盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠みれい(元キルレイ)

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13話 盲目少女は拠点に帰宅してびっくりする

 昼間二時半に、わたしは心ちゃんと道を歩いていた。全ての授業を受けて下校中だ。

 凛ちゃんと保健室でのいざこざ以外は、これといって大きなトラブルはなかった。あれから凛ちゃんの前で聖杯戦争の話題は出ていない。……そもそも、話していない。席は隣でクラスメイトより深い仲だけど、あれから言葉を交えなかった。どちらも気まずくなっていて、目も合わせられていない。

 元の関係に戻れるなら勿論したい。けどこれは、謝るような問題でもなければ、どちらかが死ぬ話なので妥協案もない……わたしはわたしの意思を貫くみたいな、そういう感じな気がする。

 凛ちゃんはどちらにも殺したり死んでほしくない、と言っていたけど、そんなのは無茶苦茶な要求だ。戦いってそういうものだろうし、死ぬだけなら日常の中に隠れているだけで溢れている。そこは凛ちゃんにも心構えしていてほしい。

 心構えができたら、きっと凛ちゃんはより大事であるお父さんを選ぶだろう。そして、わたしは聖杯戦争を棄権せず、協力もしない。

 凛ちゃんと疎遠となったまま死んでしまっても、凛ちゃんのお父さんが死んでわたしが生き残っても――その上でわたしはニャルラトホテプを選ぶ。後悔はしない。

 そう考えをまとめながら学校のホームルームまで済ませて、心ちゃんとこうして帰宅している。喋りながら歩いていると、自然な流れで聖杯戦争の話題になった。授業の合間の休憩時間に、チマチマ説明していたのだ。

 

「聖杯戦争……で合ってる?」

「合ってるよ」

「大昔の偉人を召喚して、その人達が聖杯を取るために戦う。夢月ちゃんはニャルラトホテプさんっていう神様を召喚した」

「うん」

「それで……あー、何があったんだっけ?」

「……わたしにもよくわからん」

 

 話す気満々であったこれまでのあらすじを、心ちゃんに伝えきれなかった。理由は自分でも何が起こったのかあまり把握できていなかったから……だけではない。それだけなら要点を掴めずにまとめられないだけなので、通常より時間がかかったが伝えきれるはずだった。

 何があったかというと……学校を休んでいた間に配られていたプリントとテストについて先生から呼び出しを食らい、いくつかの休憩時間が潰されたのだ。なるべく早く終わらせたが、合計で約三十分の損害を受けた。

 なので帰りに三十分から一時間くらい外で立ち留まろうかと高を括っていたら、心ちゃんは用事があるとのことで中止。わたしがややこしい現状を把握して簡潔に説明できればよかったんだけど……

 

「色んな人が集まって、わぁーってなってガーってなったことしか……ルールもちゃんと理解できてなかったし……ああもう! 話したかったのに! わたしに語彙力と理解力がなさすぎる……!」

 

 心ちゃんの気に入りそうな内容だったし、感じたあの衝撃と興奮を伝えて盛り上がりたかった。勉強できない自分に軽く自己嫌悪するのと、言葉のつっかえように頭を抱える。お兄ちゃんみたくビデオを見せれば手っ取り早いんだけど、学校に持ち込めない。

 すると、わたしと同じように悩んで腕を組んだ心ちゃんが口を開いた。

 

「……それってネットで調べたら出てくるの? 撮影した動画とか画像とか……ないならルールだけでも抑えたい。それだけでもイメージしやすくなるから」

「あるかな……あ、いやある。たぶん全部」

「そっか。じゃあ夜にでも検索してみるね」

 

 安堵して柔らかく笑う心ちゃん。

 そういえばニャルラトホテプが情報を流して驚かせたいって言ってたんだった。どこまで流したかは聞いてないけど、ビデオは撮ったから動画はあり――……あれって当然わたしも映ってるよね? しかも前半だけならまだしも、後半になると知ったらマズイものしか……

 

「やっぱり調べないで! 歴史好きの心ちゃんに失望してほしくない!」

 

