「そういえばシャルティア、あんた水着ってどうごまかすの?」
臨海学校への準備としてアウラとシャルティアは近くのデパートまで水着を買いに来ている。
彼女――アウラの疑問は視線のその先、シャルティアの胸囲へと向けられている。シャルティアの腹部には何枚にも重ねられ、
「ちび助こそいいのでありんすか? その平坦な胸ではどんな水着でも、子供が背伸びしているようにしか見えないでありんしょう」
言い返してはいるものの、先の疑問への回答は放棄している。それもそうだ、胸のはだけたビキニではパッドが丸見えになってしまい、かといってワンピースでも重なり合うパッドから生じる視覚的な違和感を拭うことは叶わない。
「わたしの場合はまだ成長途中だからね。少しだけどほら、ちゃんと膨らみもあるんだから!」
「うぐっ……」
胸を張りながら服を伸ばし、なだらかとはいえ無いかと言われればあるという小さな、そう、言われなければ気がつかないレベルだが服の上からでも感じられる微かな膨らみがそこには存在している。
シャルティアは半歩後ずさりし、軽く歯を食いしばり悔しい表情を浮かべている。
「あら、あなたたちも水着を買いに来たの?」
声がする方向に二人が視線を向けると、同じくクラスメイトのアクアが近づいてきた。 シャルティアよりは小さいが――いや、この場合は見た目の大きさではなく実際の胸の大きさで比較しよう。アウラとシャルティア、二人の胸囲を倍にしても遠く及ばない脅威がそこに秘められていた。
ブラジャーは胸を寄せ、形を整える性質も秘めている。胸が慎ましやかな女の子でも周りの肉を寄せることで一応ではあるが谷間を作ることができる。逆に言えば溢れんばかりの胸――いや、おっぱいを持っている女の子は寄せる必要が少なく、形を整えるとともにブラジャーがおっぱいを支える役割を持っている。
わたし、脱いだら凄いんです。
これはブラジャーを外したことにより解き放たれたおっぱいが重力に吸い寄せられるように広がり、おっぱいを占有する面積が増えるため視覚的に大きくなったと錯覚しているに過ぎない。
大きくなったのではない、元から大きいのだ。
二人の視線に気がついたアクアは「ははーん」と言いながらアウラの肩に手を乗せてきた。
「大丈夫、気にすることはないわ。そりゃあ私たちみたいに大きくなりたい気持ちも理解できる。でも焦ってはいけないわ」
私たち。その中にシャルティアは含まれている。
「あ、あのシャルティアは――」
「友達が大きいからって嫉妬してはいけないわ。胸は決して逃げないんだから。クラスメイトのエミリアを見てご覧なさい、あの立派な胸を。同じ種族なんだからあなたも大きくなるわよ」
「一番いけないのはそれを隠したり誤魔化すことね。特にパッド、あれはいけないわ。私の知り合いにもパッドを詰めてる子がいるんだけどね、それはもう最悪よ。後輩でありながら先輩女神であるこの私を下界へと蹴落としたんだから」
シャルティアが横目に反らしていると、それに気がついたアクアが首をかしげている。
「あら、どうしたのシャルティア? もしかして胸が大きいことを気にしているの? 胸が大きいことは決して悪くない、選ばれし者だけが持つことを許された神さまからの授かり物なんだから」
慈愛に満ちた表情でアクアが語っているが、神が胸をどうこうした記憶が無ければ記録も無い。ただ単にパッドを詰めた
シャルティアを創造したペロロンチーノは胸が無いことを望んでおり、それを是としてシャルティアは作られた。アウラやシャルティアからすれば神と同然の至高の御方々がそれをよしとしている以上、アクアが語る神と至高の御方々は全くの別物であると考えられる。
そもそも世界が違うのだ。世界を創る神が違えば考え方もまた違ってくる。
ちなみにアウラやシャルティアが神と思っている存在と、アクアを下界に落とすきっかけとなった存在は同じ世界の人間である。
