あらすじ部分に注意書きを書かせて頂きましたので、ご確認ください。
「ただいま」
扉を開けながらもそう言う。
1階建ての小さな貸家。そこが、私の家だ。
扉を開ければ、目に入るのは居間へと続く廊下と、居間に散乱するアルコール飲料の缶。
漂ってくる酒の匂いに顔を顰めて、チッ、と舌打ちをしながらも居間に入れば、いびきをかいて眠る男の姿。
30代の男性が、休日とはいえ夕方に晒して良い姿ではないだろう、と思う。
酔いに身を任せ眠っている男──私の父を起こさないように居間を通り、襖の奥へと向かう。
襖の奥の部屋には、1人の少女が居た。
イヤホンを耳に、携帯ゲーム機の画面に集中しているのが見える。
指の動き方からして、格闘ゲームをしているのだろう。
手にしていたビニール袋を床に置き、近づく。
床の軋む音に気付いたのか、それとも別の要素で気付いたのか。
ゲームを一時中断し、イヤホンを外して、彼女が顔をあげた。
「おかえりなさい、姉さん」
「ただいま、千景」
「……あの人は、どうしているの?」
「居間で寝てる。きっと夜まで……もしかすると、朝まで寝てるかもね」
「そう…静かで良い事だわ」
彼女は、郡千景。私の大切な妹である。
イヤホンをしてゲームをしていたのは、居間に居るあの人が酒を飲み何か世迷言でも言っていたのだろう。
ゲームに集中すれば、そんな事は気にならなくなる事を私たちは嫌と言う程に理解している。
「そうね、私もそう思う。あの人が散らかした居間を片付けたら、夕飯にしましょう」
「じゃあ、片付けは私が沢山するわね。姉さん、今日の夕飯は何かしら?」
「今日は、肉野菜炒めを作ろうと思うの…野菜増し増しだけどね」
「私は好きよ、姉さんの作る肉野菜炒め」
「千景にそう言われると、頑張ろうと思えるわ。さ、あの人を起こさないように、片付けをしちゃいましょう」
「えぇ、そうね」
私と千景に、母親と呼べる人は居ない。
父は今眠っているし、そもそも自分の趣味以外は何もしようとしない人だ。
故に、食事や掃除、洗濯などは私たち姉妹が自ら行わなければならない。
小学生の女の子がやる事ではないと思うが…もう慣れてしまった自分が居る。
「ねぇ千景。炒め物単品で出すのと、丼にするの、どっちが良い?」
「そうね……丼、かな?」
「分かったわ…あぁもう、まだ中身残ってるじゃない。捨てるとうるさいし、これは台所に置いておきましょう」
「姉さん、あの人の横にある本を取って貰える?元はこっち側に置いてあったはずなの」
「えっ、そうだっけ?」
「えぇ、そうよ」
「うーん……いつも掃除をしてる千景が言うなら、きっとそうね」
掃除は千景、料理は私。洗濯はその時その時、手が空いている方が。
何時の間にか、こういう役割分担で生活するようになっていた。
「部屋の換気をした方が良いわね…暑いし、酒臭いわ」
「じゃあ、台所の方で換気扇回すわね」
「窓も開けた方が良いかしら?」
「そうね。虫が入るから、網戸は忘れないで」
「蚊も多くなってきたものね……」
そんな事を言いながら、ビニール袋を手に台所へと向かう。
ビニールに入っているのは、あまり良い状態とは言えない野菜と、そこまで多くない肉。
肉が少ないのは予算の都合上だが、野菜が良い野菜ではないのは、私が好き好んで買ったわけでは無い。
良い野菜を持っていこうとすると、店主がうるさいからだ。
『阿婆擦れの子』『尻軽女の娘』と蔑まれ、『お前のような子が持っていって良いモノじゃない』と叩かれる。
それは面倒なので、自分でわざと小さいモノや色の悪いモノを選んで買う様にしている。
野菜の悪さを誤魔化すために、濃い味付けにした肉野菜炒め。
ロクに料理を習った事が無い小学生が作る料理だ、程度が知れている。
ご飯はこの前炊いた残りを冷や飯として残していたので、それを器に入れてレンジで温める。
取り出したご飯の上に、野菜炒めを盛りつけて居間へと運ぶ。
冷蔵庫に入れていた水出し麦茶を持っていけば、夕飯の完成だ。
「頂きます」
