本当はあったかもしれない「鬼滅の刃」   作:みかみ

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第7-9話「託された友」

 子分その一の足音が遠ざかってゆく音を背に。

 

「得物その七は随分と大物じゃねえか……。うずく、俺様の得物がうずくぜえ……」

 

 伊之助は目の前に対峙する、これまでにない巨躯の鬼へ興奮を隠しきれないでいた。

 これは決して恐怖の震えではなく、新たな挑戦者となった自分が武者震いをおこしているのだ。

 対して隣に居る子分その二もまた、体を震えさせていた。しかしてこちらは武者震いではないらしい。正真正銘、間違いなく体が恐怖に負け、怯えているのだ。

 

「なんだよこの大鬼、デカすぎじゃない? 死ぬ、今度こそ絶対に死ぬよ俺……」

「なんでえ、目覚めちまったのか。死んだら死んだで、それまでだったって事じゃねえか。……逃げたきゃ、逃げていいんだぜ? 逃げ足だけは速そうだもんな」

 

 言葉使いは乱暴なままであるが、これでも伊之助なりに気を使っているのだ。

 勝算が限りなく低いなんて事実は承知の上。

 

 だからこそ、己の獣を極限まで引き出せる。

 

 人のように群れず、これまで大自然の中で生き抜いてきた伊之助の価値観は、普通の生活を営んできた人間とかなり齟齬がある。

 より強大な相手を制すればするほど、己の糧にできるのだ。ならば生きている間はすべてが戦い、戦だと自分を律している。だが人里に降りてから今に至るまで、平地で暮らす人間が決してそうではない事実にもまた気付いていた。

 

 しかし善逸とて、譲れない線というものがある。

 

「逃げないよっ!? 俺にだって、本当にちょっとだけだけど意地があるんだからね!!?」

 

 ガクガクと震えながらも、日輪刀を構え直す。

 鬼殺隊士が竈門兄妹へと向ける偏見の眼差し。それに心を痛めていたのは決して本人達だけではない。聴覚が並外れた善逸とて、好意をよせる禰豆子への差別的発言に苦しんでいたのだ。

 怖い、死ぬかもしれない。けど、ここで逃げたら禰豆子ちゃんに会わす顔がない。善逸を支えていたのは少しばかりの見得と、男なら誰もが持つ心意気である。

 

「……上等だ。いい加減よっきゅーふまんにも限界がきてたトコだからな。ここらで大暴れといこうじゃねぇか!」

「だから無理して難しい言葉使うなよっ、猪頭なんだからぁ!!」

 

 鼻息荒く伊之助が叫びながらも突貫し、善逸はそれに続きながらもツッコミを忘れない。

 本人達は決して認めないであろうが、二人の絆は相棒と呼べる関係にまで出来上がっていたのだ。

 

 

 

 周囲が以前として火の海に囲まれたなか、二人の新米隊士は友との誓いを果たすべく奮戦していた。

 父鬼と呼ばれる巨鬼は今だ、己の体をうまく動かせないようである。原因は他でもない、上弦の弐:童磨の血気術によって氷漬けにされた影響が残っているからだ。それでも新米隊士である癸の二人にとっては強敵であることには違いなかった。

 

「この鬼、かってぇぞ。こんちくしょおおおおおおおっ!!」

 

 伊之助が最前線に立って幾重にも傷つけんと刃の欠けた日輪刀を振り下ろし続ける。

 

「ひいぃぃ……」

 

 対する善逸は、あれだけの啖呵(たんか)を切った手前逃げ出しはしなかった。が、完全に父鬼の威圧に押しつぶされている。先ほどよりも体の振るえが増し、今も日輪刀を落とさずにいることが不思議なくらいだ。

 そんな善逸に、伊之助は何の言葉もかけはしない。そもそもが一匹狼を地で行く性格なので、連携を取れと言われても炭治郎ほどの気配りがなくては上手く動けないからだ。

 

 勝ち目はない、勝てるわけがない。

 

 そんな恐怖が臨界を超えた時、伊之助の背中が善逸の視界を埋め尽くした。

 

「むぎゅっ、――――――……」

 

 父鬼の張り手を二本の日輪刀を交差して受け止め、吹き飛んだ伊之助の体重を全て顔面にて受け止めてしまう。その衝撃を受け止め切れるはずもなく、更には善逸の後頭部が焼け焦げた地面へと痛打した。あまりの衝撃に善逸の意識はあっさりと暗転する。

 

「……………………」

「邪魔だっ! って……なんだ、また眠っちまったのか? まぁ、テメエはそっちの方が強いからな。いいんじゃねえの?」

 

