郡千草は勇者である   作:音操

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大変お待たせいたしました……!(焼き土下座
熱中症でぶっ倒れたり、同じ部署で働く人が入院したりと、色々ありまして遅れてしまいましたが、なんとか投稿までたどり着きました。
書きたい事を書いていたら過去最長となってしまいました。

原作から比べると大幅に変わってしまった、『彼女』との出会い。
受け入れて貰えるかと思うと胃が痛くて痛くて……(胃弱男
前話同様、『この作品のこのキャラはこうなんだな』と受け入れて頂ければ幸いです。



第10話

「郡様が、こちらに来られる……それは、本当なんですか?」

「上里ちゃんから聞いたから、本当よ。なんでも、打ち直した武器を受け取りに、こっちに来るんだって」

 

安芸先輩の言葉に、思わず反応してしまう。

朝の祝詞を唱え、朝食を食べている時の事。

行儀が悪いと分かりながら、思わず身を乗り出してしまう。

 

「他には、何か知りませんか?郡様のご予定だったりは」

「私もそこまで詳しくないわよ。そこまで気になるなら……そうね、上里ちゃん本人か、烏丸さんか、もしくは詳しそうな神官さんに聞いてみたら?」

「……それも、そうですね。安芸先輩よりは、絶対に詳しいでしょうし」

「む……まぁ、言い返せないけどさ。巫女たちで一番年上の烏丸さんに、最も巫女としての力の強いうえに丸亀城で勇者達と暮らす上里ちゃん。絶対に詳しいでしょ」

 

郡様が、大社に直接来られる。

そう聞いた瞬間に、私は頭の中で『どうにかしてお会いする事は出来ないか』と考え始める。

安芸先輩の言葉に適当に合わせ、思考の大部分は考え事に回す。

 

勇者様に、お会いしたことが無い。

これは、烏丸さんや安芸先輩、上里さんに対して私が遅れている部分だ。

3人は気にしないだろうが、私にとっては、とても重要な事。

……『あんな』噂も流れているのだし、尚更だ。

 

お会いしたい。言葉を交わしたい。

日に日に、その思いは強く、大きくなっていた。

恐らく、今日この日が数少ないチャンスだ。

どうすれば、大社を納得させつつ、郡様御姉妹に会えるか。

……いや、難しく考えなくても、良いじゃないか。

 

「……ご馳走様でした」

「早ッ!?あれ、いつもはもっとゆっくりだよね花本ちゃん!」

「急がねばなりませんから。それでは、失礼」

 

急ぎ朝食を食べ終え、ある人物の下へと向かう。

今の時間なら、きっと……居た。

食堂の窓際、お茶を飲んでゆっくりとしているその人の前まで、周りの迷惑にならない程度に早足で向かう。

 

「烏丸さん」

「ん……花本か。どうした?」

「郡様御姉妹が、こちらに来られると聞きまして、お願いが」

「……想像はつくが、言ってみろ」

「郡様に、会わせてください。巫女として、ご挨拶をさせて頂きたいのです」

 

何も、難しく考えなくて良い。

丁度良い機会だったので、挨拶がしたい。それだけで十分だ。

なにせ、私は御二人を見出した巫女なのだ。

挨拶をする機会の1つや2つ、頂いて良いだろう。

 

「……断る理由も無い。挨拶しない方が不敬、だしな」

「えぇ。直接お会いできる機会があるならば、尚更」

「分かった。上に話を通しておく。花本の立場を考えれば、問題なく通るだろう」

「ありがとうございます」

「……まぁ、通らなくても、上里に頼んでみれば良い。大社の案内として、上里も一緒に来るらしいからな」

「それは、本当ですか?」

「あぁ。昨日上里と連絡を取り合った時に聞いたよ」

 

烏丸さんの言葉で、電流が走ったような気がした。

大社の、案内。

初めて来られるのだ、案内の1人や2人、ついて当然の事。

そうか、その手があったか…!

