盲目少女がニャルラトホテプを召喚したようです   作:零眠みれい(元キルレイ)

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5話 盲目少女はツッコミ以外戦力外である

 一秒でも早く戦闘するであろう場所に行くため、何の準備もせずにニャルラトホテプに膝の関節と背中を抱えてもらい、わたしは両腕をニャルラトホテプの首に巻いてしっかりつかまる――俗に言うお姫様抱っこをして、最短距離で行くため屋根の上を駆けていた。後頭部や背中、ニャルラトホテプに密着している左足とは反対の右足から、冷たい強めの夜風が当たってるから早いんだと思う。

 移動している最中、わたしはつかまるのに必死だったので口を開けることはできなかったけど、家から出る前に言っていたことについて詳しい話を聴くことはできた。

 

「昨日の深夜…二時とかだったかな、パソコン二台で複数のアカウント作ってネットの状況を把握してたら、遠坂の屋敷にアサシンが突撃したんだ。突撃っていっても派手じゃなかったけどね。こっそり殺すタイプだから」

 

 ……アサシンってなんだっけ。暗記しないととか思ってたのに今日一日中歌ばっか聞いてて欠片も脳裏にかすめてなかった。

 確かキャスターが魔術でアーチャーが弓で。ラが初めにつくのが二つあって。槍、剣を扱うのがなんかあった。

 アサシン……そんなのあったかな?

 

「裏庭から結界をかいくぐって侵入して、あと一歩のところで剣で串刺しにされて撃退。数種類の剣を飛ばす戦い方からセイバーではないよ。恐らくはアーチャー」

 

 剣を扱うのがセイバーか! でもアサシン……うーん……?

 

「その戦いにどこか違和感を感じさせたのと、事前に人物だけは判明してた遠坂とは別の参加者――ケイネスとケイネスが呼び出したランサーや、セイバー陣営とライダー陣営が動き出したから何かの前兆だろうと、聖杯戦争の情報を流しやすく環境作りや情報操作をしながら監視してたらビンゴ」

 

 ケイネスさんて人、どう見ても日本人じゃないよね。外国からわざわざ参戦してくるなんて……この戦争規模が大きいんだなぁ。

 それとランサーとライダー…か。片方が槍使いだったような…。

 アサ……ん? んーー…やばい、何だっけ。

 

「第一回戦だし、四つも陣営に動きがあるんだ、全員が集まる可能性は極めて高い。この機会を逃さないためにも早めに出かけたかったと、まぁそんな事情だよ」

 

 ニャルラトホテプは何をする気なのだろう。嫌な予感がしてならない。

 そんな直感が働いていると、後ろから当たっていた夜風が収まった。着いたのだろうか。

 

「この距離だとざっと一時間…。周囲に誰もいないうちに始めようか」

「その前に質問。さっきの話でちょくちょくあったニャルラトホテプの行動について。パソコンは聖杯戦争に必要とか言ってたけど関係あるようにみえなかったよ」

 

 ニャルラトホテプの腕から降りて、そう訊いた。

 

「関係あるある。なんならこれからしようとしてることにも。ビデオカメラ置きながら説明するよ。夢月を見立てるからここを動かないで」

「待って、ビデオカメラどこから出したの? リュックは持ってきてなかったよね?」

 

 わたしは離そうとした手を引き止めた。これについてはわたしから言及しないとニャルラトホテプは答えない気がする。

 ……無理やり解釈でこれかなというのはあるけど、他に解釈があるなら知っておきたい。

 

「テレポートだけど」

 

 それがどうかした? という物言いだった。

 

「やっぱりそうなんだ…」

 

 偽物を本物に変えたり、無から有を作ったりしてるからもう驚かない。むしろ地味とすら思えてきている。

 

「納得したようだし、本題に入るよ」

 

 首を縦に振ると、手と声が離れていった。杖は持ってこなかったから、受ける触感で分かるのは靴の裏から硬い地面があることだけ。目を閉じてる時は誰かの手を握るか杖を持ってたから、両の手に何もないことに変な感じがする。知らない場所だからなおさら。

 これが本当の『真っ暗』なんだな、なんて思っていると、機械をいじる音と共にニャルラトホテプの声が飛んできた。

 

「人目のつかない所や夜で戦えルールで勘付いてたかもしれないけど、聖杯戦争について知られてはいけない暗黙の了解があるんだよ――あぁ勘付いてなかったんだね。とにかく、聖杯戦争に関わる奴らは知られるのを避けている。ここまでは理解できた?」

