新しい部署に移動になりまして、ドタバタしておりました。
少し落ち着いてきましたので、5月以降は『恐らく』安定するかと思います。
失踪は絶対に、絶対にしませんので、どうか優しく見守ってください……(焼き土下座
11月も半ば、という時期。
諏訪との連絡について、乃木若葉さんと上里さんだけではなく、勇者達全員の中から数名で対応するようになった、そんなある日。
今日の担当は、私と姉さん、そして高嶋さんだ。
「こんにちは、白鳥歌野さん」
『こんにちは!……千草さん、前に言いましたよね?名前で呼んでほしい、って』
「あぁ、ごめんなさい。癖でつい……えっと、歌野さん。水都さんも、こんにちは」
『こんにちは、千草さん。今日は、千草さんだけですか?』
「いえ、千景と友奈さんも一緒よ」
「こんにちはー!!」
「……こんにちは」
『こんにちは!』
白鳥歌野さんと、藤森水都さん。
遠く離れた諏訪の地、つまりは長野県の勇者。
今も続くバーテックスの侵攻を、たった1人で追い払い続けているとの事。
「それじゃあ、まずは近状報告から始めましょうか」
『えぇ、そうですね。前回の通信から、今の所バーテックスの侵攻はありません。諏訪は平和でした。農作物も無事に育ってきているし、一般の方の笑顔も少し増えて来たわ』
「それは良かったですね。四国も相変わらず平和でした。勇者システムの開発も少しずつですが進んでいて、体感ですけどだいぶ負担は減ったように感じますね」
『一々着替えずとも、勇者としての装備が手元に来る……それは羨ましいですね』
「そちらでは自分で着替えるそうですね」
『えぇ、そうなんです』
……姉さん、楽しそう。
分かるの。乃木若葉さんや上里さん、土居さんに伊予島さん、それに、高嶋さんとも。
誰と話すよりも、緊張していないって。
「近状報告はこれくらいにしておきましょうか」
『そうですね。話すべきことは話しましたし……あ、こっちから話題提供良いですか?』
「歌野ちゃん、何を話してくれるの?」
『ふっふっふ……今回は、諏訪の人達のソウルフード、蕎麦についてよ!』
「お蕎麦!」
真面目な内容だけではなく、どこか雑談じみた物……いえ、雑談ね。
こんな事をしていて良いのだろうかと悩むが、話は続いていく。
『蕎麦はですね、とても魅力がある麺類なの!まずは香りね!蕎麦本体から香る気品ある香りは、つゆと合わさる事で至高とも言えるモノに昇華するのよ!!』
「ふんふん」
『さらに喉越し!細い麺はスルスルと食べられるわ!』
「なるほど……」
『そして、何よりも健康にも良いのよ!ルチンという栄養成分が含まれていて、動脈硬化や生活習慣病の予防に良いと言われているの!!』
「……」
蕎麦の素晴らしさについて熱弁する白鳥歌野さん。
そんな話を、高嶋さんと姉さんは興味深そうに聞いている。
私自身も、少し耳を傾けている。
『それに、蕎麦湯って言う楽しみ方もあるわ!美味しいだけじゃないのよ?蕎麦を茹でた際にどうしても逃げてしまう栄養素を取れるの!こうする事でもっと健康に良いの!!』
「蕎麦湯……そう言うのもあるのね」
『そうなのよ!きっと気に入って貰えると思うわ!!』
「私、奈良でも蕎麦は食べる機会があったよ!……あれ、京都だったかな?ニシンの甘露煮が乗ってて美味しかったの!」
『ニシンの甘露煮……ニシン蕎麦ね!そうそう、蕎麦には蕎麦単品じゃ無くて、合わせる物によっても変化を楽しめるの!』
ニシンの甘露煮?
なんというか、味の濃いモノだとは思うのだけれど……蕎麦と、合うのかしら?