「はい、召し上がれ」
千景が一口、炒め物を食べる。それを緊張しながら見守る。
よく噛んで食べているその姿は、とても可愛い。
「ど、どうかな?」
「……美味しいわ。何時もと違う味付けなのね?」
「あ、分かる?ちょっと唐辛子とかニンニクとか入れてみたの」
「この味も、私は好きよ」
「そう?それは良かった」
千景が美味しいと言ってくれる。この味が好きと言ってくれる。
それが、私にとっての楽しみの1つだ。
こんな下手な料理でも喜んでくれるのが、とても嬉しい。
それと同時に、もっと良いモノを食べさせてあげたいな、と心の底から思う。
「千景、明日食べたいものは何かある?」
「そう、ね……姉さんが作ってくれるなら、何でも良いわ」
「そう?本当に何もないの?」
「だって、姉さんが作ってくれるのは、それまで食べてたインスタントとか、コンビニ弁当とかよりも、ずっと美味しいから。それに、私の嫌いなモノは出さないって、安心出来るし…」
「そっか……そっかぁ!もう、嬉しい事言ってくわねぇ千景は!」
「ね、姉さん、頭撫でるのは止めてよ……」
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけだから!」
「もう、姉さんったら……」
困ったような、でも満更でもない、といった表情で撫でられる千景。
その顔を見て、私──郡千草は、満面の笑みを浮かべた。
――――――――――
2004年2月2日の23時。
もうすぐ日付が変わる、というその時に、私は生まれて。
2004年2月3日の0時。
日付が変わって直ぐに、千景が生まれた。
僅かな時間ながら、日付としては明確な違い。
故に、2月2日生まれの私が姉、2月3日生まれの千景が妹、という事になっている。
父と母は、恋愛結婚であると聞いた事がある。
親族は反対していたらしいが、それを振り切って2人は結婚。今住んでいる小さな貸家を借りて生活を始めた。
私と千景の誕生を、2人は祝福してくれたらしい。
私たち姉妹の仲は良好であった。
困っていたら互いを助け、時には喧嘩をして、でも仲直りして。
共通の趣味であるゲームで共闘し、対戦して。
ゲームのし過ぎで夜更かしをして、寝坊して母に揃って怒られた事もあったか。
慎ましくも、幸せな生活。それが、ずっと続くのだと、私と千景は信じていた。
でも、現実は違った。
全ての元凶は、どう考えても父だろう。
あの人は、心が体に追い付いていないとしか言いようのない人だ。
己の趣味を優先するが、家事は全く出来ず、家族への思いやりというものが無かった。
母が病気で倒れても何もせず、私たち姉妹どころか母の誕生日も祝う事は無かった。
結婚記念日をすっぽかして上司との飲み会に参加して、大喧嘩をしていた事も覚えている。
2人の怒鳴り声が響く家、部屋の隅で震えて泣く千景を、抱きしめて慰めた事も覚えている。
愛想を尽かした母が、不倫という行為に走ってしまったのも、無理は無かったのかもしれない。
私と千景に、『少し用事が出来たの。ゴメンね、これでご飯食べてね?』とお金を渡し、家を空ける事が増えた。
今よりもっと小さな子供だった私たちは、母の言葉を純粋に信じた。
あまり温かくないコンビニ弁当で夕飯を済ませるのは、あの頃の私たちには辛く、寂しいモノだった。
だけど、用事が出来てしまったのなら、仕方ない。そう思っていた。
母の不倫が父にばれ、それが広まってから、全てが変わった。
田舎の閉鎖された環境で、不倫という話題は一瞬にして広まった。
母が責められるのは当然の事で、父も立場がとても悪くなって。
そして、その2人の子供である私たちにも、影響が出た。
『あんな親の子供なんて、ろくな大人にならない』と教師にも見放され、学校ではいじめが横行した。
子供たちは皆、『淫乱女』『阿婆擦れの子』と、意味も分かっていないだろう己の親が言っていた言葉を私たちに言った。
私たちの持ち物が無くなるのは当たり前の事で、服をはぎ取られ焼却炉で燃やされた事もあった。
