盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠みれい(元キルレイ)

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22話 盲目少女は脳収集家に迫られる

 夢月の神話生物への認識を改めて明確にする。少女にとって神話生物というのは……ふむ何だろうよくわからない。

 明らかに人じゃない見た目をしていて、どろッとした度キツイ雰囲気があったらざっくりテキトーに神話生物なのだろうと認識している程度だ。

 まぁそもそも、神話生物という単語自体、ついさっき心から初めて聞いた。何とかという小説を元にした架空神話に登場する化け物のことらしい。ミ=ゴの所までショゴスに案内してもらっている最中、ぷにぷにとした感触を手のひらで味わいながら――何かを引きずるようなショゴスの足音を聴きながら――夢月は思う。

 ――不思議だ。こんなにも"重い"のに、実際には紙切れでしかないのか。現実に実在するモノとしないモノ、区別がまるでつかない。気にならないほどに違いがない。

 そういえば、ニャルラトホテプはどうなのだろう。

 クトゥルフ神話は神様も描かれてるらしい。心が知らないだけで、ニャルラトホテプも創作物なのだろうか。それとも……本の登場人物なんかではなく、正真正銘の実在する神様なのだろうか。

 ……いや、そうだ、ニャルラトホテプを召喚できたのは――触媒にしたのは、ニャルラトホテプ自身が作成した書物。だから実在する本物だ。空想上のクトゥルフ神話とは別物ということか――でも、それにしては異形の時のニャルラトホテプとショゴスたちの溢れ出る異質さは似通っていた。まぁ、だから心から話を聞くまでは両方を同じ種類のものと括っていたのだが……詳しくは誰かに訊けばいいか――

 

『何の用ですか?』

 

 突如、音が響いた。耳ではなく脳に、感情が読み取れない声。

 どうやらもう着いたらしい。独特な存在感を肌で感じて理解する。ミ=ゴがそこに居る。

 がしかし――ただの気のせいだろうか? 何だか昨日より独特さが薄くなっているような……今日は調子が悪いのだろうか。体調次第で変わるものかもしれない。

 とにもかくにも、ショゴスと夢月を追い出さずに用件を尋ねたということは、それが可能であれば了承してくれるということだ。

 それならと、夢月は閉じた目を輝かせてお願いした。

 

「ミゴさんの体を触らせてください!」

『お断りします』

 

 秒で断られた。

 

「な、何でですか!? ちょっとだけ!  少しでいいんです! その皮膚が硬いのか柔らかいのか、ミゴさん特有の冒涜を知りたいんですっ!」

『触られるのが嫌だからです』

「くっ……」

 

 嫌悪感がさほど感じられないミ=ゴの声音。しかしそう言ってるからには本当に嫌いなのだろう。用件そのものを嫌がってるとなると改善のしようがないじゃないか……シンプルな問題を叩きつけられてプランが総崩れした夢月は険しい表情をする。

 けれど思いも寄らないことに、いや、この人らしいのかもしれないが、『ですが……』とミ=ゴからある案を提示された。

 

『私にあなたの脳を提供してもらえるなら、その要求を呑んでも構いませんよ』

「……ふーむ」

 

 そういえば昨日もせがまれた。何でも自分の脳みそは珍しいとか……とても価値なんてあるとは思えないが。一応兄は殺人鬼で眼は視えなくて神サーヴァントのマスターで、平凡とは無縁の他の人とは違う人生を送っているけれど……でもそれくらいだ。それともミ=ゴ特有の観点でもあるのだろうか。

 

「……って、いやちょっと、ミゴさん人間がどういう構造なのか知らないんですか? 脳がなくなったら人って死ぬんですよ。触れないです」

『人体については人間以上には詳しいですよ――あなたには、触ってから脳を摘出されるという発想はないのですか?』

「……こ、子供に難解な会話をふっかけないでください」

 

 無機質な音からほんのり呆れを感じ取った気がする。なぜだミゴさん。あなたには感情がないんじゃなかったのか――やや顔を逸らして、精一杯言い訳する夢月。そして素早く仕切り直した。

 

「と、とにかく、わたしの脳をあげたら触らせてくれるんですよね。死ぬ前に」

『はい』

 

