理想の聖女? 残念、偽聖女でした!(旧題:偽聖女クソオブザイヤー) 作:壁首領大公(元・わからないマン)
昔から、
不動新人は幼い頃から、何処かが壊れていた。
何がおかしくて何がズレているのか。それを一言で表すのは難しい。
それは決して、パッと見て分かるようなものではないし、少なくとも普通に過ごしている分には彼は普通に見える。
特別情に薄いわけではないが厚くもなく、善い奴ではないが飛びぬけた悪人でもない。
大きく法に逸れる事はしないが内心では自分の得や利を考える。
自分より恵まれている奴を妬み、自分より下にいる人間を見下して暗い優越感を感じる。
そんなどこにでもいるような、普通の……ややダメ人間寄りではあるが、どこにでもいる人間に見える。
表向きは暗く真面目に見えるが、その実内心では色々と愉快な事を考えている……がそれも別段おかしな事ではない。内弁慶やネット弁慶など今の世には掃いて捨てる程存在する。
少なくとも、初対面で分かるようなあからさまな異常性などは有していない。
虫や小動物を痛めつけて喜ぶような趣味はないし、漫画やアニメにゲーム、海外の映画などの架空の世界を楽しむという今の世界では当たり前の趣味もある。
変わり者ではあるかもしれないが、しかし普通の変わり者だ。
『変な奴には違いないが、何処にでもそういう奴はいるよね』という程度でしかない。
だが、やはり何処かがズレていた。
例えばそれは子供の頃。
通学路の途中で、車にひかれた猫
友人達はそれを怖がっていたし、直視しないようにしていた。
だが新人はそこに恐怖や嫌悪感を感じなかった。直視しても気持ち悪いとは別に思わなかった。
猫を可哀想だと憐れんだし、轢き殺した運転手には酷い事をするなと微かな義憤も抱いた。
だが、他の皆が持つ『何か』が彼には無かった。
例えばそれは中学生の頃。
何の落ち度もない同級生の少女が、ただ目を付けられたというだけで同じクラスの男達に苛められていた。
大勢の男がよってたかって一人の少女を、ただ自分が楽しむだけの玩具にする。
無意味に暴力を振るい、泣かせ、その惨めな姿を携帯電話で撮影し……。
正直胸糞が悪かったし、これはダメだろうと彼は正義感と義憤を抱いた。
だから、苛め返した。
別に新人自身が苛めを受けていたわけではなかったし、少女とも特別親しい仲ではなかった。
苛めグループとも表向きはとりあえず普通にクラスメイトとして接していた。
だが、毎日繰り広げられる胸糞の悪い光景が気にくわなかったし、だったら自分が納得出来るものに変えてしまおうと考えた。
だからまず、苛めグループのリーダー格の奴を説得し、駄目だったのでブン殴ってやった。
当然反撃は受けたが、新人は全く気にしなかった。
痛覚がないわけではなかったし、痛いとも辛いとも思ったのだが全てを意に介さず暴力を与えられた分だけ倍に返した。
休み時間だろうが授業中だろうが通学中だろうが関係なしに、視界に入り次第殴りかかった。何度も何度も、泣くまで殴った。
教師に叱られようが親を呼ばれて説教されようが、それでも繰り返した。
それを、相手が学校に来なくなるまでやって……その次はまた、別の悪い奴を苛め始めた。
なるほど、苛めグループなんていう胸糞悪いものが出来る理由がよくわかる。
これは楽しい。すごく楽しい。病みつきだ。
自分よりも弱い奴を、正義の味方になったつもりでブチのめすのはとても愉快だ。
端から見ればこの時の新人は恐ろしく映っただろう。
しかしこの時も、新人の心の中は至っていつも通りだった。
殴り殴られながら、心の中ではハイテンションに、まるでゲームの実況でもしているかのように、見えない誰かに語り掛けるようにしながら、心の中であれこれと愉快な思考を展開していた。
さあ、新人選手の渾身の一撃! こうかはばつぐんだ!
おおっと反撃を受けた! これはピンチ!
しかし怯まない! ここでメガトンパンチ! やったー、命中率の悪さを潜り抜けて見事当たりました!
はいパンチドーン!
KO! KOです! やりました新人選手!
俺つえええ!