『油揚げに天ぷら、友奈さんが言ったようにニシンの甘露煮!幅広い組み合わせには、それぞれの魅力があるわ!』
「……香川にも、あるのかしら?香川はうどんが一般的だから、どうなのかしら」
『んー……数は少ないかもしれないわね、残念だけど。でも、もし見つけたら行ってみて!それで、蕎麦の良さを分かって貰えたら嬉しいわ!』
『そ、そうだね。もし良かったら、食べてみてください』
「そうね、機会があれば……というか、お店があれば、かしら?」
「そうだねー……今度、散策しながら探してみない?」
「それは面白いかもしれないわね」
蕎麦、か。
私と姉さんは、インスタントしか知らない。
でも、少し興味を持つくらいには、白鳥歌野さんの言葉には熱意が籠っていた。
『あっ……もうそろそろ、時間みたい』
『あら、もっと蕎麦の魅力を知って貰いたかったけれど……仕方ないわね』
「それはまたの機会に、ね?」
「そうだね!次はもっと詳しい事を教えてよ!」
『そうね、次はもっと蕎麦の魅力を知って貰うんだから!!それじゃあ、またね!』
『ま、またね!』
「えぇ、また今度」
「またねー!」
「……また今度」
通信の時間は、割と不定期だ。
と言うのも、この通信が保たれているのは神樹様、そして諏訪側の神様の力だという。
無理に使い続けると悪い影響が出かねない、という訳らしい。
その辺りは、諏訪側に負担が出ないまで、という事で切り上げているみたいだけれど。
ブツッ、と音を立てて通信が切れる。
顔も知らぬ相手との会話に緊張していたのが一気に解れ、肩の力を抜く。
「蕎麦、蕎麦、蕎麦……ねぇねぇ千草ちゃん!今度街中を探してみようよ!」
「そうね、蕎麦もインスタントくらいしか食べた事がないから、お店で食べてみたいとは思うの」
「じゃあ今度ね!」
「えぇ」
高嶋さんとそんな会話をして、別れる。
というのも、高嶋さんは今日この後に乃木若葉さんとの鍛錬の約束があるという。
……久しぶりに、姉さんと2人きり。
「姉さん」
「千景?」
「……姉さんが良ければ、なんだけど……」
「……えぇ、大丈夫。夕飯まで、2人で過ごしましょう」
姉さんの言葉に、心が喜びで染められる。
……本当は、分かっている。
姉さんの事を思うなら、自立するべきで。
その為には、他人との関わりを持つべきだって事は、分かっている。
でも、やっぱり怖いのだ。
もう少し、時間が欲しい。
「……ありがとう、姉さん」
「良いのよ、千景。たまには、こういう日があってもいいじゃない?」
「……うん」
そっと握られる手が、温かい。
……今はまだ、この温もりに浸っていたい。
いずれは、離れなければいけないと、分かっていても。
――――――――――――――――――――
「失礼いたします。大社の者です」
「あぁ、大社の……真鍋さん。お久しぶりです」
「えぇ、お久しぶりです」
丸亀市のとある病院。
その最上階に、私は来ていた。
入院している、とある人物……郡様御姉妹のお母様に、用がある。
「体調の方は如何でしょうか?」
「最近はだいぶ落ち着いていまして……お医者様曰く、『ステージ1』という区分に分類されるみたいです。以前は『ステージ2』との事でしたけど」
「それは良かったです」
天空恐怖症候群のステージが、下がっている。
ステージ1という事は、空を見たり外出したりすることに恐怖を覚えるレベル、という事。
精神的には概ね安定している状態だ。
「やはり、まだ空を見るのは怖いですか?」
「……そう、ですね。意識しないようにすることで、なんとか、という感じでしょうか。あまり窓際に近づこうとも思いません」
「やはり、そうなのですね……すみません、実際に天空恐怖症候群の方とお話をする機会は無かったモノでして、興味が先行してしまいました」
「いえ、仕方の無い事ですので、お気になさらず」
……本当に、精神的には安定しているらしい。
心の中で安堵する。
「こうして来られたという事は、私の処遇について、何か進展があったという事……なのでしょうか?」
