盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠れい(元キルレイ)

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☆40話 ニャルラトホテプの瞳は白い

 その光景は、セイバーには見覚えのあるものだった。

 築かれる死体の山。血塗られた地。傷つき、溢れんばかりの矛と盾……目にするのは、これで一体何度目になるだろう。

 脳裏に過る度に、もう見たくないと何度も願ったものだった。一時的とはいえ、味方してくれる兵士の亡骸が積まれるところなんて……。

 ただ――あの時と違う点があるとすれば。

 中心部に、息一つ切らすことなく剣を手に佇む者がいることくらいか。

 それは麗しき女性だった。

 返り血で塗られるのは敵から奪った剣だけで、彼女に傷はなく、汚れもなく、こちらに感情なき視線を送るその姿。

 美しいなんてものじゃない。悍ましいものだった。

 

(……っ)

 

 小さく歯噛みするそのサーヴァントには、今の状況について客観的整理を強いられていた。現実から目を逸らすことは、彼女が許さないだろう。

 戦闘が開始してからというもの、もう二分が経とうとしている。

 その間あったことといえば、掛け値なしの一方的な虐殺だった。

 剣戟ですらない――誰よりも軽々しく、正確無比にして残虐な処刑。

 太い首を刎ねられる者がいた。巨躯を真っ二つにされる者がいた。心臓を一突きにされる者がいた。

 そうしてライダーによって召喚されたサーヴァントはことごとく倒され、逆にそれ以外の聖杯によって招かれたサーヴァント(ついでにウェイバー)には痣一つない。

 ――それもそうだろう。彼らを殺してしまえば、彼女の目的は達成できないのだから。

 セイバーの不可視の剣は、確かに彼女の虚を突いているはずだ――なのに、そのどれもが受け流されてただの一度として一撃を与えられない。

 ランサーの槍は、空いている敵の弱点を遍く全て突くものだった――だというのに、あまりに硬すぎる肌を貫くには至らない。

 ライダーの轢き殺しも、アーチャーの磨かれた武器も、避けられるか受け止められる。

 たった百二十秒という短い時間に見せつけられた光景は、生かされていることの意味を実感させられるには、十分すぎるものだった。

 もしもアレが魔術や宝具を使い始めたら、とても勝機なんてないだろう。

 まさしく最悪。実力は、天と地ほどの差があるといっていい。

 

「……まずいな。このままでは三分待つまでもなく、結界が崩壊する」

 

 一旦後ろに下がり、戦況を見通しながら苦々しく呟くライダーの声に、いち早く近くにいた黄金弓兵が反応した。

 

「なに? 説明しろ。雑種」

 

 不機嫌であることが伺える語調と表情に、こちらに向けられていないもののウェイバーは尻込みする。さっきから攻撃が当たらないか、当たったとしても簡単に弾かれるからだ。……それもアーチャーから奪った剣で。

 なので、ライダーが自らの宝具の弱点を晒すことを止めることができなかった。焦りが滲んだ声色で、ライダーは呆気なく答える。

 

「この固有結界は余一人の力で維持しているわけではない。今前線でセイバー、ランサーと共に駆けている臣下を含む全ての魔力によって維持しているのだ。故に、臣下の過半数が敗れたとき、結界は壊される」

「つまり、早々に奴の首をとる必要がある、ということか」

 

 ――アレを使えば、恐らく勝機はあるだろう。世界は斬れても神を斬れた試しはないので、確証はないが。

 だが、仮に確証があったとしても、あんなふざけた輩に抜きたくなかった。躊躇っているのは、要はプライドの問題である。

 葛藤しながらも、敵に向けて武器を投げつけるアーチャー。そんな彼に、それにしてもとライダーは気楽に問いを投げた。ライダーだけでなく、ウェイバーも先ほどからずっと気になっていたことだが……。

 そういえば、あの時も街灯の上に立っていたな。

 

「なぁ、ところで金ピカ――いつまで余の戦車の角に立っているつもりだ? 空いてる席ならいくらでもあろう」

 