 ミ=ゴの言葉を聞いて、一も二もなく「乗ったぁー!」と快諾しかけたが、こちらを向くとある視線に制された。夢月のすぐ傍――それも手元からの、いっそ向けられたら清々しいほど純粋な殺意が込められた視線に。

 

「ん、このただならぬ殺気ってショゴス? 今の会話にわたしを殺す要素あった?」

「テケリ・リ!」

「そ、そうなんだ……早速だね」

 

 夢月はニャルラトホテプからの注意事項を思い出す。彼女は言っていた。夢月が死よりも恐ろしい目に遭うとショゴスが独自判断した場合、首を刎ねることがあると。そんな危険なことはそうそう起こらないと油断していたが、まさか二日目でチェックが入るとは……

 タイミングとしては、ミ=ゴからの取引を聞き入れようとしてショゴスが殺気を高めたのだから、ということは……

 

「ミゴさん、わたしの脳を回収したあと、わたしはどんな苦痛を受けるんですか? ……死ねない――死なせてくれないんですか?」

『黙秘します』

「ねぇショゴス、どうなるの?」

 

 すると、シンプルに「ひどい」の三文字――兄の拷問より酷いのだろうか。それは受けたくないものだ。

 と、そこで、不意につい一時間前の記憶が蘇る。

 

『夢月ちゃん、私が見たTRPGではね、ミ=ゴは脳を抜き取った人間を生きたまま惨く悲惨な実験に使ってたんだ。だから、絶対、ぜーったいに、脳を取られないようにしてね。好物で誘われても断るんだよ』

 

 好物に誘われるがまま成立しかけていた交渉に横槍が入るまですっかり頭から抜けていたが、そういえば心からやけに念押しされていた。

 危なっ……あと少しですっぽかすところだった。ショゴスに助けられたな……。

 それにしても、二人をここまで唸らせるほどの拷問やら実験とやらは、一体どんな恐ろしいものなのだろう……本当にどれだけ恐ろしいのだろう。少し知りたい気もするけど、怖い。

 ……しかし、

 

「ミゴさん、どうしてわたしに許可を求めるなんて面倒なことをしたんですか? 闇討ち……いや、そんなことをしなくても、わたしがミゴさんに敵う道理がありません」

 

 人を傷つけるのに抵抗がない割に、こうも真っ直ぐ要求するなんて良心的だ。兄ならこんなことはしない。獲物を助けが呼べない場所に誘い出すために口先で騙す。

 ミ=ゴは悪い人ではない、とは思っていたが……もしかして、良い人だったりするのだろうか――なんて淡い予想を立て始めるが、さして私情が関与しない回答が返ってきた。

 

『人間の脳を摘出する際には、相手の同意を得てからという決まりがありまして』

「おぉ、人間に優しい法律ですね。その決まりを作った人には感謝したい」

 

 何気なくこぼした言葉に、ミ=ゴは無機質な音で返す。

 

『規定したのはニャルラトホテプ殿ですよ』

「…………………………え? 今なんて?」

『同意を得るよう規定したのは、ニャルラトホテプ殿です』

「…………いや有り得ないって」

 

 冗談に疎そうなミ=ゴの発言を、しかし到底信じることができず夢月は冷静に反論する。

 

「あの思いやりから限りなく遠い悪質ニャルラトホテプが、人間に優しい法律をわざわざ作るわけないですよ」

 

 騙される時は何も気付かないのに第三者目線になると思考が働くのか、とショゴスは夢月の生態について新たな情報をインプットする。

 

『疑い深いのは結構ですが、こう考えてはどうですか? ――こうして我々の行動に制限をかけていなければ、人類はとっくに滅んでいると』

「あ……それもそっか」

 

 その通りだ。夢月はすんなり納得した。

 彼ら神話生物に会った時点で、殺意が向けられてる時点で気付くべきだったのだ。なぜ人間は今日まで生き残っているのかを。

 ムーンビーストは問答無用で人を殺してる口振りからして特に制限されてないようだが、ミ=ゴ以外の神話生物にも人類を攻撃できない原因があるのだろうか――そういうルールを、ニャルラトホテプが定めているのだろうか。