「えぇ、はい。本日はそのご説明をさせて頂きたいのです」
「……よろしく、お願いします」
パイプ椅子に座り、資料を取り出す。
1つを相手に渡し、自分はもう1つの方を見ながら話し始める。
「……それでは、貴方の処遇について、お伝え致します」
「はい」
「では、まず現状ですが……貴方は、世間的には『死亡』扱いとなっております」
「……はい」
暫定政府との繋がりがある事、そして世界中で死者が溢れており、未だ遺体の確認が出来ていない行方不明者も多数存在する現状。
それらを使う事で、郡様のお母様が『死亡した』扱いにする。
そうする事で、親権を浮かせて、大社を後見に据える。
これによって『あの人物』と郡様御姉妹やお母様の縁を断ち切る。
これこそが、大社と郡千草様の考えた作戦であった。
「当然ではありますが、あくまでも『死亡』という扱いだけであり、貴方はこうして生きております」
「えぇ、はい」
「本来であれば、旧姓を名乗って頂くのが1番楽なのですが……聞いた話でありますが、貴方はご家族、郡様御姉妹からすると母方の祖父母、叔父、叔母の方々とは絶縁状態だとの事ですね?」
「間違いありません。私が『あの人』と駆け落ちしたあの日から、一切の連絡を取っておりません」
「であれば、旧姓を名乗る事で変に探られる可能性が生まれてしまいます。よって、この方法もあまり良くはない」
旧姓を名乗る方向性も無し、となると……
「大社から提案させて頂くのは、偽名を名乗り、大社で働く事、でしょうか」
「大社で、ですか?」
「もちろん、入院、リハビリが終了次第ではありますが。貴方自身の為にも、郡様御姉妹の為にもなる選択肢であるかと」
「私の為、ですか?」
「はっきり言いましょう。郡様御姉妹は『勇者』という特別な立場になられた。であれば、探るモノが必ず現れるでしょう。ご本人につきましては、我々が全力でお守り致しますが、ご家族までも完璧に守り切れるとは断言致しかねます。その際に探られると都合が悪い部分というのが、貴方の存在……正確に言うならば、『郡様御姉妹のご家族』です」
「……………はい」
勇者とは、高潔であらねばならない。
幼い身ながら、見ず知らずの他人の為に、命を賭して戦う少女達。
力無き人々は、その姿に希望を見出した……『見出してしまった』。
1度、その希望を持ってしまった人々は、その希望を、その希望『だけ』を待っている。
「家族を放り出してしまうような父親、愛想を尽かして浮気をしてしまう母親……人々は、そんな人が勇者様の両親である事を快く思わないでしょう。罵倒なら良い、ですが……」
言葉では、済まないかもしれない。
その言葉は、飲み込む。
しかし、言いたい事は分かって下さったのでしょう。
僅かに、身を震わせたのが見えた。
「……今なら、まだ間に合います。大社と暫定政府の力があれば、その事実を闇に屠る事が出来る」
そう、まだ間に合うのだ。
勇者の存在は、まだ公にはなっていない。
噂程度にはなっているかもしれない。
しかし、大社と言う組織の元、対バーテックスの要として集まっている事は公にはなっていないのだ。
だから、手を打つなら、注目を集めていない今の時期しかない。
既に、『かの人物』については手を打った。
高知の『あの村』から離し、大社の監視下に置いた。
『あの村』についても、着々と準備を進めている。
元々閉鎖的な村であったので、外部との交流は現代としては少ない。
郡様御姉妹、そしてそのご家族についての情報が流れていないかどうかの監視はしやすい。
大社が手を打つ前に悪い情報が流されない様、気を付けるだけだ。
残るは、目の前の人物のみ。
「郡様御姉妹のご両親は『あの日』に亡くなられた。そういうシナリオにし、それ以上遡れないように情報規制を行う」
「……そうすることで、千草と千景の名誉を守ると共に、私自身の事を探られないようにする。そう言う事ですね」
「はい。大社の考えうる最善手です」
少しばかり、悩んだ仕草を見せ。
しかし、『彼女』は微笑んだ。