 しかし、考え事に耽るアーチャーの耳には、入らない……。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

「……くっ」

 

 苦々しく、セイバーは歯ぎしりする。

 それは攻めきれないからではなく、相手に手加減させている自分の力量への苛立ちだった。

 ――どうしようもなく、強い。

 どれほど重い一撃を叩きつけてもダメージなど与えられないし、どれほど速い攻撃で切り裂こうとしても簡単に避けられる。

 拮抗なんてものではない、彼女が本気になればとっくに圧倒されていた――明らかに手を抜いているのだ、ニャルラトホテプは。

 芸術的な手捌きで剣を振るうも、その白い眼差しを見れば断言できる――彼女はこの戦いに、ほんの少しの刺激も見出してない。

 だから三分間経つまでの作業のように、攻撃を受け流すばかりなのだ。

 ――セイバーとランサーを攻撃しないように、と。

 

(どうする……?)

 

 ここで彼女の弱点を探らなければ――せめて、掠り傷でも与えなければ、今後の戦いで勝てる徴がないままだ。

 だが――。

 こんな化け物に、どう傷をつければいいというのか。キャスターが魔術を使わないというハンデさえあるというのに、この様とは……。

 ……約束された勝利の剣を至近距離で撃てば、あるいは。

 しかし、もしも通用しなけば、無意味に終わるどころか希望が潰える。

 彼女の魔力の底が見えない。

 彼女の疲労が一向に見えない。

 彼女の肉体に傷がつくイメージさえ見えない。

 ここに至って、認めざるを得ないだろう――我々は彼女を甘く見ていたと。

 隣で戦うランサーの姿を横目で確認するが、彼も疲労しているようだ。おそらく体力的なものではなく――自分と同じように、精神的なもの。

 彼らのためにも、早く勝負をつかせるべきだろうか。だが、仮に自分の宝具を使ってもダメージを与えられなければ、現状打つ手はない。

 それこそ、不意打ちをついてマスターを討つしか……

 

「セイバー! ランサー!」

 

 と、突拍子にライダーから大声がする。それもただの呑気なものでも、堂々と張ったものでもなく――重鎮な焦りのある切羽詰まった大声だった。

 何事かと振り返り、即座にその意味を理解する二人。その場からバックに飛び、距離を取る。

 ――アレは、やばい。

 二人の視界に過ったものは、チャリオットの角に立つアーチャーだった――正確には、彼が取り出そうとしている宝具。

 剣の形状を成さない巨大な剣――ギルガメッシュが持つ中で最大にして最強と自負する対界宝具。帯びている魔力量は桁違いである。

 もしかすれば、約束された勝利の剣と同等――? あんなものを持つサーヴァントがいたとは。

 だが、これで確かめられる。彼女の装甲がどれほどのものなのかを。

 十分に距離を取り、見ればキャスターはその場で兵士と戦っていた。いや……戦うというより、一方的な虐殺なのだが。何はともあれ、ライダーが召喚した兵士たちのおかげで、直撃は免れないだろう。

 それにしても……ライダーがたまたま気付いたから良かったものを、あのままでは自分たちも当たっていたかもしれない。アーチャーの中には仲間や協力という言葉はないのだろうか。

 心なしかむすっとした表情を浮かべるセイバー。しかしそんな彼女の事情など視野にも入れず、彼は『乖離剣』を振り上げ、余計な言葉など抜きにして高らかに声を張る。

 

「天地乖離す開闢の星!」

「……ふーん」

 

 戦闘が始まってから、ただの一度も聞いていなかった彼女の呟きを、確かにセイバーは聞き取った。

 ほんのりとだけ、その瞳が色づく。

 ――それは諦観だった。

 ――それは感心だった。

 ――それは希望だった。

 ――それは……、力だった。

 彼女を中心に膨大な力が働いたことだけは、かろうじて理解できた。

 彼の宝具は天を裂くものだったのだろう。地上を割るほどのものだったのだろう。

 だがそれには至らない。それでも結界が崩壊したのは、きっと彼女の仕業だ。

 なに、彼女のしたことはそう大したことではない。ただ手にしていた黄金の小さな剣を一振りした、それだけだ。

 その動作で、ちょうど彼の宝具を相殺するほどの魔力を解き放ったという――それだけ。

 そして――。

 

