世界が滅びるまで残り24時間。
滅びの前に何をするのか。
家族と過ごすか。恋人と過ごすか。無為を過ごすか。趣味に興じるか。
なんでもいい。ただ、やりたいことをやれ。

死ぬ一瞬に怯えるより、死ぬまでの時間を味わった方が、ずっと楽しいはずだ。

……でも、世界の終わりを考えるのは、楽しいんだよな。

──"だって、そっちの方が……夢があるじゃないですか"

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テーマ「世界が滅ぶ二十四時間前」
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試用特殊タグ「Boxshadow」(影)


雑記・世界のために戦う君へ

>ハロー、こんにちは。

>ハロウ、こんにちは。

 

 霧がかった思考。靄に塗れた脳内に、異質なものが浮かび上がった。

 

>あれ、これ送れているかな。ちゃんと送ることが出来ていたらいいんだけど

>あれ、これ送れているかな。ちゃんと送ることが出来ていたらいいんだけど

 

 声ではない。音ではない。ただ、文字。

 文字だ。久しく見ていなかった。思い出す。そうだ、これに対応するツールが、己にはあったはずだ。

 

 だが──。

 

>まぁ、送れていなかったらその時は諦めよう。こんにちは、僕の娘。元気にしているかい?

>まぁ、送れていなかったらその時は諦めよう。こんにちは、最高傑作。元気にしているかい?

 

 文字が浮かび上がる。矢継ぎ早に。

 だが、返す術がない。術はあるのに、使うことが出来ない。

 

 力が、ない。

 足りない。ここ数日……数か月? まともに補給を行っていない。

 

 それ以前に、もう無理だ。

 体は瓦礫に埋まっている。そうだ。己は、私は、負けた。そうだ。

 

>世界の終焉まで残り24時間。君が頑張って繋げてくれた24時間。君が稼いでくれた希望だ。

>世界の創造まで残り24時間。君が死に物狂いで集めた魂は、今この時のために使われるのさ。

 

 世界を守る大命を授かった。

 (ソラ)からの侵略者──知性らしい知性を持たないそれは、瞬く間にこの星を食い破らんとした。

 その数日前に、私はからその事実を知らされ、強化スーツという、世界を守るチカラを渡されたのだ。

 

 そこから、私は戦いに明け暮れた。

 侵略者。知性無き侵蝕者。甲殻を持つ黒き異形。

 既に一年は保つまいと言われていた人類の寿命を少しでも伸ばすために、戦った。

 

 一年。一年で稼げた時間は、たったの24時間。

 

>君の作ってくれた24時間で、ようやく形に出来た。装着者は君の妹だ。

>君が集めてきた魂を用いて、創造主の製造に成功した。君の後継機だ。

>おはようございます、姉さん。

>無様なものね、出来損ない。

 

 また一つ、違うものが浮かび上がる。

 そうだ。強化スーツの連絡手段。酸素濃度が極低の高空戦闘が主であったために、音声ではなく脳波によるチャットツールが採用された。

 

 ほとんどの戦闘において、その最中こそ使用機会のなかったこれも、闇夜の中においては安心に繋がるツールだった。

 

 残る力で、起動できるだろうか……。

 

>本当にありがとう。安心して、あとは任せてほしい。ゆっくり休むんだよ。

>ありがとう。そしてさようなら。君の役目は終わった。後は静かに眠るんだ。

 

 嫌だ。

 

 心に、そんな言葉が浮かんだ。

 今までそんなこと、一度も思ったことはなかったのに。

 

 嫌だ。ここで。

 ここで──こんな冷たい土の中で、終わるのは、嫌。

 この一年、何度も考える事があった。

 いつかは死ぬ。いつかは無理が来るとわかっていた。だって素人だ。強化スーツを着ただけの少女が、世界を守るなんて出来っこない。

 だから、考えていた。

 

 理想の──死に方。

 

 抱きしめられて、死にたい。

 に抱き留められて、眠りたい。

 だからせめて──、ここから、抜け出すくらいは。

 

>うーん、これ送れているのかな。返事ないけど……それとも戦闘中?

>反応なし、か。まぁそもそもの設計耐久が一年だし、想定通りかな。

>姉さん、大丈夫ですか?