 そういえば先日、龍之介とも似たような話をした。あの時はニャルラトホテプが殺人を楽しんでいなくて、そのおかげで人類は滅ばず、支配されずに済んだ……と。

 

「つまりニャルラトホテプはわたしたちを何かに利用したくて、あれこれ手を回して生かしてると……駒になるか囮にされるか、とうとう人類にも終焉を迎えるときがきたか」

 

 さらりと言った。さらりとしている。

 

「でも動機はどうあれ、ニャルラトホテプが人間を守ってたなんてな……意外すぎる」

 

 普段は意識しないが、ニャルラトホテプは神である。神が人間に関心を抱いてること自体、夢月にはとても奇妙なことであった。あまりに奇妙だからこそ、ニャルラトホテプが神らしくないと思うのかもしれない。

 意外といえば、ミ=ゴについてもだ。己のために法を破るマッドサイエンティスト的なものかと思いきや、ムーンビースト殺傷の件といい、ニャルラトホテプからの命を律儀に守る。上下関係だか信頼関係だか知らないが、とにかく二人の関係は固そうだ。

 ……いや、相互的というより、一方的なものかもしれない。ニャルラトホテプの二人称はいつも「君」なのに、ミ=ゴのことを「あいつ」呼ばわりしていたり、どこか邪険にしてたような……けど、ミ=ゴの一方的な忠誠心ならまだしも、もしも信頼を寄せているのであれば――マッドサイエンティストと思い込んでいた夢月には、それもまた、とても意外な一面であった。

 

『そんなに意外なことですか? ――ニャルラトホテプ殿のやることですよ?』

「え!? あ、ああ……そりゃまぁ……」

 

 微かに驚きの色を示すミ=ゴに、一瞬内心を読み取られたのかと夢月は誤解したが、後半の発言ですぐに解かれる。……反応してないだけで、もしかしたら読み取られているのかもしれないが。そういう能力も持ってるかもしれない。

 

「利用といったって、人間にできることなんてそんなにないですよ。神から見れば、生かす理由も、死なす理由もないほどに。……でも言われてみれば確かに、他人にちょっかい出して面白がってるんだから、玩具がなくなるのが困るから、とかならあり得る話ですね――それか、ニャルラトホテプなりの好意とか? ミゴさんから見たらどんな感じですか?」

『……ニャルラトホテプ殿について語れとは、なんて無茶なことを仰る』

 

 また、呆れられたような気がした――さっきよりも、一段と。

 

『語れることは何一つありませんよ。一見本当のように見えて、すべて嘘の可能性があるのですから。そしてまた、一見嘘のように見えて、すべて本当の可能性がある』

「ミゴさん難しいこと言わないでよ。どゆこと?」

 

 ミ=ゴとしても、夢月としても、率直な意見であった。

 ここまで伝えて勘付くことがないのであれば、ニャルラトホテプの……名前さえ持たないあれについて説明したところで、この子供は理解しないか……と、ミ=ゴは話を切り上げる。

 

『何でもありません。私はニャルラトホテプ殿が何を考えているか知りませんし、考えそうなことは見当もつきませんよ。なんにせよ、交渉は決裂ということですね。要件はそれだけですか?』

「い、いえ、それだけじゃなくて……実を言うとミゴさんに訊きたいことがあるんですけど……」

『脳を提供してもらえるなら受け付けますよ』

「げっ、そう来るか」

 

 諦め悪いな……まぁわたしも人のこと言えないが――夢月はミ=ゴを触ることをまだ諦めていない。この世ならざるミ=ゴの異形に触れられる機会なんてこの先一生ないと断言していいほどにないだろう。棒に振るわけにはいかない。

 がしかし、これ以上誠意をもって頼み込んだところで、代わりに脳を提供しろと言い張られるだけだろう。承諾したら友達との約束を破ることになる――というか触る前に首がどっか飛ぶ。力づくで行っても確実に敗北だろう。

 こうなったら――

 

「いけ! ショゴス!」

 

 夢月はミ=ゴがいるであろう方向にショゴスを投げつけた!

 こうなったら、優秀で有能な彼に何とかしてもらう――!

 






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