「提案をお受けいたします。リハビリを終え退院した後は、大社の下で働かせて頂きます」
「……以前の提案の時もそうでしたが、条件も無く提案を受け入れて頂いております。我々としては有難いのですが……宜しいのでしょうか?」
前から少しばかり疑問に思っていた事を口にする。
なんの条件もなく、そのまま受けて下さっている。
『かの人物』とは違い、何も考えていないという訳では無いだろうに。
私の言葉に、『彼女』は少しきょとんと首を傾げた。
「私自身には、何も後ろ盾はありません。お金も、何もかもがありません。受けるしか手がない、と言うのが現状であります」
「しかし……」
「それに……あの子達の為になるのですから。喜んで、お受けいたします」
複雑そうな表情で、『彼女』は言う。
娘、という単語を使わなかったのは、『母』であった己が死亡扱いになったからか。
それとも……
「……面会も、控えた方が良いのでしょうか?もう、あの子達とは赤の他人にならねばならないのでしょう?」
「……いえ、暫くは大丈夫かと。勇者として公の場に出るまでは、大社も強くは言わないかと。あとは、郡様御姉妹の判断に委ねる部分になります」
「そう、ですか……何と、声をかければ良いのでしょうね、私は」
俯きながら、『彼女』は言う。
「本当に、酷い事をしました。恨まれて当然の事を、憎まれて当然の事を……私は、あの子達に、してしまった」
「……」
「あの子の……千草の優しさが、嬉しいと共に、怖いのです。なぜ、私にあそこまで優しくしてくれるのかが、分からない……」
「それは……」
確かに、私も不思議に思うところではある。
優しいお方なのだとは思う。
しかし、いくらなんでも、優しすぎると、そう感じてしまうのだ。
己を見捨てた親を、あそこまで許す事が出来るか?
同じ立場であったとしたら……断言できない。
「他人となったのを機に、接触を控えた方が良いのかもしれませんね……今の、とても優しいあの子は、たとえ私に恨みを抱いていたとしても、許してしまう。ならば、私の方から身を引く事が、あの子の為になるのでしょうか……」
「……難しい所では、ありますね」
「あの子の本心を聞く事が出来れば、良いのですが……話しては、くれないでしょうね」
「……いえ、それはどうでしょうか」
「えっ?」
思わず口を挟んでしまい、『彼女』が困惑した表情を見せる。
「あくまで私の意見ではありますが……郡千草様は、少なくとも、貴方の見舞いを週1回必ず来る程には貴方の事を気にかけておられます。そして、あの寛容さ……貴方が歩み寄る姿勢を見せれば、聞く事は可能ではないでしょうか?」
「……そう、でしょうか?」
「少なくとも、その姿勢を見せなければ、あの方も本心を語る事はしないでしょう」
優しい方であり、歳から考えれば賢すぎる方である。
郡千景様の為にと、常にそれを第一に考えておられる方である。
御二人に歩み寄る姿勢を見せれば、応えて下さるだろう。
「……そうですね。聡い子ですから、私から誠意を見せないと」
「それが宜しいかと。次お見舞いに来られた際にでも、どうでしょうか?」
「そうしてみます……私が、向き合わなければなりませんね」
「……えぇ、そうですね」
『悩み、考える……人らしい行いです』
『向き合うという選択肢、それを選んだ貴女の事を、誰が笑いましょうか』
『人よ。考える者達よ。良く、考えなさい。私は貴方方を見守りましょう』
――――――――――――――――――――
「んっ……朝か。だいぶ早く起きてしまった」
11月も半ば、日の出が遅くなっているとはいえ、まだ暗い時間。
普段はもう少し寝ている、そんな時間に起きてしまった。
しかし、二度寝するには短すぎる。起きているしかあるまい。
ガチャッ、という音が外から聞こえた気がした。
「ん?」
チラリ、と窓の外を見る。
誰かが、寮から離れていくのが見えた気がした。
「……気のせい、だろうか?」
ひなたではない。それは分かる。
というか、階段を下りる音がしなかった為、2階にいる人ではないだろう。
ならば、友奈だろうか?