私がトイレに行っている時、千景を囲み、彼女の髪と共に耳を切って傷つけた事もある。
激昂した私が教室内を暴れまわった時、教師は私を責めた。実行犯の子供には何も言わなかった。
2人並んで階段を上っている時、突き落とされた事もあった。
千景には大きな傷は無かったけど、私は階段の段の角に頭をぶつけた時にそこが切れて、今でも痕が残っている。
右の眉の辺りから、5センチ程の長さの傷が耳の方へと伸びている。
千景がこの傷を見るととても心配するので、右目を隠すように、右側の髪は伸ばすようになった。
母が不倫していた男と共にこの村を抜け出した時は、恨むと共に羨ましく思った。
あの人には、行動出来る自由があった。
子供である私と千景には、抜け出すという行動に出られる程の自由が無かった。
出ていけるものなら出ていきたい。けれど、それをするには体力も、お金も、何もない。
止む事の無いいじめを、この村から抜け出せる日が来るまで耐えるしかない。
『あいつ、俺に押し付けて逃げやがった!』と、酔った父は頭を抱えて怒鳴った。
押し付けた、とは、私と千景の事だろう。
私たちが居なければ、両親は過去を捨てて新しい生活が出来ると考えていたらしい。
私たちの誕生を祝福した2人は、私たちの存在を呪った。
『姉さん、私たちは、疎ましい無価値な子なの?』と、一緒の布団に入った千景に言われた事がある。
私自身、それは思った事だ。私は生まれなかった方が良かったのだろうか、と自分の存在について考えた事がある。
でも、千景がそう言った時、私は真っ先に否定した。
『そんなことは無いわ』
『でも、母さんは私たちを押し付けて逃げてしまったわ…父さんも私たちを押し付けられたことに怒ってた』
『……千景、良く聞いて。確かに、あの人たちは私たちを疎んだわ。学校の子供たちは私たちを虐げるし、村の人たちは私たちを蔑む』
『……やっぱり、私たちは……』
『でもね、千景。少なくとも、私は貴方が居て良かったって、心の底から思ってるの』
千景の左頬に右手で触れ、優しく撫でる。
『こんなに可愛くて、綺麗で、優しい妹が居る……それが、嬉しいわ』
『姉さん……』
『千景は、無価値なんかじゃない。千景の事を、疎ましく思った事なんて、私は無いわ。たとえ世界中の人たちが貴方の事を否定しても、私は絶対に、貴方の味方よ』
『……ありがとう』
千景が、私の右頬に左手を伸ばす。
温かく、すべすべとしたその手で、そっと頬に触れた。
『私も、いつも私の事を気遣ってくれる、優しい姉さんが居る事が、とても嬉しい』
『そう……?ありがとう、千景』
『姉さんも無価値なんかじゃない。姉さんの事を疎ましく思った事も、私は無い……ゴメンね姉さん、さっきは、お互いの事を無価値で疎ましい存在だなんて言ってしまったわ』
『良いのよ、だってこうして確認し合えたじゃない。たとえ世界中の人たちが何と言おうと、私たちが…私たちだけが、互いの価値を知り、互いを必要としている。それが、改めて分かったわ』
『えぇ、そうね』
少し恥ずかしそうに、でも嬉しそうに、千景が笑ったのを、今でも鮮明に思い出せる。
千景は笑った後、私の方に寄り、私に抱き付いた。
『姉さん、今日はこうして寝ても、良いかしら……?』
『えぇ、勿論。私もギューッてしてあげる』
『……温かいわ』
『えぇ、とっても』
『おやすみなさい、姉さん』
『えぇ、おやすみなさい、千景』
左腕で抱き寄せ、右手で頭を撫でる。
数分もすると、静かな寝息が聞こえてくる。
それを確認し、千景を抱きしめたまま、私も目を閉じた。
あの日から、私達はもっと仲良くなれたと思う。
お互いに思っていた、己の存在に対する疑問。
それを解決する、己の存在を認めてくれる唯一の相手が居るというのが、とても嬉しかった。
少なくと、私はそう思っていて…千景も多分、そうなんだと思う。
仲良くなる、と言うよりも、依存と言うべきなのだろうか。
でも、そんな事はどうでも良かった。
あの日は、私にとっての『大切』を確認した日。