 

「……烏丸さん」

「……言いたい事は分かった。それについても、聞いておこう」

「ありがとうございます。この2週間程で、今一番貴方に感謝しています」

「素直で宜しい」

 

まるで教師のような言葉を吐きながら、烏丸さんは笑った。

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「千草様、千景様。ここが大社本部です」

「ここが……」

 

母さんと再会して、数日。

私と千景は、大社の本部へと来ていた。

私たちが見つけた、錆びた刃。

それの打ち直しが、終わったのだと言われた。

その為、私たちの武器を受け取りに、足を運んだわけだ。

初めて見る大社本部に、落ち着かなく辺りを見渡していると、声をかけられる。

 

「千草さん、千景さん。どうでしょうか、始めて来た大社本部は?」

「そうね……静かで、自然豊かで、良い所ね」

「そうですね。私もそう思います」

 

上里ひなたさん。

巫女として強い力を持ち、丸亀城で共に過ごすことを許された彼女が、真鍋さんと共に案内をしてくれるのだとか。

 

「……それで、受け取る場所って言うのは?」

「大社の奥、神樹様の元です。神樹様の力を、打ち直した武具に馴染ませる必要がありましたので、今はそこに安置されていますから」

「分かったわ。それじゃあ、行きましょう」

 

成程、と思いながらも、先へ行くことを提案する。

しかし、真鍋さんが首を横に振った。

 

「それなのですが、少々お待ち頂きたいのです」

「何故、でしょうか?」

「御二人にお会いしたい、出来る事なら案内に同行させて欲しいという方がおりまして」

「……誰、ですか?」

「御二人を見出した巫女様……花本様です」

 

私達2人が勇者であると神託を受けた人、か。

 

「何故、でしょうか?」

「上里様のように丸亀城で共に生活出来る訳でもないので、お会いできる機会が今までなかった。なので、大社に来られた今日、ご挨拶をさせて頂きたい、と」

「成程……」

 

理由を聞けば、納得のいくものだった。

会える機会があるから、挨拶をしたい。特に違和感も感じない。

そんな事を考えていると、上里ひなたさんがこっちを見た。

 

「その……花本さんが御二人に会おうとする別の理由に、心当たりがありまして」

「……何、かしら?」

「実は、その……大社のごく一部の巫女や神官が、花本さんは勇者と共にバーテックス襲来の日を乗り越えたわけでも無い軟弱者だ、とか……そんな噂を流していると、聞いた事がありまして」

「……えっ?」

 

上里ひなたさんの言葉に、困惑する。

あの大社が。

私達2人の為に、あれだけ手を回してくれた大社という組織が。

そんな事をしているだなんて……

 

「勿論、その他大勢の大社関係者は、花本さんこそ御二人の巫女であると分かっています。ですが……」

「……特別な立場。勇者を見出した巫女という肩書に嫉妬した人がいる、という事なのね」

「恐らくはそうかと……だから、せめて挨拶だけでもする事で、『自分は郡姉妹を見出した巫女である』と、自分に言い聞かせたいのでは、と」

 

……このような状況下にあっても。

人と言うのは、上手くやっていく事は出来ないらしい。

……いや、当然の事か。

あの村の事を思い出し、あの村で虐げられても尚変わらなかった『あの人』を思い出す。

溜息を吐きながら、千景の方を見る。

私の視線に気付いたのか、千景がこっちを見た。

それを確認してから、耳元で囁く。

 

「千景」

「……会う、のね?」

「千景は、大丈夫?」

「……姉さんと一緒なら、大丈夫よ」

「そう……ねぇ、千景?」

「言いたい事は、分かるわ……えぇ、それも大丈夫よ」

「……ありがとう」

 

千景に確認を取る。

全てを言わずとも、千景は私の言いたい事を察してくれる。

優しく頭を撫でた後、上里ひなたさんと真鍋さんの方を見る。

 

「……お願いします。私たちを見出してくれた巫女に、会わせてください」

「分かりました。私が花本様を呼んできます。上里様、御二人と共に待っていてください」

「すみません、よろしくお願いします」

 

真鍋さんが歩いて何処かへ向かうのを見送り、上里ひなたさんと共に日陰へと移動する。

 

「上里ひなたさん。貴方は、私たちを見出してくれた巫女……花本さん、だったかしら?彼女について、どれくらい知っているの?」

「そうですね……高知県出身の方で、私と同い年の方です。余り会話する機会はありませんでしたが、物静かな方だったかと」

「そう……ありがとう」

「いえいえ、お気になさらず」

 

柔らかく微笑むその姿は、1つ年下とはあまり思えない。

話をしていて、警戒心を削がれる、というか……やりにくい相手だ。

 

「……フルネームで他人を呼ぶのは、癖ですか?」

「……下の名前で呼べるほど親しい人は、あの村には居なかったの。それだけよ」

「そう、でしたか……珠子さんや友奈さんは、名前で呼んでいましたね」

「本人に、頼まれたのよ。その方が気が楽だから、って」

「じゃあ、私の事も、名前で呼んで頂けますか?やっぱり、フルネームで呼ばれるのは疎外感を感じてしまいますから」

「それは御免なさいね。今度から、名前で呼ばせて貰うわね……ひなたさん」

「はい」

 

