あくタイプはかくとうタイプに弱い   作:T-

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グルーシャちゃんくんに情緒やらナニやらをめちゃくちゃにされなかったものだけが私に石を投げなさい。


うそなき PP2/20

「なぁ」

 

 

 不意に、アカネさんに声をかけられた。

 

 

 ダイキノコを探す手を止め、振り返る。こちらを見ずに、生い茂る草をかき分ける横顔。ついでに揺れる豊満な臀部と胸部が見えた。

 

 舌打ちを抑え、返事をする。

 

「なんでしょうか?無駄口を叩く暇があったら探してください」

 

「アクサキ」

 

「はい?」

 

「アクサキのこと、どれくらい知ってるんや?」

 

 最初は、心底呆れてしまった。こんなくだらないことに作業を止めさせるなと。あまりにもマウントの取り方が安直だと思ったからだ。

 この牝牛もアクサキさんに惚れている。どうせ付き合いの長さを武器に私を牽制しようとでも思ったのだろう。

 

 そんなもの、いくらでも覆る。

 

 量より質なのだ。

 

 栄養が全てその駄肉に行ってるのか?

 

 すこしはよこせ。

 

 そう言って、私はアクサキさんとの相思相愛エピソードを語った。

 

 30分ほどたっただろうか。主だった出来事を喋り切って、どうだと言わんばかりに改めてアカネさんを見た。

 

 アカネさんは、真っ直ぐとこちらを見ていた。

 

 桜色の瞳が私を貫く。

 

「あんたはアクサキのこと、全然わかってへん」

 

 予想通りの言葉だった。

 

 ただ、その重みが違うような気がした。

 

 喉が詰まる。

 

「なにが…」

 

 言いたい。

 

 遮られる。

 

「全然わかってへん。上部だけしか見てへん。アイツの本質を見ようとせえへん。強いやつやと勘違いしてる」

 

「アクサキさんは強い方です。強くて、そして優しい。勘違いなどではない」

 

「そうやな、優しいで。アイツは優しい。そうそうおらへんよ、あんなええやつ」

 

 アカネさんが天を仰ぐ。昔のことを思い出すかのように、遠い空を眺める。

 

「でもな、強うはあらへんねん」

 

 そう言って、立ち上がった。ズンズンと私に近づいて、見下ろす。

 

 交錯する。

 

 「そやさかい、アンタには絶対に渡されへん。アクサキにとってアンタは毒や。一度摂ったらえずき出されへん、甘ーい甘ーい猛毒や。アンタとおったらアイツの心身ボロボロになってまう。それも本人すら気ぃつかへんうちに」

 

 訳が分からず、訳の分からない言葉で罵られる。

 

ーーーいや、訳の分からないなどと嘯うそぶくことはよそう。

 

 とぼける時間はもうおしまいだ。

 

 だってそれは、紛うことなき事実なのだから。

 

 見ないように、気づかないように先延ばしにしたものが、今となってやってきたのだ。

 

 

「ジムチャレンジは諦めてもらう」

 

 

 特大の利子をつけて。

 

 

 かりそめの幸せが瓦解する。

 

 

 

 

 

 

 

「アクサキはさ」

 

 

「もう、バトルはやらないのか?」

 

 

 それは、よく晴れた昼下がりのこと。

 ポッポがさえずり、バタフリーが優雅に飛び交い、キレイハナたちが踊り出す。

 

ーーーそんなよくあるジョウトの日常、その一幕。

 

 ハヤトとアクサキは、キキョウシティの近くの森の、ひときわ大きな木の上で寝そべっていた。

 

「…今さっき人のことボコボコにしておいて、なんか言ってらァ」

 

「おいおい、拗ねるなよアクサキ。真面目に答えてくれ」

 

「答えるも何も、質問の意味がわかんねー。眠いから邪魔すんな」

 

「そんなに引き摺るなよ、悪かったって」

 

「…ふんっ」

 

 アクサキはまともに取り合わず、帽子を深く被り直した。

 それもそのはず。彼らはつい先程まで6対6、フルパーティでの対戦を楽しんだばかりだった。

 

 結果はアクサキの完敗。

 