朝の鍛錬、と言うのなら納得ではある。
が……ほんの僅かに見えたその姿は、友奈では無いように感じた。
「……気にしても、どうにもならないな」
分からないモノはどうしようもないので、頭の外へと追いやる。
……折角朝早く起きたのだから、鍛錬に励むのもありだろう。
朝早く、少し冷えた風に当たれば頭も冴えるかもしれない。
武具を手に、外へと出る。
予想通り、涼しいというには少しばかり冷えている風が少し吹いていて、心地いい。
素振りや簡単なトレーニングを暫くこなしていると、辺りが明るくなる。
端末を見てみれば、良い時間になっている。
軽くシャワーを浴びたら、朝食に行こう。
そんな事を考えていると、誰かが近づいて来る音が聞こえる。
音の方向を見る。
「千草さん?おはようございます」
「おはようございます、乃木若葉さん」
まさかの人物に、少し驚く。
「朝から鍛錬?」
「えぇ、そうです……千草さんは?」
「私も、少し体力をつけないとと思って走って来たの」
「そうでしたか」
……窓の外に見えた、誰かの姿。
それが、千草さんだったのだろう。
あれから、1時間程か。
「どれくらい、走っていたのですか?」
「ここからゴルフコースまで走って、身体を動かして、それで戻って来たの」
「ゴルフコース……海沿いにある、あの?」
「えぇ、そう」
……ここからゴルフコースまでとなると、大凡2キロ程だろうか。
そこまで走って、身体を動かして、戻ってくる?
千景さんや伊予島さんほどではないが、あまり体力の無い千草さんには些か酷ではないか?
「……毎日、されているのですか?」
「えぇ、出来る限り毎日。千景が一緒に寝ている時は、出来ないけれど……週に5日くらいは、ね」
オーバーワーク、という言葉が頭の中を過る。
鍛錬は積み重ねるべきではある。が、適度な休憩を挟んだうえで行うモノだ。
過ぎた鍛錬は、その身を滅ぼしかねない。
それに、『この早朝に起きるのを毎日』というのも問題だ。
睡眠時間は足りているのだろうか?
「……懸念は尤もではあるけれど、大丈夫よ」
「ッ!?」
「睡眠時間は6時間前後取る様に調整しているし、ストレッチ等で疲労が溜まらないように気を付けているわ。クエン酸等の疲労回復効果を持つモノを摂取するようにもしてるの」
「……それは良かった。しかし、その知識は何処で……」
「調べる事は、好きなのよ……千景の為になるしね」
優しく微笑む千草さん。
しかし、その笑みに……ゾクリと、寒気を感じてしまった。
「乃木若葉さん。貴方の方の鍛錬はもう終わり?」
「そう、ですが……」
「良かったら、私の部屋に来てくれる?少し、試して貰いたいモノがあって」
「は、はぁ」
試したモノ?何だろうか?
気になったのもあって、ついていく事にする。
……以前は無かったはずの、いつの間にか置かれていた、1人用としては十分な大きさの冷蔵庫。
千草さんが、そこからタッパーを取り出した。
「これ、作ってみたの」
「はちみつレモン、ですか?」
「えぇ。疲労回復に良いモノを調べてた時に、おすすめだって」
少し厚さの不揃いな、手作り感溢れるはちみつレモン。
レモンを幾つかグラスに氷と一緒に放り込み、溜まっているはちみつも垂らして、炭酸水を注ぎ込む。
軽くかき混ぜて、千草さんが私の方に差し出す。
「飲んでみて」
「……頂きます」
一口、飲んでみる。
強めの炭酸、レモンの酸味、はちみつの甘さ……ん?