 あれはマズイ。あえて例を出さないけど、本当にマズイ。

 

「失望って……そんな大袈裟な。印象と違っても気にしないよ」

「いや、そういうレベルじゃないの! その偉い人を見る度にフラッシュバックして直視できなくなり、知るんじゃなかったって後悔するレベル!」

「そんなに? 逆に調べたくなってきたな」

「嘘っ!?」

 

 どうしよう、絶対やめさせた方がいいよね!? ネットって実際に目にしたわけじゃないけど、心ちゃんが言うには知りたいことも知りたくないことも無差別に閲覧できるらしいから、ルールだけとかこういう動画だけとかできない……。

 そんなテンパったわたしを、心ちゃんが和やかになだめる。

 

「夢月ちゃん、本当に私は気にしないから。歴史のことなんて第三者の誰かが主観で記録して遺したもの。記述通りの方がおかしいんだよ」

「……幻滅しない?」

 

 しつこく問いただすと、心ちゃんは堂々と自信をもって答えた。

 

「しないよ。たとえ性転換したり、性格が真逆だったとしてもね。あくまでも私は、その人達の創意工夫が好きだから」

「……そっか。決意は固いみたいだね」

 

 そんなショッキングな例で幻滅しないなら大丈夫だろう。これ以上は口出ししない方がいい。

 

「わかった。くれぐれも気を付けてね」

「うん」

 

 心ちゃんが小さく首を縦に振り、話題に一区切りつけると一旦歩みを止める。下校中である通学路は、心ちゃんと別れる分岐する所まで来ていた。

 

「この辺でお別れだね。それじゃ、また明日」

「また、明日」

 

 手を振って、心ちゃんは違う方向へトトトッと駆け出した。わたしも、まずは自分の家へ向かい、荷物を置いて着替えて、そこからニャルラトホテプから貰った地図を辿って拠点に帰る。学校がどこかは教えていないので自宅からのルートだろう。

 今朝ケンカした、いつにもまして会いたくないお姉ちゃんは時間割からして家にいないし、わたしは家に留まるつもりはないので鉢合わせはあり得ない。鬱々と玄関の扉を開けてなくていいからだいぶ気楽だ。

 

 

「……やっと、着いた……」

 

 メガネ越しから地図と周囲の建物や通路を見比べて、疲れ果てた声で呟く。

 拠点に着いた頃には、眩しかった太陽は沈んでいた。自宅に居たときは雲に覆われながらも、空高くで輝きを放っていたというのに。

 

「ニャルラトホテプ……マジで許さない……」

 

 数時間も浪費した原因は――ニャルラトホテプが手書きした取っ付きやすい地図にある。……地図といっても、複雑な迷路に謎の煽りが付け足されているものだが。

 迷路とだけ聞いたら易しくなってると感じるだろうけど、これは細かい脇道まで道として認識されていたため、コースが多すぎてわたしとっては難解だった。しかも間違えたら煽られる。だが一刻も早く拠点に帰りたいならやらなければならない。やるしかないと自分を奮い立たせて頑張った。

 家の前で最初に見た際には半端ない騙された感に地図を破こうとしたのを我慢して――解き終わる頃には精神力が削られていて――迷子になりかけながらも歩き回って体力が削られて――がんばった。

 こんなに疲れたのは久しぶりだ。怒りたいのは山々だが、トンネルを進んだら即布団にダイブしてそのまま眠ってしまおう。

 吐き出したい息をグッと堪えて、メガネを外して杖をつく。

 こんな時でも――いや、こんな時だからこそ、想像にふけたい。それに拠点の中を見てしまったら、今日まで見ないようにしていた苦労が水の泡になる。足を引きずるようにして、わたしは奥へ足を運んだ。

 それから、数分して勘付いた。この先に、ニャルラトホテプに似た異様なモノがあることに。

 うまく言えないけど――この世ならざる者の気配がするのだ。それが神かどうかはわからないけど、気味の悪い未知のモノであることは理解できる。

 ……同じだ。この感覚――以前より薄れているけど、そのおぞましさに身も心も呑まれて、意識も無意識も支配されるような、そんな感覚に襲われる。

 

(また……アレが……!)