「時間切れだね」

 

 指を、パチンッと、一度鳴らす。

 それを合図に、固有結界は崩壊を始めた。

 

 

 世界が現実へと引き戻されるようだった。灼熱の砂漠から、暗い峠道へと。

 

「わかっただろう? 君たちと私との差」

 

 アーチャーから取った剣の先っぽを指先で弄ったり、刃の上で指の腹を滑らせるキャスター。

 しかし、すぐに飽きたのか空中に投げて、そのまま粒子に変えてしまう。

 セイバーたちの方へと顔を向け――その表情は、無表情に似た、何か。

 

「君たちが勝てる可能性が一パーセントでもあれば、その挑戦を受けるさ。なんなら、一を切ってもいい」

 

 けど――と、キャスターは眼を閉じて断言する。

 

「はっきり言って、今の君たちが私に勝てる可能性はゼロだ。受ける価値のない戦いはやる気になれない」

「……」

 

 反論などできるはずがない。彼女の言う通りである。

 情けなかった。一瞬とはいえ、そのまま彼女が諦めてくれることを期待した自分が。

 セイバーは籠手を、剣を握りしめ、唇を噛む。

 

「ほう? ならば受ける価値のある戦いならば、何度でも挑戦を受けると?」

 

 しかし、そこでふてぶてしく轟々しい声が後ろから響いた――全てを征服せんとするライダーである。

 

「ああ、君たちが勝つのにたとえ何年、何十年とかかったとしても戦ってあげる。聖杯戦争は終わらせないよ。私が負けるまで」

「フッ……貴様の願望に付き合うのは癪だが、聖杯のためならば仕方あるまい」

 

 そう涼し気に返したのは、ランサーだ。片方の槍を肩に乗せ、疲労はあるものの颯然とした雰囲気を崩さない。

 なぜ、そうしていられるのだろう。

 漫然と、ただ、纏まらない思考の中でセイバーは思う。

 そんな彼女の様子を目にして、キャスターは痺れを切らしたように頭をかきながら告げた。

 

「まぁ最悪、マスターを殺す作戦も悪くないけどさ……できると思うよ? 君たちなら。ここまで好条件が揃ってるんだから。いや~ほんと良かったね。こんな偶然なかなかないよ。素晴らしい計算外だ」

「……? それは、どういう……」

 

 にやりとさえ笑って、この状況を好条件と称する彼女の発言に、セイバーには意味がわからなかった。圧倒的なまでの差があるというのに。

 だが、それに返る答えはない。

 突然、余裕ぶっていたキャスターの瞳が大きく見開いて、何も言わずに消えてしまったからだ。音もなく、そこには最初から何もなかったかのように彼女の痕跡はない。霊体化したのだろうか?

 一体彼女は何に気付き、何を驚いていたのだろう。

 何もわからぬまま、セイバーは面持ちを落とす。

 自分の力のなさに、不可視の剣を見つめた。

 

 

 

「切嗣、どうしますか? マスターは命を取るまでは至らず、キャスターも四人のサーヴァントを以てしても傷一つつけられなかったようですが」

「神話生物には神話生物でしか対抗できない、ということだろう。ましてやそれが邪神ならば、な」

「……それは、つまり――」

「キャスターは何が何でも仕留めなければならない。敵の口にすることは信用するものではないが、奴の残した『好条件』という言葉も気にかかる。これは可能性に過ぎないが、もしかしたら神話生物という生き物は実際に存在し、協力関係に持っていけるモノがいるのかもしれない」

「……」

「キャスターの宝具を目の当たりにしてからというもの、舞弥も薄っすらと感じ取ったはずだ。これまで架空と一言で片付けてきた神話に対する違和感が」

「……はい」

「舞弥はキャスターのマスターの消息を追ってくれ。僕はこのことをアイリに伝え、クトゥルフ神話について調べてみる」

「わかりました」

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