そんな感じで会話をする事数分。

真鍋さんともう1人、眼鏡をかけた少女が歩いて来るのが見える。

恐らく、彼女が件の巫女なのだろう。

千景と彼女の間に立ち、真っ直ぐ見つめる。

期待と不安、両方の入り混じった表情で、少女はこっちを見ている。

 

見知らぬ相手との会話に、緊張してしまう。

それを隠すために、出来る限り自然に、疑われない様に。

優しく微笑みながら、言葉を投げかける。

 

「貴方が、私たちを見出してくれた巫女、なのね?」

 

 

 

 

 

――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「花本様、お待たせいたしました」

「真鍋さん……あの、その」

 

自室で待機していると、1人の男性が訪ねて来た。

真鍋さん。郡様御姉妹との交渉を行い、香川に連れてきた人。

郡様御姉妹の詳しい事情を知る人であり、御二人の為にと行動されている人だ。

私に郡様御姉妹の情報を教えてくれたのもこの人である。

 

「落ち着いて聞いてください。花本様、御二人から許可は頂けましたよ」

「本当、ですか?」

「はい。上里様と待って貰っています、今から向かいましょう」

「は、はい!」

 

勢いよく立ち上がり、真鍋さんの後ろをついて行く。

お会いできる喜びを顔には出さず、内心ガッツポーズしながら。

そうして歩いていると、真鍋さんが一度立ち止まる。

 

「花本様」

「はい」

「……今一度、確認しておきます。郡様御姉妹の事情を詳しく知っているのは、私と貴女のみ……ですが、郡様御姉妹にとっては、私のみが詳しい事情を知っている人間です」

「分かっています。他言無用の約束、それを破って、真鍋さんは私に教えてくださった」

「……御二人は、人間不信、対人恐怖症と言える状態にある。その中でも、私の事は多少信頼して下さっているかと思います。その私が、他言無用の約束を破ったと知られた場合のリスクは、分かってください」

「はい」

 

真鍋さんの話は、確認だった。

御二人の辛い過去。御二人としては知られたくない過去。

それを知っている、という事実……気付かれるわけにはいかない。

御二人の大社への信頼を、どうにもできない程に崩してしまうからだ。

私が頷いたのを見て、真鍋さんがまた歩き始める。

 

「……私が、貴方に郡様の事情を話したのは、大社内に味方が必要と考えたからです」

「味方、ですか」

「はい。郡様の事情を知り、郡様の幸福を望んでくれる人が私以外にもいて欲しい……そう願った。そして、貴方を見つけた。郡様の事を知ろうと積極的に動く、家庭環境、特に親子関係が安定している同年代の少女。味方になってくれると思いました」

「そして、その考えは当たった、と」

 

家庭環境が安定している人間からすれば、郡様御姉妹が過ごされた環境がどれだけ酷いモノか、よく分かるだろう。

同年代なら、自分と比べ、悲しんでくれるだろう。

そう言う考えの元、私に教えてくれたのでしょう。

 

「花本様。大社の為、私や花本様ご自身の為、というのもありますが……郡様御姉妹の為にも、ばれない様よろしくお願いします」

「郡様の為……」

「はい。郡様の為を思うのなら、御二人の対人恐怖症を解消するのは必要になるかと思われます。その為には、人を疑う事を、人並み程度になる事が必要です」

「……この件がばれてしまえば、『あの村の人でない人も信じられない』という前例が生まれてしまう、という事ですね」

 

真鍋さんが無言で頷くのが見える。

確かに、それは防がねばならないだろう。

他人を疑い続ける生活、姉妹2人以外誰も信じられない生活……それは、悲しすぎるでしょうから。

 

歩き続けて、大社の本拠地、その入り口付近まで来る。

日陰となっている所に、3人の少女が見える。

1人は見覚えがある。

上里ひなたさん。最も巫女としての力があり、勇者と共に丸亀城で暮らす事を許された人。

彼女と共に居る、という事は……その隣に居る2人の人物が、私が会いたいと願っていた人。

 

近づくと、どの様な人なのか少しずつ分かってくる。

黒い、長い髪の人だ。

上里さんと話されているのは、右目を隠すように髪を伸ばした方。

上里さんの話に、クスリと笑っているその姿は、とても対人恐怖症の人とは思えない。

こちらの方が、郡千草様だろう。

そんな郡千草様の後ろに隠れる方。

上里さんを……いや、それ以外に対しても警戒されている様に見える。

こちらの方が、郡千景様。

遠目に見ても分かる程に、美しい方々だ。

 

