次回からは不定期な投稿となります。
『郡千草、郡千景。すぐ職員室まで来なさい。繰り返す。郡千草、郡千景。すぐ職員室まで』
刃を拾ったあの日から数日経過した、とある日の昼休み。
わざと少なく盛られた給食を食べ終え、千景と共に学校の図書館で調べものをしている。
そんな時、校内放送が流れる。
「わざわざ名指しで呼び出し……何かしら?」
「……行かなかったらそれはそれで面倒そうだし、行きましょう、千景」
「えぇ」
読んでいた本をしまって、職員室まで歩く。
嘲笑う声と汚物を見るような視線を無視して歩き、職員室のドアを叩き、中に入る。
「失礼します」
「来たか。取りあえず、奥の来賓室に行くぞ」
「はい」
面倒くさそうに頭を掻いた先生に付いて行き、来賓室へ。
初めて入る部屋だが、それなりに広かった。
中には、校長ともう1人、男性が居た。
神社などの神職の人、だと思う。
白を主とした色の服装を纏った人物が、来賓室の椅子に姿勢良く座っている。
「連れてきました」
「ありがとう、下がってくれ……2人共、まぁそこの椅子に座りなさい」
「は、はい!」
校長に促され、椅子に座る。
学校の椅子とは違い、固くないので妙に落ち着かない。
「ここに呼んだのは、こちらの方が君達に話があるという事でね」
「自己紹介をさせて頂きます。私、大社、と言う所から参りました」
「たい、しゃ……?」
「大きな
「は、はぁ…」
千景が首を傾げる。
それを気にすることなく、大社と言う組織の人であるというその人は話を続ける。
「この度は、御二人にお話ししたい事がありまして、香川から参りました」
「香川から……遠くからわざわざ、お疲れ様です」
「いえ、お気遣いなく……校長先生、ここから先は、御二人と私のみでお話をさせて頂きたい」
「は、はぁ」
校長が、渋々と言った感じで退室していく。
それを確認した後、男性は元から良かった姿勢を更に正し、私たちを見る。
そして、深く、深く頭を下げた。
「郡千草様、郡千景様。御二人には、この世界を守る勇者となって頂きたい」
ゆうしゃ、ユウシャ……勇者、か?
頭の中で言われた単語を変換し、首を傾げる。
この人、頭がおかしいのだろうか?
「あの、勇者って、どういう事ですか?世界を、守る?」
「……御二人は、今この世界がどのような状況に陥っているか、知っていますか?」
「いえ、全然。インターネット環境も無いですし、新聞も取っていませんので……」
「そうでしたか、これは失礼。まずは、そこから説明させて頂きます」
男性は、私たちに様々な事を話してくれた。
私たちが刃を拾ったあの日――7月30日。
あの日、1日中ずっと続いていた地震は、日本中で起こっていたという事。
あの日の夜、この村には現れなかったが、化け物としか言いようのない存在、大社が『バーテックス』と呼称している存在が日本中に現れて、人々を襲っているという事。
バーテックスには銃火器などは通用しない事。
バーテックスに対抗出来るのは、特殊な力を宿した武器を持つ無垢なる少女、『勇者』だけであること。
全く事情を知らない私たちに、分かりやすいよう説明してくれた。
男性は、バーテックスという存在の写真を見せてくれた。
白玉に口が付いたような、と言えばとても可愛らしく聞こえるだろうか。
不自然なほど真っ白で、周りに移る逃げ惑う人々の大きさから比較すると、かなりの巨体だ。
そして……口からはみ出ている、人の腕と思われる物。
表面と同じく不自然なほど真っ白な歯に、真っ赤な液体が付いている…察するに、血だろう。
見ていて、少し喉の奥に込み上げてくるモノがあった。
千景も同じ思いなのか、顔を青くしている。
「子供に見せるには、刺激が強いかと思いますが……私共で入手した画像の中では、これでもまだマシなモノなのです」
「……こんな化け物が、日本中に…?」
