盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです 作:零眠れい(元キルレイ)
「というわけでニャルラトホテプ、他のサーヴァントの真名を教えて」
「どういう訳だよ。ちゃんと一から説明してくれ。私は何でも知ってるおねえさんではないのだから」
食事を終えて開口一番にそう発する夢月に、ニャルラトホテプはメリハリのない声で応じた。
「まぁ、そうだよね。何となく言ってみただけ。実は――」
「へぇー、学校で歴史好きの友達に出会った偉人について語ってほしくて、しかし名前を憶えていたのはイスカンダルだけだった、か……」
「なんで知ってるの!? あれ冗談のつもりで言ったんだけど! 何でもは知らないおねえさんじゃなかったの!?」
「ふっふっふ。私がその気になればゼロを聞いて百は知れるよ」
「そんな自慢げにされても怖くて称賛することができない……」
わざとらしく胸を張るニャルラトホテプに、苦々しい顔で肩を落とす夢月。
既にご飯を平らげ、レシピを伝授してもらった龍之介は上機嫌で創作活動に戻っている。余談だが、その際に夢月は料理に見向きもしないほど熱中してほしいという思いを込めて「頑張ってね」と伝えた。
この場に残ったのは少女と美少女と異形の三つ。取り急ぎ食器を端に退けて、ジュースと珈琲が用意されている。
「それで……サーヴァントの真名か」
「うん。会ったのはセイバーさん、アーチャーさん、ランサーさん、ライダーさんで、バーサーカーさんは現れなかったんだよね。アサシンさんは……やられてるところをニャルラトホテプが見た」
よし、しっかり頭に入ってる……そう心の中で小さく拳を握る夢月。
だがニャルラトホテプは、意外そうに訂正した。
「あれ、言ってなかったっけ。アサシンは生きてるよ。あの四人と言葉を交わらせる前、鉄骨の上でカメラで周囲を見回してたら見つけた」
「あ、そうだったんだ」
何も聞かされてない……聞かされたところで驚くくらいの感想しかないが。
「バーサーカーは私も目撃してないけど、真名はわかろうとすればわかるよ。全員分。ゼロを聞いたら百は知れるから」
その返答に、夢月の口から歓喜が漏れそうになるが、「でもねぇ……」と気の進まなそうなニャルラトホテプの態度が気掛かりで肺まで逆流させた。
「情報ってあるかないかで難易度が変わるんだよね。想定しておけば罠にかかりにくいし不意打ちにも対応できる。それは良いことだ。勝つのが目的なら」
「――そうか、ニャルラトホテプの目的は負けること。情報はむしろ欲しくない」
「そういうこと」
気付いたように夢月がそう言うと、ニャルラトホテプは満足げに頷いた。
夢月の巻き込まれる罠や奇襲の量も増えるということなのだが、そこまで気付いたところで「えぇ……」とコメントするだけだろう。
「ま、そんなわけでこっちからはあまり詮索したくないんだ。動きがあるかくらいは気になるから一日に何度か使い魔で確認してるけど……とりあえずこの二日で思ったことは、アーチャーを追い詰めすぎたことを少し反省してる」
「本当に反省しよう。誠心誠意」
「うん……でもたぶんまた似たような過ちを犯すだろうから今度先に謝るつもり」
「あの……反省……」
途方に暮れる夢月を無視して、ニャルラトホテプはあっさりと話を戻す。
「ああ、でもイスカンダル以外に真名をばらしたのが二人いるよ。ディルムッドとアーサー」
「アーサー? なんか聞いたことあるような……」
「お、夢月にまで名を轟かせるか。さすが有名人」
うろ覚えだが、確かアーサーは男の人だ。セイバーが女の人だったはずで、ライダーはイスカンダルだから……アーチャーかランサーかアサシンのどれかということか?