 ヘルガーで攻め、ブラッキーで受ける戦法こそよかったものの、それだけでハヤトのパーティを突破できるほどの破壊力はない。ヘルガーと並ぶほどのアタッカーと、それらを支えるサポート役が足りなかった。

 

 実家から来てもらったオクタン、イワーク、パルシェン、フォレトスも決して弱いポケモンではないが、彼らは普段は畑仕事に従事している。いきなりバトルで活躍しろと言われても、土台無理な話。

 

 アクサキがハヤトのポケモンを一体倒す頃には、パーティの半分が機能停止していた。

 

 そんな惨劇のクールダウンとして、ハヤトが連れてきたのが街を一望できるこの大きな木の上なのである。アクサキが悪態づくのも無理はなかった。まだまだ肉体的にも精神的にも大人と言えない彼は、負けて機嫌が悪いのだ。

 

「そういう意味じゃないんだがな…」

 

「はぁ?じゃ、どういう意味だよ」

 

「そのままの意味だよ」

 

「なんだそれ」  

 

 そよかぜが吹く。木々を優しく揺らし、木漏れ日がチラチラと柔らかく2人を包む。どこからかサクラの花びらが飛んできて、アクサキの鼻に降り立った。

 

 とても気持ちの良い日だ。雲一つない晴天。

 

 友の門出を祝うにはこの上ない、絶好の日。

 

 挨拶巡りに行った。思い出を語った。負けてしまったがバトルもした。あとは最終手続きをしに行っているアカネと合流して、打ち上げやって、2人を送り出すだけ。

 

「しかし、懐かしいな。みんなでジョウト中を巡ったのも、もう3年前か」

 

「もうそんなにたったのか」

 

「早いよな」

 

「あぁ」

 

「楽しかったよなぁ」

 

「あぁ」

 

「みんなで色々やってさ、初めの一歩を踏み出したと思ったら、もう終わってやんの」

 

「あぁ」

 

「ガキどももすっかり大きくなっちまってさぁ。特にチョウノとタツタ!背だけじゃなくてバトルも一丁前に成長してやがるし、ありゃ将来が楽しみだな。反抗期に片足突っ込んでたのはちょっと寂しかったが…」

 

「あぁ」

 

「それにいつのまにか数も増えてたしなぁ。このまま行ったらタイプの数だけ弟妹ができちまったりして。んなわけないか!ガハハハハ!」

 

「あぁ」

 

「ハハハ…ハ…」

 

「……」

 

「……」

 

 それなのに、弾まない会話。空回りする笑い声。これまでの仲がウソかのように気まずい空気が流れて、やがてアクサキは口を紡ぐ。そしてため息を吐いた。

 

 ため息を吐いて、チラリとハヤトに目をやる。 

 ハヤトは遠くを眺めていた。どこか懐かしい香りが漂ってくる故郷よりも、もっと先を。蒼く澄み渡る空を。じっと、じっと。 

 

 (これから人の上にたつってぇのに、なんて面だ)

 

 アクサキは心の中で独り言ごちる

 

 ハヤトとアカネは1年間の旅を通して8つのバッヂを集め、ポケモンの知識を蓄え、バトルの腕を磨いた。

 大小関わらず大会では好成績を収め、ジョウト地方のポケモンリーグとも称されるシロガネ大会では決勝リーグまで進出。

 ハヤトが優勝、アカネが準優勝と、若輩ながらも快挙を成し遂げる。2人の決勝戦は大変な盛り上がりをみせ、視聴率が3割を超えるほどに白熱したものだった。

 

 そんな2人の血が滲むような努力が実り、リーグ委員会(ジョウト支部)からそれぞれひこう、ノーマルタイプのジムリーダーに任命され、今に至るのである。

 

 しかし、本来ならば夢が叶った幸福感に染まっているはずの横顔は、耐え難い苦痛を受けているかのように歪んでみえた。

 

 勘弁してくれと、アクサキはまたため息を吐いた。

 

「不安かよ」

 

「あぁ…あぁ?何が?」

 

「何がって、そりゃジムリーダーのことだよ。来週からだもんな」

 

「いや、あぁー…まぁそうだな」

 