さらに言うなら、その同じ世界の人間――カズマはエリスに対して胸が無いことも素敵だと語っている。もし産まれた時代が同じであったなら、カズマの隣にはペロロンチーノが居たのかも知れない。
奇しくも二人は狙撃を得意としている。モンスターより女の子の胸へと身体ごと射出していたに違いない。
「えーっと、アクアはもしもシャルティアの胸がエリスさんと同じようにパッドだったらどうするの?」
「あっ、こら! アウラは余計なこといいなしんし!」
子供心にどうなるのだろうとからかい半分でアウラが疑問を投げかける。
慌てたシャルティアが無い胸を揺らしながらアウラに詰め寄っている。
「え? シャルティアってパッドなの?」
目をきょとんとさせながらアクアが尋ねた。
「あー、えーっと、そうです……ありんす」
声が尻すぼみとなり、思わず廓言葉を忘れかけたシャルティアは冷や汗がじんわりと服を濡らし、体温が上昇していく気がした。もっとも
「で、でもほら! 多少はあるんでしょ? そりゃあ全くない胸を誤魔化していたら最悪だけど、多少増やしちゃうのはしかたないわよ、ね!」
同じクラスメイトと言うことで焦りながらも取り繕ってはいるが、皮肉にもシャルティアを追い詰める形となっている。
「……でありんす」
「え?」
「ないでありんす! 全くないんでありんす!」
これ以上隠したところで隣のアウラには以前、ナザリック地下大墳墓にあるスーパーリゾートで肌を晒している。
誤魔化してもしかたがないと胸が無いことを吐露した。
「え、あの、少しも……ないの?」
「むしろ……その、パッドを当てすぎて少し痕がついてるでありんす」
いくらなんでも女の子、それも年頃なのだから完全に平面な訳が無い。まな板に乳首を乗せるだけなら男子にだってできる。それでは男と変わらないではないか。
だが現実は残酷である、パッドが動かないようブラジャーで常に抑えつけられ身体はクレーターのように僅かではあるがくぼんでいる。
男子よりも胸が無い。それがシャルティア――シャルティア・ブラッドフォールン。
「それってむしろプラスじゃないの?」
「え?」
胸が無いことのどこが良いのか。一瞬だけ殺意を覚えたシャルティアに驚き、慌ててアクアが説明をし始める。
「えっとね、今のシャルティアはマイナスってことでしょ。パッドは胸が小さい人が使うんだから、マイナスにマイナスをかければプラスになるのよ! 確かに胸が小さいことを隠すことはいけないことよ。自分に嘘をついているのだから。でもそれを他の人も知ることで嘘が公然となるの。シャルティア、あなたは誰にも嘘をついていないしそれは素晴らしいことだと思うわ。自分に素直なのはむしろ誇るべきよ」
こいつはいったいなにを言っているのだと、疲れた目をしながら聞いているアウラと違い、シャルティアは目をらんらんと輝かせながら聞き入っている。
アクシズ教は常に前向きだ。おっぱいが前についているのは前へ前へと進むためにあるのだ。
「な、なるほど……確かにペロロンチーノ様も貧乳はステータスと仰っていんした」
「そう、おっぱいは嘘をつかない。正直者を分け隔てなく全て受け入れてくれるのよ」
無乳、貧乳、巨乳、爆乳、奇乳、超乳。この世界には様々な乳が存在するが、おっぱいに貴賎なし。
おっぱいが好きなら全てを受け入れるべし、それがおっぱいであるが故に。
「師匠! アクア師匠! わらわ、一生ついていくでありんす!」
「そうと決まれば海岸を走るのよ!」
青春といえば夕日の海岸を走ると相場が決まっている。海の無い県や国はどうするのかと思うが、学校があれば海岸から近づいてくる。おっぱいは無いが心配はいらない。
「あははは」
「あははは」
アクアとシャルティアは二人、海岸をかけていた。
シャルティアの視線の先にはぽよよんと揺れるおっぱい。
おっぱいおっぱいおっぱいおっぱいおっぱい。
「これで……これで勝ったと思うなでありんすうううううううううぅぅぅぅ!!」
泣きながら夕日とともに消えていったシャルティア。
海岸に散らばった無数のパッドが、大粒の涙を流していた。