盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠れい(元キルレイ)

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35話 盲目少女はいちごミルクを飲む

 カーテンのような紺色の空を照らすのは大きい月と、細かい星々と――そして高貴な城であった。

 そう、ウェイバー・ベルベットは城の中庭にいた。それも観光用の城ではない――セイバー陣営の拠点である。

 なぜそんな所にいるのか? むしろ教えてほしい。なぜ自分はこんな所にいるのだ。

 あのサーヴァントときたら、ゲームの対戦相手や煎餅を要求するに飽き足らず暴力的にマスターを振り回し――あろうことか首根っこ掴んで敵陣地に連れてきて。

 さっきからセイバーのマスターらしき女性からの視線が痛かった。文句ならセイバーと向かい合って座るあの馬鹿に言ってほしい。自分だって早く帰りたい。

 

「――それで、まずは私と格を競おうというわけか? ライダー」

「その通り。お互いに王を名乗って譲らぬとあっては捨て置けまい。いわばこれは聖杯戦争ならぬ聖杯問答……はたして騎士王と征服王、どちらがより聖杯の王に相応しき器か? 酒杯に問えばつまびらかになるというものよ」

 

 ああ、そういえば、そんな話を振られたんだった。今日も例外なく土足で家を跨ったキャスターから。

 というか、よく考えてどうして自分は毎日敵であるキャスターを家に招いてしまっているのだろう。キャスターの案に乗ったことといい、ライダーの行動には唖然とするしかない。

 ……そう、次の展開を知るウェイバーは、気が重くなる思いと共にもう唖然とするしかなかった。

 そんな彼の気持ちを他所に、新たな悩みの原因である人物が登場する。

 

「――戯れはそこまでにしておけ、雑種」

 

 黄金色を纏い輝きに満ちたサーヴァント――アーチャーだった。ライダーから渡された酒を飲み干し、不満を垂れた後に虚空から波紋を出現させ、そこから磨かれきった酒器が現れる。

 困惑ばかりしていたアイリだったが、昨夜とは一転してあくまでも堂々と居座るアーチャーの姿に彼らの本気を思い知っていた。

 ……だが、精一杯張っていたアーチャーの虚勢も、すぐにひびが入ることになる。

 

「酒も剣も、我が宝物庫には至高の財しか有り得ない――」

 

 言いさして、言葉を切るアーチャー。セイバーたちは疑問に思うばかりか、各々が異なる性質の感情を携えて表情を引き締めた。

 サーヴァントは膨大な魔力を辿り、アイリは森に張り巡らした結界によってその存在を感知する。

 最後に集まった招かれし客人は、番狂わせのサーヴァント。

 セイバーとライダーがほぼ同時に、城の先端へと視線を移動させた。続けてアイリとウェイバーも固唾を呑んでそれを捉える。

 そこで夜風に長い髪をたなびかせていたのは――

 

「おー、こんなところにいたか。どうやら始まったばかりのようだね」

「お、お邪魔します……」

 

 あらゆる事柄において元凶というワードがお似合いのニャルラトホテプ(とそのマスター)であった。

 二人は難なく中庭に落下、着地して、中央へニャルラトホテプは平然と、その後ろを夢月が悄然と付いて行く。

 アーチャーはもはや言葉を交わらせるまでもなく滝のように武具を叩きつけたい衝動に駆られるが、彼女の発言によってはできないために何とか食い止める。

 口火を切るのは、子供の前ということもあって語勢を抑えたセイバー。

 

「……何の用だ、キャスター」

「だから文字通り『邪魔しにきた』んだよ」

「うえ!? ち、違いますよ! わたしはそういう意味で言ったんじゃないですよ!!」

 

 大慌てで訂正する夢月に、セイバーは些か口元を和らげる。

 

「心配せずとも、あなたが粗相のないよう努めていることはわかっています。ですが――キャスター、今宵の宴は王としての威信を競い合う高潔なる宴。揶揄いに来たのであれば退出してもらう」

 

 ですよねー固い雰囲気の場に普通こんな奴誘いませんよねーと夢月は内心セイバーに同調する。

 そこで泰然と制したのはキャスターではなく、ライダーだった。

 