私はあの日、心に決めたのだ。
『この子の為に、私は生きよう。この子の為なら、何でもしよう』、と……
――――――――――
7月30日。
千景の頭を撫でまわした次の日、私と千景は地震の揺れで起きた。
僅かな物音で起きるようになってしまったこの身にとって、地震というのは刺激が強い。
微睡む事など無く一瞬で目が覚めてしまう。
幸い、揺れを感じるレベルでモノが倒れる事は無かったけど…
この時、私は嫌な予感を感じていた。
「千景。大きな地震の前には小さな地震が起きるって話もあるし、避難出来る準備だけでもしておきましょう。食料と水は私が見てみるから、千景は服とかタオルとかの用意をお願い出来る?」
「えぇ、分かったわ…あの人の分は、どうするの?」
「……一応、用意しておきましょう。あの人の事だから、避難なんて面倒だとか言って家から出ないかもしれないけど」
「……分かった」
家の食材を確認すれば、日持ちする食材というのはあまり無い。
缶詰が幾つかと、ビスケットや乾パンの類が数袋。
ペットボトルの水も数本、水出しした麦茶もあるが、そこまで多くは無い。
日頃切り詰めて、必要なモノしか買わない生活が仇となったか。
「……仕方ないわね。あの人の分を少し多めに確保しておいて、っと」
「姉さん、服は2着ずつ位あれば良いかしら?」
「そうね…取りあえず上下2着、下着は予備を多めに、かしら」
「ビニール袋とかも、用意しておかないとね……」
「歯ブラシとかも必要ね。必要なモノって多いわね、こうして考えると」
そんな事を言いながらも準備をしていると、2度目の揺れを感じる。
先ほどよりも大きいが、まだモノが倒れるほどではない。
しかし、あの人が起きてしまった。
「ん、んぁ……」
「あ、おはよう…父さん」
「おはよう、千草、千景……どうしたんだ、荷物なんて纏めて」
「地震がさっきから起きてるの。念のため、避難出来る準備をしてるわ」
「避難、か…この村の何処に避難するって言うんだ?」
「…当然、学校よ。避難所に指定されているし、私たちは学生なんだから」
当然、嘘だ。
学校なんかに避難しても、待っているのは針の筵。
そうと分かっているのに、誰が行くというのか。
「そうか……父さんは家に居るよ。どうせそこまで大きな地震じゃないだろうしね」
「まぁ、私たちもまだ家に居るわ。大きな地震が起きたら、避難するって形で」
「分かったよ」
「父さんの荷物も、ある程度纏めておいたわ。一応確認して、足りないものがあれば自分で入れてね」
「あぁ……ありがとう」
面倒くさそうに頭を掻きながら、あの人がそう言う。
それを確認して、私たち2人は奥の部屋へと移動する。
「あの人に言った通りよ。大きな地震が来なければそれで良い、来たら…あの場所に避難しましょう」
「えぇ、分かったわ…それまで、どうする?」
「まぁ、ゲームでもしてましょう。千景、何かやりたいゲームは?」
「……格闘ゲームで勝負しましょう」
「分かったわ、早速やりましょうか」
襖を閉めて、2人してイヤホンを付ける。
後はもう、ゲームに集中するだけだ。
千景の持つゲームの才は凄く、幅広いジャンルのゲームに精通している。
対して私は、格闘ゲームは千景程上手くはない。練習はしているけど、千景の方が一枚上手だ。
でも、だからといって負けっ放しというのは嫌だ。
こっそりと練習しているので、今日こそは勝ち越して見せる。
「むむっ……ッ、千景!」
「えぇ……揺れたわね」
「それも、結構大きいわ……千景、行きましょう」
「分かったわ、姉さん」
何度目かの敗北をし、もう1回と思った時、今までで1番大きく揺れた。
結構強い揺れに、更に大きな揺れが来た時危ないかもしれないと判断する。
千景と共にリュックを背負い、居間へと移動する。
そこには、揺れた後にも関わらず全く慌てた様子を見せない父の姿があった。
「父さん、私たちは避難しようと思うけど」
「そうか。父さんは家に居るよ。恐らくこれが本震だろう、きっと治まるさ」