そんな予想を立てていると、ニャルラトホテプが心から楽しそうにぼやく。
「どんな宝具か楽しみだなぁ……昨日も言ったけど、サーヴァントでもマスターでも、誰かに攻撃されたらすぐに私を呼んでね」
「あ……実は今朝、銃で撃たれたんだけど、近くに人影がなかったから呼ばなかった」
「遠くから撃って逃亡か。あんまりマスターを仕留めることに希望を持たないでほしいんだけど……」
夢月からの報告を口元に指を当てて受け取るニャルラトホテプ。注意がないことから、自分の判断が正しかったことに少女はほっとする。
……と、そういえばもう一つ。
「今日、学校終わってから午後はずっと拠点を出なかったんだけど……まずかったかな?」
「いいよ、みんな私より確実にやれるマスターを狙うだろうから、その対面できるチャンスを逃したくないってだけだから。ああただ、もしかしたら明日か明後日に外に出るよう頼むかも。順当にいけばそろそろ誰かが仕掛ける」
「わかった。……あのさ、ニャルラトホテプ」
了承して、マイペースな幼い顔つきを少し引き締めて話を切り出す夢月。
「戦争っていうからには、思惑のもと色んな作戦を展開するんだよね。小難しいのは苦手だけど、意図とかわかっておいた方が手伝いやすくなるだろうし……次はこうするつもりとか他に作戦があるなら教えてほしい」
以前までは肩身が狭くて役割を欲していただけだったけれど、今は助けになりたいという気持ちが芽生えつつあった。
自分に手伝えることが微々たる程度なのは自覚している。それでもより意図を汲み取り出来ることがあるならやるに越したことはないだろう。別れを早めることになろうとも、それがニャルラトホテプのやりたいことなら仕方のないことだ。
いつにもまして真剣、である。
「作戦? 別に、なんも考えてないよ」
……が、ニャルラトホテプは真剣でもないらしい。
「そ、そうなの?」
予想外の回答につい訊き返してしまった。てっきり自分には到底理解できないような恐ろしく計算高い考えがあるかとばかり……
……いや、裏を返すんだ。
……つまり、それって。
いつもわたしをアホだアホだと言ってくるが、ニャルラトホテプも相当なあ――
「なんだか不名誉な誤解をされてるような気がするから解説するね」
「あ、はい」
夢月の気早な結論を阻んで、ティーカップに注がれた珈琲を口に含み。
「目的が敗北である以上、私にできることがないんだよ」
簡潔に、ニャルラトホテプは述べた。
「欲してるのは結果じゃない、倒された過程だ。どんなに無様なやられ方をしたって構わない。人自身が知恵を絞って私の首を討ってほしい。できるのはせいぜい敵を焚きつけるくらいだが、やりすぎたら逆効果になりかねないしね。拠り所である彼らを待つしかないんだよ」
「……」
絶対的強者であろう神の言葉に、これまで薄々疑問に思っていたことを口にする夢月。
「ちゃんとは確認してなかったけどさ、勝算の逆だから……敗算? はあるの? つまり負けれそう? ただの人間に」
「負けるさ。私がそう願ったのだから」
ニャルラトホテプのあまりに早い即答に、一瞬思考が追い付かず。夢月は少しの間を置いて笑った。
「……へへっ……そっか、そうだね」
普段は人間らしい彼女の神らしく高慢な物言いに。
けれど、神らしからぬ人類を仰望する目的に――つい。
変なのに、嬉しい……。
「でもなんで人間にこだわるの? 聞けば人間への殺傷を止めてるみたいだし」
てっきり何かの悪だくみに必要だから地球を守っているのかと思っていたが、この様子だとただの好意か?