彼の心の中の声を語るならば、このようなものだ。
殴り合いという異常な場において、彼の心はおかしいほどのいつも通りだった。
友達とゲームをしている時や漫画を読んでいる時と同じような、明るくて愉快な不動新人のままだった。
そしてこの所業を行う時の彼には、決して怒りや憎悪といった表情はなかった。
ある時は自分に酔って哀しむような顔をして、またある時は慈愛を感じさせる微笑みを浮かべたままやっていたのだ。
そうして苛めグループが全員不登校になるまで苛め、救世主になったつもりで苛められていた少女に声をかけた。
もう大丈夫だ。君を苛める悪い連中は黙らせたよ。
そう言いながら彼は、これはもしかしてフラグが立つんじゃないかとか、惚れられたら困るなあとか、そんな普通であって普通ではない事を考えていた。
「嫌だ……近付かないで! 怖い!」
しかし待っていたのは拒絶だった。
全てが終わって周囲を見れば、向けられるのは恐怖の眼差しだけ。
彼を普通の生徒として接してくれていた教師は問題児を見るような冷たい眼を向け、親兄弟からもゴミを見るような目を向けられた。
学校はしばらく停学になったし、やりすぎたのかちょっとしたニュースにまでなってしまった。
当たり前の結末……馬鹿以外は誰でも分かる。馬鹿だけが分からない。
少し前に『永遠の散花』の不出来な二次創作を見た。その主人公は『苛めっ子をボコボコにした俺は人気者だ!』みたいな事を書いていたが……実際はそうならない。
そんなおかしい奴は嫌われるだけだ。
周りからバッシングされ、陰口を叩かれ、そして新人は思った。
「ああ……そっかあ。苛めは悪い事だもんなあ。
いやー参ったねこりゃ。苛めっ子を苛めたら、そりゃ俺も苛めっ子だ。怒られるのは当たり前だよなあ。
いやー、やっちゃった。こりゃ猛省ものだ」
そう、普段と変わらぬ様子で話す彼の姿は果たして、周囲にはどう映ったのだろう。
勿論友達や教師、家族から冷たく見られる事に悲しみはあった。だがそれも仕方のない事だと納得してしまえば、別段気にするような事でもなくなった。
それでも周囲の反応からして、自分が何かおかしいという事くらいは分かった。
だから彼は、いつもと変わらぬ軽いノリのまま何となく自覚したのだ。
――ああ、そっか。俺ってやつは……所謂クソ野郎って奴だったんだなあ。
ま、クソならクソなりに周囲に合わせて平凡に生きていきゃいっか。
でえじょうぶだ、問題ない。
頑張れ頑張れ出来る出来る。
足りなかったのは、
彼はいつもどこか――ゲームのキャラクターでも動かしているかのように、現実感が希薄だった。
ゲームをやっていて、とても悪い奴がいればその敵に怒りを覚える事もあるだろう。
登場人物たちが不幸になる悲しい展開があれば胸糞の悪さを覚える事もあるだろうし、何とかしたいと思ってもおかしくはない。
そうしてゲームの中の悪人に怒りを抱いて『何て酷い奴だ』と思った人物が、次の日にはゲームの中で主人公を操作して無意味に通行人を射殺したりひき逃げしたり、建物を壊したりして昨日怒りを抱いた悪人がマシに見える程の外道行為を働きながら楽しそうに笑っている事もある。
それはおかしな事ではないし、その人物の良識が破綻しているわけでもない。
強烈な二面性を持つわけでもなく、その人物は至って正常だ。
何故なら現実ではないのだから。
架空の世界の中で、許された範囲内で可能な楽しみ方を模索して実行しているに過ぎない。
だがその感覚を現実に持ち込む者がいれば、それは明らかな異常だ。
不動新人とは、そういうタイプであった。
いつもどこか第三者視線で、自分の事なのにまるで自分ではないかのような他人事のような考え方をする。
まるで自分自身がゲームの中のキャラクターであるかのように。
そしてそれを操作している別の自分が何処かにいるように。
現実なのに現実ではない。そんな奇妙な外れ方を彼はしていた。
彼はそんな自分のおかしさを、大人になる頃には自覚していたし自制もしていた。
だから人と極力関わらずに生きる道を選び、Webライターなどの家の中で自分一人で出来る稼ぎ方を見付けた。
現実と架空の境界が曖昧な彼は、自らに死期が迫っているのに深刻に受け止めずに『人生そんなものだろう』と享受し……その一方で、ゲームの中の出来事に本気で感情移入をして落ち込んだ。
エルリーゼも、新人も、その根元は同じだ。
どちらも、何かがズレたまま生きている。
本気になる場所が何かおかしい。本気になるべき場面で他人事のように考えてしまう。
だが新人は、エルリーゼが何か変わりつつある事に気が付いていた。
別人の身体だからだろうか。それとも脳が違うからだろうか。
エルリーゼは根本を自分と同じとしながらも、少しずつではあるが……自分と乖離しつつあるような気がする。
今の段階では、ただの予感だ。確証はない。
だが少しだけ期待があった。
あっちの世界なら……もしかしたら、こんな自分でも変われるのではないか。
変わった自分を見る事が出来るのかもしれない。
そんな期待感を持ちながら、分かたれてしまったもう一人の自分の為に、不動新人は行動を開始した。
◇
電車を乗り継ぎ、新人はゲームのパッケージ裏に書かれていた住所を訪れていた。
売れているゲームの会社だというからもっと大きな物だと思っていたが、どうやら雑居ビルの1区画でやっているだけの小さな会社のようだ。
ビルの横に看板が取り付けられ、そこに件のゲーム会社の名前も見える。
場所は五階のようだ。
新人は早速ビルの中に入り、エレベーターで五階へ向かう。
そして目的の会社を発見し、早速受付へと話しかけた。
「こんにちは。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「電話で面会を予定していたフリーライターの不動です。伊集院さんはおられますか?」
「ああ、はい。少々お待ちください……伊集院さん! 本日の面会予定の方が来られました!」
受付の女性は新人の容貌に若干怪訝そうな顔をするも、そこはプロだ。
特に気にした様子もなく、社内にいた男へと声をかけた。
新人はここに来る前に、あらかじめ電話で面会の約束を取り付けておいたのだが、伊集院というのは『永遠の散花』を制作したプロジェクトリーダーの名前だ。
普通ならばこんなWebライター一人など相手にもされないだろうが、しかし新人がある言葉を電話越しに伝えるとこの男が釣れたのだ。
その言葉とは……『エルリーゼ、102』。
これだけだと何の事だか分からないかもしれないが、102というのは
新人の魂の片割れが転生した後のエルリーゼは44㎏程度であり、今や誰もがエルリーゼの体重と聞かれればこちらを答えるだろう。
『エルリーゼは102㎏のピザ』なんて言おうものなら、ファンに殴られるかもしれない。
つまり、変わる前のゲームの内容を知らなければ反応しない言葉だ。
その
間違いない、こいつは知っている。
そう確信し、新人は不敵に笑った。