>一年。なんて脆いのかしら。

 

 頭の中の霧が、一つ。

 思考を埋め尽くす靄が、一つ。

 消えていく。晴れていく。

 

 内蔵がエネルギーを求める。わかっている。でも、ないのだから──気合で動くしかない。

 心蔵に力を集める。体中を流れる赤を、今は心蔵にだけ。

 

 ばくん、と。跳ねた。

 

>それでは、姉さん。いってきます。

>それでは、新人類の創造を開始します。

 

 閉じていた瞳を開ける。

 

 瓦礫と土で埋まった空間。けれど、(ソラ)からの侵略者に囲まれているわけではない。

 ただの土塊。

 

 ならば、吹き飛ばせる。

 

 

「──ッッァァ!」

 

 

 枯れ切った喉を震わせて、呼気。

 思いっきり、片腕を振りぬいた。

 

 恐らく外からは、何かが爆発したように見えるだろう。

 強化スーツの力はこの程度ではないけれど、今はこれが限界。

 ここから抜け出すには十分。

 

「か……ぁ……!」

 

 次いで足で下の踏み抜き、反動で体を射出する。

 

 陽光……は、ない。

 夜だ。

 

 一面瓦礫。

 恐らくは私の衝突が原因。超高空で叩き落された私は、そのままの速度で、強化スーツの硬度で周囲には破壊を齎したらしい。

 幸いにも住宅街ではなかったようだけど……。

 

「ォ、ゲホッ」

 

 普通にしゃべろうとして、咽た。

 最も、住宅にいる住民など5%もいるかいないかだけど。 

 

 とりあえず近隣の水源をサーチ……発見。

 浄化状態などは気にしなくていい。強化スーツの恩恵。

 

 それで、数か月ぶりに喉を潤した。

 強化スーツの動力は水分のみ。それだけで動く、天才の所業。

 

「あ」

 

「あー」

 

「あ、あーあ、あー……」

 

 発声練習。水分を得た体は急速に内蔵を修復し始める。

 あれだけバクバク言っていた心蔵も落ち着きを取り戻した。

 

 何度か発声を繰り返し、瞳を閉じて深呼吸。

 

 開ける。

 

「大丈夫、やれる」

 

 システム、オールグリーン。

 急速接近中の熱源反応。

 

「!」

 

 東の空──否、すでに上空。

 そしてそれは、西の空へと過ぎ去っていった。

 

 一瞬、目が合った。

 

「……妹」

 

 あれが。

 

 あんなに……冷たい目をしていたか。

 私がいない間に何が。

 

 最後に彼女を見たのは……穏やかに目を閉じて、眠っている時だったはず。

 

「それに、向かった方向……救世軍の本拠地?」

 

 ハワイ諸島に落下した隕石。そこを中心に(ソラ)より現れた侵略者はこの星を蹂躙し始めた。

 その対策としてイギリスに設置された救世軍の本拠地。それがある方向へ向かう妹の姿に、違和を覚える。

 

 (ソラ)よりの侵略者の反応は、そちらにはない。

 同僚──救世軍の同僚達が最後の力を振り絞って残された人類を守っているのだ。

 

 ならば、妹がそちらに行く理由はなんだ。

 

 思考の霧。脳内の靄。

 発生源を探る。そこに正解がある気がする。

 

 家族の記憶だ。鍵のかかった部屋の中に、それがある。

 母は元気だろうか。母の顔。

 鍵を開けて、記憶を取り出す。

 

 顔。

 顔。

 

「……あれ」

 

 浮かばない。

 顔。母の優しい眼差し。

 浮かばない。覚えていない。

 

「あれ……あれ」

 

 あれ?

 無い。ない。無い無い無い無い。

 どこにもない。

 

 母という概念はある。家族という概念はある。

 けれど。

 

「……」

 

 覚えていない。

 

 覚えていないのだ。

 違う。覚えていないんじゃなくて、これは。

 

「……知らない。私」

 

母の顔母の愛母の眼差し母の温もり

鋼鉄機械鋼鉄機械鋼鉄機械鋼鉄機械

 

知らない。

知ってる。

  

 家族の記憶のある部屋。

 霧が立ち込めるこの部屋。

 

 なんだろ、ここ。

 ここ──どこ?

 

 私は、家族。私に、家族。

 私の家族なんて、いないのに。

 

「──」

 

 霧の発生源。

 コレだ。これはの記憶。

 

 違う。

 博士の、記憶。

 

 そうだ。だから。

 だから、だから、だからだから。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 チャットログ参照。

 自動修復開始……。

 

「なにそれ」

 

 世界の創造。

 新人類の創造。

 創造主の製造?

