盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠みれい(元キルレイ)

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14話 盲目少女は無形従者を撫でたいっ

 落ち着きを取り戻した後、ショゴスに見た目について暴論を吐いたことを謝罪した。ショゴスは何も悪くない。というか、ツンデレであることを仮定して、萌え要素にそんな力はない。可能性は一パーセントも秘めてない。

 その後、出掛けていたニャルラトホテプに、ミゴさんとわたしでこの場であった出来事について話した。その感想が――

 

「そんな爆笑できることがあったとは……もっと早くに帰ればよかった」

「笑えないよね!? わたしが歩き疲れて満身創痍になったことに、面白いところなんかないよね!?」

 

 詫びるどころか面白がられた。

 最初にニャルラトホテプに会った日、わたしを怖がらせようと虚言を語って吹き出し笑いしてた時といい、未だにニャルラトホテプの笑う基準が分からない。

 

「いやいや、涙流して腹抱えるぐらいには面白そうだよ。特に殺されかけたシーンとか。それに満身創痍という割には元気じゃないか」

「そりゃあ、未知なるものにプラスしてショゴスというヒーリング効果を受ければ「ぷっ……ヒーリっ……」だから笑うなっ! 何が取っ付きやすい地図だよっ! あれ本当に大変だったんだからっ!」

 

 あと少しでわたしがキレるのを悟ったのか、笑いのつぼに入り咳き込みながらも「ごめんごめん」と謝り。

 

「にしても、ムーンビーストが第一の襲撃者かー。全く……そういう敵対心は、もっと別の方向へ向ければいいものを」

 

 と、珍しく暗さを感じさせる声で、小さく独り言のように付け足し。

 手を叩いて、馴染みやすい――いつもの調子で仕切り直す。

 

「で、夢月はショゴスをどうにかして撫でたいんだね」

「うん。撫でたい。触るだけじゃダメ」

「ダメまでいくか。もはや受け入れる気ないね」

 

 わたしは頑固として主張する。ワニやライオンといった猛獣は躾次第では撫でられるらしいし、針が一面に敷き詰められたハリネズミもお腹はマッサージできて、背も慣れれば撫でられる。ならばショゴスが撫でられないわけがない。

 だが、方法があるとして長期間必要だったり、どうしても無理であれば……全体に散らばってる牙を毛だと思い込んで撫でるのも致し方なし。

 触るだけでは物凄く名残惜しいけど……攻略するのがあと二体いる。ショゴスばっかりというわけにもいかない。

 

「ショゴスはわたしたちとは違う構造なんだし、エサを食べてる時は牙が柔らかくなるとか、ショゴスが嫌がらずに撫でられる方法知ってる? ――って、もしかしてミゴさん……いない?」

 

 異なるモノが放つ独特のあれが、ショゴスが居るであろう所からしかない。

 その疑問を、ニャルラトホテプが解消してくれた。

 

「奥に引っ込んだよ。アイツ、誰彼構わず交流を避けたがる傾向があるからね」

 

 無関心そうに――いっそ邪険気味にして。

 

「そ、そうなんだ。あ、だからさっき……」

 

 だからさっき――説明せずに立ち去ろうとしたのかな。ニャルラトホテプの命令に従うためだけに助けただけで、わたしとの交流はしたくない。それなら筋は通る。

 馴れ合いは好きではないだろうぐらいには察してた。けど避けるとなると、相当他人との馴れ合いを嫌がってる気がする……。頼み込めば触れるだろうと甘く考えていたが……これってかなりのコミュニケーション能力が試されるか、脳を提供しないと触れないんじゃないか?

 崩れた計画を立て直していると、ニャルラトホテプが本題に戻した。

 

「それでショゴスを撫でる方法だけど――主の命令は従者の喜び。私が命令すれば牙を少なく……」

「……?」

 

 考え事をしているのだろうか。途切れたまま沈黙している。

 ショゴスが奉仕する種族で、現在はニャルラトホテプに仕えているというのは、既にミゴさんから聞いている。けどまさか、主の命令というだけで外見まで変えるとは……。その従順な態度はすごいけど、悪戯仕掛けて誰かを困らせるような神に、そこまでやらなくてもいいと思う――いや、やっぱして。今だけはそれくらい従順になって。

 それから、ほどなくしてニャルラトホテプが何の気も張らない声で口を開いた。

 

「いちいち命令するのも面倒だ。ねぇ夢月、ショゴスという主人にすごくなつく動物をペットにする気はないかい?」

「したいです欲しいですくださいッ!」

 

 なつくのか!? デレきちゃうのか!? あのぷにぷにしたモノをいつでも撫でたり抱き枕にできちゃったりするのかッ!?