私と真鍋さんが近づくのに気付かれたのだろう。

郡千草様が、こちらを見る。

その表情は、とても穏やかで。

聞いていなければ……いえ、聞いていても、とても他人を恐れられているとは思えない。

それ程、自然な、優しい笑みだ。

 

「貴方が、私たちを見出してくれた巫女、なのね?」

「は、はい!」

「初めまして。私が郡千草」

「……郡千景よ」

 

郡千草様が私に優しい笑みを浮かべる横で、郡千景様が不安や恐怖を隠さぬ表情で、それでも挨拶をして下さる。

それを認識し、私は即座に膝をつき、頭を地面に付けた。

 

「お、お初にお目にかかります。此の度はお会いする機会を与えて頂き、誠にありがとうございます。私は……」

「待って」

 

声をかけられる。

固まる私の方へ、誰かが近づくのが音で分かる。

 

「花本さん。どうか、顔を上げてくれますか?」

「し、しかし」

「顔を上げて、くれませんか?……挨拶は、相手の顔を見て、するものでしょう?」

 

そっと、私の手の上に誰か……いや、郡千草様だ。

郡千草様が、私の手の上に、手を重ねられているのだ。

恐る恐る顔を上げると、そこには郡千草様の優しい笑みが。

 

「さぁ、立ち上がって」

「それは、その」

「……そこまで、畏まられる程の者では無いわ。私も貴方も、神樹様から選ばれたという一点において、同じ立場だもの」

「いえ、そんな事は決して!郡様御姉妹は、この世界を救われるお方、私などと同じだなんて……」

「いいえ、同じなのよ」

 

チラリ、と郡千草様が郡千景様の方を見る。

それを見て、郡千景様が小さく頷き、1度深呼吸をして私の方を見る。

 

「……花本さん」

「は、はい!」

「……貴方の話は、少しだけ……上里、さん、から聞いたわ。その……私たちと共に居なかった、それだけで根も葉もない噂を流されてしまっている、と」

「そ、それは……いえ、郡様御姉妹は何も、何も関係の無い事です。全ては、御二人の元に馳せ参じられなかった、私の不徳の致すところでごさいます。」

 

思わず、上里さんの事を睨む。

何故、その事を郡様御姉妹に話したのか。

確かにその噂が流れているのは事実。

しかし、私が言った通り、郡様御姉妹が気にすることではないのだ。

 

だけど。

郡千草様は、私の言葉に首を横に振る。

 

「いいえ、関係のある事なのよ……貴方は、私達姉妹の事を見出してくれた最初の人。言うなれば、私達の恩人、なのだから」

「わ、私が、御二人の……恩人、ですか?」

「……この事は、この場に居る人以外には、言わないで欲しいのだけれども」

 

郡千景様が、私の方に近寄られる。

他人への恐怖を感じておられるのでしょう。その手には、僅かな震えが見える。

それでも、未だ膝と手を地面についている私の傍に来て、郡千草様が手を重ねて下さっているのとは反対の手に、手を重ねて下さった。

 

「……私達は、○○と言う、高知の田舎村の出身なの」

「えっ……わ、私の出身は、□□と言う高知の村、なのですが……聞き覚えは、ありますでしょうか……?」

「あら、隣村なのね」

「……凄い偶然、ね」

 

郡様御姉妹の言葉に、目を丸くする。

御二人の言われた村の名前に、聞き覚えがあったからだ。

そう、行こうと思えば、普通に行ける程度の距離しか離れていない、私の出身の村とあまり変わらない田舎村。

御二人が、そこの出身だった、だなんて……

 

「……まぁ、ともかく。私達はそこの出身、なのだけど……あまり、親と上手くいってなくて……よく、怒鳴られてたわ」

「だから、そんな親と離れる機会……私達を見出して、それを大社に伝えてくれた貴方には、感謝しているのよ」

 

語られた事に……いえ、『その事を語って下さったという事実』に、私も、上里さんも、真鍋さんも驚く。

だってそれは、大社上層部を除けば、真鍋さんと、丸亀城で共に過ごす上里さんにのみ開示されている情報で。

その情報は……郡様御姉妹にとって、知られたくない己の過去なのに。

何故、私に、それを。

 

「これは、貴方への感謝、そして……信頼の、印よ」

「感謝と、信頼……」

「えぇ、そう。私達は、親元から離れる機会を与えてくれた大社、そして大社へと私達の事を伝えてくれた貴方に感謝してる。そして、私達に対してこうも良くしてくれる大社と貴方を、信頼しているの」

「だからこそ、私と姉さんは、貴方にも私達のことを知って貰う事にしたのよ……」

 

