盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠れい(元キルレイ)

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4話 盲目少女は買い物する

 右手はニャルラトホテプの手とつなげて、左手は杖をぶら下げて、好きなものについて語りながら徒歩二、三十分でショッピングモールに着いた。

 わたしはショッピングモール、どころか散歩と学校のルートしか行き来したことがない。独りで入ったら迷子になるだろうとふんでいたのと、それほど期待していなかったからだ。

 しかし入ってこの『音楽』を聴くなり、約一対九の割合でこんな考えに埋もれた。

 前者は予想通り来なくてよかった。後者は迷子になってでも来るんだったと後悔。

 ショッピングモール内は、ものすっごくうるさかった。

 

「ありゃりゃ、結構混んでるなー。夢月、私の手を離さないように――」

 

 老若男女の声々がごちゃごちゃになって騒々しい。

 ゲームの効果音や曲も時々流れる。

 日常音の歩く、握る、物がぶつかるなどの音がこんなに一気に……学校で聴いた音量を遥かに上回ってる。

 ここはどんな光景が広がっているのだろうか。想像はしてもしても創造物はあふれるばかりで止まらない。

 あっちはどんな音が――右手が引っ張られた! なぜに!?

 

「なんで驚愕をあらわにした顔になる…」

 

 呆れたように突っ込まれた後、今度は真剣に注意を促す。

 

「もう一回言うよ。私の手を離さないように。いいね?」

「はい…気を付けます…」

 

 この時わたしは思った。どうして警戒していた迷子を自らやろうとしたのだろう、と。

 

 拠点で挙げていたスマホやパソコンなどを買うため、家電量販店の場所を確認しようということになり、地図を発見し眺めようというところで今日で四人目、大人の男の人に声を掛けられた。

 もちろんニャルラトホテプ目当ての。

 

「な…何かお困りですか?」

 

 緊張気味に尋ねる男の人に対し、丁寧にニャルラトホテプは返す。

 

「えぇまぁ、電気製品を売っている店を探しています」

「それなら僕、品揃えが良い所を知ってますよ! よかったら案内します」

「ではご親切に甘えて」

 

 それから歩くペースが少し落ち、恒例のやり取りが始まる。

 男の人から割引券を貰ったり、彼氏がいるかどうかとか趣味はなにかとか質問され、ニャルラトホテプが無難に答える――そんなやり取り。

 わたしは見てないから分からないけど、ニャルラトホテプ曰く、現在の自分の姿は人間の基準ではかなりの美人でモテるらしい。

 事実、ショッピングモールに来るまでに美しいと囁かれているのが耳に入ってきたり、話しかけるに留まらず、モデルにならないかと誘わたりしていた。

 そしてそれらをニャルラトホテプは「嫌です」の一言で断っている。

 わたしはそういうのを聞いていて、毎回変な感情が疼く。

 大変そうだけど羨ましい、という感情が。

 …………あれ?

 …………これって本当に大変なのかな…?

 ニャルラトホテプは迷惑がってたけど、そう言ってたけど、本当にそう思ってるのかな?

 だってあんなに褒められてるよ。しかも待つだけで勝手に助けてくれる。話し相手がたくさんたくさんいる。

 いいとこ尽くめだよ。ズルいよ。ニャルラトホテプはズルしてる――ニャルラトホテプは嘘をついてる。本音を隠してる。

 雰囲気が幸せそうだよ。疲れてるような声色に聞こえないよ。

 楽しいのに大変って言ってる。嬉しいのに迷惑って言ってる。

 どこが嫌なの? こんなのただただ羨ましいだけ。

 羨ましくて――妬ましいよ。

 

「ここなら高性能なものが多いですよ」

「ありがとうございます。おかげで探す手間が省けました」

「いえいえこれくらいのこと……あの、電話番号を伺っても――」

「嫌です。私達はこれから選ぶので、これで」

「……そう…ですか……」

 

 明らかにしょげた声で男の人はこの場を後にした。

 

「ふぅ…やっと行った。じゃあ行こうか」

 