 

 胸が高鳴った。

 アレに会いたい。

 アレを触りたい。

 アレを聴きたい。

 ニャルラトホテプの宝具を思い出して、想像して、疲労しきった足を無理に動かす。走れないことが焦らされているように感じた。期待と好奇心を抱いて抱いて小走りする。

 ――しかし。少しして、停止した。体が勝手に――本能的に硬直していた。

 切っ先を突きつけられたからだ。

 紛れもなくわたしを殺そうとしてきたことは、目の前から明確に放たれる強い殺意から汲み取れた。眼前において鋭い風が吹き荒れたので、恐らくは一瞬のうちに刃物か何かをどこかに刺そうとしたのだろう。刺してわたしを殺そうとした。

 そしてその――わたしを殺そうとした犯人は、目の前にいるのは、まさしくわたしが求めていた異様なモノだった。見えなくとも、圧倒的な存在感で認知できる。悪臭はニャルラトホテプよりかは遥かにマシだ。音は、不思議なくらい何も聴こえない。

 なぜこんなことをしたのか。なぜ殺すのを止めたのか――それが偶然か必然か。わたしには見当もつかない。でもとりあえず、すぐに殺されそうな状況で、なぜかわたしは生かされている。刃物は皮膚に当たる寸前のところで止まっているだろうから、動いたら故意でなくても事故って死ぬ。

 わたしは死にたがりでも、そこまでの命知らずでもない。回避できそうな死は当然回避する。だからわたしは不用意に動かなかった――あれだけ触れたいと思っていたものが手の届くところにあるけど、好奇心を押さえつけて一歩を踏み出さなかった。

 代わりに問いかけようと、一呼吸しようとすると――前から音がした。

 およそ声と括られるだろう無機質な音。わたしに殺意を向けたまま――しかしわたし以外に話しかけているようだった。

 

「ミ=ゴ。なンデ、じャマすル?」

 

 わたしが生かされているのは必然……ということは、わたしは死なないってこと? よかったぁ……殺す前に触らせてって交渉しようかと考えていたけど、命賭けないで済むならその方が――ん? あれこれって、ミゴという人(?)が助けてくれたの実は勘違いでしたとか、制止を無視されたらアウトなんじゃ……。

 だが、次に感知した音で、それが杞憂であることがわかった。もっとも、その音の感知の仕方が不気味過ぎて、安堵するどころかビクッと震えたが。

 

『その人間はニャルラトホテプ殿から殺さないよう命じられています』

 

 耳ではなく、脳の中心に直接、人間らしさを滲ませる声が届く。

 ……これって、テレパシー……? ニャルラトホテプが今までしてきたことと比較したら驚くようなことじゃないんだろうけど……こう、頭の中を覗かれているように錯覚してびっくりした。

 それにしても、命じられてって言うあたり部下……なのかな? ニャルラトホテプからは何も聞かされてないけど……何しに来たんだろう。

 浮かんだ疑問を口に出そうとして――気付いた。いつの間にか、殺意は消えて切っ先を突き付けられている感覚がなくなっている。殺されないことが確定したんだ。

 

『時に夢月殿』

「は、はいっ」

 

 慣れないテレパシーにまたもやビクッと震える。事前にこれから頭の中に語り掛けるよみたいな合図できないのかな。

 ……まあ、この際それはいいや。ミゴさんともう一体がなんでここにいるのか。わたしが襲われた理由について納得できる説明を受けたい。

 

『あなたは大変珍しい脳をお持ちのようですね。どうでしょう、聖杯戦争が終わり次第、我々に提供してはもらえませんか?』

「……えっ。いや、です、けど……」

 

 唐突な要望に、つっかえながらも返答する。脳の提供って死ぬってことだよね? 助けてくれたのは本当に良心ではなくニャルラトホテプに言い付けられてるからか。これは命令に従順と解釈すべきか、それとも危ないと解釈すべきなのか……。

 呆れていると、ミゴさんは『そうですか』と相槌を打って、離れているのかずっしりとあった重圧感は遠くに――……。

 