郡千景様が、重ねて下さっていた手を1度離し、震えながらも、優しく手を握って下さった。

その横では、郡千草様が、御手が汚れるのも気にせず、私の額や髪に付いた土を優しく払って下さる。

 

「花本さん、立ち上がって」

「あ、いえ、その、御二人の手を煩わせる程のことでは……」

「良いのよ。さぁ、まずは立ち上がって」

「……わ、分かり、ました」

 

御二人の手を煩わせてしまう事に罪悪感を感じるが、この場で断り続けることの方が迷惑をかけてしまうと考え、まずは立ち上がる事にする。

サッと土埃を払い、御二人を見る。

郡千景様が、私の事を真っ直ぐ見つめ、口を開く。

 

「花本さん」

「は、はい!」

「……誰がなんと言おうと、貴方こそが、私の、私と姉さんの巫女よ」

「!」

 

涙が、零れそうになる。

手を強く握り我慢すると、郡千草様が私の方に近寄って来られる。

そして、優しく抱きしめて下さった。

 

「え、あ、郡千草様……?」

「花本さん。私と千景の恩人、私達姉妹の巫女……共に、実戦を知らない者同士、私達は変わらない。貴方への侮辱は、私たちへの侮辱と変わらない。だって、私と千景、バーテックスと戦った事が無いのだもの」

「それは、そうですが……」

「他の人の流す噂なんて、気にしないで。誰でも無い、私達が貴方を認めるわ……もしも貴方のことを悪く言う人が居たら、こう言って。『私は、郡姉妹に認められた巫女だ』って」

 

郡千景様の言葉でギリギリだったのに、郡千草様の言葉を聞いたら、もう堪えられなかった。

対人恐怖症だという御二人が、初対面の私に、ここまで優しい言葉を下さるなんて。

それが嬉しくて、もう我慢できなかった。

 

「花本さん?」

「す、すみません。でも、わ、私、嬉しくて、嬉しくて……!」

「……謝る事ではないわ」

「我慢しないで。誰だって……えぇ、誰だって、嬉しくて泣く事はあるわ。人として当然の事だもの」

 

優しい言葉に、涙が止まらなくなる。

自然と治まるまで、私は泣き続けた。

 

 

 

 

 

「お見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありません、勇者様……」

「何度も言っているでしょう?気にしないで、花本さん」

「……落ち着いたのなら、それで良いわ」

 

落ち着いた後、湧いてきたのは罪悪感。

御二人を待たせてしまった。見苦しい所を見せてしまった。

しかし、私の言葉に対して、『気にするな』と言ってくださる。

 

「……待たせてしまって、すみません。ひなたさん、真鍋さん」

「いえ、お気になさらず」

「千草さん、気にしないでください」

「それでは、そろそろ向かいましょう。神樹様の所へ……花本さん、案内、お願いしても?」

「は、はい!お任せください!!」

 

勇者様に言われ、目的の1つを思い出す。

勇者様の案内をする、それに共に参加する、というのが私の目的。

しかし……本来案内をする筈の上里さんや真鍋さんではなく、私を頼って下さった。

それが、とても嬉しい。

務めを果たさねばと気合を入れる私に、郡千草様が微笑みながら近づく。

……本当に、他人を恐れられているの、でしょうか?

隠すのがとても上手なだけ?

余りにも自然で、美しい微笑みに、そんな疑問が浮かぶ。

 

「花本さん」

「は、はい!何でしょうか、郡千草様!」

「……成程、確かに、そうね。こうして聞くと、距離感を感じるわね」

「あ、あの……郡千草様?」

「あぁ、ごめんなさいね。少し、考え事をしてしまって……それで、少しお願いがあるのだけれど」

「お願い、ですか?何なりと」

 

郡千草様の言葉に、そう答える。

すると、少し苦笑いに近い表情で郡千草様が口を開かれる。

 

「……フルネームで呼ぶのを、止めて貰えるかしら?」

「……えっ?」

「ほら、その……名字だけ、とか、名前だけ、とか、色々あるでしょう?」

「そんな恐れ多い事は出来ません!」

「何度も言ったけれども、私達はそれほど畏まられる存在ではないわ。今の私と千草は、神樹様から選ばれたという一点を除けば、一般人と変わらないのよ」

「……他の勇者とは違って、実戦経験は無いもの」

「ですが……」

 

私の言葉は、郡千草様が私の手を握った事で中断される。

 

「ほら、ひなたさんなんて、乃木若葉さんの事をちゃん付けで読んでいるのよ?」

「そ、それは……上里さんと乃木様が、幼馴染であるからでして……」

「安芸さんは、幼馴染ではない珠子さん達のことを名前呼びされてますよ?」

「う、上里さん!?」

「事実を言った迄ですよ、ウフフ」

 