「気にするこたぁねぇよ、胸張っていけって。長年の夢が叶ったんじゃねぇか。お前のオヤジさんも喜んでるよ」

 

「…そうかな」

 

「そうだよ。『空の男になれ』って約束、立派に果たしてんだろ」

 

「だといいんだが…」

 

「大体な、お前はくよくよ考えすぎなんだよ。米も炊けねぇ半人前のくせに」

 

「……米は関係なくないか」

 

「大丈夫だってお前の実力なら。1番近くで見てきたオレが言うんだから間違いねぇって。なんならオレも手伝うからさ。バトルは無理かもしれねぇけど、書類整理とか結構得意だぜ、オレ」

 

「……」

 

「ま、そもそもオレみてぇな野郎がジムトレーナーになれるか怪しいけどな、人相悪いし!そん時は裏口入社させてくれよ!ガハハハハ!」

 

「……」

 

「おーい、笑う所だぜー今のー。おいおーい」

 

 あの手この手でハヤトを元気付けようとするアクサキの努力虚しく、ハヤトは俯いたままそよ風に吹かれている。万策尽きたアクサキも、気疲れでゲンナリしていた。

 

 どれほどの時間が経っただろうか。

 

 バトルで流れ出た汗はすっかりと冷えた。暖かくなってきたとはいえまだ若干の冷たさを残している風が更に体温を奪っていく。このままでは風邪をひきそうだ。そろそろ降りるべきだろう。

 アクサキは帰宅の準備を始めた。

 鼻歌混じりに、軽い足取りで。まるで、何もなかったかのように。

 

 だから、決壊した。

 

 

「アクサキはさ」

 

 

 ハヤトがポツリと、呟いた。

 

 ともすれば風にのって消えてしまいそうな声で。

 しかし、ぼうふう雨のような荒さを持ち合わせながら。

 

 

「もう、バトルはやらないのか…?」

 

 

 瞳を揺らしながら、言った。

 

「あーもう。だからそれどういう意味ーーー」

 

 

「三年」

 

 

「あ?」

 

 

「三年だ」

 

 

 

「旅を終えてから」

「夢を誓ってから」

 

 

「お前がセブンバッヂになってから」

 

 

「もう三年経った」

「なぁアクサキ」

 

 

「イブキさんには、いつ挑むんだ?」

 

 

「ーーーぁ」

 

 

 周囲の温度が、一段階下がる。

 踏み込んだ内容、アクサキの地雷を的確に踏み抜いて詰めてくるハヤトに、アクサキは困惑し立ち尽くす。

 

 膝を抱えたまま、ハヤトは動かない。それなのに、壁際までジリジリと追い込まれていると錯覚するほどの圧力がアクサキを襲っていた。

 

「慎重に進めるべきである事だと、俺もアカネもわかってるんだ。あんなこともあったし、無理は禁物だという事もわかってる」

「お前にはお前のペースってものがあるし、横から口を出すべきじゃない」

「そんなことはわかってる」

「でも」

 

 

「もう、そろそろ本気出してもいいんじゃないかな」

 

 

 そう言って顔を上げたハヤトをみて、アクサキは絶句した。

 能面のように感情が見えない顔、惚れ惚れするように綺麗な空色の瞳には暗雲が立ちこみ、グラグラと揺れている。

 

 マズイ。

 

 本能が警鐘を鳴らす。

 

「何、言ってんだテメェ…オレは十分本気で」

 

「嘘をつくな」

「お前があの程度なわけがない。いくら即席のパーティだからとはいえ、たった2匹で勝てるはずがないんだ」

「キレを、勢いを」

「なにより勝利に対する執念を、昔まえに比べてほとんど感じなかった」

「そもそも、なんで今だに即席のパーティなんだ。昔のお前なら、すぐに草むらへと繰り出していたはずだ」

「なぁ、どうしたんだよアクサキ。どうしたんだ」

「俺と(しのぎ)を削っていたお前は、どこにいってしまったんだ」

「あの時の気持ちはもうなくなったのか」

「諦めないって言葉は嘘だったのか」

「答えてくれよ、アクサキ」

「なぁ」

「アクサキ」

 