「説明はっ!?」

 

 心底感じた理不尽に叫ぶが、ミゴさんは首を傾げるような反応をした。

 

『聞かれますか?』

「聞きますよ! 帰ったら謎の生物が居てしかも襲われたんですよ!? なんならしてくれると思ってましたよ!」

『わかりました――』

 

 人間らしさはあるがそれだけの機械的な声で、ミゴさんは事情を話してくれた。ただ、その味気のない反応には、微妙なもどかしさが残る。

 教えてもらったのは、お兄ちゃんの殺人と拷問に協力するためにニャルラトホテプに呼び出されたこと。あともう一匹ショゴスという生き物がいること。そして――

 

「ムーンビースト……」

『はい。彼は殺人を尊いものと認識していまして、恐らくはあなたを殺していい対象と誤解したのではないかと』

「へ、へぇ……」

 

 誤解で殺されかかったんですか。わたしは。

 

「あれ? でも、ミゴさんはわたしのことがわかったみたいですし、二人からわたしの特徴は聞いてたんですよね? ムーンビーストも目が見えなかったりするんですか?」

『ムーンビースト殿の種族と人間とでは、モノの判別の仕方が根本的に異なります』

「――なるほどです」

 

 納得して、ポンと手のひらを打つ。

 つまりこのモノたちは、構造が何から何まで個人差があるということだ。ニャルラトホテプのようにうねった触手でできているかもしれないし、硬い殻で覆われてるかもしれない……。

 ますます触りたくなってきたなぁ……。早く手を当てて、感触を憶えたいっ。で、そうするにはまず接近しないといけないんだよね。

 ムーンビーストの場合は、近づこうにもまた誤解されて刃を向けられるかもしれない。注意を払って話しかけてみよう。案外、良い生物かもしれない。断られたら……その時はその時で考える。

 ミゴさんは安全そうで、お願いしたら承諾してくれそうだけど、近寄りがたい雰囲気があるから良いタイミングを見計らおう。戦争中は居座るみたいだし、急がなくていい。

 残るはショゴスか、一体どんな生物なのやら――とにかく会ってみないことには始まらない。

 

「あの、ショゴスってどこにいるんですか?」

『今は龍之介殿の手伝いを――いえ、終えたようですね』

 

 すると、違う方向から扉を開ける音がした。

 ムーンビーストやミゴさん、そしてニャルラトホテプと同じく、そこに存在するだけでただならぬ気配を漂わせる。殺意は特に感じられない。

 まあ、仮に殺意を感じたとしても、わたしの行動は変わらなかっただろう。その程度で歯止めはきかない。死んでも悔いなし。

 だって――

 

「テケリ・リ」

 

 だって、この世のものと思えない一目ぼれするようなかわいい鳴き声なんだもん。迷うことなく全速力でダッシュして抱きつくしかない。

 

「えぇっ!? 牙っ!? そんなかわいい声して凶暴な牙なんか付いてんの!? なんで!? これじゃあ撫でようにも撫でられないじゃん!」

 

 反射的に不満をぶちまけるように叫び、思考する。

 こんなにも愛くるしい小動物(神話生物)に触れられないとかいう非情な事実。到底認めたくない。絶対にどこかに和んで撫でられる部分があるはずだ。ないわけがない。

 そう、多大なる漠然とした不安と、儚い希望を抱いて。恐る恐るゆっくりと、再びわたしはショゴスに手を伸した。

 

「――――――…………」

 

 見事と言えるほど、まばらに均等に牙は生えていた。

 

「ああああああああ撫でたいよぉぉっ!! こんなの生殺しだああああぁぁぁ!! なんでだよぉっ! なんでツンツンしてるんだよ! ツンデレかよ! とっととデレて牙取ってよ!!」

『いや、ショゴス殿はツンデレじゃないです』

 

 あんなことやこんなことがしたかったのに! 酷いっ……酷すぎるよっ……!

 そんな絶叫をしていると、ニャルラトホテプが帰ってきた。

 

「たっだいまー――って、え? なに? どういう状況?」

 


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