 はたから見れば、気絶した善逸に話しかける伊之助という不思議な図であった。

 だがこの二人とて、この戦場に来るまで一人の鬼とも遭遇しなかったというわけでは当然ない。それまでの善逸は、鬼を見た瞬間逃げ出すほどの弱気を見せ付けていた。それに憤慨した伊之助が一発、後頭部に拳骨をお見舞いすると。善逸は「眠りながら戦う」という名人も裸足で逃げ出す芸当を見せたのだ。更に付け加えるなら「眠った方が段違いに強い」という有り得ない事実が判明するにあたり、伊之助は思考を放棄した。

 

「雷の呼吸 壱ノ型:霹靂一閃(へきれきいっせん)――――」

 

 伊之助が倒れた善逸の体を強引に起こし、自身の足で立たせるだけで眠りの善逸は最善の行動を取り始める。

 膝を折り、腰を落とし、鞘の滑りによって加速する神速の抜刀術。それこそが善逸が唯一体得した、「雷の呼吸の基本」だ。

 

 善逸の姿がその場から消えうせる。

 人間の領域を逸脱し、その速度は光に迫らんばかりに加速する。この技に過剰な腕力は必要ない。ただつま先から手指に至るまでの速度を刃に乗せ、一閃のもとに鬼首を狩るのだ。

 

 そして、その稲妻を刃にしたような日輪刀は確かに。父鬼の首へと吸い込まれるように導かれた。

 

 ガキンッ、という金属同士がぶつかり合ったような甲高い音が鼓膜(こまく)を震わせる。

 

「うっしゃあっ! って、ちょっと待てぇ!! そのデカい鬼は俺様のえも、……の」

 

 共に戦うことは許しても、得物を横取りされては我慢できない伊之助が声を荒げる。それはこの一撃で決まったと確信したからこその文句だった。

 

 だが父鬼の首は胴体から離れてはいない。

 それどころか、皮一枚さえも傷ついてはいない。

 

 それは、伊之助や善逸の過失ではなく。あの快楽主義者、上弦の弐:童磨がもたらした置き土産であった。

 

 

 

「グオオオオオ…………」

 

 獣が唸るかのような声を発しながら、伊之助の霹靂一閃によって地に膝を付けた体勢を立て直す。

 その際、父鬼の皮膚が火災の光を乱反射した。その光が伊之助と善逸の瞳にも飛び込んでくる。それは透明でいて、それでいて硬化した「以前の表皮」であった。

 

「……なんだ?」

 

 伊之助の頭脳では状況を把握できない。炭治郎は久遠を連れて撤退し、善逸は戦闘のために眠っている。

 戦場で状況を推察し、これからどう動くか判断する人材はもはや伊之助以外に居はしない。これまではその役を炭治郎が担当していた。だからこそ伊之助は猪のように突撃し、善逸は余裕をもって怯えられていたのだ。

 

(どうする、真正面から猛進したら張り手に潰される。なら横からか? どうやって?)

 

 もうこの場に炭治郎は居ない。唯一の常識人を語る善逸は眠らなければ戦力にならない。

 

 絶対絶命の中、伊之助には「思考する」という十二鬼月を斬るより難解な課題が突きつけられていた。

 

 

 

 実をいえば父鬼は、鬼の中でもかなり特異な鬼だった。

 

 父鬼の血気術は正式名称こそないものの、とどのつまりは「脱皮」である。

 人肉を喰らい、体内に十分な栄養が行き渡ったと確信した時。もしくは傷を負い、古い皮を脱がざるを得なくなった時。父鬼は脱皮し、更に力を増した肉体を手に入れる。

 これだけであるならば、自然界によくある成長の姿だ。だが父鬼は古い皮膚を「鎧」として再利用していた。

 上弦の弐:童磨によって氷漬けにされた際、父鬼は自らの生命を維持するため脱皮を繰り返した。自ら皮膚を脱ぎ、その隙間に空気の層を作り出し。何枚にも渡る脱皮の抜け殻が、体内に冷気が侵入する事態を防止したのだ。

 一枚一枚の皮で言えばそれほどの強度はない。だがそれが何十枚、何百枚と重なり、硬化し。鉄より硬く、それでいて柔らかい防具となる。それに伴って繰り出される一撃は鋼鉄の張り手そのものだ。

 

 人間時代の巨漢さを考えれば、蜘蛛鬼でなくとも十分な強さの鬼となったことだろう。父鬼が人間だった時の名前を知る者は少ない。だが四股名(しこな)であれば誰もが知る有名人であった。