 

 新しく世界を創るのなら──私が守ってきたものは、何。

 

「……、……!」

 

 じゃあ、救世軍の本拠地に向かった理由は。

 

 足のブースターを起動──行動、開始。

 

 チャットツールを起動。

 

>させない。

>ぜったいに。

 

 世界が滅ぶまで、残り23時間──。

 

 

 

 

 ソレが観測されたのは、深夜0時を回った頃のことだった。

 

 救世軍。

 突如現れた侵略者に対抗するための組織であり、人類の盾。

 それが所有する監視塔に熱源が一つ捉えられたのだ。

 

「高速で飛行する熱源体……普通に考えたら嬢ちゃんだが、こっちからの信号に反応はねぇんだろ?」

「はい。速度は高速の域を出ませんが、一直線にこちらへ向かってきています。迎撃に出ましょうか?」

「……迎撃準備だけ、な。嬢ちゃんの可能性もゼロじゃあねえ。迅速に、だがバレないようにやれ」

「はい」

 

 10㎞は先の上空。

 (ソラ)からの侵略者に対抗するために開発されたレーダーは、捉えた対象を逃す事はない。

 ただ、そいつは隠れる様子もなく……監視塔へと向かってくる。

 

「……一か月。いや、二か月か? 嬢ちゃんからの連絡が途絶えて……死んじゃあいねえだろうな」

 

 紫煙を吐き出す。

 

 一年前、侵略者に為すがままにされかけた人類を守った少女。

 しかし一人で守れる命は少なく、数多の誹謗中傷に晒され、それを吐いた奴らも消えていく日々。

 

 救世軍の兵士が束になっても敵わぬその強さは、彼女の父に与えられたものだという。

 

 なんと酷な使命を自分の娘に背負わせるのだろうと。

 そう思った。

 

 それでもひたすら、ひたむきに敵を殲滅し続ける少女に勇気を貰い、自分たちはここにいる。

 それが依存だということも、どれほど情けない事かということもわかっている。

 

「……まだ、人類はやれる」

 

 肺を浸した煙を吐き出して、呟いた。

 

 光。

 

 

 

 

「……うそ」

 

 駆けつけたときには、もう遅かった。

 

 瓦礫の山。そう表現する他ないだろうその光景に、それを作り出した張本人だろう(機体)に目を向ける。

 

「……情報の開示を要求する。個体識別番号と、個体名を言いなさい」

「おや。お久しぶりですね、姉さん。それはそうと、何の話ですか?」

「私が機械だってことはもうわかってる。貴女たちの目的もね」

 

 家族の記憶なんて嘘だ。

 作られたメモリー。辛くなった時に握りしめていたお守りがばかみたい。

 一度壊れかけないと思い出せないなんて、確かに出来損ないだったかもしれない。

 

「ふむ。まぁ、いいでしょう。個体識別番号はDEM-02。個体名はDear(ディアラ)。貴女の後継機です。おはようございます、姉さん」

 

 何でもないかのように言ってくる少女。

 私の個体識別番号はAMT-01。個体名はTear(ティア)笑える話だ。まるで連番の後継機のようで、型番からして違う。

 何一つ、私から継いだものはないのだろう。

 

「ディアラ。私は今から貴女を停止させるわ」

「……──、それは、どのような理由で?」

「私の役目は今の人類を守る事だもの。貴女は侵略者よ」

 

 瓦礫の山。

 中にはいくつか、熱源が生きている。

 まだ、潰えてはいない。

 

 これなら、一刻も早くコイツを倒せば……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこまで描き終えて、筆を置いた。

 

 ページにして10と少し。引き延ばしに引き延ばして、これ。

 ここからアツいバトルシーンと博士への反抗、生き残っていた仲間たちとの共闘、侵略者が来た理由がわかって、そこから……まぁ、色々と展開は考えていたけれど。

 

 ふと気晴らしに伸びをして、窓の外を見たのがいけなかった。ダメだった。悪かった。

 

 天より伸びる柱。

 見た目で言えば太陽と同じくらいの高さ。

 

 そこに、煌々と照り光る──巨大な岩石があった。

 今はまだ薄く霞がかった青空の裏側。雲一つない、雲さえも逃げてしまった空に、武骨で何の夢もない岩石が一つ、浮かんでいた。

 

「……世界の終わり、ねぇ」

 

 呟いて一つ、ため息。

 

 アレが()()されたのは、ほんの二時間前。

 政府会見。今から26時間後、地球に隕石が落ちてきます。手は尽くしましたが避ける術は見つかりませんでした。申し訳ございません。それでは、皆様。少しでも幸せな余生をお過ごしください。

 もうちょっと複雑な話をしていたが、まぁ要約すればそういうこと。

 

 街は暴動も暴動……かと思いきや、みんなそこまで騒ぎ立てることはなかった。無論騒ぐ奴もいたが、全国で数えて1000人もいないだろう。

 たとえばもう少し、72時間くらい余裕があれば、デモだのなんだの無駄なあがきをした者もいたのだろう。

 だけど、26時間。一日と少し。

 無駄が勝ると判断したのか、それよりもしたいことをしているように見えた。

 