「できてるよ」

 

 言われて気付いたけど、聖杯は誰もが惹き込まれそうなものなのに、そういう噂を一切聞いたことがない。頑張って隠蔽工作してる人がいたんだ…。

 ビデオカメラを設置できたのか、靴音がして別の位置からニャルラトホテプの張り切る声が……あれ、張り切る声で胸がざわついてる。

 

「でさ、これはあくまでも『暗黙の了解』であって『ルール』ではないんだよ。つまりは破ってもいい」

「いやそれただの屁理屈」

「私はネットを通じて聖杯戦争について公開し、それを知った奴らのリアクションを見たい! 魔術師や教会のアナログ人間が戸惑いながらスマホを使うところをこの目で焼き付けたい!」

「頑張って隠蔽工作してる人からしたら迷惑でしかないよね!?」

「夢月、とある偉神はこんな名言を残したよ。『重要な秘密であればあるほど暴露したい』」

「そんな言葉をこの世に残すな!」

 

 その後三つ目のビデオカメラを設置した。残り一つはニャルラトホテプ自身が撮影したいらしい。広く見渡せたいのと、あることをしたいらしく四十メートル程高い鉄骨の上で待つこと約三十分、以降戦いが始まってからは時の経つのを忘れた。

 

「覚悟しろセイバー、次こそは獲る」

「それは私に獲られなかったときの話だぞ。ランサー」

 

 セイバーと呼ばれている美しい女の人。そのセイバーを補助しているアイリスフィールと呼ばれている綺麗な女の人。

 ランサーと呼ばれている、これまた美しい男の人。そのランサーを補助しているケイネスという偉そうな男の人。ケイネスさんだけはスピーカーか何かを使って喋ってるみたいで、どこかで隠れているけど。

 その四人が繰り出す会話が、内容はよく分からなくとも緊迫感や圧迫感があって魅入られる。

 金属と金属が擦りぶつかる音も、想像してたものに比べて重くずっしりしてる感じ。

 爆発音は身体の芯まで響いてくるし、ころころ変わる空気に震わせられる。

 ――かっこいいなぁ。

 興奮して、テンション上がって、にやけが止まらなかった。

 ……上がりすぎて落下しかけたけど。

 

「……っ?」

 

 ……ピリッ? この音って…

 頭を巡らせようとした時、ニャルラトホテプが珍しく心底取り乱したように声を張り上げる。

 

「ええぇぇ! ちょっとちょっとちょっとぉ!?」

「どうし――ッ!!」

 

 耳を塞ぎたくなる雷音と、遠くのはずなのにここまで風圧が届いてくるぐらいの轟音がした。そして大量の石が散らばる音――これらの材料からして、まるで地面に何かが穿ついたかのよう。

 なるほど、ピリッという音の正体はこの雷の前触れ…電気だったのか――なんだっていいよ! 心臓悪くしたの今日で二回目! もう唐突にやめてよ…。

 それにしても、一体全体何が起きてるんだろう。剣を交えるだけでこんなにうるさい…しかも雷って…。

 

「我が名は征服王イスカンダル! 此度の聖杯戦争においては、ライダーのクラスを得て現界した」

「何を考えてやがりますかっ! この馬鹿はぁぁ!!」

 

 名乗ってくれたおかげで最低限の状況は把握できた。年を取ったおじさんがライダー、イスカンダルという王様で…ツッコミをしたのが大学生ぐらいの男の人かな? あれだけ大きな音だったってことは相当派手な演出で来たのか…。

 そのイスカンダルさん達に、セイバーさんとランサーさんは水を差すなと怒っていた。わたしも二人ほどではないけど同調する。満足はしかけていたけど、もっと戦闘音を聴きたかった。

 いつまで経っても両者攻撃を仕掛けようとしないし…イスカンダルさんは配下になれとか聖杯を譲れとか言ってるし……後味悪い終わり方だなぁ…。

 がっかりしたわたしはそれとなくニャルラトホテプの方に視線を向ける。ニャルラトホテプは悔しそうにぶつぶつ独り言をしていた。

 

「あいつネタ被りやがって…しかも真名ばらしまで…」

「? ネタ被り? 真名?」

 

 思考するまでもなく知らない単語を口にした。すると真相を告白しだす。

 

「黙ってたんだけどね、夢月を抱えて飛び降りてイスカンダルと似たようなことを言おうとしてたんだよ。インパクトあるから面白い反応してくれるだろうと……あんな風に。真名は本名と同じね」

「それでこんな高い所に…」

「そういうこと。二回目だと反応薄くなるしなぁ」

「飛び降りていいの? 怪我しない?」

 

 治癒魔法でなんとかしそうだけど。

 

「この程度じゃ痛みすら感じないよ」

 

 治癒魔法すら必要なかった。……?