柔らかく微笑む上里さんの事を睨む。

しかし、どこ吹く風と言わんばかりにスルーされてしまう。

 

「それにほら、『何なりと』と言ったのは花本さん、貴方ですよ?」

「それは、そう、だけれど……」

「……お願い、しても、良いかしら?」

「こ、郡千景様まで……」

 

不安そうな表情で、郡千景様が私に言う。

……そこまで頼まれてしまっては、従うしかない。

 

「わ、分かりました……ち、千草様、千景様」

「本当は『様』も要らないのだけれど……真鍋さんも、ですけど」

「巫女様ならまだしも、末端の神官でしかない私にまで期待しないで頂けますか?首が飛びかねませんので」

「それは、困りますね……」

 

名字呼びで許して貰い、ホッとする。

そのまま、私と真鍋さんを先頭に歩き始める。

道中は全員の性格の関係上、結構静かなモノだ。

御二人の質問に対して、私や真鍋さんが答えながら、神樹様の元へと向かっていく。

 

そんな感じで歩き、目的の場所までもう少し、という所。

数名の巫女と神官が、歩いて来るのが見えた。

……見間違えるはずもない。

私の『あの噂』を流している一団。

 

「おや、花本様、こんにちは」

「……どうも、こんにちは」

「そして、後ろに居るのは真鍋さんと上里様、そして……郡様御姉妹、ですかな?」

「……えぇ、そうです」

「……初めまして」

「やはり、そうでしたか!初めまして、私は……」

 

やけに興奮した状態で自分の自己紹介を始める神官。

話によれば、一団の巫女の1人、その親であるらしい。

大きな神社の神官であったらしく、大社には設立初期から協力しているらしい。

そんな神官を相手に、郡様御姉妹……ち、千草様と、千景様は、とても警戒しているのを隠さずに相手をされている。

それに気づかず、神官は1人会話を続ける。

 

「しかし、郡様御姉妹は実戦を経験されていないと聞いておりますが」

「……えぇ、確かにそうですが」

「おっと、失礼。責めるような言い方になってしまい、申し訳ありません。勇者様は、何も悪くないというのは、当然分かっておりますとも」

 

神官が、こちらを見る。

 

「勇者様を、相応しき場に導く事が出来なかった巫女、彼女の責かと」

「……へぇ。貴方は、そう思うのですね?」

「えぇ。聞いたところ、他の勇者様は皆、巫女と共に戦いの場に赴き、人々を救った実績があるとの事。しかし、そこの巫女は郡様御姉妹の元に馳せ参じられなかったとか」

「ッ……!」

 

その言葉に、爪が肉に喰い込むほどに力強く拳を握りしめてしまう。

この神官は、御二人に私の悪印象を刷り込もうとしているのだ。

恐らくは、御二人の私への信用を失わせ、支える巫女の立場へ己の娘を据える為に。

 

言い返す事は容易だ。

その日は地元の人たちを神社の境内に避難させたり、村の人が集まっているか確認するために神社を離れられなかったのだ、と。

神託を受けた時はそうした活動の最中であり、抜ける訳にはいかなかったのだ、と。

だけど……馳せ参じられなかったのは、事実だ。

俯き我慢する私を見て、神官の娘が嘲笑うのが見える。

 

「……貴方の言いたい事は、分かりました。私達姉妹の元へと来られなかった花本さんは私達の巫女にふさわしくない、と……そう、言いたいのね?」

「左様です」

「なるほど……」

 

少しだけ、千草様が考える仕草を見せる。

そして、数秒して、千草様が神官と娘を見た。

 

「……1つ、聞いても良いでしょうか?」

「何なりと」

「では遠慮なく。貴方が相応しくないと言った巫女、花本さんだけれど……今日、私に会うために色んな人に話を聞いて、同行させて貰えないか、同行は駄目でも挨拶だけでも、と頼み込んだらしいのよね。それに比べて貴方とその娘さんは、さっき偶然あっただけ……自分たちを売り込むには、努力が足りないのでは?」

 

―――――空気が、固まった。

千草様の言葉で、神官とその娘の表情が固まる。

 

「花本さんは、私達姉妹に会いたいと公言し、挨拶だけでもしたいと頼み込む程に、私達の巫女として何か出来ないかを考えていた。それに対して、貴方達は何をしていたの?」

「そ、それは、その……」

「花本さんへ悪い印象を与える噂を流すだけ、よね?私達姉妹の巫女とその父親としての地位を得たいと真に願うなら、まず私達に会う事からするべきなのに、それすらしないで」

