盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠みれい(元キルレイ)

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2話 盲目少女は耐性抜群である

「ふむふむ、腕は問題なく動いてるかな。こっちは……」

 

 …………………………っは! 色々あってフリーズしてた…。

 なんていうか…本当に召喚しちゃった。いや、さっきまでできなくて落ち込んでたけど…いざ目の当たりにしたらというか何かそういう感じの……。

 え、ていうか召喚できたんだよね…? 前から声聞こえるし……あれ、人の言語? ……人? 這い寄る混沌は……。

 軽くパニックになったわたしは、横にいるであろうお兄ちゃんに助けを求めた。

 

「お、お兄ちゃん! 今の状況は!? 何がどうなってるの?」

 

 お兄ちゃんもフリーズしていたようで、少し遅れて返事をする。

 

「……ん、えと、裸の女……じゃない、男でもない人? が自分の身体を検査してる」

「えぇ!? 触腕は? 鉤爪ないの?」

 

 この本に書いてあったのは嘘だったってこと…? 狂気の言葉が似合う悪魔を呼び出したかったのに……。

 ……いや、でもよく考えてみたら性別不明の人らしいから人外か。まだ人間には持ってない機能が付いてる可能性は残ってる。

 というか、最悪そうじゃなくても貴重な体験はできたわけだし……全然悪い結果じゃないか。

 

「よし……よし……異常なし。やぁやぁ待たせたね。察するに君たちが私を呼んだのだろう? まずは自己紹介をしようじゃないか。私の名はニャルラトホテプ、好きなことは面白いことと悪戯だよ。さ、次は兄の君からお願いしようかな」

「んじゃ、雨生龍之介っす。職業フリーター。趣味は人殺し全般。子供とか若い女とか好きです。最近は基本に戻って剃刀とかに凝ってます」

「…………あ、わたしか」

 

 ニャルラトホテプ…で合ってるよね? 聞き取りにくかったけど。割り込める隙間がない勢いのある速さだったから追いつけてなかった。

 それで自己紹介だよね。ここは無難に学校でやったように……

 

「雨生夢月です。好きなことは読書と音聴きで…ひゃ!」

 

 唐突に右手にひんやりぬめっとした感触を受けた。つい裏声で小さい悲鳴を上げてしまう。

 

「おっとすまない、変身することを忘れていたよ」

 

 ニャルラトホテプがそう言うと、人間の手に握られる感触になった。握られているより、わたしの右手の甲を見ようと動かしている、の方が正しいだろうか。

 変身する前の奇妙なままでよかったのに……と少し残念がっていると、何か確認できたのかニャルラトホテプは手を放す。

 

「夢月が私を召喚してしまったのか。まぁしかしその方が納得できる。できてしまう」

 

 変身したからか、声も性別不明だったのが綺麗な女の人に変わっている。

 それにしても、なんだか引っかかる言い方、声も哀れみが含まれているような…。

 

「可哀想に、君のその魔力量では半日と経たずに死んでしまうだろう」

「……え?」

「そんな少ない魔力で召喚という大それたことをしたんだ。それくらいのデメリットがあってもおかしくないだろう」

「!」

 

 言われて気付いた。なんでこんな簡単なこと、思い及ばなかったんだろう。

 奇跡みたいなことどころじゃない、奇跡そのものなんだ。実現できるはずがないと言われていることをしたんだから、死ぬくらいのリスクはないと逆におかしい。

 よく漫画とかで見かけることなのに、考えてすらしなかった。

 ……わたし、死んじゃうんだ。

 

「死ぬだけならよかったのにねぇ」

「? どういうこと?」

「夢月、君は理不尽なことに苦しみに苦しんで死んでしまうんだよ。約一時間後からね」

「……何が、起こるの?」

 

 そう問うと、ニャルラトホテプは語り始めた。

 

「最初に、手足が痺れていることに気付くだろう。歩こうとしたらふらつき、指の関節を曲げようとしても曲げにくくなっていることに。さらに一時間が経過し、拘束する力は微弱だったはずが、ついにはほとんど自由が利かなくなっている――動けなくなっている。そうして次に、違う異変が襲い掛かる」

 

 わたしは無意識に、右手を強く握ったり弱めたりしていた。

 その後について、自分の姿をイメージしながらニャルラトホテプの話を聞く。

 

「脳に『何か』がチラつくんだ。一瞬だけね。どんな形をしていたのかは分からない。同時に音も聞こえる。気のせいかなと思いたくなるほど短いけどね。それが十分に一度の間隔で行われ、だんだん現れている時間が一瞬から長くなり……『何か』を認識できるようになる――それは人の形をしているようだった。人と認めたくない造形だけど」

 

 ニャルラトホテプはゆっくり、あるいはじっくりと『何か』の姿を解説する。

 