 雑談に区切りがついたからか、下の会話が耳に入る。

 

「――聖杯に招かれし英霊はここに集うがいい! なおも顔見せを怖じる臆病者は、征服王イスカンダルの侮蔑を免れぬものと知れぇ!!」

 

 …………つどう…かおみせをおじる………熱のこもった雄叫びだったけど…よくわかんない。

 

「バーカ、んなこと言われて行くかっての」

 

 と、ニャルラトホテプの一人返事。つまりは来いって煽られたのか。

 しかし、煽りに乗ったサーヴァントであろう、大人の男の人が現れる。

 

「我を差し置いて王を称する不埒者が、一夜に二匹も湧くとわな」

 

 それを聞いたニャルラトホテプが、

 

「私達も行こうか」

「へ? 行かないんじゃないの?」

「ライダーが挑発してきたから嫌だっただけで、顔合わせはしたいからね。反応は諦めるよ」

「諦めるんだ」

 

 取り乱したことといい、本当に意外。ニャルラトホテプはどんな悪戯でもやり遂げる印象が――おかしい、なんでお姫様抱っこされてる感覚になってるんだ。

 

「落ちるよ」

「落ち――え、いや、ひゃぁぁあああ!!」

 

 

「――なお、この面貌を見知らぬと申すなら、そんな蒙昧は――ん?」

「ぁぁぁぁああああっっ!!」

 

 ドォン!!

 漫画で使われるこの擬音の意味を、こんな形で知りたくなかった。

 ……はは…。

 笑うしかねぇやと考えることを放棄したくなる気持ちも、知りたくなかった。

 

「夢月」

「何…?」

「ナイス絶叫」

「もっと他にあるよね!?」

「最高に良かったよ!」

「違う…そうじゃない…」

 

 こう…気遣いする一言とか…。無に活気が戻ってきたけどさぁ……腑に落ちないなぁ…。

 

「それで…諦めたっていうのは嘘だったの?」

「嘘? とんでもない、私は正直者だよ。あれは圧縮言語だっただけ。翻訳したら『(みんなからの反応は)諦める(。代わりに夢月にする)よ』」

「主語抜いただけじゃん! やるならせめて事前に言ってよ」

「その約束は――の前に、一旦ストップしようか。謝んないと」

「ちゃんと約束するのかを訊きたいけど……誰に?」

「アーチャー…最後に出てきた人物に。話遮ったから」

「……もしかしなくても、ここって…」

「さっきまで眺めてた場所――じゃないよ」

「正直者って宣言したそばから嘘つくな! うぅ…そういうのはもっと早くに…」

 

 状況を知らなかったとはいえ恥ずかしい…。せめて心の準備が欲しかった…。

 しどろもどろになりながらも降りることはでき、ニャルラトホテプの左腕に引っ付く。

 

「改めてアーチャー、話を遮って悪かった。ただこれは言い訳として聞いてもらっていいんだけど、私的にはありきたりな登場ってどうかと思うんだよね。普通で平凡なものは印象が薄くなる…初めてなんて一度しか訪れないんだから大切にしたい…そういった理由で演出を盛るために遮らせてもらった」

 

 え? それだけのためにわたしは強制的に絶叫マシンに乗らされたの?

 

「雑種の分際で王の発言を利用したと?」

 

 あの人も王様…イスカンダルさんのツッコミのしやすさ…もとい親しみやすさはなくて、立ち位置をはっきりさせてる。同じ王なのに違うんだ。

 ……それにしても、雑種って何だろう。見下す用語?

