盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠みれい(元キルレイ)

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20話 アーチャー陣営は大変である

 一方その頃、遠坂時臣と言峰綺礼は意見を交わしていた。

 議題となるのは……今朝、キャスターのマスターと付けていたアサシンが攻撃を受けたことについて。

 またしてもサーヴァントを連れることなく路地を歩いていた少女が、何者かに銃撃されたのだ。確実に即死するよう頭を狙った、正確無比の射撃を二発――最初の一発はアサシンが盾となるも、どういう訳か手の甲を抉られて動揺したため絶え間なく飛んできた二発目に対応できず、キャスターのマスターに直撃。冷や冷やさせられたが、脳に損傷はないようだ。

 片方の鉛弾はたまたま通りかかった心という人物に拾われたが、アサシンに当たったものは無事に回収――だが、

 

「この程度の魔力量で、アサシンに傷をつけるとはな……」

 

 時臣が手元に置かれたその弾丸を一瞥して、言う。

 サーヴァントに現代兵器は効かないが、神秘を帯びたものなら効力を発揮する。だが……これはあまりに魔力が少ない。アサシンは他のサーヴァントに劣るとはいえ、これなら当たっても弾かれるはず……だというのに、貫通はせずとも抉るほどの威力があった。

 アサシンに辺り一帯を捜索させるも、犯人の目星がつくような手がかりは出ない。

 未だ姿を見せないバーサーカーか、まだ切り札を持ち合わせているサーヴァントの宝具……という線はないだろう。もしそうなら濃密な魔力が込められているはずだ。

 ならば人の身で扱える術式でこのような芸当が為せるか……一通り思考するも、時臣には見当がつかなかった。

 

「綺礼、この状況をどう見る?」

 

 そう通信機を通して語りかけると、淡々とした声音が返る。

 

『順当に鑑みるに、我々の知らない手段で参加者の誰かがマスターを始末。あるいは外なる神、ニャルラトホテプが現世に召喚したことを耳にした者がアクションを起こしたと考えるのが妥当です』

「……やはりその見解に至るか。己の欲望を満たすために聖杯を求める輩であれば、是が非でもキャスターを刈り取ろうとするだろう。第三者については、関与を試みようとマスターを突いた、といったところか……」

 

 動機としても納得できるものだが……不可解な点が残る。

 第三者が仮に来ていたとして、なぜ誰一人としてそれらしい人物をアサシンが見つけられていない? それを聞きつけた者が、まさか数人というわけではあるまい。あえて放置している……ということもないだろう。魔術協会としても聖堂教会としても、事の重大さは理解するはず。

 ……いや、むしろ大勢が冬木に押し寄せてくる方が自然だ。なのに少数どころかいない……?

 そういえば、緊急事態のため璃正神父が教会へ報告したところ、何らかの妨害を受けて失敗したらしい……自身でも協会へ報告を試してみたが、向こうの装置が故障してしまったのか脈絡もなく途絶した。

 まるで、伝達ルートをある一定の範囲で遮断されているようだ――不気味で、再試行する気にもなれない。

 一体誰が、何のために――依然として謎のままである。

 

「……何にせよ、しばらくは様子見だ」

 

 何も悪いことばかりではない。生半可なことではキャスターのマスターに致命傷は与えられないという安心材料を得られた。

 

『……』

 

 その決定に何の異存もなかったため、綺礼は口を挟まなかった――というより、彼の思考を阻む存在が一昨日からちらついていて、そちらのことを考えてしまう。

 教義に反する、神を名乗るニャルラトホテプ。

 所詮は空想上のモノであることは重々承知である。だが、臓物のような宝具があまりに生々しく、ただ一言を耳障りなほど囁きかけてきたのだ――我は本物である、と。

 あの奇妙な現象がどうも記憶に残り――まとわりつく。

 ……もしも、もしも実在するものだとしたら、あれは排除すべき極め付きの異端である。あんなものが神であると認めるわけにはいかない。

 そして、ニャルラトホテプの夢を見るであろうあのマスター――この世のすべてを知りうる神秘についても、視野に入れておかなければならないだろう。

 聖堂教会の監視の下、『管理』するため――

 

「ところで……」

 

 綺礼が考えにふけていると、時臣が思い出したように呟いた。

 

「昨晩、セイバーとランサーが同盟を結んだそうだな」

『……はい。ランサーが槍を折ったことにより、セイバーの親指は完治。アーチャーが現れないことに焦燥した様子でした』

 

 ――突然襲い来る重圧に、綺礼は言葉を切らざる負えなかった。その圧は、通信機越しから伝わってくる。

 ガラッと――ゾワッと。時臣の質素な部屋が、華やかでおぞましい空気に切り替わったのだ。

 恐る恐る、それでいて迅速に時臣は『彼』の方へ振り返る。

 かくしてそこに佇んでいたのは、一日ぶりの黄金の甲冑を身に付けたサーヴァント、ギルガメッシュであった。

 紅く見据えた瞳はひと一人を殺しそうで、醸し出される威圧感だけで握り潰されそうだ。詮索を赦さない不機嫌な表情に、沈んだ素振りはなかった。どうやらとても元気そうである。

 あまりの恐ろしさに時臣は深々と頭を垂れた。眼を合わせたくない。

 ――予期していたことではあった。

 ニャルラトホテプからの屈辱に耐えきずに苛立つか――格上であると認めてもてなすか。そのどちらかだろうと。

 人の頂点に立つが故に、ギルガメッシュは人の領域を弁えているだろう。

 神に挑戦する行為は人の領域を超えていて――限界を越せばあとは破滅のみである。冷静であれば、そんな無謀なことをするはずがない。

 破滅の道を辿るのは愚かしい道化のすることであり、王のすることではないのだ。

 更にギルガメッシュは、身分を重んじる傾向にある。彼女を賓客として遇する可能性は十二分にあった――。

 しかし、直視できない眼光で、開口一番にアーチャーは宣言する。

 

「キャスターは我が手ずから下す」

 

 そのために、まずはキャスターの動向について諸々報告しろとの命令だ。

 その声から、苛立ちを抑えていることはありありと伺えた。

 ここまでやる気になっているとは……予想以上に良い風が流れている。沈んだまま、音沙汰がない状態が続くのは好ましくなかった。

 キャスターのマスターが夢を見るまで、とにかくキャスターの望みをできる限り聞き入れ、居座ってもらう。参加しているのは恐らく暇潰しの類いで、飽きたら帰ってしまうだろう。

 もっとも強いサーヴァントであるギルガメッシュが腰を上げたので、彼女は期待してここに留まるはずだ――今夜、早速ロード・エルメロイとアインツベルンからの共闘の申し出を受けに行く。

 今、この場においてアーチャーの殺意がもう少し鎮んでいたら、時臣に不満は一つもなかった。

 たとえギルガメッシュであろうとも、彼女を殺すことは叶わなぬ望みだろうが、そのことを表に出したその時、磨かれた矛で容赦なく首を落とされるかもしれない。二画しかない令呪は消耗したくない。言葉を選び間違えることなく相手にしなくては……。

 

「……」

 

 純粋な殺意が煮詰まる空間。それを生み出すギルガメッシュ。

 拷問とも呼ぶべき長い時間が、時臣に訪れるのであった。


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