少し、塩っぽい?
予想外の塩っぽさ、しかし悪くない。
鍛錬で火照った身体に、冷たさが染みわたる。
「……美味しいですね」
「そう、それは良かった。何か気になったところとかはあるかしら?」
「そう、ですね……少しばかり、塩っぽいと感じましたが」
「あら……岩塩、入れ過ぎたかしら?次はちょっと少なくしてみましょう」
「岩塩、ですか?」
「えぇ。運動後の塩分補給も兼ねるなら、入れておきたいと思ったの」
どうやら、色々と考えられたモノのようだ。
自分でも飲んで、味を確かめている千草さんを見て、感心する。
ふと、千草さんの部屋の中、机の上を見る。
以前は無かった冷蔵庫に気を取られたが、机の上も中々にモノが増えていた。
見えるのは、本の山だ。
『少し塩っぽすぎるかな?』と呟いている千草さんに話しかける。
「千草さん、あの本は?」
「……栄養学やスポーツ学について、少し調べているの」
「栄養学もですか?」
「えぇ……いままで、栄養とかは一切気にしないで自炊してきたけれど、随分偏りのあるモノだったって気付かされたわ」
申し訳なさそうな表情で、千草さんが呟く。
「……母さんが家を出て行ってから、基本的には私が料理を作って来た。千景の成長の一端を担ったのは私……あの頃から気にしておけば……」
「……仕方の無い事、ではないでしょうか。小学生から栄養について気にしている人が、どれだけいるか」
「それでも、よ。両親の代わりにその役割を担う人間として、気にしなければならなかった」
ゾッとするほど、暗い瞳で。
千草さんが、拳を握りしめる。
「千景の姉として、支える立場の人間として……やれることは、やらないと」
「千草さん………」
「……あぁ、ごめんなさい。私個人の問題だから、気にしないで?」
雰囲気が、ガラリと変わる。
別人なのではないかと思ってしまう程の早変わり。
それに、恐怖すら感じてしまった。
「感想ありがとう。次作る時は塩を少なめにしてみるわ」
「え、えぇ」
「……そろそろ、時間も気を付けないとね。お互い、運動後だもの。シャワーくらい浴びないと」
「そう、ですね……それでは」
「えぇ、また後で」
何時もと変わらない……さっきまでの暗い瞳は錯覚だったのかと思ってしまうほど、優しい笑みを浮かべる千草さんに別れを告げ、千草さんの部屋を後にする。
……僅かに感じた恐怖が、頭を離れない。
『このままじゃ、いけない』
そんな思いを抱きながら、自分の部屋へと急いだ。
「……ふぅ」
「他人の感想を得られたのは僥倖ね。千景には美味しいモノを食べて欲しいし……」
「……乃木若葉さんには、悪い事をしたわね。未完成品を食べさせるなんて」
「何か、お詫びをしないといけないわね。どうしようかしら……」
「……ひなたさんにでも聞いてみましょう」
千草は1人でそう呟くと、シャワーを浴びる為、タオルや着替えを用意し始める。
用意し終えシャワーを浴びる為に移動すると、ドサドサッ、と後方で何かが崩れる音が聞こえた。
「……今度、本棚を用意しないといけないわね……大社に言えば、用意してくれるかしら?」
チラリと見た後、千草はシャワーへと向かう。
彼女が見た所には、10や20どころではない数の本が崩れ、山となっていた。
郡家問題については、ある程度解消しました。
今後は、両親どちらも、ではなく、郡母に焦点を絞ります。
そして、最後に少しだけ新たな問題をお披露目。
今後どうなるかは、頑張って執筆しますのでお待ちください(土下座
活動報告にて少しずつ執筆中の『○○の姉』シリーズですが、防人&あやちゃんをまず全員分投稿する予定です。
その後、誰かに絞って続編を投稿するか、別の作品(のわゆ組、ゆゆゆ組、雪花さんや棗さん)を対象として『○○の姉』を投稿するかはちょっと悩み中ですが……