「……あいつ話したんだ。理由はそのままだよ。私を倒してくれって頼みは愚かな下等生物である人間にしかできないから」
「んん? ニャルラトホテプ? 今の発言で全人類を敵に回したよ?」
「ほほう……それは好都合。総戦力でも弱体化してない私に引き分けすらできないだろうけど、足元くらいには及ぶかな?」
見下してるのか見上げてるのか判断がつかず困惑する夢月に、ニャルラトホテプはニヤリと不敵に笑って――腰を上げた。
「それじゃ、そろそろ私はパソコンで別の相手をしないとだから」
「パソコン……ああ、ニャルラトホテプも懲りないね。心ちゃんから聞いたよ。セイバーさんたちの映像が流されては消されてのいたちごっこになってるらしいね。素直にその悪魔的な悪行やめたら?」
「いや、それは正直もうどうでもいいんだ。ただ、相手方がやっと本気を出してくれて気付いたんだけど、どうやら私を妨害していたのはいつもは傍観に徹しうんともすんとも言わないあいつらだったみたいでね。これを見逃す手はないって」
どうでもいいと往生際良くやめる辺り本当に悪戯感覚なんだなぁ……と夢月は頬を引き攣らせるが、彼女がわくわくするほどの、それも見知ったようなその相手に首を傾げる。
「……知り合いなの?」
「全然知らないけど、この技術力はあいつらだよ」
「はぁ……」
あいつらって? と訊こうとするが、突然ショゴスに突かれたことにより遮られた。
「どうしたの? ……歌、夢月と、聴く……オーケー行こうか。そんなわけでニャルラトホテプ、パソコンはほどほどに――」
「活発にするよ。じゃあね」
「……う、うん、またね」
言って、初日にニャルラトホテプがセッティングしたもう一台のパソコンのもとへと向かう夢月とショゴス。
残されたニャルラトホテプは独り、少し、疲れたように……素っ気なくため息をついた。
「……そんなに疑わなくても言わないのに」
アニソンやゲームの曲を聴くのは、少し興味が沸いた程度だったらしく数十分だけであった。それからは布団一つしかない自室でショゴスから面白いエピソードを聞いたり、物を消化させるところを観察させてもらって――午後十時。
これといって何事もなく、無事に眠りについた――
――現実から乖離されていく。深く深く……底のない深海を沈んでいく。
いや、乖離という表現はおかしい。だって離れているんじゃなくて、近づいているのだから。
密着して――融着して――同化している。
一面に広がる紺碧。落ちるわたし。身をよじれず、泡が吹けない。ここは海の……夢の、中。
理解できないモノの、決して暴けないモノの、絶対に知れないモノの記憶を、一部だけでも知ろうとして……誰かの――名前があるものすべての夢。
異名は這い寄る混沌で――ならば堕ちるに堕ちようとも。
貌を持たない故に千の貌を持つ――ならば貌を忘れるほどにそれと成ろう。
無限の人格を秘めているのであれば――生物や無機物の、過去と未来、真実も虚構さえも、何もかもの人格を知り尽くそう。
そうすれば、■■■■■■■■の過去を見たといえよう?
……人である少女は、そんな愚かな勘違いをして夢を見始めた。
あるいは、見させられたのかもしれない。
『少女』はわたしのことを指している? 『わたし』はだれを指している?
わたしにはもう、なにもわからない……そう、わからなくていいのだ。
ただ夢が見れるなら……見ていればそれでいい――
「さぁ目を閉じて、再び誰かの夢を見よう――すべてを為して、すべてを知ろう」
赤や青のインクが垂れる仄暗い水中で、自らの手のひらを彼女の目元に覆わせた。
わたしと瓜二つの外見をする――悪夢に苛まれる少女、雨生夢月。畏怖するように己の両腕を抱きしめて丸く強張っている。
そう、それでいい……極めて正常な反応だ。あなたは人間なのだから。
夢月の形をなすわたしは、閉じていた振り子が揺れる瞳を薄っすらと覗かせて、甘美な夢を味わうように笑いながら囁いた。
「わたしは夢が、大好きなんだ」
――警告する。理解するな。
――反発する。言うのが遅い。
――後悔する。知りたくなかった。
――喜怒哀楽。もう知りたくない。
――結論を告げる……諦めろ。