくる。炭治郎はそれが、殊更に嬉しかった。

 

(本当に、久遠さんの言うとおり。友人が居るってことは嬉しいもんなんだなぁ――)

 

 これまでの自分を反省しつつ、炭治郎は再度下山を開始する。

 

 頼れる友人に背中を託し、今の自分がやるべきことを成し遂げることだけに全力を注ぐのだ。




 最後までお読みいただきありがとうございました。

 本当に登場キャラが多くしてしまい、構成に悩んでいた作者です。
 元々この物語は竈門兄妹の物語となっております。ですが話を進めるうち、この兄妹と関わりを持つ者も増えるのも道理であり、それこそが物語に厚みを与えてくれもします。

 一番暴走したのは、間違いなく久遠さんですね。
 このオリキャラ、まさかここまで重要なポジションになるとは思いませんでした。
 せいぜい伊之助や善逸を軽く出して、あとは炭治郎と禰豆子の物語にするつもりだったのです。

 どうしてこうなった(汗

 ですがまぁ、これもまた鬼滅の刃という作品の奥深さなのかなぁと思うことにしますw

 今後の予定としましては、遅くとも五月中には7章が終了し、最終章のプロット練りに突入する予定です。
 とはいっても、まだ七章も書き終えていないわけですが……。

 まあ、未来の作者がなんとかしてくれる。と思いたいなあ。

 よろしければ最後までお付き合いくださいませ。
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