 

「どうしたら、ポケモンバトルをしてくれるんだ?」

 

 

 反応できたのは、ほぼ奇跡のようなものだった。

 

 あるいは経験が活きたのか。

 

 反射的に駆り出されたネストボールが、ハヤトの背後から飛び出してきたオニドリルと衝突する。

 

 回転するクチバシに当たったボールは砕けちり、中から飛び出してきたイワークがその巨体とぼうぎょ力をもってアクサキを守る。

 

 重さと衝撃に耐えきれなくなった枝は音を立てて折れ、重力の赴くままに落下する。アクサキはイワークに咥えられ、ハヤトはエアームドに捕まりながらゆっくりと下降。

 

 両者の体勢が整ったのは、いつのまにか出てきていたネイティオのみらいよちがイワークを沈めたときだった。

 

 受け身を取りながら、倒れ伏すイワークを新品のボールに戻し、礼を言う。

 さすがは畑四天王が一角。戦闘不能になる直前までアクサキを守りながら、無事に着地させた。ステルスロック等の牽制行為もしっかりとこなした彼は表彰ものだろう。

普段は仲間から「図体だけ」「きのみを奪とりにくるポッポのたいあたりの方が痛い」「大人しくディグダだけ連れてきてくれ」「今日もゼニガメから逃げ帰ってきたんすかwww」と散々な彼は、渾身のドヤ顔をかましながら後続へとバトンを渡した。

 なお、エアームドのきりばらいにより一瞬でステルスロックは消失した。世の中は非情である。

 

 ハヤトが場を整えている間に、アクサキはパルシェンとオクタン、フォレトスを出して守りを固める。

 

 パルシェンとフォレトスが前に立ち、オクタンが後方で控えるてっぺきの布陣。ルールが存在するポケモンバトルではみせない、野生を全面に出した彼らに、ハヤトは身を引き締める。

 

 覚悟の上だった。彼らが殺気を浴びせてくることは。彼らにとってはアクサキは大切な家族。家族がひどい目に遭わされたら怒るのは当然のこと。今も、それぞれが顔を真っ青にしたアクサキに寄り添いながら、背筋が震えるような眼で睨んでくる。

 

 よりにもよってなんでおまえがと、睨んでくる。

 

 それでもハヤトは止まらない。止まるわけにはいかなかった。

 

 心の臓へと放たれたオクタンほうを避けながら、一歩踏み出す。

 

 

「弱くなっていくお前なんて見たくないんだ」

 

 

「傷付くお前を助けられないなんて、嫌なんだ」

 

 

 震え、滝のように汗を流しながら荒く息を吐くアクサキ。ハヤトは淡々と言葉を投げかける。

 

 

「俺はもう迷わない」

 

 

 執拗に、徹底的に攻め上げる。一つ、また一つと、ポケモンだけではなく、アクサキの持っているモノまで削りおとす。傷を上書きする。

 

 

「ジムリーダーになる者として、最初の責務を果たそう」

 

 

「引退しろ、アクサキ。トレーナーカードを置いてくれ」

 

 

「お前に、バッヂは渡せない」

 

 

 そうして、目の前がまっくらになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ」

 

 気付いたらハヤトさんに背後を取られていた。  

 

 アカネさんとの戦闘中、しつこく粘ってきたミミロップにトドメを刺し、あとは司令塔を拘束するだけだった。勝ちを確信し、対策もせずに詰め寄ったのが仇となったのだろう。その一瞬の気の緩みで、身動きを取れなくされた。

 

 首筋にピジョットの翼を突きつけられる。カイリキーとカポエラーは動かない。動けない。動いたらどうなるか、分からないほど私の手持ちは愚かではないからだ。

 

 さらにはオオスバメとドードリオがいやらしい位置に陣取っている。唯一ボールを繰り出せる位置だ。無理して手持ちを出しても、初撃を取られ、どちらにしろ不利。完全に主導権を握られた。

 

「すまない、随分と頭に血が上っていたようだったからな。少々手荒だが、止めさせてもらった。悪く思わないでくれ」

 