「脳や肺、胃といったものが剥き出している。骨も一部は体を支える働きをせずに剥き出しになっているモノを貫いていた。皮は血管ごと裏返っていて、破けて血が垂れている血管もあるが、それでもドクドクと脈を打っている。目玉は飛び出しているモノだけで、口や鼻はどこにあるのか区別できない。心臓は手に持っていた。聞こえていた音はあらゆる雑音と肉をかき混ぜたような音――認識したくないのに認識してしまう。しかも現れる時間は長くなる一方で、とうとう途切れることがなくなった」

「……」

「夢月は見たくないがために自ら見えない目を潰すだろう。しかし脳に現れ続ける。聞きたくないがために耳をちぎろうとするだろう。しかし動かせない指は掴めない。だから死のうと高い場所へ行こうとするが、足は言うことをきいてくれない。ただただ叫び続けて恐怖に浸食されるのを感じ取るしかできないまま……最期を迎えることとなる」

 

 ……なんか、お兄ちゃんの犯行で慣れているとはいえ、結構グロい。

 見えないのに見えるとか、痛くないのに悲鳴上げるとか不気味でしかない。普通に怖いな…。

 …………よしっ、とわたしは決意が揺らがないよう踏ん切りをつけてから、ニャルラトホテプに問いを投げた。

 

「――あの」

「何だい?」

「あなたはこの本に書いてある悪魔なの?」

「ブファっ!! ……ちょっ……っっ…」

 

 ニャルラトホテプが急に吹き出し笑いをしだした。口を押さえてプルプルしている光景が目に浮かぶ。

 なんで笑ってるんだろう。わたしそんなに面白いこと言ったかな? ずっと訊きたかったことを訊いただけなんだけど……。

 二度三度一呼吸置いて、ニャルラトホテプは喋りだした。

 

「はぁ…はぁー……おっかしいの、てっきり震えて怯えるか、何とかならないのかって必死こいて頼み込むかと思ったのに」

「いやだって、あと残り数時間だし」

 

 死ぬのも痛い思いもしたくないけど、こういうのってだいたい「方法はあるにはある」とか言われて難しいことをやらされる展開だからなぁ……わたしには絶対できなさそう。

 後悔とか色々して終わるより、もう思い切って最初から諦めて、悪魔と交流して未練がないようにした方が終わるときに気持ち的に楽な気がする。

 

「だから早く教えて欲しいのだけど…」

「あーそれなら大丈夫だよ。嘘だから」

「ひぇ? そうなの?」

「本当だよ。聖杯戦争について知らなそうだったからからかおうとしただけ」

 

 ……そういえば悪戯好きって言ってたなぁ…まぁなんにしてもよかった。

 

「えぇー嘘だったのかよ。見てみたかったのになぁ」

「あのさお兄ちゃん、そういうのはもっとオブラートに包むとかしてほしいんだけど。そんな直球に不満そうに口にされたら複雑な気分になるから」

 

 お兄ちゃんがわたしの死を望むのは、もう日常茶飯事のことだから気にしてない。むしろ死んでほしくないって言い出したら想像するだけでゾッとする。でもだからって、わたしは死にたい願望は持ってないのだ。気にしてないとはいえ、死んでほしいとあからさまな発言はしないでほしい。それに、こんな苦痛まみれなのはお断りだ。

 仮にこの話が本当だったら、感想教えてしか最後まで言わないだろうな。殺して楽にさせてやろうとか、そういう情に満ちた殺し方はお兄ちゃんはしないから。

 

「一応言っとくけど、さっきみたいな死に方をしないってだけで殺される可能性はあるからね」

「……? あ、もしかしてなんとか戦争のこと?」

「そうだよ。どうする? 私の正体から訊くか。聖杯戦争からにするか」

「オレはどっちでもいいや」

 

 うーん…殺される可能性があるとは言ってたけど……なによりさっきのニャルラトホテプに触られた手の感触が気になる……うん。

 

「正体からで」

「それじゃ、私が何者なのか解説しよう。と言っても、それに書いてある通りなんだけどね。なんたって私が書いたものだし」

 

 ということは信憑性は抜群、悪魔であることに間違いな――

 

「あと悪魔じゃなくて神だから」

 

 ………………………………。

 

「神って、あの神様?」

「夢月がどれを想像してるか分からないから何とも言えないけど、神だよ」

 

 ニャルラトホテプがあまりに人間っぽいから実感湧かないけど……この本は破かないように大切にしよう。

 わたしは次に、なんで人間の姿をしているのか訊こうとしたけれど、お兄ちゃんが話し始めたので止めた。

 

「なぁ! あんたホントに神様なのか!? この世界、このシナリオを書き続けてる――」

「それはアザトースだ私は関係ない」

「でもいるんだな! どうりで愉快な事が仕込まれまくってるわけだ」

 