 家族に電話をする、とか。

 勇気がなくてできていなかったことをする、とか。

 インフラなんかのサービスは、意外なことにちゃんと動いている。最後の最後まで自分の仕事を全うしたい、とかなんとか。真面目だねぇと思う反面、多少、憧れがないこともない。そこまで打ち込めるものは、自分には無かったから。

 

 ただこうして、世界の終わりを題材に趣味の漫画を描いてみて、それすらも飽きてしまった。

 

 飽きてしまったというより、諦めてしまった。

 考えた物語を完結させることは出来ない。時間が足りないから。

 だから、もういいか、と。

 あの石を見たときに思ってしまった。

 

 家族はもういない。いたけど、いなくなった。死んだ。ここ最近続いていた異常気象。旅客機に落雷直撃。乗客400と何人が全員死亡。まぁ、そういうこと。

 思えばその異常気象は、あの巨石が近づいてきていたからだったのかもしれない。手は尽くしたと言っていた辺り、政府関係者や宇宙開発関係者はもっと先に知っていたのだろう。

 

 それは、どれほどの絶望か。

 

 自らの知識、自らの経験。そのすべてを尽くしても止められない終わりというのは。

 

 それを抑え込んで頭を下げる代表者たちには、敬服の一意だ。こちらこそ頭が下がる。

 

「何もできない方が幸せだぁな……騒ぐだけでいいんだ」

 

 ペンを回す。机を指で叩く。

 意味のない時間の浪費。消費。

 あと一日で、人類は滅亡するらしい。正確にはあと一日でこちら反面が、あと一日と30分ちょいで星の裏面が。既に逃げ場はない。今から宇宙船に乗ったとしても、巨石の重力に負けてバラバラなんだと。

 何より逃げおおせたとして、砕け散った母星を前に精神を保てるのか。どこへ行くというのか。

 

 ページの空いた場所に、丸を描く。サラサラと描いていく。

 描いていくのは地球だ。美しい青き星。水の星。SFの設定が好きだったから、地球は資料無しで描けるくらいには覚えている。

 二分と経たずそれを描き終えると、その横に……巨大な丸を描く。

 今度は模写だ。遠くにあるそれの表面を見て、全体はこんな感じかと想像しながら描いていく。

 あの距離でここまでの大きさに見えるということは、直径がこのくらいで、速度がこのくらいで……。

 

 設定を考えることだけは好きだった。それだけ。

 本を出したわけでもないのだ。ただの趣味。

 

 巨石を描き終えたら、今度は漫画的な効果を書き足す。速度を思わせるもの。巨大さを強調するもの。

 威圧を、威力を、威光を。描き足していく。

 

「……でもそれだけじゃあ、つまんないよなぁ」

 

 呟いて、一つ。

 

 巨石の中心──立体的に見れば、内部の核。

 

 そこに、膝を抱えた少女を描いた。

 

 物事には理由があってほしい。

 あの巨石が地球に来たのは、何かを求めてであってほしい。何かを求めてか、何かを為すためか、なんでもいい。地球になにか感情があってほしい。

 

 だって、そっちの方が。

 

「"夢があるじゃないですか"だったか……。誰の言葉だったかねぇ」

 

 膝を抱えた少女。目を瞑り、静かに眠る少女。

 外の巨石が出す威圧や衝撃と打って変わって、少女の周囲は酷く静かで、安寧だ。静止した世界。これもまた一つの終わり。けれど、それは続かせるための終わり。

 

 段々と設定が固まってくる。

 筆が乗る、というべきか。他の漫画の余白だというのに、伏線を思わせる"破片"や"衣服"、巨石にもなんらかの鉱石やクレーター、争いの痕跡なんかを描き足していく。

 巨石の裏側。無数の建造物。しかし無人。破壊された大きな建物には、凍り付いた植物が絡みついている。無人になってからジャングルになり、さらに温度が低くなるまで時間があった。歴史があった。それを文字に書き起こす事はない。自分の中だけにある設定だ。それでいい。

 

 少女は眠っている。

 だが、死んでいない。何かのために眠っている。

 何かを待って、眠っている。

 

 岩石の表面に、氷をあしらう。温度が低い。

 動物の死骸。骨。枯れた植物。土。

 

 その中で動く──虫。

 

 知性らしい知性を持たぬそれらは、しかし明確な目的を持っていた。

 それはある種、あの巨石の意識とでもいうべきもの。あの巨石にとってさえ大切な少女のために、集めなければいけないものがある。

 虫は巨石の至る所からそれを探し出し、巨石にそれがなくなると……外へ目を向けた。

 

 外。

 宇宙。

 

 虫は驚異的な速度で進化と淘汰を繰り返し、宙外に適応していく。

 適応し、種を繋ぎ、数多の星々に飛来しては、"集めなければいけないもの"を採取し、運び出す。知性体が存在したこともあった。それでもなお、虫たちは集め続けた。

 

 そして。

 

「この星に来た……なら、それを防ぐのは」

 

 ──"させません!"