「それはどうも。それはそうと、ピジョット、オオスバメ、ドードリオはガラルへの入国を禁じられているはずですが」

 

「俺はジムリーダー。信用があるからな、ちゃんと申請すれば許可が降りる。そこらの…有象無象とは訳が違う」

 

「…それは誰に対しての発言ですか?」

 

「俺に聞くより、自分の胸に聞いたほうが早いと思うが」

 

 身体中の血液が沸騰するかのような感覚に陥る。が、それによりも彼の言った事を理解してしまう自分に嫌気が刺した。

 

「来るのが遅いねんハヤト。どこほっつき歩いとったんや」

 

「うるさいぞアカネ。勝手に突っ走って自爆した奴に文句を言われる筋合いはない。俺が止めなきゃ明日の朝刊の一面飾ってたぞ」

 

「そらそれでアクサキの記憶に一生刻み込まれるさかい別にかまへんけどな。棺桶にはオクタン堂のたこ焼き入れといてや」

 

「断る。アクサキの悲しむ顔なんて見たくない。ほら、かけらとキズぐすり。サイトウ、キミにも」

 

「ありがとうございます…。流石にそこまでするつもりはありませんよ」

 

「嘘つかんといてや。ウチに当てる気満々やったやろ。こんな美人に躊躇いのう攻撃してくるなんて、どこでそのきもったま学んできたん」

 

「どのような状況でも対応できるよう日々精進しておりますので」

 

「怖いわぁ最近の子。なおさらアクサキのこと任せられへん」

 

「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」

 

「…はぁ。ピジョットたちも、もういいぞ。戻れ」

 

 ハヤトさんが手持ちを戻す。自由になったが、ここでもう一度バトルを仕掛けるなんて無粋な真似はしない。双方に利益がない。私も手持ちを戻し、ボールに安全ロックをかける。

 

 背中に張り付いていた殺気も、冷え込んでいた空気も霧散する。ひとまず、この場で血が流れることはなくなった。ハヤトさんもアカネさんも対話の姿勢をとっている。

 

 ひとまずここは落ち着くべきだ。

 

「ほら、アカネも立て。いつまでも半べそかいてると跡残るぞ」

 

「ええもん、それでアクサキに心配してもらうんや。いーこいーこしてもらうんや。そのまま昔みたいに膝枕やらしてくれたりしてぐふふ」

 

「…どうやら栄養が頭に入ってないようですね。だらしのない身体になる訳だ」

 

「の割には、まな板ちゃんはお尻もお胸も足りてへんようやな。カッチンコッチンで、どうやったらそれでアクサキを受け止めてやれるん?」

 

…………よし。

 

「カイリキー、彼女のダイエットに貢献してあげなさい」

 

「ミルタンク、格差社会の哀れな被害者を軽う揉んだれ」

 

「揉んでも意味なんてありませんでしたよ!」

 

「そういう意味ちゃうわ!」

 

「だからお前らやめろって…はぁ…胃が痛い…」

 

 こうして、集中の森は地獄と化した。

 

 

 

 それが今朝の出来事になる。

 

 

 

「で?なにか?それでダイキノコも取らずにノコノコ帰ってきたってぇことか、テメェは?」

 

「…面目ありません」

 

「ハッ!元気があって大変よろしいことだな、ジムリーダー様よぉ、え?おい」

 

 いつもと違い、おこっているアクサキさんが、顔に雑に消毒液を塗ってくる。

 

 あのあと、取っ組み合いのケンカにまで発展した私たちは、再度ハヤトさんに止められ(その際に2回ほどハヤトさんが宙を舞った)、渋々ながらも道場に戻った。ダイキノコを集めることなどすっかり忘れて。

 

 待ち受けていたのはもうそれは思い出したくもないほどの説教、説教、説教。ミツバさんには死ぬほど絞られ、マスタード師匠には爆笑された。

 

 そうして、アカネさんと私の間には1日の隔離命令が出され、今に至る。

 アカネさんは最後までアクサキさんに治療してもらおうと縋り付いていたが、笑顔のミツバさんとハヤトさんに連れて行かれた。目が笑っていなかった。

 

「っぅ…アクサキさん、もう少し優しく塗ってください」

 