「はい。つい昨日の事ですが、島根県から香川まで逃げてきた方々を、我々大社が保護致しましたが……話を聞くと、逃げてくる間に立ち寄った町は破壊しつくされ、そこに住む人たちも、もう…」
「そう、ですか……」
そう言うと、千景は俯いてしまう。
心優しい彼女の事だ。あの白玉お化け……バーテックスに襲われ亡くなった人たちの事を思い、悲しんでいるのだろう。
「あの、そんな化け物が居るのなら、なぜこの村は?」
「それは私にも分かりません。奇跡的に、としか……」
「そうですか…今も、バーテックスは日本中を荒らしまわっているのですか?」
「恐らくは。今、四国は『神樹様』とお呼びしている神様の力で、壁に覆われて守られています。直ぐにバーテックスが攻め込んでくる事はありません。しかし、壁の外では、バーテックスが人々を襲っており、地平の彼方には絶えず燃え続ける炎が見える他、日が昇らず常に夜空の如く黒い空が広がっていると」
「そんな……」
村の外……いえ、正確に言うならば四国の外、か。
外では、地獄のような光景が広がっているらしい。
そして、私は思った事を口にした。
「……こんな化け物を相手に、戦えと?」
「……」
「銃火器も効かない、人々を容易く噛み千切る事が出来る化け物を相手に……私と千景に、戦えと、そう言うんですか?」
「御二人には戦う力があると、大社の巫女が神託を受けました」
「私たちに、そんな力があると?」
「御二人は、7月30日のあの日に、何か変わったことが起きませんでしたか?特に、武具を手に入れられたとか」
男性の言葉に、緊張で身体が固まってしまう。
身に覚えのある事だ。
地震が起きて、神社が崩れ、そして、倒壊した神社の中から、私たちは……
千景も、同じことを考えたのか、顔をあげて男性を見た。
「咎めるつもりは一切ありません。ですので、教えて頂きたい」
「本当、ですね?」
「はい」
「……あの日、村の外れにある神社に避難していました。その神社が地震で倒れて、その中から、古く錆びた刃を見つけました。触れると、とても温かなモノが体に流れ込んできて……それだけです」
「今は家に保管してます……それが、何か?」
私と千景の言葉に、男性は納得したような表情を浮かべた。
「御二人が拾われた刃、そして流れ込んだという温かなモノ。それこそが、勇者として選ばれた証です」
「あの錆びた刃が、勇者の証……?」
「私共で現在把握している、勇者として認められた方は6人。昨日保護した、島根県からの避難者を道中バーテックスから守り通した方。7月30日、あの日に奈良から来られていた方。愛媛県で勇者として戦われた2人の方々……そして、貴方たち御二人。全員が、何かしらの縁により、神社で武具を手に入れられ、そして勇者としての力を得られています」
私たちの他に4人、勇者として選ばれた人間が居るそうだ。
「御二人以外の勇者の方々は、戦う事を了承し、大社の本部がある香川に集まって頂いております」
「香川に、ですか?」
「はい。皆様が勇者として戦えるよう、大社の方で生活の場を設け、戦闘訓練などを行います。その為に、香川の丸亀、そこにある丸亀城を、皆様の生活、教育、訓練に使えるよう改装しています」
「そこで生活をしながら戦闘訓練を積み……バーテックスと戦う日が来たら、私たちは戦うんですね」
「そう言う事になります。どうか、御二人にも来て頂きたい」
その説明を聞いた時、私の中で閃いた事がある。
(香川の丸亀に住む…つまり、この村から出る事が出来る……!)
勇者としての訓練を受ける為に、私たちは香川に行く。
そうなれば、私たちは高知の田舎であるこの村から、香川の丸亀城に住む事になる。
村から抜け出せる……私と千景が耐えてきた、蔑まれ虐げられる日々から、解放されるのだ。
(それなら、受けてもいいんじゃないかしら?)