 

 眠りにつく少女のために、命を繋いで繋いで繋ぎ続けてきた虫たちの前に、初めて障害が現れる。

 強化スーツを身に纏う知性体。それは単一でありながら、虫たちの採取を妨害した。

 

 ──"私が守る……ぜったいに!"

 

 虫たちとて無尽蔵の命ではない。星に帰る必要がある。

 一部の虫を犠牲にしてでも、採取を行わなければならない。だから、虫たちは段々と知性を獲得していく。学習していく。初めての障害を前に、今までしてこなかったことをする。

 障害は少しずつ増えていく。知性体は他の知性体を引き連れ、群れで虫たちを襲撃するのだ。

 

 ──"加勢するぜ、嬢ちゃん?"

 ──"そこまでだ。それ以上……一人で戦わせたりしない!"

 

 集めなければ。集めなければ。

 巨石は終わりに近づいていた。虫たちが採取を続けなければ、眠った少女の命もまた途絶えてしまう。

 虫たちは世界の終わりを悟っていた。どうしても採取を行わなければいけなかった。

 

 ──"私たちの世界を、お前たちなんかに壊させやしない!"

 

 そして虫たちは、ようやく障害の排除に成功する。

 知性を獲得し、進化を行った上位種を産み出した。障害排除のためだけに産み出された種。それによって障害を星へと叩き落し、今度こそと採取を行う。

 早く帰られなければならない。早く集めなければならない。

 

「……だがそれは、またも阻まれる。先の知性体よりも遥かに大きな障害。障害排除の種でさえ敵わない敵。敵。敵だ。それは障害でなく、敵だった」

 

 その知性体は、虫たちの命だけでなく──虫たちが採取したものをも奪い取ってしまった。

 奪っていく。奪われる。奪われていく。

 集めたもの。集めなければいけないもの。今なお母星で眠る少女のために、先祖代々がずっと運んできたもの。繋げなければいけないものだ。

 

 暴虐の知性体が全てを奪っていく──そこへ。

 今にして思えば、ずっと弱かった最初の障害が、"敵"を攻撃し始めた。

 

 ──"貴女は侵略者よ"

 ──"なら貴女は破壊者よ、姉さん"

 

 虫たちは獲得したばかりの知性で考える。

 何を優先して排除すべきか──そんなもの、決まり切っている。

 

 ──"何……姉さん、いつの間にそんなものを懐柔したの?"

 ──"なんで、私に味方を……?"

 

 最初の障害は、ずっと弱かった障害は、圧倒的とはいかずとも……強くなっていた。それはまるで、星の力の範囲内から抜け出した虫たちのように、本来の力を取り戻したかのような。

 それに警戒度を上げつつも、一刻も早い敵の排除を行う。もう採取を行うつもりはなかった。その猶予は残されていない。ただ、奪われた分は取り返さなければいけない。

 

 ──"なぜだ、どういうことだ! 侵略者と手を組むのか!"

 ──"私にもわからない。けれど……彼らは貴女が嫌いみたいよ?"

 

 果たして、虫たちは"敵"の破壊に成功する。

 奪われた分は取り返した。十分だ。

 

 虫たちは羽を広げる。

 

 そして、彼らはその星を後にした。

 向かうは巨石。辿り着くまでに虫たちは何度も死と生誕を繰り返すだろう。それでも集めるべきソレを抱き、運び続ける。集め続ける。

 

 再び少女が、その瞳を開けるその時まで。

 

 

 

 

「……勢い余ってクロスオーバーにしたが……これだと地球側は打ち切りエンドみたいだなぁ。まぁ巨石側も俺たちの戦いはこれからだエンドなんだが」

 

 気付けばかなりのページ数を描いていた。伸びをして、時計を見る。

 世界の終りまで残り16時間。

 

 まだ半日以上ある。

 

「……たとえ脅威たる侵略者たちが去っても、地球側の再興は無理そうだなぁ。残りの人類はわずかで、負傷者だらけ。土地は荒れ切ってる。何らかの外部要因がない限り……」

 

 ぶつぶつ呟きながら、筆を進めていく。

 

 本当に脅威が去ったのかどうか。

 それを確認し終えた人類は、砕かれた人型の機械……ディアラを調べ始めた。そしてもちろん、ティアにもその目が向けられる。

 ティアをスパイと疑う者と信じる者。そこに、自らを救世主と名乗る男が"労働力"を売り込みに来た。

 その男は、紛う方無きで。

 