 そう、ニャルラトホテプは言わなかった。

 代わりに、この状態になったわたしに欲しかった言葉を、安心させるように――

 

「夢月落ち着いて。水でも持ってこようか?」

 

 ――心を和ませるように。

 ニャルラトホテプの口から出た『音』で、重苦しかった気持ちが一気に軽くなった。

 我に返った気分になり、さっきまで浮かんでいた負の感情が馬鹿らしくなる。

 そりゃあ楽しいかもしれない、嬉しいかもしれない。

 けど同時に大変なことでもあり、迷惑なことでもあるんだ。いいこと尽くめなんかじゃない。

 それに、ニャルラトホテプが嘘をついてるなんて疑う必要ないじゃないか。

 ……でも、ちょっとだけ羨ましいという感情は捨てきれないな…。

 

「う、ううん。大丈夫……ありがとう」

「どういたしまして。じゃあ行こうか」

 

 そうしてわたし達は家電量販店に入り、もはや一直線に店員さんに条件を指定して勧めてくれた商品を片っ端から見定めた。

 条件というのは高画質、高音質で観て聴ける、撮れることだけで、それが満たされているなら何でもいいという感じ。全くもって聖杯戦争で何に使うんだろう…。改めて考えても見当がつかない。

 わたしは暇だったので買うと決まったヘッドホンを触ったり、周りから発せられるあらゆる音聴きをしていた。

 このまま順調に物事を進め、終えると思いきや、最後に意外なところで問題が起きた。

 それはスマホの契約について。わたしは隣でスマホの形を想像していて、二人の会話を全く聞いているつもりはなかったけど、そのセリフからは耳を傾けた。

 

「――――。――こちらに名前、住所、電話番号等をご記入ください」

「………………」

 

 わぉ、ニャルラトホテプが沈黙…わたしは今、すごいものを見ている(見てない)気がする。

 

「……? あの、お客様…」

「何でもないですよ。書きます書きます…………どうぞ」

「はい、確認しますね。遠坂楓さんで間違いありませんか?」

「!? それ凛ちゃ―はむッ!」

「間違いありません。合ってます」

 

 口が塞がれて喋れない。こんなにニャルラトホテプが慌てているのは初めてだ。

 っていうか苗字を遠坂にしてるってことは、凛ちゃんの家の住所と電話番号を書き込んだってことだよね!? やってはいけないことをしてるんじゃ……

 しかしわたしのことはそっちのけで話はどんどん進む。

 

「本人確認のために身分証明書を見せてください」

「それは運転免許証でも適応されるんですよね?」

「はい」

「ですよね。ちょっと財布の中を……あったあった」

 

 すごい演技っぽい! その運転免許、今作ったよね!?

 

「次にお届け印と預金通帳――」

「あーお届け印と預金通帳、待ってくださいね。持っているはず………………これです」

 

 一番作っちゃいけないものを作っちゃったよこの人…。

 

 契約書についてはなんとか誤魔化し、買いたかったものは買うことができた。

 パソコン三台、ヘッドホン三台、ビデオカメラ四台、三脚三つ、スマホ、小型テレビ。

 全部ニャルラトホテプが持ち帰ったので、輸送するなんてことにはならずに済んだ。元々その予定だったらしいけど。

 ここで驚いたのが、前提としてわたしは杖をつくためということで何も持たせなかった。荷台はない。会計を済ませた後店員さんから「輸送じゃなくていいのか」と心配してくれたのに対し、ニャルラトホテプは「私力持ちなので――」みたいな発言をした。

 つまりはニャルラトホテプ一人で荷物を積み重ねて手で抱えていたということになる。それもバランスを崩すことなく楽々と。

 具体的にどれくらい重いのか知らないけど、あの量を抱えられる筋力とバランス力の高さには驚いた。

 それで、そんな帰り道でスマホの契約の件について聞いたところ――。

 