そう考え……ふと、更にある事を思いつく。
目の前の男性は、今まで私たちに分かりやすく説明をするその姿を見るに、優しそうだ。
そして、来たばかりで私たちの事情を知らない。
……賭けに出るのも、良いかもしれない。
四国の外に広がる地獄とは違う、私たちにとっての地獄。
そこから、ただ抜け出すのではない……完全に解放されるかもしれない。
その可能性があるのなら、やってみる価値はある。
「……少し、妹と話をしても良いでしょうか?2人きりで、話をしたいです」
「急な話でしたからね、分かりました。外で待っていますので、終わったら呼んでください」
「ありがとうございます」
私たちに深く頭を下げた後、男性が来賓室を出る。
残ったのは、私と千景、2人きりだ。
「ねぇ、千景?」
「ね、姉さん……この話、受けるの?」
千景の手は震え、怯えてしまっているのが分かる。
怖いのは、分かる。私だって、あんな化け物と戦うのは、怖い。
怖いけれど…それを表情に出さず、安心させられるよう、微笑む。
千景の左頬を右手で優しく触れながら、私は千景に言う。
「この村から…いいえ、もっと言うなら……あの人からも、解放されるかもしれない。可能性は十分にあると思うの」
「……あの人、からも?」
「えぇ。私の話を、聞いてくれる?」
「……うん」
少し考えて、千景が頷いた。
千景が頷いたのを見て、私はその『可能性』について千景に説明をした。
「すみません、お待たせして……話は、終わりました」
「いえいえ、お気になさらず」
千景との話を終えた後、扉を開けて大社の人を呼ぶ。
校長が一緒に付いて来るが、そっちは気にしないでおこう。
「話は終わった、との事ですが」
「はい……勇者となる事を、私たち2人でお受けしようと思います」
「本当ですか!それはありがたい!!」
深く頭を下げる男性。
……こうも喜ばれるとは思ってなくて、少し驚いてしまう。
だが、目的は此処から先にあるのだ。
「あ、あの。少し、良いでしょうか?」
「はい、何でしょうか?」
「私たち2人は良いのですが、親にも話はしておきたいなと思いまして……出来れば、相談の場に来て頂きたいと思うのですが」
「それは確かに、重要な事ですね。分かりました、同行しましょう」
「お願いします。親は仕事で帰りが遅くなると思いますのですが、大丈夫ですか?」
「いえ、こちらがお願いする立場ですので、お気になさらず」
よし、前提条件はまずクリア。
だけど、まだまだ。
「ありがとうございます。あの、まだ時間はありますので、私たちが刃を見つけた場所とか、案内しようかと思うのですが……」
「本当ですか?大社に報告出来る事が増えるので、そちらの提案を受けさせて頂きたいです」
「分かりました。では、放課後にあの場所まで案内して、その後は家まで案内しますね」
「では、その様に」
取りあえず、現状出来るのはこのくらいか。
あとは、後々の行動次第、になるかな。
「校長先生、郡様の授業が終わるまで、こちらに居ても宜しいでしょうか?」
「え、えぇ、大丈夫です」
「ありがとうございます」
校長、なにやら冷や汗をかいているような……?
何かあったのだろうか。まぁ、どうでも良いけれども。
さて、今は…昼休みが終わり、午後の授業が始まってしまっただろうか。
「あの、校長先生。私たちはこれから授業を受けに戻ろうと思うのですが……」
「あ、あぁ、そうだね。君たちはもう戻りなさい」
「分かりました。千景、行きましょう」
「えぇ」
妙に口数の少ない校長の言葉を聞き、千景と共に立ち上がる。
そして、2人で来賓室から出て、職員室を抜ける。
……やけに静かだ。やはり、何かあったのだろうか?