 

 その力士の名は雷電。

 

 江戸時代において、大相撲史上未曾有の最強力士と呼ばれた雷電 爲右エ門(らいでんためえもん)その人である。

 

 

「ガアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 伊之助の顔面を父鬼の張り手が襲う。

 それは人間であった頃、自らの禁じ手として封印した技でもあった。その威力ゆえに相手を再起不能、または殺してしまうと師匠が判断したからだ。

 

 伊之助の顔面ギリギリをすり抜けるたびに、後ろの樹木が悲鳴をあげて倒れてゆく。いつしか大量の倒木が重なり合い、父鬼の前から伊之助の姿が見えなくなってしまうほどであった。

 黒煙を上げながら燻る大木の陰で、伊之助は必死に思考をめぐらせる。

 

「どうすればヤツの体を斬れる? ……考えろ、…………考えろ俺っ!」

 

 両手で猪頭の被り物を抑えつけ、必死に打開策を模索する。

 こうしている間にも、時間は刻一刻(こくいっこく)と過ぎてゆく。残された時間は決して長くはない。

 伊之助が思考に埋没できるのは、善逸が奮闘してくれているからである。伊之助とは違う意味で思考を放棄し、常に死角を取りながら攻撃と退避を繰り返す。だが一撃一撃があまりにも軽く、父鬼の鎧と化した過去の皮膚に傷は付けられても今現在の肉体にまでは到達しない。

 

 ふと、伊之助の視線が父鬼を相手にする善逸へと移った。

 

(アイツ、すげえな。一体、これまで何発の技を放ってやがるんだ?)

 

 鬼殺隊秘伝の「呼吸法」は様々な属性と、それにともなった鬼さえも切り伏せる威力をほこる。

 しかして当然のことながら、「型の技」を使うにはかなりの体力を必要とするのだ。基本、呼吸の型を使う時は鬼を斬る時だ。体力の消耗を抑えるべく、一撃で必殺となるよう努めなければならない。

 そのはずなのに、善逸は数え切れないほどの雷の呼吸:壱ノ型を連続で放っていた。

 本当なら疲労困憊で倒れていなければならないはずだ。それくらいは伊之助にだって理解できる。

 

 ならば善逸は一体、どのような方法を用いて幾多もの壱ノ型を連発しているのか。

 

 伊之助は考えた。

 考えて、考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて考えて。

 

 ……、発狂した。

 

「うがあああああああっ! わかんねえ!! わかんねえなら、真似してみりゃあ分かるじゃねえかよ!!!」

 

 そう叫ぶと同時に伊之助も戦いに復帰する。

 獣の呼吸は誰に教わったわけでもない、伊之助個人が編み出した我流の呼吸だ。自分が牙と呼ぶ攻撃の型は全部で六つ。その全てを続けざまに放てば同じことだと、単純でいて無茶苦茶な発想を結論としたのである。

 

 もし他の隊士がその話を聞いたのならば、こういうだろう。

 

 できるわけがない。そんなことをしようものなら、途中で技が出ずに不発に終わると。

 

 しかしてそこは伊之助。

 

 そんな理屈など、関係ない。

 

 あの子分にできるなら親分である俺様だってできるという、単純にして理解不能な理屈を全面に押し出し。

 

 父鬼に向かって、猪突猛進を貫いた。 




 最後までお読みいただきありがとうございました。

 さて、今回で父鬼さんの正体が明らかになりました。江戸時代最強の力士:雷電さんです。

 ……ん? 鬼滅に実在の人物は違和感がある?

 私もそう思います(笑
 ですが、成人男性で150cm前後。成人女性になれば140cmもない大正の世で、あれだけの巨体となれば雷電さん以外に思いつかなかったのです。

 本音を言えば、作者が漫画「修羅の刻:雷電編」が大好きだというのもありますが。
 ヒントとしては張り手をメインの攻撃手段に使っていたことでしょうか。はい、分かるはずがありませんね、反省。

 さてさて、今回の主役は雷電さんだけではありません。
 伊之助も善逸も、動かしていてとても楽しいキャラです。炭治郎より勝手に暴走し、作者を困らせてくれますが、それもこの二人の魅力なのでしょう。

 三章あたりの後書きにも書きましたが、炭治郎同期の隊士達は原作よりも強い設定となっています。
 だからこそ善逸君は壱ノ型を連発できますし、伊之助君もまた――。

 次回は二人の決着編から始まります。
 よろしければお付き合いくださいな。

 ではでは。
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