盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです 作:零眠れい(元キルレイ)
あれから、ニャルラトホテプは寄り道することなく徒歩で拠点に帰った。
空洞の奥は数ヶ所のランプとディスプレイで照らされていて、ちゃぶ台を中心に北側にはキッチンのようなもの。東側には二台のディスプレイが並べられ、周りには電子器具諸々。西側には壁が築かれ部屋が三つある。
「ただいまー」
「あ、おかえり…」
無気力に出迎えたのはちゃぶ台で退屈そうにあぐらをかく龍之介。
新しく攫った子供二人は昨日の内に作品に変えてしまい、ニャルラトホテプに手伝ってもらいどのような作品にするのかは大体決め終わった。だが肝心のニャルラトホテプからはまた今度と断られ続けているのだ。
自力で作品作りでもしようかとも思ったが、もう朝方なので攫いにくい。
昨日自分が寝落ちしていた間に行っていたという、聖杯戦争のビデオは間髪入れずに繰り返し見たせいか飽きた。
つまるところ、暇なのである。
「なぁおねーさん、そろそろ手伝ってくれないか?」
「手伝いたいのは山々なんだけど……げっ、またBANされてる…」
ディスプレイを覗き込み、眉をしかめながらキーボードを打ち始めるニャルラトホテプに、龍之介はこれまた無気力に訊いた。
「例の乗っ取り?」
「あぁ、二つ持ってかれて一つはBAN。この短時間で破られるとはね。考えにくいけど、魔術師をナメすぎたみたいだ。ネチネチやる上に逃げるの上手いから潰せないし……思い通りにならないなぁ」
ニャルラトホテプ自身が独自で作り上げたセキュリティソフト、それを突破するのはなかなかの離れ業だ。
しかし、実際に消された要因はニャルラトホテプではなく第三者によるもの。
噂を流そうとしても誰かに誘導をかけられ逸らされたり。
記事を投稿しても三十分後にはサイトごと潰されたり。
アカウントを作っても乗っ取られてパスワードを変更されたか規約を破らされ、ある時は管理者権限で消される。
おかげで聖杯戦争に関する情報はあまり流されていない。
……が、龍之介にとってはさらさらどうでもいいことで、
「あっそ……どれくらい時間かかりそう?」
「とりあえず十分頂戴。その間に君の殺人に対する熱弁を聞かせてよ」
「……そういうことなら…」
その思いもよらない要求は、素直に嬉しいものであった。
退屈そうにしていた龍之介が、打って変わって熱く流暢に語り始める。
死とは何か――? その芸術性、哲学性…。己が魅力と感じたものを、こだわりを、経験談を交えながら――きっかり十分、口を閉ざしていたニャルラトホテプが、キーボードを止め後ろを振り返り…
「悪いけど、手伝う件やっぱなし」
あれだけ期待して待たせたというのに、挙句の果てには明確に拒否する奴の言い分は、龍之介の怒りを買った。
「はぁ!? おいおいそりゃあないぜっ! オレおねーさんが魅せてくれたアレを応用したもんを想像だけして待ち焦がれてたってのに、中途半端に突き放すってのかよ」
「あー、語弊があった。私はやらないが他の奴らにやらせる。バリエーションは減らないばかりか増えるよ」
「……」
「練習用の人型人形付き」
「…………ハァ、わかったよ」
その埋め合わせに、渋々頷く。
許した訳ではないが、バリエーションが増えるなら、まぁいい。
そして、龍之介は後をついていく形で、ニャルラトホテプと少し開けた場所へ移動した。
チョークらしきもので、何やら半径一メートルの円を引き始める。
「これから三体、宇宙人類いの生物を呼び出す。見た目は私の宝具よりかは改善されてるし、人間なら耐えられるから、龍之介と夢月なら問題ないはずだ。あいつらなら喜んで協力するよ」
「……」
興味はあった。
あの戦い……生ではなく、撮影していたビデオであっても、龍之介は興奮していたのだ。
実写映画の偽物の死と向き合っているのではなく、本物の死と向き合っている――龍之介の目には、比較にならない差があった。
それは…ニャルラトホテプも同様。
コンピュータグラフィックスの作り物とは異なる――求めていた以上の、本物の悪魔。
殺戮をしなかったのは残念だが、そのマイナス面を上回る――幻想的とも言える芸術性。
だが今となっては殺戮をしないことが大きな痛手。協力してくれると言うものの、その悪魔から殺しを断られた直後、それに似た生物に興味を惹かれるかとなると……。
そこで、思い出したように気になることを尋ねる。
「なんでいきなり断り出したんだよ」
「息を吸う無意識な動作に楽しみを見出しにくいだろう? それと同じさ。演説を聞いて分かったよ、私は君の趣味に付き合いきれない」
さらりと、そんな返答をする。
つまりニャルラトホテプは……真に受けるなら無意識に人間を殺せるということだが、その日常的過ぎる軽さに、実感の湧かなさに、龍之介は隠し事をしているのではないかと受けた。
いや…本当だとしたら、おねーさんは人類の何に期待して、負かせろなんて頼みをしたんだ?