まぁ、罵倒されず、嘲笑われる事も無いというのは有難いのだけど。
千景と共に首を傾げながら、教室に戻った。
――――――――――
『高知に勇者として目覚めた者あり』と神託があったのは、バーテックス襲来と、『神樹様』とお呼びしている神様が四国に現れた、その翌日であった。
直ぐにでも勇者として認められた人物へ接触を図りたかったが、名前以外分からない人物が何処に住んでいるのかを確認したり、既に接触出来た他の勇者の方々を香川に集める事が優先された。
結果として、数日経過した今、大社の人間である私が派遣された。
高知県の中でも、かなりの田舎。
奇跡的にバーテックスが現れなかったその村に、勇者として認められた者…郡千草様と郡千景様はいらっしゃると言う。
地震などの被害こそあれど、バーテックスに襲われていないからだろうか。
地震の治まった今、この村の人々は日常を取り戻しつつある。
村の外から入ってくる恐ろしい話から、目を背けるように。
そんな村にたどり着いた私は、郡様が通っている小学校を訪ねようと思った。
日常を取り戻しつつあるこの村では、平日である今、子供は学校に行っているだろうと思ったからだ。
が、そこまで方向感覚に自信は無かったので、道行く人に学校の場所を訪ねながら歩く事にした。
道行く人に、私はこう尋ねた。
『郡千草様と郡千景様にお話したい事があり、通っておられる学校へと行きたいのですが、場所は何処でしょうか?』、と。
すると、人々は嫌そうな顔をしながら、学校のある方向を指さした。
白装束の人間に突然道を尋ねられたから、怪しまれてしまったのだろうか、と思いながら歩き、小学校へとたどり着く。
たどり着いた小学校で、私は『大社の者です』と己の身分を明かした。
田舎だからだろうか、表社会に出て日の浅い組織である大社の事を知っている人物はあまり居なかった。
しかし、どうやら校長先生は大社がどのような組織であるか知っていたらしい。
来賓室に案内され、『この暑い中、ようこそお越しくださいました』と冷たい水を頂いた。
白装束を着こんでいるのでとても暑かったため、ありがたく水を頂いて、本題へと入った。
『こちらの小学校に通っておられる、郡千草様と郡千景様に、お話したい事があります。是非会わせて頂きたい』
この小学校を訪ねた理由を話すと、校長先生はとても驚かれたようで、ポカンと口を開いて固まってしまった。
数秒固まった後、慌てて了承して下さったが、妙な雰囲気を感じた。
しかし、自分の気のせいかと流し、校内放送がかかる中、水をもう1杯だけ頂き、汗を拭いて郡様を待つ。
待つ事数分、郡様御姉妹が来賓室に入ってくる。
長く美しい黒髪が特徴的な少女だった。
御二人の共通の印象としては、物静かな人なのだろうな、と感じる。
右目を隠すように右の前髪を伸ばしている少女が前に立ち、その後ろを、右の前髪を右の後頭部の方まで持っていって纏めている少女が少し怯えた風に付いて来ている。
恐らく、前を歩くのが姉である郡千草様、後ろを歩くのが妹である郡千景様であろう。
御二人に話をしていく中で、疑問に思う事が幾つかある。
見ず知らずの人間であるとはいえ、私の事をとても警戒されているように感じた事。
いくら田舎の村とはいえ、インターネット環境が無いというのは最近にしては珍しいと感じた事。
そして、インターネット環境が無いとしても、あの地震があれば親族に連絡を入れる等することで、村の外の情報を知っていても可笑しくないのに、この村の外の事を全く知らなかった事。
これらについて疑問に思いながらも話を続け、話せることを話し終える。
郡様御姉妹は少し悩んでいたようだが、郡千草様が姉妹2人きりで話をしたいと私に言った。
急な話であったのは確かなので、御一考頂けるなら、と2人きりにする事を了承した。
大社の上層部からは、『何があっても、どの様な手を使ってでも連れてこい』と言われている。
しかし、娘が大社の巫女である以外は平凡な宮司である私は、そこまで非情になり切れないで居た。
命懸けで戦って欲しいというこっちの話を、考えて貰えるだけでも有難いと思う私は、大社上層部からすると無能だろう。
だが……私は、これで良いと思っている。
戦う力を持っているとはいえ、彼女たちは数日前までは普通の少女だったのだ。
それを、少し彼女たちとは違うが、自分の娘が巫女として認められた私は、知っている。
娘は普通の少女だったと、親である私が一番知っている。
そんな娘が、神様の言葉を人々に伝える巫女として認められた。
突然の変化に驚き、不安を抱く娘の姿を、私は知っている。
彼女たちも、きっとそうなのだ。そう思うと、無理矢理連れていく事など、出来なかった。
来賓室を出て、職員室の椅子に座らせて貰う。
耳を澄ませば、職員室のあちこちで教職員が私の事をチラチラと見て、話をしているのが聞えた。
『なぜあの子が…』、と言う会話が聞えてくる。
……郡様御姉妹では無い方が良い、ということだろうか?