 戦闘の行えない、しかし人間よりは出力の高い力仕事が可能な、量産されたヒューマノイド。

 ティアとディアラの型落ち機。それを提供する代わりに、ティアとディアラの身を求めた。

 

 自己を犠牲にせんとするティアを、"葉巻の男"を始めとした救世軍の仲間たちが連れだし、逃亡を図る。

 

 そこからはサバイバル──崩壊した文明の陰でひっそりと、追手と戦いながら逃げ続ける。

 苦悩するティア。負い目だ。せっかく戦いが終わったのに、何故と。

 の"労働力"を得た、"残った人類"は、瞬く間に再興を始めた。人口は機械が半数を占めるものの、安全性さえ確立されたのだから、少しずつ増えていくだろう。

 

 ティア達に希望はなく、彼らにこそ大儀がある。

 

「……そんな折、彼女らは発見する。通信機……いや、知性を持たない虫につけるなら発信機か」

 

 ある日、ティアがなんらかの信号を拾った。

 最大限に警戒をしながらそこへ向かうと、あったのは虫の死骸……そして、その虫に括りつけられたなんらかの装置。発信機。

 

 虫たちが文明を持っていた、とは考えられなかった。

 

 発信機は信号機の役割もしているようで、なんらかの信号が絶えず送られている。

 ティアはもう、機械であることを隠していない。

 

 彼女は、曲がりなりにも天才たるのチャットツールをその信号機へ接続した。

 

「果たしてそれは、接続できた。出来てしまった。なぜならば、ティア達を作り上げたその技術こそ」

 

 呟く。

 

 ティアは信号の意味を知る。

 

>助けて

>だれか。

>どうかお願い

>出られないの。

>もう十分なの。ねえ誰か。

>もう休んでいいと、伝えて。

 

 悲しみだ。苦しんでいる。

 ティアにつけられたチャットツールで解読できる信号は、救援を要請していた。

 

>あなたはどこにいるの?

>ねえ、あなたは誰なの?

 

 空白があった。

 送信できているかは怪しい。

 それでも、何か必死なものを感じて、ティアは返信を待った。

 

>中心よ。星の中心。

>ずっと眠っているの。

>良かった。お願いがあるの。

>彼らを止めて。もういいって。

>私はフィア。

>災厄の子。

 

 返信だ。

 

 ティアは仲間たちに信号の内容を話す。

 話して、おもむろに東の空を見た。

 

 そこに。

 

「煌々と照り光る──巨石」

 

 帰ったのだ。

 侵略者たちは──あの星へ。

 

 星の中心。彼ら。

 

 ──"おい、まさかと思うが"

 

 気付いた。あそこに。あれがなんで。何がいるのか。

 何があるのか。なにがあったのか。

 

 ──"無茶だ! いくら君が人より少し強い身体とはいえ……隕石だぞ!?"

 ──"でも、あれ直撃コースだよ? どの道、私が壊すしかなくない?"

 ──"あたしは反対。もうアンタは休んでいいんだよ、ティア"

 

>助けて。

>お願い。

>お願いします。

>対価は払うわ。

>私が払えるものなら。

>この星のすべてでも。

 

 ブースターを起動する。

 それが皆に望まれない事だとしても──ティア自身が、やりたいことだった。

 

 しかし尚も、仲間はティアにしがみ付く。止めることが出来ないとわかっているのに、必死に。

 

 ──"どうして、そんなに"

 ──"だってよう、嬢ちゃん。お前、泣いてるじゃねえか"

 

 ティアは一度だって泣かなかった。

 侵略者たちを前に。不安を前に。罵詈雑言を前に。

 

 泣くという機能が搭載されていなかったから。

 そのティアが泣いていると。皆は言う。

 

 ……ならば、泣いているのだろう。

 ティアは、多分。泣いているのだ。

 

 でも、それは悲しいからじゃあ、無い気がする。

 

 だって、これは。

 

 ──"世界を守る、役目だから"

 

 泣いているらしい。でも、笑っていられる。

 だから、ありがとう、と告げた。

 

 ──"いってきます"

 

 歯噛みする皆の手を振り払って、ティアは飛ぶ。

 既に高速。既に大気圏。

 やはりというべきか、この体は──宇宙航空に適応している。

 

 そしてこれもまた、やはり、というべきなのだろう。

 ティアの中に一つ、文字が浮かび上がった。

 

>君に任せる事になったのはまぁ、正直想定外だよ。

>だからこそ……正直に言おう。姫を救ってほしい。

>やっぱり貴方は、あの星の?