「ウルセェ。やってもらえるだけ有難いとおもいやがれ。ボロボロになって帰ってきた時、オレがどれだけ心配したかもしらねぇで」  

 

「心配してくれたんですか」

 

「するに決まってんだろ。…なに嬉しそうにしてんだテメェ」

 

「顔に出ていましたか」

 

「相変わらずの鉄仮面だがな。はぁ…ったく、慌てて損したぜ」

 

「おたま持ちながら転ぶアクサキさんも可愛かっッッッダァ!?」

 

「はーいお薬ふやしておきますねぇ。包帯も、巻いてっ、あげますからねぇっ!」

 

「優しく!優しくお願いしますっ!?」

 

 圧迫止血も真っ青なアクサキさんからの愛包帯を受け止める(少し力を入れたら弾け飛んでしまった。引いてるアクサキさんの顔も可愛かった)。

 その後も手際よく治療される。治療行為ゆえに彼との距離が近い。すごく良い匂いする。そういえば匂いを好ましく思える相手とは身体の相性バツグンとかなんとか…優しい手つきで身体を触られているとか実質前戯では?一生続かないかなこの時間。

 

 などと思っていると、不意に肩を引かれた。考えごとをしていたこともあり、バランスを崩して後ろから倒れる。しかし、その先に待っていたのは硬い床ではなく柔らかく温かい感触。アクサキさんの太もも、いわゆる膝枕。

 

 膝枕。

 

「…ハッ。よっぽど疲れてんだな、テメェ」

 

 いつもなら逆に押し倒してくるのによぉ。

 

 突然の出来事にこんらんして固まる私をよそに、アクサキさんが言う。その綺麗な目を細めながら、優しく私の髪を掻き分け、撫でてくる。

 

「な、な、アク、サキさん」

 

「ほれ、動くな。くすぐってぇ」

 

「は、はい」

 

「ん。いい子だ」

 

 さらさら、ぐしぐし、ふにふに、ぺたぺた。

 

 髪を梳すき、頭を揉み、耳をつついて、頬を撫でられる。道場から吹き込む心地よい風に眠気を誘われ、しかし寝るのは流石に迷惑だと目を開けば、「ん?」と慈愛の表情で微笑むアクサキさんで視界が埋まる。

 

 快感と幸福で頭を包まれる。この暖かい胸の苦しみが、一生続けば良いのにと心から願う。

 

 今この瞬間だけは、ジムリーダーとしてのサイトウでも、武闘家としてのサイトウでもない。異郷の男性に恋する1人の少女として、私がいる。ここにいる。それがむず痒くも嬉しかった。

 

「気持ちいいか?」

 

「…はい、とても」

 

「そりゃよかった」

 

「以前から思っていましたが、整体師の経験がおありで?」

 

「昔、寝付けねぇって泣く弟にやってたんだ。そしたら他の奴らが、ずるいずるいぼくもあたしもって騒ぎやがってさ。数こなすうちに、自然とな」

 

「優しいですね」

 

「当ったりめぇだろ。地元じゃ仏のアクサキで名が通ってたんだ」

 

「…私も、貴方みたいな兄が…欲しかったです」

 

「…テメェみたいな出来の良い妹なんざゴメンだね。兄貴の立つ瀬がねぇだろうが」  

 

「兄さん」

 

「やめろ、すげぇむず痒い」

 

「結婚しましょう兄さん。法律なんて壊して、共に愛し合いましょう」

 

「しかも兄離れできてねぇタイプかい。ガキたちにもよく言われたわそれ」

 

「その話詳しく」

 

「急に落ち着くな。あとその目やめろ。怖いから」

 

「むぐ」

 

 頬を強く揉まれる。意外に男らしいごつごつした手。たくさんの豆跡と細かい傷がある、努力の手。

 その中に、一際目立つ大きな裂傷痕に目が止まる。

 

「気になるかよ」

 

「あ、いや…すみません」

 

「謝んなくていい。目立つもんな、顔のやつと合わせてさ」

 

 そう言って、顔の中心にある大きな傷跡をなぞる。その時、決まってこの人は寂しそうな、悲しそうな顔をする。そして、それを誤魔化すかのようにふざけて笑うのだ。

 