「……ん、できたよ、下がって下がって」
魔法陣のようなものは一切描かれていなければ、魔力も含まれていない、ただの歪みのない三つの円が横一列。
龍之介が後ろに数歩下がったのをまるで確認するかのように目配せしてから、ニャルラトホテプもまた一歩。そして…
「来て、とっとと」
拍子抜けするような、その呼びかけに。
応じるようにそれぞれの円の中、三体の生き物が音もなく――顕れる。
その異様な姿を視界に入れて――龍之介の思考は吹き飛んだ。
未知なるものへの恐怖と未知なるものへの恍惚で葛藤する。
――薄赤色をした二足歩行甲殻類の楕円形頭。
――顔であろう部分に触手を生やし長い槍を持つガマガエル。
――幾本の目玉と牙が付いた不定形。
その見た目は、人の認識ではニャルラトホテプに負けず劣らず。
「……スゲー…」
ただ唖然と立ち尽くし、ぽつりと言う。
そんな龍之介を放置して、ニャルラトホテプは呼び出した生き物に説明する。
「えーっと簡潔に……まず私のことはニャルラトホテプと呼ぶこと。次に日本語で対応すること。龍之介と夢月を殺なさいこと。龍之介の殺人拷問に付き合うこと。以上四つを守れ」
すると、一体目は脳に直接、男性の音声を飛ばしてきて。
『……承知しました』
二体目は口はないが確かに顔の触手が生えてる部分から、無機質に片言に。
「……ニホンゴ……にがテ…」
三体目は鳴き声を発する。
「テケリ・リ」
宇宙類いの生物達は命令に従う姿勢を見せる。
だが心の底、また細かい仕草では、「コイツに関わってしまった…」と言いたげに落胆していた。彼等はそれぞれの事情でニャルラトホテプを避けていたのだ。
「じゃあ人形はここに置いておくよ。私は出かけてくるから、自己紹介は君達で適当にしといてくれ」
「……! あ、あぁ…」
ニャルラトホテプの声掛けに朦朧としていた意識が戻され、とっさにそう受け答える龍之介。
間を取り持つ架け橋がなくなったことに気付いた時には、ニャルラトホテプは居なくなっていた。
この得体の知れない生き物になんて声を掛けるべきか、頭を悩ませていると…
『龍之介殿、ニャルラトホテプ殿との関係性について聞いても宜しいですかな』
「えっ、えと――」
音声が脳に響く感覚に慣れておらず、少し戸惑いつつも聖杯戦争に参加していることについて話した。
『――なるほど、大体の事情は把握しました』
「せえハい。センそう?」
『あなたには後ほど教えますよ』
「……ちょっといい?」
そこが話の区切りだろうと遮る龍之介に、甲殻類とガマガエルは視線を向ける。
「おねーさんからバリエーション増えるって聞いたんだけど、あんたら何ができんの?」
その問いに、あえて増えるか減るかを触れず、
『では私から……私はミ=ゴと申します』
体長約二メートル。全体的に赤薄色の甲殻類で、硬い三対の関節肢には鋭い鉤爪を有している。手らしき関節肢はハサミ状になっていた。
頭には短い触覚がまばらに生えていて、渦巻いた楕円体になっている。
『よく脳を収集して研究に励んでいまして、手先が器用ですね。面白そうな人間がいたら脳みそください』
「それって脳だけ摘出するってこと?」
『可能です』
「おおぉぉ!! すげぇな、後で見せてくれよ!」
冷えていた龍之介のテンションが熱くなってきた。
「……つギ、ボク、ムーンビースト」
体長約一・五メートル。灰色の大きいカエルの形。触感は見た目に反せず柔らかい。それは顔から生やしているピンク色の触手も同じである。
手には切れ味の良い長い槍があり、肉片と液体が付着している。
「殺す、すキ。血、すキ。メッタメタ、する。リュウの、すケ…も、すキ?」
「おう! 全くもって同感だ」
『最後に……あの者はショゴスです』
「テケリ・リ、テケリ・リ」
今は丸まっていて体長約〇・五メートルだが、自由自在に変えられる。猫のように愛らしい鳴き声で、外見は世間の言うスライムより禍々しい漆黒色をする。
全体にわたり幾本もの牙が突き出した口と、深い色をした目玉が浮いている。
『ショゴス殿は主人を決め、奉仕する種族です。現在はニャルラトホテプ殿に仕えているのでしょう。形を変えて打撃、浸食することができます』
それを聞いて、龍之介は笑って言い放つ。
「うっし、早速検証してみるか」
龍之介とムーンビーストはノリに乗って、ミ=ゴとショゴスは嫌がりはしないが平常心に、女性の人型人形の虐殺を開始する。
人形といっても、人間との差異は生を持つか持たないかだけ。
皮膚の感触も、血の色も、生々しい臓器も、全てが。
生きている人間とは区別がつかない――。
ニャルラトホテプは目的を公言することなく街を歩いていた。
別段、何かするわけでもなく。アサシンの見張り目に気付く様子もなく。
ただただ、ほっつき歩く。
街並みを眺めながら、何かを思う様子も見せず。
それがしばらく続き……やがて、呟いた。
「おっ、あれは…」
目の前にあったのはライダー陣営の拠点と、反対側から宅配便と描かれたトラックが向かってきていた――。