 

「否定はしないよ。もちろん許しは乞わない」

「……まぁよい。興じものとしては悪くなかった。此度の無礼は不問にしてやる」

「そりゃどうも。……ところで、なんで私を見たマスターは怯えてんの?」

 

 不思議そうに訊くニャルラトホテプの問いかけで、イスカンダルさんが大学生ぐらいの男の人に確認する。男の人は滑舌が悪く、衝撃が抜けていない様子だった。

 わたしはというと、人がいきなり飛び込んできたら――と言いそうになったところで疑問を持つ。

 まだ戦闘はおろか魔法すら使ってない…はず。飛び込んだことぐらいで反応するとしても茫然とするぐらいだろうし…マスターだけっていうのも……マスター?

 

「ニャルラトホテプ、わたし怯えてないよ」

「言葉をそのまま受け止めるんじゃない」

「お、おい! そのサーヴァント、真名はニャルラトホテプなのか!?」

「!」

 

 大学生の男の人から話しかけられた。わたしに対して…だよね?

 

「違い…ます。正しく発音できなくて、そう呼んでるだけで…」

「ニャルラトホテプという名に心当たりがないなら私について知らないと仮定してくれ」

「そうか…」

 

 ニャルラトホテプが助太刀してくれたお陰で相手の納得できる回答を示せた。

 そしてイスカンダルさんが怪訝そうに訊いてくれる。

 

「坊主、いい加減説明せんか。何が判ったんだ?」

 

 男の人は軽く震えた声で読み上げた。

 

「……クラスはキャスター。魔力と宝具が…測定不能。筋力、耐久、敏捷は……正常に表示されないけど、EX…だと思う。幸運だけはA++…」

 

 終えると感嘆の息を漏らす声や攻撃態勢になる息遣い、金属音が聴こえてきた。

 具体的にどれくらい強いのか分からないけど、とにかく限界突破するぐらい超強いのは分かった。マスターが怯えたことに合点する。

 ところが張本人だけは不服そうだった。

 

「私とてサーヴァントが二人がかりだったらいい勝負できるよ。だってほら、人を守りながら戦うの初めてだし、測定不能なんて二つだけだし、不死身じゃないし、星壊すのに時間かかるくらい弱くなったし」

「基準が大分イカれている…」

 

 前半の三つはまだしも、星壊すのに時間がかかると弱くなるってどんな理論? などと呆気に取られていると、「なあ、キャスターよ」と声掛けされる。イスカンダルさんからだ。

 

「我が軍門に降り、聖杯を余に譲る気はないか?」

「せっかくの誘いだけど断らせてもらうよ」

 

 ほぼ即答。まぁそうだろうとは思った。

 

「配下になって大活躍して、国の将来を左右する大事な場面で忽然と姿を消した時の慌てふためく王たちを見物する悪戯は散々やって飽きたから」

「何やってんの!? ……あ…」

 

 しまった…話してる途中なのについ…。

 

「ごめんなさい…」

「構わん。それより小娘、お主はキャスターの悪戯を酷なものと受け止めたようだが、余は余の掲げる夢に仕えられぬというならいなくなろうと一向に気にせんわ」

 

 ……仕えたいなら仕えていいし、仕えたくなければ仕えなくていい…。

 わたしのイメージしてた王は、高い場所にある椅子に座って国を治め、上下関係を作って裏切り者は許さない感じだった。

 けどこの人は一緒に夢を追おうぜ、みたいな……リーダーシップだっけ? そういうのを持ってる――イメージしてたものとは異なっていても、目に見えない風格だけでこんなことを思わせるのは――

 

「……すごいです。その…ぼんやりと、ですけど…本物の王様なんだなって思わせて……上手く言葉にできないんですけど、すごいです」

 

 征服王と称されるイスカンダルさんが何をしたのか関心が向き始めていると、他の王であるアーチャーさんが加わってきた。

 

「そもそも、配下が裏切ったところで大差ないことだろう。謀反人など始末すればいい」

 

 こっちはイメージに近いな。何王なんだろう?