 アザトースって確か、ニャルラトホテプを使役しているとかそんなこと書いてなかったっけ? と思い、内容を思い出そうと頭を巡らせていると、

 ゴロッ。

 という音が聴こえた。

 ……思い出した。じゃなくて忘れてた。

 男の子を一人、生贄にしようとかで捕獲してたんだった。

 今もソファーの前で寝っ転がってるのかな。

 

「夢月? 何を見て――その子は?」

「ああ、そういやそうだった。あんたのために用意してたんだよ。食う?」

 

 お兄ちゃんの話を聞いて、男の子はまたジタバタと暴れているようだ。口に布を覆っているからだろう。叫び声を上げているからか、もごもごという少し大きい声が聞こえる。

 ……もごもごと食べる音が響きあったらどんな音になるのだろうか。

 そもそも、人間が人間を食べる音すら想像がつかない。歯が肉を引き裂く音、歯が骨を噛み砕く音、臓器を咀嚼する音……まぁ、そんな豪快にではなく、砕いたり切ったりしてから食べる可能性だって十分あり得るが。

 丸呑みでもいい。それはそれで音があるかもしれないし、なければないでいい。

 ニャルラトホテプは一体どう食べるのだろうか。

 

「食べれるけど…せっかく初めての殺しなんだし、インパクトが残りそうなのにしない?」

「マジで? じゃあそうしてくれ」

「わたしは聞いたことがないような音ならなんでも」

 

 二人の声が聞こえる方向へ歩み寄りながら答えた。

 

「了解、じゃあ早速……」

 

 と言って、何かを始めたのだろう。男の子の声がさらに大きくなった。必死さが伝わる。

 そしてこの音は…布が破ける音…服が破けたのかな? あれ、男の子の声が聞こえなくなってる。気絶した?

 次に僅かにプチプチプチプチ…皮と肉が剥がれてる音だ。お兄ちゃんが人を殺してる時に聞いた音と似てる。

 それがたっぷり三十秒ぐらい続いて……

 

 パンッッ!!

 もしくは、バンッッ!!

 

 これ以上表現しようのない、初めて聞いた音が轟いた。

 一番近い例は風船が割れた音だけど……ううん、違う。近い例なんてない。全く新しい音だ。

 大きさが。高さが。気味の悪さが。不快感が。響きの重さが。重なりの多さが。インパクトが。

 何もかもに、近い例が思いつけない。

 こんな音が存在するんだ。と、自分の常識を塗り替えられた気分だった。

 理解しようとしても理解できなくて、どうやったらこんな音が出るのか考えても考えても分からない。

 

「すごい…」

 

 感想はそうとしか言いようがなかった。

 全てすごいと思えて、すごくない部分が一つもない。

 これが本当の意味の衝撃を受ける。これが本当の意味の圧倒された。

 それだけは理解することができた。

 

「――最ッ高だよ! すっげーCOOLだったっ!! さすが神様だ、やることがちげぇ。オレにもっともっと見せてくれ! オレはあんたに何が何でも付いていく!」

「喜んでくれたみたいでよかったよ」

 

 余韻に浸かりすぎていて、会話が聴こえなくなっていた。

 お兄ちゃんの興奮の度が限界突破している。それだけお兄ちゃんも衝撃を受け、圧倒されたのだろう。

 わたしもニャルラトホテプに素直に思ったことを言った。

 

「すごいよ…本当の本当にすごい…! 一生忘れない、ありがとう!」

 

 ニャルラトホテプはわたしの頭を撫でながら、「どういたしまして」と返してくれた。そしてそのまま話を繋げて…

 

「とりあえずやることはやったし、ここを離れて拠点を作りに行こうか。聖杯戦争では真っ先にやることだしね」

「ならオレいい場所知ってるから案内するよ」

「それでは頼もうかな」

 

 ニャルラトホテプは手を頭の上からわたしの右手に移し、進もうとしたところでわたしはストップをかけた。

 

「あ、待ってニャルラトホテプ。杖を机の辺りに――」

「ニャルラトホテプ?」

 

 反復したのはお兄ちゃん。今のどこに反復する要素があったのだろうか。

 

「ひょっとしてナイアーラトテップのこと?」

「え……ニャルラトホテプって言ってたじゃん」

「そうかぁ? オレにはナイアーラトテップって聞こえたけどな」

 

 一文字似たのと間違えるならまだしも、三文字しか合ってないのはおかしい気がする…。

 どちらかが聞き違いをしたとは思いにくいし、お兄ちゃんが他人に冗談を言うなんてことしないはず…。

 本人に問おうと顔を上げると、何も言わずとも教えてくれた。

 

「言ってなかったけど、私達神の名前を発音、聞き取ることは不可能なんだ。どっちが正解とかはないよ。好きな方を決めてくれ。私も次からそう名乗るようにするから」

「じゃあニャルラトホテプで、オレおねーさんて呼ぶつもりだったし」

「お兄ちゃんがいいなら…」

 

 という具合で、この日この時、正式にニャルラトホテプというあだ名に決まった。

 


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