「実は夢月が寝ている間に聖杯戦争の他の参加者についてざっくり調べてたんだよ。そしたら二人の名前が判明して、その内遠坂は拠点まで簡単に割れたから偵察のために使い魔を送っておいたんだ。夢月の住所は知らないし、かといって放水路とは書けないし……だから急いで使い魔に部屋を捜索させて模倣したって訳。かなりのリスクだったけどバレなかったから良し」

「良しじゃないよ。諦めて一旦帰るという選択肢はなかったの?」

 

 そんなこんなで、トラブルはあったものの結果的には充分の成果のある買い物をして、我が家と言っても過言ではない拠点に到着した。

 ニャルラトホテプはてきぱきと抱えていた荷物を下ろし、一通り起動するか確認してから夜ご飯を作り始める。

 その間わたしはちゃぶ台で待っていた。話そうとすればできる距離だったけど、どちらも無言だった。

 わたしはぼんやりと料理をする音を飽きることなく聴いていたのだ。新鮮味があったのは料理をする音で聴いたことがあるのがお兄ちゃんがカップ麺にお湯を注ぐのしかなかったからだろう。

 しばらくして――。

 

「お待たせー。夕飯できたよ」

「ありがとう」

 

 こちらに近づく音に、三つ皿を並べる音が聞こえる。

 

「龍之介は切りのいいところまでやりたいから先食べててだって」

「そういうことなら……」

 

 まず皿の外側に手を当てて形をイメージする。これは……どんぶりかな? そこにこの熱さと匂いが加わったら…。

 なんとなくの当たりをつけ、どんぶりの中を箸でつつく。

 ……やっぱりこれって……ん? 平べったいものと、丸を半分に切ったようなもの…何だろう?

 平べったいものは二枚あるっぽいし、食べてみるか…もぐもぐ。

 

「肉の味…?」

 

 漏れた呟きに、ニャルラトホテプが飲み込む音がしてから回答する。

 

「チャーシューだよ。知らない?」

「食べたことあったかもしれないけど、名前は知らなかったや。美味しいね」

 

 続いて丸を半分に切ったもの……舌にのせただけでもう分かった。ゆで卵だ。しかも半熟でスープの味が染みて……良い! 好き!

 半熟だから黄色い部分が麺にからんでる…考えるだけでも美味しそう。

 そしてようやく今回の――ラーメンの主役、麺を口に含む。

 

「ほぇ…カップ麺とは全然違う…」

 

 ただふやけてるんじゃなくて、硬い芯らしきものがあって食べやすいな…。スープも単体でもさっぱりしてるからのみやすい…。

 

「ニャルラトホテプは料理得意なの?」

「自負はしてるよ。どんなリクエストでも対応できるけど、何かある?」

「特にないかな」

 

 返事をすると、タイミングよくお兄ちゃんが出てきた。

 

「悪い、遅くなった――おっ、うまそうじゃん」

 

 右斜め前に座ってラーメンを食べ始めるお兄ちゃん、その対照に居るニャルラトホテプ……図的には位置関係は三角なのか。

 

「ねぇお兄ちゃん、さっきまで何やってたの?」

「昨日おねーさんが言ってたやつを再現したり、人間オルガンの構想を練ったり」

「言ってたやつって何だっけ?」

「ほら、魔力切れで死ぬ寸前に現れるっていう」

「あーあれか」

 

 触りたいけど作品を傷つけちゃうからダメなやつ……いやでもまだ希望はある。楽器だから少なくとも聞けるはず。

 麺がなくなりかけているので、スープを啜り質問する。

 

「オルガンの方はできそうなの?」

「それがさぁ、悲鳴の音階が安定しなくて困ってんだよねぇ。だからおねーさんに手伝ってもらおうと思ってたんだけど…」

「今日は無理。明日か明後日にして」

「だよなぁ」

 

 ……悲鳴…悲鳴……悲鳴は痛くなると発する……音階……

 

「あ、そういうことか。てっきり人間だけを素材に楽器を作るのかと…」

「人骨血管でできたヴァイオリンか……アリだな、それ」

「どっちか完成したら聴かせて! どんな音色か気になる」

「オーケイ。楽しみに待ってろ」

 