 それが、堪らなく嫌だった。どうしてそんな顔をしなければならないのか、誰がそんな顔にさせるのか、怒りすら湧く。

 そしてそれ以上に、自分なんかが触れてしまったら、もっと悲しませることになるなどはないかと。

 言い訳をし、怖がり、何もできない自分に嫌気がさした。  

 

 

『ジムチャレンジは諦めてもらう』

 

 

 だからこそ、踏み込んだ。

 

 今こそ勇気を出す時だ。

 

「アクサキさんは…」

 

「あん?」

 

「アクサキはどうして、そんな傷を負ったのですか?」

 

「そりゃあオレは男の中の男だからな、傷の一つや二つくらいないとカッコつかないというか」

 

「真面目に答えてください」

 

「ーーーいやまぁ、色々あったんだよ」

 

「その色々が聞きたいんです」

 

「おいおいサイトウ、随分来るじゃねぇの。意外と秘密話とか好きだったりするんだなお前も」

 

「…私には話せないのですか」

 

「話すも何も、大した話しじゃねぇからなぁ。ただ旅してる途中にミスって大怪我しただけさ」

 

 いつのまにか、アクサキさんの手は私から離れ、しきりにハンカチを握っている。

 どうやら、このまま続けても欲しい答えは返ってきそうにない。仕方ない。癪ではあるが、切り札を切るしかないようだ。

 

「アクサキさん、どうしても話していただけませんか」

 

「しつこいぞ、サイトウ。オレはなにもーーー」

 

「アカネさんと話しました」

 

「ーーー」

 

「彼女、いろんな話をしてくれましたよ。アクサキさんの小さい頃のことや、それこそ聞いてもないようなことすらたくさん」

 

「…あいつは喋るのうまいからなぁ。楽しかっただろ」

 

「ちっとも」

 

「手厳しいねぇ…で、なんの話をされたんだ」

 

 

 

「あなたのトレーナー人生を終わらせるため、ここに来たこと」

「そして、あなたを叩き潰すのに協力してくれないか、と」

「そんな素敵な話をしてくれましたよ」

 

 

 

「ーーーなるほど、な」

 

 大きく息を吐く。アクサキさんは、ひどく落ち着いているようだった。

 やっとか。

 そんな声すら聞こえてきそうなほどに、反応が薄い。あるいは諦観しているようだった。

 

「驚かないのですね。仮にもあなたの親友が、あなたを踏み躙ろうとしているのに」

 

「まぁ、な。アイツ…アイツらのことだし、アイツらなりの何か考えがあるんだろ。昔から、ちょっと視野が真っ直ぐいきすぎる所があった」

 

「なんでそんなに落ち着いているのですか。このままじゃ、貴方の大好きなポケモンバトルができなくなるのですよ」

 

「いや、そりゃオレだって嫌だけどよぉ。ジムリーダーのアイツらがいうんだから、そう悪いことにはならないと思うけどな、オレは。そんな悪い奴らじゃねぇことはオレが一番知ってる」

 

「ーーーっ、あなたのこと、弱いって言ってたんですよ!有象無象とも!」

 

「そりゃ、アイツらからしたらそれは唯の事実」

 

「ーーー〜〜ッッ事実なんかじゃない!!!」

 

「ーーーサ、サイトウ…?」

 

 気づけば起き上がり、アクサキさんの肩を掴んでいた。押し倒す勢いで彼の瞳を覗き込む。珍しく弱々しい色をした目に、今回ばかりは怒りが湧いた。

 

「アクサキさんは弱くない!強い人だ!毎日毎日努力を欠かさなくて、決して諦めなくて、優しくて、親切で、根性があって、ちょっと粗くて不器用で、すぐ自分のことを後回しにするけど、それでもいつも周りを気にして、みんなが笑顔になるように立ち回ってくれて、こんな私にもかまってくれて、意外に身体ががっしりしてて、髪もサラサラで、いい匂いもするし、ふにゃりと笑う顔が可愛くて、それでいて真面目な時の横顔はおとぎ話の英雄のようにかっこよくて、なによりあなたはポケモンを愛している!」