>随分都合がいいのね。

>そうだ。僕はあの星から地球に来た。

>そう怒らないでくれ、というのは無理か

>あの子は……眠らせるしかなかった、他者の魂を食み続ける災厄の子。

>僕の娘さ。本来の、ね。君達姉妹の長女、とも言えるかもしれない。

>ディアラはあの星を破壊するために造られたの?

>私たちの事なんて、娘だとも思ってないくせに。

 

 飛ぶ。飛ぶ。

 星外に出たからこそ感じる威圧。威風。そして、熱。

 しかし恐ろしさはなかった。

 

 ティアはもう、恐れない。

 

>そうだよ。ディアラは完全な破壊目的の機体だった。

>最初はそうだった。思ってなかった。愛情が沸くなんて。

>お願いだ。彼女を……殺してほしい。これはお願いだよ。

>考えもしなかった。思いもしなかった。あり得ないと今でも思う。

>AMT-01への要請ではなく、ティアへのお願いだ。頼むよ、僕の娘。頼まれてほしい。

>容姿をあの娘に似せたのが最大のミスかな……今じゃ愛おしいんだよ、おかしいだろ。

>……本当に殺したいの?

>本当に彼女を殺したいの?

 

 

 

 

 残り3時間を切った。

 遠くから響く、地響き。遠鳴りってやつか。

 

 世界の終わりが近い。この星の終わりはこの星の生命の終わりと同等であり、生命の終わりとは世界の終わりを差す。

 皆、思い思いの時を過ごしているのだろう。

 終わりのことは出来るだけ考えないようにしているのかもしれない。どうせ一瞬だ。一瞬のことに恐怖するより、残りの時間をどれだけ深く味わうかを考えた方がいい。

 

 だが不思議と、筆は止まらない。世界の終わりを考えたくて仕方ないらしい。

 

 何かに縋るように。祈るように。

 皮膚が裂けて血が滲み始めた指を、必死で動かす。

 

 せめて終わらせたい。この物語を終わらせたい。

 

 世界が終わる前に、世界を終わらせたいのだ。

 

 

 

 だから、気付かなかった。見逃した。

 

 地上より伸びた一筋の光──。

 

 それが、(ソラ)より来る巨石へ向かうのを。 

 

 

>あぁ殺したいさ。だってそうするしかない。そうでもしなければ、あの子は永遠に生き続ける。

>彼女の信号を拾ったのならわかるだろう。彼女はもう死にたいんだ。もう疲れてしまったんだ。

>仕方がなくなかったら?

>どうにかできるとしたら?

>無理だよ。君に考え付く方法なんて僕が散々考えている。でも全部無理なんだ。

>妄想話はいらないんだ。考えに考えて、殺すしかないという答えしか出なかった。

>なら。

>そう。

 

 巨石が眼前に迫る──。

 

 そこへ、ティアを阻むようにして。

 無数の侵略者──虫たちが立ちはだかった。

 

 虫に少女(フィア)の声は聞こえない。

 ただ、必要なものを集めるだけ。故にこそ、母なる星を破壊せんとする障害は、何としてでも排除しなければならない。

 

>そのお願いは、受けられません。父さん。私は姉を、殺したくはない。

>私は我侭を言います。私は姉を殺しません。そして確認したいことが一点。

 

 ティアに群がる虫たち。

 それを、避ける。避ける。避ける。

 戦わない。ただ避けて避けて、巨石へと突撃する。

 

 虫たちは知性を獲得した。獲得した知性を持ち帰ってしまった。

 故に、ただ物量で壁を作る、という防御を取らなかった。虫たちは──無為な犠牲を恐れる心を得てしまっていた。

 

>……終わりだ。地球を通り過ぎてしまえば、もう彼女を殺すチャンスはない。

>……なんだい。一点だけなら、答えてあげよう。どの道ここが最後だろうから。

 

 凍り付いた巨石の地表へと着陸──せずに、地を穿って進む。

 一直線だ。ただ一直線に、少女(フィア)の元へと向かう。巨大な虫たちは、その穴の中へは入ってこれない。

 

>父さん。貴方の言う通り、私は機械です。機械に魂はなく──故にこそ。

>貴方が私とディアラに"感情"を与えた理由は、姉さんのため。違いますか?

 

 強化スーツ……否、機殻の体は傷一つつかない。そういえば虫に高空から叩き落された時も、ディアラと戦った時も、この体は丈夫だった。

 ──出力を抑えた分、君の体は頑丈に造った。世界を守ってもらう必要があるからね。

 そんなことを昔、言われたような気がする。

 

>……それが可能だというのかい?