 やった! 希望叶ったり。

 そこで、ニャルラトホテプが機会を見計らって口をはさんだ。

 

「二人とも食べ終わったみたいだし、私は機材の初期設定なり下準備なりしてくるよ」

「じゃあオレも作業に戻るかな」

「わたしお兄ちゃんの作業見学する」

 

 それ以外にやれることないし。と思っていると、ニャルラトホテプが神妙な口振りで、

 

「……夢月は明るいものから避けてたんだよね。アニメとか動画とか」

「え、そうだけど」

 

 わたしの目の病気は生まれつきで、目に入る光のコントロールができないらしい。そのため普通の強さの光でも瞑りたくなるほど眩しいと感じてしまう。

 視界が暗くなるメガネをかけても、やっとシルエットが分かるくらい。まぁ最低限度の情報しか求めてないからそれぐらいが適切だ。

 

「なら一つ、試したいことがあるんだけど」

 

 わたしはお兄ちゃんではなくニャルラトホテプに付いていった。

 ニャルラトホテプはパソコンとヘッドホンを一つずつ、わたしが寝ていた部屋の右隣の部屋の机の上に置き、椅子に座ってカタカタカタカタ良さげな音を鳴らしてパソコンをいじること十分。

 

「……夢月、私は椅子からどくから、ヘッドホンを付けて座って」

「う、うん…」

 

 言われた通りにヘッドホンを耳が塞がるように装着して椅子に座る。

 椅子は背もたれがあり、机に寄りかかれすい高さだったけれど、コンクリートだからか硬かった。

 

「スタート」

 

 という短い一言と僅かに聞こえたカタッという音……! なにこれ…一見複雑なのに綺麗にまとまってる…! 小学校で歌ってるのより疾走感があって、歌ってる人も上手で…

 

「ニャルラトホテプ! これって…」

 

 大声で言うと歌が止まり、ヘッドホンを首にかかるように外されて説明される。

 

「今のはアニメソング、略してアニソン。アニメのオープニングやエンディングに使われる歌。もしかしたらと思ったけど大当たりだったみたいだね」

「うん! アニソン大好きになった」

「他にもボカロとかゲームの曲とか自動で流れるように設定したから、停止しない限り中断しないよ。気に入った歌か曲があったらこのボタン、停止ボタンはこれね」

 

 ニャルラトホテプに指を動かされた先にあるボタンをなぞり形を覚える。

 

「えっと……横に長いのと、でこぼこがある小さいのか」

「そう、それ以外のボタンは押さないように。あとはそうだね……停止ボタンを何回も押しても流れなくなったら呼んで。部屋から出て名前を言ってくれればいいよ」

「わかった」

「よし。それじゃまたね」

 

 立ち去る際に鼻歌まじりで「噂流し」という単語が聞こえたが、そんなことはどうでもいい! わたしは再びヘッドホンを装着し停止ボタンを押した。

 

 

 十二時間後。

 

 

「んにゃ……寝てた…? 何時なん――この歌いいな…」

 

 

 さらに六時間後。

 

 

「そういえばごはん……まぁいっか」

 

 

 さらにさらに六時間後。

 

 

「ふ~ん♪ ふんふ~~ん♪」」

「夢月ッ!!」

「うわぁぁぁ!!」

 

 妙にデカい音と声が突然わたしの鼓膜を震わせた。

 何!? 心臓が飛び跳ねたのが実感したんだけど!! 驚きを通り越してこわっ!

 動揺した弾みで後ろを振り返ると……そりゃ何も見えないよ! わたし目見えないもん!

 

「どうした? なんかすごい顔になってるよ」

「あぁ…ニャルラトホテプか…」

「? 何を安心したのか疑問だけど、それより何より朗報だよ」

「朗報って?」

 

 停止ボタンを押して、ヘッドホンの耳に当てる部分を掴んでお腹の前に持っていき、聞き返した。

 

「聖杯戦争が開始した。このままいけばセイバーとランサーが戦闘する」

 





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