盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです 作:零眠みれい(元キルレイ)
ニャルラトホテプは召喚されたあの日、雨生夢月にニャルラトホテプと名付けられた訳だが…。
今更ながらにどうでもいい、永遠に答えが見つからない問いを投げさせてほしい――。
ニャルラトホテプとは、何を指す?
『現時点、夢月のサーヴァントとなったニャルラトホテプのことを指してる』……その回答では、半分正解で半分不正解だ。
なぜなら――っと、その前に。ニャルラトホテプは名前の一つとして扱うため、この場に限り彼女と呼ぼう。
無論、彼女の性別は不明である。これは彼女でさえ明言していない。
しかし現在の彼女の姿は人から見れば女性だ、彼女と呼ぼう。
改めて――
『ニャルラトホテプとは彼女のことを指している』――。確かにニャルラトホテプが名付けられた名称であることは間違いのない事実だが、この回答は正しくはあるが間違いでもある。
結論から言って、彼女の名前は全世界、全宇宙にあるもの全ての名称の数だけ存在する。
自分達の名前は発音、聞き取ることが不可能などと述べていたが、彼女は例外である。
衛宮切嗣、遠坂凛、ウェイバー・ベルベット、言峰綺礼、アルトリア・ペンドラゴン、ジル・ド・レェ……どれも彼女が名乗っていても、それは偽名だと言い切ることはできない。
それは人名だけでなく、名詞であればなんでも――猫、卵、カーテン、本棚、歌、人間、酸素……これらであっても、同じくそれは違うと言い切ることはできない。
そのものであることに、誰もが証拠を示して反論できないからだ。
例えば、とある男があることを名乗るとしよう。
曰く、自分は作られた機械であり、血にみえる液体も臓器にみえる物体も、すべて造られたものであると――。
だが、その男の外見は、どこからどう見ても人間である。
「あなたは人間だ」と言葉のみで反論したところ、男は「自分は機械だ」と言い返した。
相手が嘘をついているのは明白だ――だから今度は、それを『嘘』であると証明するため、証拠を集めた。
嘘を見抜くことに長けた実力者十人に訊いたところ、揃って男は嘘をついたと答えた。
最先端の技術で脈拍を測ったところ、男は嘘をつく反応をした。
その細胞や血を分析したところ、男はヒトという動物であった。
その脳を解析して記憶を辿ったところ、男は母から産まれた身であった。
過去にタイムトラベルして確認したところ、男が機械でできた場面は一切なかった。
こうして、それらの証拠を示して反論し、男は人間であると証明した。
では、彼女はどうだろうか。
彼女は女性の姿で、自分は人間ではなく神であると名乗った。
嘘を見抜くことに長けた実力者十人に訊いたところ、五人は彼女は嘘をついた、残りの五人は彼女は本音を話したと答えた。
最先端の技術で脈拍を測ったところ、彼女は本音を話した反応をした。
その細胞や血を分析したところ、彼女はヒトという動物であった。
その脳を解析して記憶を辿ったところ、人智を超えた光景を見せられた。
過去にタイムトラベルして確認したところ、彼女の姿はどこにもなかった。
もう一度同じ実験をしたところ、真逆の結果となった。
こうして、証拠を示すことはできず、彼女の正体はわからなかった――。
彼女の定義は『理解できない』
理解できないといということは、外見だけでなく、中身さえもが知られることがなく、正しく認識できないということ。
如何なるチートを駆使しても、誰にも彼女を暴けない。
そんな彼女が何を名乗ろうとも、それを妄言と断じることはできないだろう。
わからない故に、彼女は騙るのではなく語れてしまう。
わからない故に、彼女は誰にでも成れる。
それが混沌ということ。
それが貌がないということ。
すべてを名乗れる彼女の呼び名を、ニャルラトホテプに固定して良いのだろうか?
全く別の呼び名でも成立するというのに、その呼び方だけを特別視して良いのだろうか?
よって、ニャルラトホテプとは彼女のことであり、彼女のことではない。
ニャルラトホテプとは何を指すか、これに正しい答えなどありはしない。
――なるほど、確かにそれではニャルラトホテプは彼女であるという理屈は崩れる。ニャルラトホテプは所詮、名詞の一つに過ぎず。名詞をことごとく、等しく肯定し否定する彼女には意味がない。
――だがしかし、夢月が彼女をニャルラトホテプと名付け、彼女は了承し、それが名前であると仮にも決定している。
――であれば、現在において、彼女の名はニャルラトホテプ……ニャルラトホテプとは彼女のことであるという回答は特別視されやすいのではないだろうか。
その程度で理解できるのなら、最早それは彼女ではない。
或いは、理解できないことこそが彼女の存在価値――存在価値が無くなれば、彼女は消滅するのではないだろうか。
……ここで一つ、とある説を提示しよう。
彼女はついさっき誕生した。
彼女が仮に――つい一秒前に誕生したとしたら、やはりその回答は特別視されない。
何も不思議がることではない。名付けられた瞬間の彼女と、その一秒後の彼女――同一のものであるという証明を、一体誰ができよう。
できないからこそ、肯定も否定もするのだ。
ありとあらゆるものに、この言葉をプレゼントしよう。
あれは彼女かもしれない。
あれは彼女ではないかもしれない……と。
……まあ、理解できない彼女の呼び方など、いくら気にしていても切りがないことである。彼女の呼び名に答えは無いのだから、こんな問いをいつまで考えていても徒労でしかない。聞き流していい、本当にとてもどうでもいい事柄なのだ。
けれど、彼女に統一した呼び名がなければ何かと不便である。
今まで通り、彼女とニャルラトホテプはイコールで結びついている可能性を前提としよう――。