「まぁ待て騎士王、この問答の発案者はキャスターだ。此奴とて覇道の何たるかを理解していないわけではない。聞けば一時王座に着いていたらしいしな」

「その話を信じられるとでも?」

「私とライダーは毎日ゲームする仲だよ。少しは彼の見る目を信頼してほしいな」

「……は? ゲーム……」

 

 突拍子もない単語に対応しきれず、ただ繰り返し呟くことしかできないセイバー。

 そんな彼女を置いといて、ニャルラトホテプは「それに……」と、未だ口を開かない黄金のサーヴァントへと視線を移した。

 

「客人への寛容さも王の器量の内なんだ。というわけでいいよね、アーチャー?」

「……」

 

 ――そう、客人への寛容さも王の器量の内と神に言われたからには、ただ感情任せにキャスターを追い払えなくなったアーチャー。無言を貫く。

 それを肯定と受け取ったのか、薄く笑ってニャルラトホテプはウェイバーたちがいる下手へと踵を返そうとする。

 

「私はこの子の近くにいてやんないとだし、王っていっても一時期人間視点で上から民を見下ろす感覚を楽しんでただけだから後ろから適当に野次飛ばすよ。聖杯も狙ってないしねー」

「うむ、よかろう」

 

 いや、ダメだろ。

 あっさりと受け入れるライダーだが、ウェイバーと夢月が同時に心の中で突っ込む。口にはせずとも、夢月はジト目な眼差しをニャルラトホテプに送った。

 そうして後ろへと下がる……かと思いきや、ニャルラトホテプが思い出したように無邪気な表情で声をかけた。

 

「あ、そーだライダー、私にもアーチャーの酒くれよー。そのために来たようなもんだし」

「……なに?」

(すみません……! すみません……!)

 

 殺意を添えてニャルラトホテプを睨みつけるアーチャー。ぶっ殺したいという意思がドストライクに夢月にも伝わる。

 がしかし、夢月はニャルラトホテプを止めなかった。そこまでして欲しているアーチャーの酒を飲ませれば少しは元気になるかもしれないと考えたからだ。

 アーチャーがキャスターのマスターに手を出さないかとアイリとセイバーの心中は穏やかではなかったが、アーチャーは思いの外冷静に口舌で応じた。

 

「貴様は王から降りた身だ。道化師に我の財を与える理由がないな」

「客人におもてなしの一つもできないのかい? そんなにあるんだから一杯分くらい注いでくれたっていいだろう。というか貰えなかったらこの宴を催すよう発案した意味が八割方失われてしまうのだよ――四の五の言わずにくれ」

 

 しかしいつにも増して真摯な眼に、なおのことアーチャーは怒りを募らせる。神であろうとここの支配者は自分だ。これまでの行いは目をつむってきたが、いい加減に制裁を加える必要がある……宝具を展開するために、魔力を放流させようとするアーチャー。

 ……と、そこで口を挟んできたのは――この中で最も背丈の低い少女だった。

 

「に、ニャルラトホテプ! お願いする立場なんだからもっと柔らかい言い方を……! そ、その、アーチャーさん、別にニャルラトホテプも悪気があるわけじゃなくって……ただお酒が飲みたくても普通のじゃ満足できないみたいで、アーチャーさんの美味しいお酒じゃないとダメらしいんです。……少しだけ貰えませんか?」

「……」

 

 足元で手を合わせる夢月を一瞥して、ポリポリと頬をかくニャルラトホテプ。

 八歳ほどの子供に配慮される大人というその図に――アイリは何ともいえない憐憫に包まれた。

 事情を聞いたらしいアーチャーが、再び虚空を歪ませ波紋を呼び出し、緩慢に口を開く。

 

「……一盞のみ、許す」

「ありがとうございます!」

 

 頭を下げる夢月の横で、簡単なやり取りをしながらライダーが新たに現れた杯に酒を注ぎ、ニャルラトホテプに渡した。

 大きいサーヴァントは嬉々として杯を揺らしながら、小さいマスターは安堵するように肩を下ろしながら、ウェイバーとアイリのいる下手へと移動する。ニャルラトホテプの黒服をつまみ、夢月は脇に座り込んだ。