 

千草様が、まるでゴミを見るかのような目で、2人を見る。

 

「そんな貴方達を、信頼するとでも?」

「で、ですが」

「くどいわ」

 

そう言うと、千草様が私の手を取る。

突然の事に驚くが、千草様は止まらない。

 

「この場において宣言させて貰います。私達姉妹の巫女は、花本さん以外にあり得ない。花本さんへの侮辱は、彼女を認めた私達姉妹への侮辱ととります」

「……他人を侮辱するのを躊躇わないような人を、私と姉さんは、信用しないわ」

「こ、郡様!」

「くどい、と言いましたよ……今すぐこの場を立ち去る事、そして今後、私達姉妹と花本さんに関わらない事、この2つをもって、今まで花本さんを侮辱した事を不問とします。ですが、今から10数えるまでに私達の視界から立ち去らない場合……この件、大社上層部まで持ち込ませて頂きます」

「……勇者とその巫女を侮辱した罪って、大社としてはどう扱うのかしら?」

「10……9……8……」

 

顎の所に右手を当てながら首を傾げる千景様の横で、千草様が指折りながらカウントダウンを進めていく。

本気なのだと感じたのだろうか、神官が我先にと走り去っていく。

慌ててその後ろを追いかけていく巫女たちが視界から消えて、誰も戻ってこなかった。

 

「……静かになったわね」

「神前である事を考えれば、これが正しい筈よ。神前で騒ぐなんて、神官としてどうなのかしら、さっきの人」

「さぁ……まぁ、どうでもいいわ。行きましょう」

「そうね。花本さん、案内の続き、お願いします」

「は、はい!」

 

再び歩き始める。

けれど、先程のやり取りの中、御二人が言った言葉を思い出してしまう。

少し歩いて、私は立ち止まった。

 

「花本さん?」

「……千草様、千景様。御礼を、言わせて下さい。先程は、ありがとうございました」

「……礼を言われる程の事では無いわ」

「私は、あぁいう悪い噂とか、誹謗中傷とか、そういうのが嫌なの……だから、ね」

「御二人がそう思っていらっしゃるとしても、私は御二人の言葉に救われました」

 

深く、深く頭を下げる。

 

「なので、言わせて下さい……心優しき方。先程私の事を庇って下さった事、そして、私が御二人の巫女であると言って下さった事……本当に、ありがとうございます」

 

改めて、私が御二人の巫女であると言われた、その時に。

私は、決意したのだ。

御二人こそ、真に勇者と讃えられるべき御方。

そんな御二人の為に、命を賭して働くのだ、と。

何も迷うこと無く、私は自分自身に言い聞かせた。

 

「……どう、いたしまして?」

「どういたしまして。本当に気にしなくても良いと思っているけれども、そこまで言われたら、ね」

 

首を傾げる千景様と、どこか困ったような笑みを浮かべる千草様。

 

「……すみません、上里さん、真鍋さん。私のせいで、2度も待たせしてしまいましたね」

「お気になさらずに」

「花本さんにとっても、郡様御姉妹にとっても、必要な事でしょうからね」

「ありがとうございます。それでは、神樹様の所へと向かいましょう。もう少しです」

 

2人に謝罪し、また歩き始める。

といっても、数分だけだ。

そうすると、異様な光景が見え始める。

1本の巨木と、そこへと続く、両手両膝をついた人達の間に生まれた通り道。

 

「あれが、神樹様……」

「大きい……」

「一神官でしかないない私は、ここで。巫女様、勇者様の先導を」

「分かりました。千草様、千景様、こちらへ」

 

真鍋さんが、周りの人と同じく両手両膝をつき、待機する。

それを見た後、私達は通り道を歩き始める。

神樹様の根元、白い布に覆われた武具の前に立つ。

神樹様の前について、私と上里さんが膝をつき、両手をつけて頭をさげた。

 

「神樹様。勇者様をお連れいたしました」

「神樹様。神樹様の力が宿りし武具を、勇者様に」

 

私とひなたさんが、神樹様への挨拶と、武具を受け取る前の嘆願を行う。

すると、御二人が私達の前に出て、私達の様に膝をついた。

 

「お初にお目にかかります、神樹様。郡千草と申します」

「……郡千景と、申します」

「どうか、四国の、世界の為に戦う力をお貸しくださいませ」

「どうか、お貸しください」

 

勇者様自らの嘆願を、聞き届けて下さったのだろう。

神樹様が一瞬、淡く光った。

瞬間、頭の奥で鋭い痛みが生じる。

同時に流れてくる、様々な情報。

これは、神託だ。

痛みに耐え、神樹様の言葉を読み解く。

 