 

「おっと、即断とは予想外。いいよ、主人を夢月に変更する。パズルを解いたご褒美だ」

「いいのっ!? やった……! よしっ! よしっ…!」

 

 自覚なしに身を乗り出したままガッツポーズした。なんだ、めっちゃいい神様じゃないか。

 ニャルラトホテプに対する好感度が容易に上昇していると、しかしその当人から諌めるような口調で水を差された。

 

「ただし、忠告することが一つ」

「――え? なっ、なにっ?」

 

 まだ嬉しさの余韻が溢れ残っている最中だったからか、わたしは舞い上がったまま応じた。

 そして、言葉に重みを置きながらも、その軽妙さは変えずにニャルラトホテプは語る。

 

「ショゴスは人間と違う。それは身体の仕組みだけでなく、内面でさえも。まぁショゴスは賢いから、人が何を望んでいるか程度は、的確に汲み取り実行するだろう――だがそこに、ショゴスの主観が混じることがあれば、話は別物だ」

「……」

「奉仕といっても命令を聞くだけが全てじゃない。独自の主観で主人が危険な目に遭おうとしていると結論付けたら、当然それを免れようとする」

「……何か問題、なの?」

 

 無理解で、堪らずわたしは問いを投げた。

 その反応は予想通りだったのか、別段戸惑わない様子でスラスラと答えてくれた。

 

「――例えば、だ。人間にとってはさほど苦痛でないと判断するところを、ショゴスにとっては死よりも苦痛であるという。思案しても解決手段がない――もしくは、思案する時間を惜しんで。それ以上苦しめないよう、手遅れになる前に主人の首を刎ねるという行為を、平然とやってのける」

「それが忠告すること?」

「ああ。主でなくなった私の言いつけなんか守らないし、夢月がそう命じたとしても苦痛からの解放を優先するから――同じく守らない。いつどこでやられてもおかしくないよ。何の前触れもなくズパッとね」

「ふーん……」

 

 ショゴスも、多分だけどムーンビーストくらいに強い。同様に異様なモノで、お兄ちゃんの犯行を協力できるってことは、それだけ殺傷能力があるってことだから。目も見えず、子供の平均的な腕力しかないわたしに、抵抗なんかできない。確実に殺される。

 つまりショゴスがそういう判断をすれば――自動的に、その時がわたしの最期ということになる。

 

「でもそれってさ、わたしを思ってのことなんだよね。やってるのも、結局は安楽死でしょ? 危ないことはわかったけど……わたし一度でいいから、ペット飼ってみたかったし……」

 

 実のところ、わたしはあまり何かを飼いたいと願ったことはなかった。あったとしても、弱い弱い、妄想のような願望だ。

 金が掛かって、世話が大変で、手伝ってくれる人がいなければねだれる人もいない。

 どれが欲しいかを選ぶ以前に、現実的にできないのだ。

 けれど、ショゴスは世話のかかりにくそうな、逆にわたしが助けられるんじゃないかってぐらいに頼もしい子と一緒にいられる権利を断る理由はないだろう今すぐ欲しい。

 

「――それに、ご褒美は貰わないと、あの意地の悪い地図を頑張って解いた甲斐がなくなるしね」

 

 続けて、わたしはわざとらしく、ひねくれたことを言った。

 これくらいのことはしておかないと、調子に乗らせてまた似たような悪戯を仕掛けられるかもしれない。完全には許してないし。

 そう一旦は締めくくって、話を次の段階へと進める。

 

「ショゴスを貰うにあたって、何か覚えないといけないこととかは? 反抗的になったりはするの?」

「いや、覚えることは特にないよ。反旗を翻すことは――あるにはあるが、敢えて人間相手にしないだろう。こいつから見れば夢月は蟻も同然だ」

「蟻って……事実なんだろうけど言い方ってもんがあるよね」

 