恐らくは、先に退室していた校長先生の方から、彼の予想で話が伝わっているのだろう。
私たち大社について、多少知っている人物であったのだし、それは仕方ない。
だが、これはどういう事だろうか?
そう思いながらも、私は郡様御姉妹の相談が終わるのを待つ。
話が終わったと言われ、来賓室の中に戻る。
四国の外が関わらない話なので、校長先生にも付いて来てもらった。
もし承諾して頂けるなら、転校の手続きなどが必要になるからだ。
結果として、郡様御姉妹はこの話を承諾して下さった。
命懸けの戦いとなるのを承知の上で、話を承諾して下さったのだ。
感謝を伝え頭を下げると、申し訳なさそうに声をかけられた。
どうやら、親にも話をしたいので相談の場に来てほしい、との事。
なるほど、それは重要だ。
親からすれば、娘さんが化け物との戦いに向かう訳だし、心配しない訳がない。
本人達が承諾しても、親は反対するかもしれない。そうなれば、私が説得する必要がある。
必要な事なので、相談の場に同行する事を伝える。仕事で帰りが遅くなるらしいが、こちらがお願いする立場なのでそれ位待つのは当然の事だ。
細かな所に気付いて気をつかって下さる辺り、優しい方なのだと感じる。
授業に戻られるとの事で、来賓室を出る郡様御姉妹を見送る。
一度来賓室から出た時チラリと確認したが、どうやら今日は昼休みの後、授業は1つしかないようだ。
となると、1時間もかからないだろうか。
そこまで長くない時間で、何をするべきか……あぁ、そうだ。
「校長先生。少しお聞きしたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
「な、なんでしょうか?答えられる範囲でしたらお答えしましょう」
「でしたら……先ほど、教職員の方々がおっしゃっていた事についてなのですが」
「教職員が、ですか?」
「はい。『なぜあの子が』と言っておられました。恐らくは郡様御姉妹の事だとは思うのですが……あれは、どの様な意味なのでしょう?」
私の質問に、校長先生が固まる。
暑さのせいとはまた違う、冷や汗をダラダラと垂らしている。
「そ、それは……いや、私にはさっぱり分かりませんな」
「そうですか?」
「えぇ。しかし、大社とはこの村には現れなかったあの化け物を倒すために動かれている組織と聞いております。彼女たちは物静かな子でしょう?戦いには向いていない性格ですので、そんな子が何故選ばれたのか不思議に思ったのではないでしょうか?」
……言ってることは、正しく聞こえるが。
どうにも怪しい。そんな風に感じてしまう私が居る。
「そう、でしたか……失礼、トイレをお借りしたい」
「どうぞお使いください。場所は分かりますか?」
「えぇ、大丈夫ですので、お気遣いなく」
彼らが語る事、全てを信用してはいけないかもしれない。
そう思いながら、私はトイレへと向かった。
「おや、授業が終わったチャイムですか」
「えぇ、そうです」
「では、郡様御姉妹のいらっしゃる教室へと向かいましょう」
「放送で呼び出す事も出来ますが?」
「いえ、御足労をかけてしまいますので」
校長先生の提案を断り、教室の位置を教えて貰ってそちらへと歩く。
慌てて校長先生が付いて来たので、2人で歩く事に。
子供たちの、楽しそうな声を聞きながら階段を上がり、目的の教室がある階へ。
白装束の人間が校長先生と共に歩いている事を不思議に思ったのか、声をかけられる。
手を振ったり軽くお辞儀をしながら、目的の教室へと近づく。
すると、何やら騒がしい声が聞えてくる。
授業から解放された喜びの声でも、遊びの予定をたてる期待の込められた声でもない。
声がするのは…目的の教室、ですか。
「失礼します」
扉を開け、中をざっと見渡す。
終わったばかりだからだろう、恐らく殆どの生徒がそこに居る。