 毎日家に転がり込むライダーのライバルに、ウェイバーはもはや呆れて。

 神は神でも災厄を齎す最悪な邪なる者に、アイリは緊張感を高めた。

 三者三様の王たちは、それぞれの生き様を語り合う宴会を再開。

 自らが絶対であるというアーチャーを認めるライダー。彼らが何を言ってるのか、そもそも何を議題としてるのかさっぱりわからない夢月。

 暇すぎて液体を喉に流し込む音が耳に入ってきて、ようやくそこで自らの身体が水分を異様に欲していることに気付く。

 ……ちょっとでいいから、欲しいなーと、ニャルラトホテプの方へと顔を見上げた。

 

「はぁーしっかしあいつらほんとつまんないよねー」

 

 なんか愚痴りだした。

 

「なんであんなに力持っときながら従順なんだよ。神の方が偉いからって尊厳も誇りも己の権利ぜーんぶ捨てちゃってさ。もっと柔軟に楽観的に考えて反発とかしようよ神の座狙いに行こうよ、なんで頭の回転をそっちの方に生かそうとしないのかねぇ全く……何でもかんでも従うくせしてその命令だけは聞かないんだよね、あなたは神様だからとかぬかしてさ。ちょっとは成長しろっての! ほんとつくづくつまんないなぁあいつら……アーチャー! おかわり!」

「ニャルラトホテプ、わかった、わかったから。その愚痴わたしが聞くから。とっとと酔っぱらってる演技を捨てて声抑えて」

「ありゃ、バレてたか」

「バレバレだよ」

 

 夢月が止めに入ると、帯びていた赤い顔色が元の透き通った色に戻るニャルラトホテプ。「い、いいのか? 早速わけのわからないことを言っているが……」「放っておけ。酔客の戯言だ」――会話の内容に耳を澄ませるが、宴会を中断させるまでには至らなかったようだ。

 それにしても、ニャルラトホテプがここまで不平不満を零すとは……どうやら相当溜まっていたらしい。こういう機嫌の波があるところも相変わらず人間味溢れている。これで元気になってくれるといいのだ……いや待て、今元気になると宴会を壊しにいくんじゃ……。

 

「――それでどうしたの? こっち見てたみたいだけど」

「え……いや、なんでかすごく喉乾いちゃってて……」

「……ああ」

 

 なぜかとても納得気味に、ニャルラトホテプは相槌を打つが、

 

「え、なに、もしかしてこれ欲しいの?」

 

 杯を指して、驚いたようにそう訊かれた。

 

「まずいかな……ニャルラトホテプだからってことで許してくれたんだよね」

「それは問題ないんじゃないかな。今の所有権は私に移ってるんだから……そうじゃなくて、夢月は二十歳じゃないでしょ?」

「あ、そういえばそんな国のルールがあるんだっけ……まいっかバレなきゃ犯罪じゃないし」

「それ私のセリフだよ――と言いたいところだけど、全然違和感ないね」

 

 ? ニャルラトホテプのセリフ? どういうこと?

 

「まぁ、でもそうだね。バレなきゃ犯罪じゃないよね。人間ってば良い言葉を思いつく」

 

 神か人間かどっちだよ。

 

「うーん思考回路から生み出された空想的半自我を持った生物とでもいうべきかな」

 

 どういうこっちゃ。

 

「ともかくはい、どうぞ」

「ありがと」

 

 あっというまに幼女に渡されるお酒。

 いやいやいやいやと、隣に座るウェイバーは割り込みはしないが誰よりも動揺していた。

 所有権云々の話よりまずアルコール関係で止めないとやばいだろ。というかなんで他の大人は止めないんだよ……!

 ……これまで城でのみ過ごし、身体的害とは程遠いホムンクルスであるアイリが、法律の話なんて知るはずもなく。

 夢月はまず手始めに、一口だけ口に含んだ。

 

「……ねぇ、これっておいしいの?」

「最高の美酒」

「んーよくわかんないや」

 

 だが、慌てふためくウェイバーとは裏腹に夢月の身体には何の異常も起きていない。

 ――ところでこの時、夢月の内側でとある魔術が働いていた。一体誰がアルコールを分解する術なんて使ったのやら。

 ひとまず喉の渇きは解消したのでニャルラトホテプに杯を返す夢月。

 