「ッ……千草様、右の武具を、お取りください。千景様は、左の、武具を……」

「花本さん……?分かったわ」

 

私の話し方に、違和感を感じたのだろうか、千景様がこちらを見る。

すかさず首を横に振り、心配しないで欲しいと無言で伝える。

 

「千景様の武具に宿りし力は、『大葉刈』。神々の武具の力を宿した、大鎌です」

「これが、あの時の……」

 

打ち直された刃を見て、懐かしむような表情を千景様が浮かべられる。

それを見た後、千草様の方を見る。

 

「千草様の武具に宿られたのは、『葦那陀迦神 』。神の力宿りし、薙刀です」

「……これが、私の、私達の武具」

 

千草様は、どこか嬉しそうな表情で、武具を見ている。

自身の武具を手に、喜ばれている姿を見て、自然と笑みが浮かぶ。

とても辛い目に遭われた方々。

しかし、この先御二人を待っているのは、勇者として称賛され、尊ばれる輝かしい日々だ。

その第一歩を、こうして見る事が出来たのだから、嬉しいのも当然。

 

「……ありがとう、皆さん」

「千草様?」

 

静かな空間に、千草様の声が響く。

何事か、とざわつく神官や巫女達を他所に、千草様の言葉は続く。

 

「私と千景がこの場で、こうして勇者として立っていられるのは、きっと皆さんのお蔭なのだと思います。私と千景を見出してくれた花本さんを始め、丸亀城で共に過ごすひなたさん、とても親身になってくれる真鍋さん……それ以外にも、もっと多くの巫女や神官の方、そうではない大社関係者の方の力があって、私は、私と千景は、ここに立っている」

 

薙刀を手に、千草様が周りを見る。

神樹様への通り道を形成していた巫女や神官を見て、力強く宣言した。

 

「私は、ここに誓います。この身果てるその時まで、勇者としての責を全うしてみせます、と」

「……出来る限りを、姉さんと共に行う事を誓うわ」

 

力強い千草様の宣言の後に続くように、控えめながら、確かな意志を感じる千景様の宣言が響く。

 

……泣くのを耐えるので、精一杯だった。

何故、何故この方々が、この優しく方々が虐げられねばならなかったのだろう。

真鍋さんから聞いた話。

何も悪くない2人の少女が、村ぐるみで虐げられ、蔑まれてきた話。

それをその身で経験し、その上で、命をかけて人を守る為に戦って下さるのだ。

 

勇者様。

何故勇者様は、こんなにも優しく強くある事が出来るのでしょう?

 

 

 

 

 

とても疲れた1日だった。

けれども、私達には、必要な事ではあった。

勇者として戦う事を改めて宣言し、大社の信頼を得る。

この試みは、恐らく成功しただろう。

 

誤算だったのは、私達の事を見出してくれたのだと言う巫女……花本さん。

花本美佳さんとの出会いは、姉さんと事前に話していた段取りには入っていなかった、突然のもので。

でも、姉さんは落ち着いて対応し、彼女の信頼を……いや、あれは信仰とでも言い換えられるだろう。

彼女は、私達を崇拝している。

大社の人間として、ではない。

彼女自身の意志で、彼女は私達の事を神聖視し、崇拝してる。

あそこまで心酔しきっているのなら、きっと彼女は、味方でいてくれるのだろう。

突然の出会いであったけれど、少しは信じられる味方が、真鍋さん以外で増えたのは助かる。

別れる前に花本さんと連絡先を交換したから、大社の内情を調べるには彼女に協力を頼めば、嬉々として行ってくれるだろう。

 

姉さんのとった手段は、確かに大社の信頼を勝ち取り、私達に心酔する味方を作った。

けれど。

その時の姉さんは、余り、恐れていなかったように見えて。

その堂々とした振る舞いは、

 

 

 

郡千景様の御部屋の隅、丸めて捨てられており、回収

許可のない者の閲覧を禁ずる

持ち出し等を一切禁ずる

 




花本ちゃんとの出会い、そして武具を受け取る話でした。

次回からは数話分、郡姉妹と他のキャラの絡みを書いていきたいと思います。
勇者服とかについても触れていきたいのですが、どう触れていけば違和感なくいけるかと悩み中ですので、自分の中で納得できるモノが思いついたら書いていきたいと思います。

暑さが納まってきましたので、執筆ペースを戻しつつ、頑張っていこうと思います。
繰り返しになってしまいますが、今回は遅くなってしまい申し訳ございません。
次回はもっと早く投稿出来るよう、頑張っていきます(土下座

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