何人かで固まり楽しそうに話す人たちが居る中、教室の奥に人だかりが出来ているのが見える。
10人程だろうか、子供たちが教卓から見て左奥の方を囲むように並んでいる。
その奥に、見覚えのある人物が居るのが見える。
「ねぇねぇ郡さん!何時も通り、お願いね?」
「今日の放課後は、人を待たせているの。今日だけは自分で……」
「へぇー……阿婆擦れの娘が、私たちに掃除なんかさせるの?」
「少しくらい遅れたって大丈夫よ。おねがいね、淫乱女!」
囲まれる中酷い事を言われ続け、見覚えのある人物…郡様御姉妹が、俯く。
それを見て、私の身体は自然と動いていた。
「き、君達!一体何をしている!?」
「ん?おじさん、誰?」
「そんな事はどうでも良い!それより、君たちは何て酷い事を言うんだ!」
「酷い事?」
私の言葉に、名も知らぬ少女は首を傾げる。
周りの子供たちも、同じ反応だ。
「だって、親が言ってたよ?『淫乱女の娘が、まともな筈は無い』って」
「『浮気なんかする女の子供なんて、人間じゃない』ってさー」
「先生達も言ってたぜ、『親があんなんじゃ、まともに育つはずが無い』って!」
「なっ……!?」
それを聞いて、思わず校長先生の方を見る。
顔を真っ青にして固まる校長を、睨み付ける。
「校長先生、これはどういう事ですか!?」
「こ、これは、その……」
「……分かりました、もう貴方から聞く事はありません。郡様、行きましょう」
「え、でも…」
「大丈夫です、大丈夫ですから……君達。私はこれから、郡様御姉妹と大切な用事があるんだ。今日は、今日だけは、どうかお願い出来ないかな?」
「えー……」
私の言葉に、子供たちが嫌そうに頬を膨らませる。
少し強引にでも抜け出そうと考えると、固まっていた校長先生が動いた。
「き、君達!今日は、自分で掃除を行いなさい!」
「校長先生が言うなら……はーい、分かりましたー」
「……どうぞ、お通り下さい」
「……ご協力、感謝します。それでは」
今更ながら、自分が……自分たちが行ってきた事を後悔しているのか。
カタカタと震えながら頭を下げる校長に一声かけて、その横を通り過ぎる。
郡様御姉妹をいつでも庇えるように気を付けながら学校の敷地を抜ける。
そのまま数分、郡千草様の指示の下移動して、人が居ない場所まで来て足を止める。
そして、御二人の方を向く。
「ここまで来れば、もう大丈夫でしょう」
「そ、そうですね……」
「………」
「郡千景様?どうかなさいましたか?」
「千景、どうしたの?」
俯く郡千景様に、声をかける。
郡千草様も不安に思ったのか、近寄って声をかける。
郡千草様の声に反応し、パッと顔をあげる。
「大丈夫よ、姉さん。何時もより速く歩いていたから、ちょっと疲れただけ」
「これは失礼しました。歩幅を考えて歩くべきでしたね」
「すみません、私も少し……」
「申し訳ありません。一刻も早くあの場所を離れるべきと、自然と歩幅が広くなっていたようです」
「……お気遣い、ありがとうございます」
「いえ、あのような場所、長居は不要と判断しただけの事ですので」
出来る事なら、直ぐにでも御二人を村の外、香川までお連れしたい。
そう思う程に、この村は御二人への悪意に満ちている。
今思い返せば、その片鱗はあったのだ。
学校への道中で道を尋ねた人たちの反応は、私を怪しがるのではなく、御二人が関わる話だから。
校長先生や教職員の方々のあの反応は、彼らが『人』として見ていなかった御二人が、勇者として選ばれるはずが無いという固定観念からのモノ。
御二人がこの村で虐げられているのは、御二人の親…特に、御二人の母親が浮気をした、という事らしい。
この閉鎖された環境では、浮気の話は瞬く間に広まったのだろう。
浮気と言うのは、確かに許される事ではとは思うが……
しかし、だからと言って、生まれてきた子供をすら蔑み、虐げる程なのだろうか?