 天と地ほどの差があるとか、足元にも及ばないとかあるでしょ。

 

「これでも貶さずしっくりくる表現にした。それ以上はないがそれ以下はあるよ。それであとは……龍之介と話し合う必要があるか。こき使ってたみたいだから、時間配分を決めるのに」

「あ、それは自分でやるよ。ちょうどお兄ちゃんの作品を聴きに行こうとしてたから」

 

 ごたごたがあって、何だかんだ最近聴いていない。ニャルラトホテプを召喚しようとしていた二日間は、わたしは上手くいかなくてふてくされて、作品は作っていたみたいだけど眼中に入れられなかった。

 

「そう、なら任せるよ――ちなみに、具体的にはショゴスと何をするんだい? 撫でる以外で」

 

 興味深そうに、ニャルラトホテプは問う。

 わたしは想像を膨らませながら、思い付いた数を数えるように両手の指を折り。

 

「えっとね……撫でるでしょ。抱くでしょ。膝に置くでしょ。食べ物あげるでしょ。声を聴くでしょ。意思の疎通ができるなら喋って。じゃれて。一緒に散歩して――」

「――散歩?」

 

 訝しげに訊き返されて、想像を中断してニャルラトホテプに意識を向けた。変なことだったかな?

 

「言ってなかったっけ? 習慣になったからもあるけど……音を聴くためによく朝に散歩するの。犬を連れてる人いたし、わたしもやってみようかなーと……ダメ?」

 

 すると、さっきまでの怪訝の声が嘘のように。

 

「何でもない、とてもいいと思うよ。散歩って面倒くさがられやすいから、自主的にやろうとしてたのが意外だったってだけ。ショゴスは外出するのが好きだから、散歩以外でも連れて行ってあげなよ」

「わかった」

 

 外出するのが好きなら、近々学校を休んで、一日中適当にぶらつこうかな。明日は心ちゃんと話したいことがあるから無理だけど、その日に全部話しきれたら明後日からは休める。

 

「それじゃあ早速、主人を夢月に――っと、実はもう終わってるんだけどね」

「えっ? そうなの?」

「こうやって話してる間にね。特別な儀式は要らないよ」

 

 はぇー……全然気付かなかった。実感もまるでない。

 

「では、私は夕飯を作りに行ってくるよ」

「う、うん」

 

 頷くと、ニャルラトホテプはキッチンへ向かった。わたしとショゴスで二人きりとなる。

 

「……」

 

 なんか、いざ落ち着いて対面すると初々しいものがあるな……。衝動で抱きついたり謝ったりで、勢いだけでショゴスと接してたから。

 ……現状のわたしの、ショゴスへの認識は――今日から短い間だけど、一緒に暮らす家族のような存在なのだろう。一時的な――ペットという定位置についた家族。

 思えばわたしは、知らず知らずのうちにこの拠点に居住んでいる。それも――心休まる、帰りたい場所として。

 殺し合いである聖杯戦争を背後に。殺人鬼である兄と。神でありサーヴァントであるニャルラトホテプと。異様なモノであるショゴス、ムーンビースト、ミゴさん。

 そんな人やモノに囲まれた家に、わたしはいつまでも住みたいと望んでいるのではないだろうか。

 こんな気持ちは……初めてではないだろうか。

 

「そ、その……改めて、わたしは雨生夢月です。よろしくね。ショゴス」

 

 そう、わたしはショゴスに挨拶した。つい握手しようとした手を引っ込んで。牙を取るよう頼むのは、一応お兄ちゃんに訊いてからにしよう。

 ショゴスも返事のつもりなのか、風鈴のように軽やかな鳴き声を出す。

 

「テケリ・リ」

「か、かわいい……!」

 

 スライムのあどけない仕草が頭の中で自動再生された。本当にこんなにかわいい子が自分のペットなのかと疑いそうになる。

 

「……そういえば、ショゴスはよかったの? 主人が変わって」

 

 自分のことだというのに、反論どころか鳴き声すら一度たりとも発さなかった。ショゴスに意思があるかが正確に定まってないけど、反旗を翻すことがあるならそれなりの考え方を持っている……よね? どのみち、少し気に掛かることではある。