 

「違うな。裏切られるのは王が統制を怠るからだ。キャスターのしたことは騙され、一人に重荷を課した王が悪い」

 

 そう言い放ったのは美しい女の人、セイバーさん。王様だったんだ、騎士の英雄だとばかり…。

 イスカンダルさんは同じ目線になれそうな親しみ感のある王。アーチャーさんは特有の冷徹、偉いを自覚するいかにもな王。セイバーさんは民のことを第一に考える優しそうな王。

 王の在り方にもこんなに種類があるとは……ますますどんなことをしたのか知りたい。明日学校あるし、心ちゃんに訊いてみよ。

 そのままいつの間にか、三人の王が主張を述べ合い議論する展開になりかけると、ニャルラトホテプが制止する。

 

「おーい、話し合いたいだろうけどライダーからの誘いを蹴ってる最中なんだ、後にしてくれないか?」

 

 数秒の無言後、交渉の続きから始まる。

 

「ぶっちゃけた話、悪戯の件はさほど大きな理由ではない。単に支配するされるが好きではないだけだ。だから君の軍門に降らないよ」

「うむ……これほど強い英霊を誘えぬとは…惜しいなぁ」

 

 悔しそうに呟き、加えてふと思い出したよう問いを投げるが、喋り方は呟き成分が多かった。

 

「時にキャスター、並外れた知名度があるわけでもなく、マスターが優秀な魔術師というわけでもあるまい――が、妄言と取れる発言を真実であると頷ける程の強さを持つ」

「真名聞いても見当がつかないから教えて? うん、いいよ」

「なっ……貴様正気か!?」

 

 イスカンダルさんのセリフを奪って勝手に返答し、それに激怒したセイバーさんの声。真名は重要なもので隠したいものだからだろう――重要で隠したいのは何でだ?

 

「正気かどうかは答えられないが、これは善意だよ」

「ほう…ではその善意とやらで、せいぜい自分の身を滅ぼさないことだな」

 

 ランサーさんまで……二人がニャルラトホテプに向けている殺意がわたしまでビシビシ伝わってくる。戦闘になる予感…。

 わたしは…どうしよう。離れたら戦いやすくなるだろうけど、ニャルラトホテプが守ってくれる範囲を超えたら狙われて死ぬし……近くにいたら戦いにくいだろうし……指示されるまでこのまま手を握ってるか…。

 

「へいへい……ま、私の途方もない長話をする時間と精神力はないしね。聖杯戦争ならではの手っ取り早く自分の正体を示せる宝具を使うとするよ」

 

 宝具というキーワードで一気に空気が変わった。置いてかれてる、わたしだけ話に付いていけてない。宝具? 何それおいしいの? 真名の時から思ってたけど、覚えることまだまだあるの!?

 

「夢月最初に言ったよね。本に書かれてる内容通りの外見をしてないって」

「え? えっと……」

 

 最初だから三日前の夜……男の子の家に行き呪文を描いた場面まで遡る。

 

「……言った、気になってたんだった」

「あれは無理やり人間の形になり召喚されたのと、私の本来の姿はほとんどの人をおかしくさせてしまうからなんだ」

 

 次に、わたしに何かをする暇を与えず、聞き取ることが不可能な発音で言葉ですらないものを唱えた。

 

「――――」

 

 ……一瞬にして全てが呑まれた。

 ありとあらゆるものが、ニャルラトホテプに呑まれた。

 二度と味わないであろう、意識も無意識も支配される感覚。魅せられずにはいられない。

 

「……本物だ」

 

 これはニャルラトホテプで、ニャルラトホテプは本物の神様だ。

 それっぽいとか、なんとなくとか、そんな曖昧なものじゃない。疑問視する余地はどこにもない。

 ニャルラトホテプはこの世界の生き物ではなく、生き物ですらない。宇宙より遠くの――神様としか呼べないモノ。

 わたしは得体の知れないモノに抱きつく勢いで両手を伸ばしていた。触りたいという好奇心のままに。

 わたしの手のひらで触れているのは手? 腕? 体のパーツのどこに当てはまるの?

 ……なんてことは考えても意味がない。なぜならこれは知らない概念の塊なのだから。強いて言えば触腕になるのだろう。

 べたついてて、ぶつぶつが気持ち悪い間隔でなっていて、硬いの一言で終われない感触……あ、でもこっちは少し柔らかい。

 えへへ……このこの世の物を全部を否定する冒涜的な感じ、いいなぁ…。たまんないなぁ…。

 強烈な悪臭も嗅いだことがない匂い。

 脳を浸食されていく肉らしきものを擦る聴いたことのない音。

 グロテスクで気味が悪くて不愉快でしかない醜い冒涜――これが神様。これがニャルラトホテプ。

 あの本に書いてあったのは何一つ間違えてない。期待以上だ。

 正体不明好きなわたしには好むことしかできなかった。

 

 

 一方その頃、周りのマスターとサーヴァント達は悲惨な目に遭っていた。

 


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