「もういいの?」

「まぁ……本当はもっと欲しいけど、せっかくアーチャーさんがニャルラトホテプにあげたものだし……味が、なんか……」

「では、そんな君に一つちょっとした贈り物をしよう。手を握って開けてみ」

 

 片目を瞑り、杯を傾けながらおどけた口調のニャルラトホテプ。

 言われた通りに両手を握りしめる。すると中に指以外の確かな重さを感じた。何も持っていなかったはずだが……不思議に思いながらも開けると――そこには、手のひらより大きい少し重量のある箱が。

 魔術か、あるいは手品なのか……どちらにせよ、最近怪異現象をよく目にする夢月には慣れっこである。

 

「これ、紙パック? 飲んでいいの?」

 

 給食で出されたことのある牛乳だ。ストローの出し方から捨て方まで目が見えずともできる。

 

「どうぞ、たぶん気に入る味だと思うよ」

「……うーん……」

 

 判然としない返事をしながら、ストローを取り出す夢月。気に入るも何も、別に牛乳は、嫌いではないが好きでもない。他に甘い飲み物がなければ飲むくらいの位置にいる。

 もしも牛乳を一般的な飲み物でないと認識しているなら、申し訳ないが今回ばかりはニャルラトホテプの楽しみにする仰天なんてできそうにな――

 

「なにこれうっま! あっま! やっば!!」

 

 ストローを通じて入ってきたジュースのおいしさに、思わず声量を忘れてしまうほどに叫んでしまった。

 なんだこれ! なんだこれ!

 

「やっぱ飲んだことなかったんだ、いちごミルク」

「おぉ、おまえはいちごミルクというのか! 会えて嬉しいぞ! ふっふー!」

 

 テンションが跳ね上がり意味の分からないことを口走る夢月。ハグする勢いで貰ったいちごミルクを満足気にストローで吸う。オレンジジュースのような清涼感はないが、まろやかさと甘みがちょうどミックスされていて美味しい。

 飲んだことのないウェイバーはその少女の様子に少々関心を引き、アイリはいつか娘に飲ませてやりたいと夢を見た。

 夢月の飲みっぷりに、ニャルラトホテプも満足そうに笑い。

 

「そうかそうか気に入ってくれたか。……んで、最高級の酒を持つアーチャーなら、もちろん最高級のいちごミルクも持ってるよね?」

「ぶっ!?」

 

 と、とんでもないことを言い出しやがった。

 予想だにしなかった状況に吹きかける。何を言い出すんだこのやろうっ――!

 

「えぇーもしかして出せないのー? こんなどこにでも売ってるような百三十円如きのものに勝る代物を出せないとか、王の格といってもたかが知れ――おっと剣を飛ばすなよ無粋だな」

 

 どうする……どうすればここから赤の他人のフリができる……!?

 ニャルラトホテプが豪華な剣を掴み取りしなければ当たっていたこともつゆ知らず、これまで培ってきた知恵を振り絞ろうと試行錯誤する夢月。

 

「キャスター! 悪ふざけも大概に――」

 

 わちゃわちゃと騒ぐキャスター陣営に、流石に見かねたセイバーが警告しよう……として。

 

「――で、なんでセイバーは聖杯が欲しいの?」

 

 先ほどまでのおちゃらけた空気が一変した。

 瞳の色を深みのある青に変わり、グラスの中の水面を見つめながらニャルラトホテプが問う。

 

「やるんでしょ? 聖杯問答」

 

 それからぐいっと一気に酒を飲み干すニャルラトホテプ。

 ペースを崩される豹変のしように、しばしばセイバーは声を失う。

 なんなんだこいつは……。ふざけるばかりかと思いきや、自分勝手に真面目に切り替える。こんなにも頭に来る輩と対峙したことはそうそうない。これ以上宴会を壊さないためにも、斬ってしまいたい。

 

「……私は」

 

 しかし、問われたからには一国の主として答えるべきだと――。

 ライダーとアーチャーも含め、独りよがりの者どもに王の尊さと背負った責務を理解させるべきだと――。

 セイバーは意を決して、その凛々しき眼に揺るがぬ眼光を宿す。

 

「我が故郷の救済を願う。万能の願望機をもってして、ブリテンの滅びの運命を変える」

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