>そうだよ。共にあれない家族なんて。

 

 だから信じる。

 信じて、突き進む。博士ではなく、父を信じる。

 

>可能です。断言します。何故ならば──。

>十分です。ならば私は、家族を守りましょう。

 

 センサーがソレを捉えた。

 生体反応──熱源。生きている。膝を抱えた姿勢。

 

 自分によく似た──否、自分が似ている、少女。

 

>そっちの方が……夢があるじゃないですか。

>それが世界を守る事に繋がると、信じています。

 

 抱き留める。

 抱きしめる。

 抱き寄せる。

 

 ──"おはようございます、姉さん"

 ──"助けに来ました"

 

 少女は。

 フィアは、ゆっくりと瞳を開ける。

 恐らく彼女には、自分とほぼ同じ顔が見えていることだろう。

 

 ──"貴女は"

 ──"私の名前はティア。貴女の妹です"

 

 フィアは、ゆっくりと周囲を見渡す。

 そこは白い空間だった。光が散っているのに、硬質で、波があり、時々揺らぐ。

 

 ゆっくり見渡して……震えた。

 そして、嫌がるようにティアから離れんとする。

 

 ──"姉さん"

 ──"いや。ダメ。だめなの。私は、私に近づいたら、魂を"

 ──"大丈夫。ほら、この通り"

 

 私は言う。

 安心させるために。そして、プレゼントを開けてあげるように。

 

 ──"私に魂はありません。父さんが、姉さんのために造りだした……共に在り続けられる家族です"

 

 もう一度、彼女を抱きしめた。

 

 その時、自身に設定していたアラームが警鐘を鳴らした。

 

 ──"……姉さん"

 ──"なに?"

 ──"この星を……どこかへ動かすことは可能でしょうか?"

 

 巨石が地球へぶつかるまで、一時間とない。

 縋る思いで聞く。家族と仲間。どちらも大切。

 

 ──"そう……あそこに、父さんがいるのね。それに、お友達も?"

 ──"はい"

 

 恐らく、フィアと父は一緒にいられない。父は機械でなく、魂を食まれてしまう対象なのだろう。

 それは救世軍の仲間たちとて同じ。

 

 ──"わかった。星の権限者として……軌道の転換を行うわ。瞬時にあの星から遠ざかることになるけど"

 ──"私は一言、言おうと思います。姉さんは何かありますか?"

 

 起動する。

 

>ありがとうございましたとだけは言っておきます。彼らには、最大の感謝を。

>もし、縁があったら……一応、再会の日を待っています。それでは、父さん。

>心から愛しているわ、父さん。それじゃあ。

>いつか互いに、地獄の底で会いましょう。

 

 一瞬、間があった。

 彼は驚いているのか。泣いているのか。

 それとも、喜んでいるのかな。

 

 そして。

 

>ああ……心から──愛しているよ、僕の最高の娘たち。

>必ず会いに行く。その時は、もう一人の妹も連れてね。

 

 それを最後に。

 

 チャットツールは繋がりを絶った。既にその範囲から外れたのだろう。

 

「こうして、地球よりはるかに発達した技術力を持った巨石の星は地球を回避する。現代の地球科学では計算しえない軌道を取って、しかし確実に。世界の滅亡は回避され、巨石はその影を消した。……一人の少女の姿と共に」

 

 数多の虫を引き連れ、巨石は(ソラ)を行く。

 ティアと共に星の中心を出たフィアは、食んだ魂の分だけ生き続ける。星の意思は魂の収集命令を停止した。虫たちももう、星外に侵略へ行く事はない。

 

 フィアとティアは静かに暮らす。残る余生、フィアが死ぬその時まで。

 

 ……数十年後、一隻の宇宙船が巨石に不時着する。

 中からはぞろぞろと……なんとも見知った顔。

 

 不機嫌な顔を隠そうともしない妹。終始ニコニコしている父。再会を喜ぶ少しだけメタリックになった仲間たち。

 結論から言えば人類は再興できず、機械の体を選んだのだとか。

 なるまでは葛藤があったようだが、なってからはこれでティア達の元へ行けると父を急かしたのだとか。

 まぁ、なんだか、とっても賑やかになった。

 

 これで、まぁ。

 

「……ハッピー、エンドだ。これが、世界の終わりだよ」

 

 筆を置く。

 

 目を閉じた。

 

 世界が終わる前に、世界を終わらせた。

 フィアとティアの物語はこれからも続いていく。だから、終わりだ。

 続くために終わるのなら、それは良い事だ。

 

「だって、その方が──」

 

 夢があるじゃないか。

 

 

 

 

 世界は光に包まれる──。

 




「気のせいでなければ発表から26時間以上経っている気がするのだが」


「終わってなくね? 世界」


「あれ?」


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