 ……こうして見ると、ショゴスは不思議な生き物だな。言葉が通じず、姿形が異なる野性的な動物面と、それでいて複雑な考えや感情がありそうな、受け答えができれば人間と話しているのとそう変わりないという面――両方が同じくらいにあって、距離感が掴めにくい。

 

「テケリ・リ!」

 

 わたしの問いに、ショゴスは若干の高さを上げた音を出す。

 

「……肯定ってこと?」

 

 首を傾げて疑問視する。『はい』か『いいえ』で高くなるなら良い意味なのかなってだけの、単純な考察だ。

 

「あ、でもこんなの意思疎通できなければ答えらんな――ひゃ!」

 

 ショゴスの仕業だろうか。いきなり左手にひんやりとしたモノに触れる感覚が。細い先端を、甲の一点に当てて……動かして……あれ? この線……

 

「……ショゴスって、もしかしなくても字が書けたりする?」

 

 甲に書かれたのは「は」と「い」。音の高さが上がった時は肯定してるということになる。

 

「テケリ・リ!」

 

 そしてまたしても肯定。それはつまり、かわいくて言うこと聞いてくれて、更に対話まで可能、と……?

 

「え、超有能……好き」

 

 感動のあまり涙ぐんで息を呑む。お喋りしたいと思ってはいたし、ニャルラトホテプが賢いと評価してたけど……なにこの子、完璧すぎる……!

 唖然としていると、ショゴスが再びひんやりしたモノでわたしの手に字を書き始めた。気持ちを切り替え、ショゴスが何を伝えようとしているのか集中する。

 ……これを一文字目から並べると――

 

「『ニヤ 考え わからないから』……ニヤってニャルラトホテプのこと?」

「テケリ・リ!」

 

 二回まばたきするかのように、文を反芻して。

 

「……これが、主人が変わってもよかった理由?」

「テケリ・リ!」

「……そっか」

 

 ショゴスには、ニャルラトホテプが何を考えているのかが――何を望んでいるのかが汲み取れなくて、どう奉仕すればいいのかがわからなかったのだろうか。だがそれだと、いまいち釈然としない。

 いやまぁ、同意はする。わたしから見ても、ニャルラトホテプは何か企んでるなーぐらいにしかわからない。

 でも、他人にちょっかい出して面白がるとか、勝負において負けたがってるとか……そういう傾向はあって――気持ちが汲み取れないほど、発言と行動は支離滅裂していないと思う。人間の思考が読み取れるなら、ニャルラトホテプの思考も読み取れる気がする。

 しかしだからといって、ショゴスにとっては主人という大事な立場の者が決まるんだから、軽率に結論に至らせるのもおかしな話だ。

 ……何はともあれ、ショゴスに強要していたわけではないようだし、何か深い事情があるかもしれない。ひとまずは素直に嬉しがろう。

 

「――じゃあ、お兄ちゃんの所に行きたいから案内してくれる? どこか知らないんだ」

「テケリ・リ!」

 

 言うと、先ほどわたしの手の甲に透明な字を書いた、ぷにぷにした棒状のものを握らせようとしてきた。それを受け取ると、軽い力で引っ張られる。杖を置いて、わたしは立ち上がった。

 ――この子の主人になれば、この子の判断で文字通りわたしの首は切られる。これでまた、わたしの死因になりえるものが増えた。

 聖杯戦争絡みのことか。全く関係のない事故か。或いは全く関係のない故意的なものか。それとも――

 

「テケリ・リ」

「……この部屋、か。ありがとう、ショゴス」

 

 連れていかれるまま歩くと、扉の前まで来た。わたしの寝床の扉が段ボールであるのと比べ、こちらはちゃんとドアノブが付いている。

 いざ開こうと、ドアノブに手をかけた。が――ぷにぷにが手からするりと抜け、止まる。

 

「あっ――付いて来ないの?」

「テケリ・リ!」

「まぁいいけど……わかった。またね」

 

 ――ふと、わたしはあることを思い出しながら、扉をガチャリと開けた。

 あぁ、殺されるといえば……わたし、お兄ちゃんに殺されたいっていう、変な願望があるんだっけ。

 


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