 

「お、落ち着けサイトウ。衝撃の事実にオレ嬉しい通り越してついていけてないから」

 

「ジムリーダーのいうことだから間違いない?そんなものは知りません!私もジムリーダーです!誇り高きガラルの若きジムリーダー!向こうがあなたを否定するなら、私があなたを肯定します!あなたは強いトレーナーであると!」

 

「え、う、うん。あ、ありがとう?」

 

「だからアクサキさん…そんな顔しないでください。そんな悲しいこと言わないでください。普段のあなたのように、そんなの鼻で笑い飛ばしてくださいよ。いくら大切なご友人だとしても、やっていいことと悪いことがあります。今回は悪いことです」

 

「だ、だがよぉ」

 

「大丈夫。もし向こうが実力行使をしてきても、必ず私がアクサキさんを守ります。守って見せます。指一本触れさせません。あなたの前に立ち続けます。だからお願いです…諦めないでください。まだ私との勝負、終わっていないんですから」

 

「……」

 

 目を瞑って深く考え込むアクサキさん。何秒、何分、あるいは何十分経っただろうか。しようと思えばキスができるような近さで固まる私たちが動き出したのは、アクサキさんの深い深いため息と優しい抱擁だった。

 

「わかったわかった。とりあえず、テメェがオレのこと凄く認めてくれていることは伝わったよ。正直嬉しい。ありがとな」

 

「なら…」

 

「あぁ。正直お前の話をどこまで信じていいかもわかんねぇし、そんなことになると思えねぇけど、もしそうなったらオレなりにやってみるよ。勿論、サイトウにも頼らせてもらう」

 

「本当ですか。嘘じゃないですよね」

 

「ほんとほんと。嘘じゃねぇから。だから一回離してくれ。オレからやった手前言うのもなんだが、テメェの力で抱きしめ返されると背骨が折れる」

 

「あともうすこしだけ」

 

「サイトウ」

 

「…わかりました」

 

 名残惜しいがアクサキさんから離れる。なにより、話の流れが良い方向に向かって安心した。安心したとともに、どっと疲れと痛みが湧いてくる。

 

「あーあーもー、怪我人のくせに興奮するからだよ」

 

「すいません。つい」

 

「つい、じゃねぇ。テメェ風呂入り直してこい。汗かいちまってて包帯が巻きにくい」

 

「お風呂入ってきたら、膝枕、またやってくれますか」

 

「んなもんいくらでもしてやるから、早く行ってこい。汗冷えて風邪ひくぞ」

 

「すぐ戻ります」

 

「肩までしっかりつかれよ。オレ布団敷いとくから…てかアイツ、傷の話は聞いていかなくてよかったのかなぁ…まぁいいか」

 

 アクサキさんは優しい人だ。優しく、心の強い人。

 だからこそ、私が彼を支えなければ。絶対に、彼らに彼を渡さない。

 

 決意を胸に、私は浴場まで向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それにしても、『守る』かぁ…」

 

 

 

 

 

 

 




本当に長い間お待たせいたしました。剣盾どころかSVが発売されてしまいましたね。時間を作る、時間を決める、そしてその間で作品を完成させる。この三つがとてつもなく難しくなってきた今日この頃です。
さて、ほぼ休止といってもいいんじゃないかなと言うぐらいには時間が空いてしまったこの作品。すっかり話を忘れてしまっているという方も多いと思います。自分も何回も見返しました。見返して手直しもしました。設定も少し(あるいはだいぶ)変わりました。サイレント修正してました。あまりにもひどすぎて。ご了承してくださいお願いします(土下寝)
そんな作者なにやってんだお前ェ状態にも関わらず、感想で生存確認を行ってくれた方々には頭が上がりません。ほんとにありがとうございます。あれなかったらマジでモチベが終わってました。

こんな感じのグタグタ作品ですが、少しでも皆さんの暇をつぶせたら幸いです。最近は暑い日が続き、なおかつ風邪も流行ってまいりました。皆さまもお身体にはお気をつけて、いつまでもグルハルを推し続けてください。ナンジャモ?お前は三十路であれ。四十路でもええぞ。
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