「そう……揺れが続くようなら、まだあっちに居るわ」
「分かったよ」
適当に理由を付けて動こうとしないあの人は放っておいて、家を出る。
目指すのは、とある神社だ。
古く、手入れもされていないその神社は、隠れる場所として最適だ。
誰にも見つからないように、人気のない道を選んで通り、目的地である神社へと向かう。
物陰から覗いて、誰も居ない事を確認して境内へと入る。
「ふぅ……ここまで来れば、一安心かしら」
「姉さん、水を飲んで一息つきましょう」
「そうね」
適当な場所に座り、水を1口だけ口に含む。
ペットボトルを仕舞おうとすると、また揺れを感じた。
社がギシギシと嫌な音をたてながら揺れる。
「……社からちょっと離れた場所に居ましょうか」
「そうね、それが安全かも」
「取りあえず、夕方まで此処に居て、まだ揺れるようならもう暫く此処に居ましょう」
「そうね、あの人から遠ざかれるし……あ、姉さん。虫よけのスプレーをしておきましょう」
「蚊の多い時期だものね……」
結局、私たちは夜まで境内に居た。
地震が何度も起きて、起こる度に揺れが大きくなっていたのが原因だ。
持って来ていたビスケットを分け合って食べながら、静かに境内で過ごす。
時間つぶしにと持って来ていた携帯ゲーム機は充電が切れたので、本を読んで過ごしていた。
すると、今までとは比べ物にならない程の揺れが私たちを襲った。
「きゃっ!」
「千景!」
千景の身体を抱きしめる。
揺れの中、遂に社が耐え切れず倒れた。
「社が……!」
「手入れもされていなかったものね…あれ、あそこにあるのは、何かしら?」
揺れが治まった後倒れた社を見ていると、ふと千景が何かに気付いたらしく、恐る恐る近づく。
一緒に倒れた社に近づき、手を合わせた後倒壊した社を漁る。
すると、千景が何かを手に取った。
「なにかしら、それ……?」
「刃物、みたいだけど……社に置いてあったのだし、神様へのお供え物?」
古びている、さびた大きな刃物。柄が無い所を見ると、折れた刃なのかもしれない。
千景が両手で持たなければならない、かなりの大きさだ。
まじまじと刃物を眺める千景から視線を外し、社へと向ける。
今居る場所よりも奥の方に、何かがあるような気がした。
移動して漁り始めると、私もとあるモノを見つけた。
「千景、こっちにもあったわ」
「これも、刃物みたいね……でも、少し小さいわね」
「そうね。千景が見つけたやつよりも、一回り小さいかしら」
さびた刃物を、私も見つけた。
しかし、千景が見つけた刃物とは、違う所が結構ある。
全体的に一回り小さい、というのが大きな違いだ。
また、千景の持つ刃物は緩やかな曲線を描いていて、曲線の内側が刃となっている。
それに対して、私の持つ刃物は比較的真っ直ぐで、外側が刃になっている。
2つの刃物を見ながら違いについて考えていると、千景が少し悲しそうな表情を浮かべた。
「どうしたの、千景?」
「えっと、その……似ているな、って思ったの」
「似ている?」
「この刃は、誰にも見向きもされずに、ずっと此処に居たんだって思って……手入れをしてくれる人も、存在に気付いてくれる人も、誰も居ない」
ツゥと、千景の頬を涙が伝う。
「もし姉さんが居なかったら、きっとこの刃と私は本当にそっくりだったのね。1人で、打ち捨てられて……」
「千景……」
私が見つけた位置と、千景が見つけた位置からして、それなりに離れた場所にあったのだろう。
近くて、しかし動けない刃にとっては遠い場所。
もしかすると、壁一枚隔てて違う部屋に置いてあったのかもしれない。
同じ境遇の存在を知ることなく、孤独に長い時を過ごしていたのかもしれないと思うと……手に持つ刃の事を、私は他人の様には思えなかった。
千景が居なかったら、私もそうだったのだろうと、納得してしまったから。
千景が思ったように、私もこの刃達の事を可哀想だと思った。
指で軽く埃を払ってあげていると、何か温かなモノが、刃から身体に流れ込んだ気がした。