子供には、罪は何も無いだろうに。
「ここからはゆっくり歩いて行きましょう。大分離れましたしね」
「お願いします……」
歩幅を合わせ、ゆっくりと歩く。
道の指示以外、互いのコミュニケーションは無い。
15分程歩くと、そこそこ大きな道に出る。
「この道を暫く真っ直ぐ行きます。暫くしたら石段が見えるので、そこを上がれば」
「件の神社へと着くのですね。分かりました……御二人とも、私の後ろへ」
「え、あの」
「どうか、私の後ろへ。だれか、人が居ます」
「ッ!」
少し遠くに、人が見える。
犬の散歩をしている御婦人が2人、談笑しながらこっちに歩いて来る。
私の言葉に、郡千草様が郡千景様の手を取り、私の後ろに隠れられる。
それを確認して、前を向く。
丁度、向こうも私たちに気付いたようだ。
「あら……いやねぇ、阿婆擦れの娘がいるじゃない」
「気分よく散歩をしていたのに、台無しよ」
わざとこっちに……私の後ろに居る御二人に聞こえるように言う。
御婦人を無視して、横を通ろうとする。
すると、御婦人の1人が、私に話しかけてきた。
「貴方、どの様な用でこの村に?」
「……こちらの御二人に、大事なお話がありまして」
「あら、そうなの?」
「はい。御二人の家族の方が夜に帰って来られるとの事で、時間があるので村の案内をして頂いています」
「ふぅん……あんまりその子を歩き回らせないで貰える?気味悪いのよね」
「……それは、失礼。ある場所へと案内して貰ったら、御二人の家に戻りますので」
「そう」
嫌悪感を隠さず、チラチラとこっちを見ては何か囁きながら、御婦人たちが離れていく。
にしても、気味悪いとは酷い事を言うモノだ。
「もう大丈夫ですよ」
「……すみません。私たちと一緒だと、貴方も……」
「いえ、お気になさらず。私は大丈夫ですので……むしろ、謝るべきは私の方です」
「えっ?」
「神社までの案内がなければ、あの御婦人達と会う事も無かったでしょう……申し訳ない」
「……気にしないでください。ああいう扱いには、慣れましたので」
慣れました、か。
慣れてしまう程に、長い期間蔑み虐げられながらこの村で生きてきた、という事か。
……御二人の事を考えるなら、まずは神社へと直ぐに向かおう。
村の外れにあると聞いているし、御二人が避難場所へと選んだというなら、人も近づかない場所のハズ。
そこなら、少しは落ち着く事が出来るだろう。
「御二人共、少し速く歩こうと思います。大丈夫でしょうか?」
「私は大丈夫ですけど……千景は?」
「私も、大丈夫」
「……本当に大丈夫そうね。神社まではここからだと、さっきのペースで10分くらいだと思います」
「でしたら、学校から出た時と同じくらいのペースなら、5分程で着くでしょう。神社についたら少しは落ち着く事が出来ると思います」
「ですね」
確認を取って、少しペースを上げる。
時折御二人がしっかり付いて来ている事、疲れていないかを確認しながら、歩く。
急いだお蔭か、私たちは誰にも会うことなく倒壊した社の所へとたどり着いた。
思った以上にアクセス数が増えたり、偉大な先駆者様から感想を頂いたりと、プレッシャーに押しつぶされポンポンにダメージを負っています。
頑張って書いていきますので、どうか温かな目で見守って頂ければ……(土下座