「……?何かしら、今のは」
「姉さん……?姉さんも、何か感じたの?」
「なにかこう、温かなモノが身体に入った気がして……千景も?」
「え、えぇ。偶然、かしら?」
「……分からないわね。でも、悪いモノじゃないような気がするの」
「私もよ」
どうやら、千景も何かを感じたらしい。
偶然とは思えないけれども……千景にも言ったが、悪いモノじゃない気がする。
あの、日の光のような優しい温かさは、むしろ安心感すら覚える。
「……姉さん。持ち帰る事は、出来るかしら?」
「この刃物を?」
「えぇ……このまま放っておくなんて、私には出来ないわ」
「……なら、もう少し遅くまで此処に居ましょう。あの人が確実に寝た後に家に入れば、怪しまれずに持ち込めるわ」
「そうね……ありがとう、姉さん」
「良いのよ。私もなんか、他人のようには思えないしね」
千景の提案を、私は受け入れた。
千景に言ったように、私はこの刃物の事をもう他人の様には思えない。
このまま放っておくなんて、私も出来なかった。
「この大きさだとリュックに詰める事も出来なさそうね。持って来ていたビニール袋にも入らないか。包んで持っていきましょう」
「直接持っていると、錆びているとはいえ指を切るかもしれないものね、そうしましょう」
「誰にも見つからないように、気を付けて帰りましょうね」
「分かっているわ、姉さん」
見つかったら、何を言われる事やら。
村の人には、絶対に見られるわけにはいかない。
そういう所を含めて、夜遅くに家へと戻ろうと思う。
1時間程更に待ってから、私たちは家へと戻った。
鍵を使って家に入ると、あの人は眠っているのが分かる。
起こさないように部屋へと入り、大きく息を吐く。
「ふぅ……なんとか、持ち込めたわね」
「えぇ。とりあえず、押し入れに入れておけばばれる事はないわね」
「あの人が押し入れを見るわけ無いものね」
そういう事で、持ち帰った刃物2つは暫く押し入れに入れておく事になった。
そこまで物も入っていない押し入れだ、2つの刃物を重ねることなく並べる事が出来た。
今日からは、この刃物達は1人ぼっちではない。
「疲れたわね、姉さん」
「そうね。金属の塊を持って歩いていたわけだし、疲れるのも当然よね」
「手を洗って歯を磨いたら、今日は寝ましょう……シャワーは明日で」
「賛成ね」
主に、腕が疲れている。
両手でとはいえ、金属の塊を持って歩くのは疲れた。
軽く汗を拭いた後、歯を磨いて手を洗い、布団へと潜り込む。
薄手の布団に、2人一緒に入る。時期が時期だけに暑いが、この方がグッスリ眠れるのだ。
「明日、学校の図書室とかで、錆の落とし方でも調べようかしら」
「そうね……あのままは、可哀想よね」
「えぇ。素人でも出来る方法は無いか、探してみましょう」
「じゃあ、明日の昼休みと放課後は、図書室ね」
学校の施設はあまり使いたくないが、調べものをするなら図書室だ。
我が家にはインターネットや携帯、スマートフォン等は存在しない。
いや、インターネット環境自体はあるのだけど、パソコン等は無い。ゲームのオンライン機能を使ったりする位。
なので、アナログな調べ方に頼るしかない。
刃を研ぐとかは出来ないと思うけど、せめて錆落としくらいはしてあげたい。
なんの本を調べれば書いてあるだろうか?錆落しまでの道のりは長そうだ。
「おやすみなさい、姉さん」
「えぇ、おやすみなさい、千景」
少しすると、千景がそう言う。千景が眠くなってきた合図だ。
私が返事をすると、安心したのか直ぐに目を閉じてしまう。
さらに少し時間が経つと、規則正しい寝息が聞こえてくる。
それを確認し、頭を優しく撫でてから、私も目を閉じた。
ぐんちゃんの誕生日という事で、チマチマと書いていたモノを投稿してみます。
数話分の描き溜めと、粗末なプロットだけの見切り発車。
これから頑張って書いて行こうと思うので、生暖かい目で見守ってください。
感想や評価などを頂けると作者が喜びます。
続きを書く気力が湧きます。タブン。