冗談抜きで職場がどったんばったん大騒ぎ()でして、漸く落ち着いたのが11月半ば、そこから書き方を思い出す為に匿名で別作品を書き、漸く帰って来れました……
これから前の投稿頻度に戻したいと思いますので……
「ごめんなさい、美佳さん……」
「謝らないでください、千草様。貴方様の苦悩を知る事が出来た事、そして少しでも支えになれる事、これ以上の喜びはありません」
泣き続ける千草様を慰めて、どれくらい時間が経っただろうか。
僅かに薄暗い程度だった空が、もう大分暗くなっている。
……服の胸の辺りがちょっと湿っているけど、千草様が苦しみを吐露して下さった証だ。
「……ねぇ、美佳さん、約束は、守って……?」
「えぇ、勿論です。この事は、誰にも……千景様にも、絶対話す事はしない、と」
「お願いよ?私、これを話すのは、本当に始めてで……千景には、知られたくないから……」
「千草様からの命に背く事は無いと、誓います。形ある証拠が必要であれば、何か用意致しましょうか?」
「……いいえ、良いわ。この話をした時点で、貴女に対しては、その……ある程度以上、信用しているから。貴女なら、話を漏らす事は無い、って」
「千草様……ありがとう、ございます」
「お礼を言うのはこっちよ……ありがとうございます、美佳さん」
涙を拭って、千草様が私に礼を言う。
その時、ふと気が付いた。
「千草様……笑顔が、その……」
「笑顔?」
「え、えぇ……自然な笑顔を、浮かべられて……今日、と言いますか、今まで見てきた笑顔は、全部同じ笑顔でしたので……」
「そう、だったの?」
「はい……意図して、そうされてたのでは?」
「いえ、そんな訳じゃ……」
……千景様を不安にさせるまいと、無意識に思われていたのでしょうか。
その為、笑顔を無理に浮かべる事が増えて……そうして無理に浮かべた笑みが、張り付いてしまった、と。
「そう、でしたか……素敵な笑顔でした。きっと、千景様も、今の笑顔を見られたら、安心して下さるかと」
「そう、だと、良いのだけれど……」
「大丈夫ですよ」
何でしょうか、その……少し、角が取れた、とでも言いましょうか。
張り詰めた雰囲気が消えた、様な、気がしますね。
もしかしたら、これこそが、千草様の『素』に近づいた状態なのかもしれません。
「……ねぇ、美佳さん。今日は、ありがとうございました。なんだか、少し身体が軽くなった、そんな気がするわ」
「一助となれたのでしたら、光栄です」
「あ、あのね、それで、その……もし、良かったら……また、こうして一緒に出掛ける事って、出来るかしら?今度は、私が案内してみたいの」
「い、良いのですか?」
「えぇ……貴女相手には、もう、何も隠す必要はないから。時折で良いから、一緒に出掛けられたらな、って思って……駄目、かしら?」
「い、いえ!そんな事はありません!!私で良ければ、是非!!」
う、上目遣いで懇願などされなくても、そんなお誘い、お受けしますのに……
思わず、抱きしめている手の力が強まってしまう。
「あっ……フフッ」
「どうか、されましたか?」
「いえ、その……温かいな、って。私、千景を抱きしめる事は一杯あったけど、こうして抱きしめられる事って、殆ど無かったから……」
「成程、そうでしたか」
「……美佳さん。今日、帰る時まで、こうしてて良いかしら……?」
「はい。ずっと、こうしていましょう」
どこか恥ずかしそうに、お願いをされて。
暫くの間、ずっとこうして抱き合っていた。
『花本さん。首尾は、どうなったのかしら……?』
大社本部に戻ったタイミングで、千景様からの電話。
気になっているのはやはり、千草様についてのようです。
「千景様。この度の件、御話を伺う事は出来ました」
『じゃあ、それを……』
「しかし、口止めをされています。千景様にも、話す事を許されておりません」
『……そう』
「はい。私は、万が一噂が流れた際に私を迷わず殺して欲しい、そういう約束の元、千草様から御話を聞かせて頂きました。ですので、申し訳ございませんが、詳細をお伝えする事は、千景様であっても……」
『……………そう言う事なら、仕方ないわね』
正直に、今回の件について話させて頂く。
「私から千景様にお伝え出来る事は……そう、ですね、1つだけ」
『何かしら』
「どうか、千草様から話してくださる時まで、千草様の事を信じてお待ちください。千草様は、とても悩んでおられました……今回の件を通して、恐らく、良い方向に変わって頂けるかと思います。ですので、どうか」
『……えぇ、分かったわ。今回は、ありがとうございました』
「いえ、いえ。御二人の為になれる事、これ以上の喜びはありませんので」
『……今の姉さんに寄り添えるのは、多分……私よりも、貴女だと思うから。頼んだわ』
「は、はい!!」
『それじゃあ』
……此度の役目は、無事、果たせただろうか?
些か不安はあるけれども……
少しだけ、光明を見いだせたと思う。
(私に出来る事は、現状ここまで、でしょうか)
ここから先は、千草様ご自身の問題になる。
張り詰めすぎたその先に、糸が切れるように限界が来るという事は回避出来たとは思う。
けれど、千草様と千景様の不和、それを完全には回避しきれていない。
そして、それを完全に回避するためには、御二人が歩み寄る必要がある。
(どうか、御二人が再び歩み寄れますように……)
目を閉じて、祈る。
今の私には、それだけしか出来ないから。
――――――――――――――――――――
「1人で頑張らなくて良い、頼っても良い、かぁ……分からないなぁ……」
暗い部屋の中、1人ベッドで横になって考える。
美佳さんの言っていた言葉を、頭の中で何度も何度も繰り返す。
千景の模範にならねばと、周りを頼れぬ中1人で頑張って来た。
自分自身の事が分からなくなって、それでも我武者羅に、千景の為に頑張って来た。
その果てに失敗したと気付いて、それでも千景の事を託されて。
だから頑張って、頑張って、頑張って……
「……美佳さん」
命を懸けて、私へと尽くしてくれる人。
弱い所を曝け出して、それでも尚、敬愛してくれる人。
「……………甘えても、許してくれた、よね」
軽蔑の視線では、なかった。
罵倒も、されなかった。
ただ、慈愛に満ちた視線と、敬愛、崇拝の籠った言葉で、包んでくれた。
「……………美佳、さん」
(眠れなかった………)
眠気のあまり目の下を擦りながら、着替える。
電気ケトルでお湯を沸かしながらコップに適当にインスタントコーヒーの粉を放り込んで、冷蔵庫の中から『試作品』を取り出す。
適当な大きさで切り分けて、丁度沸いたお湯をコップに注ぐ。
(ん……ちょっと、味が薄いかしら?)
一口食べて、感じた事をメモしておく。
そのまま取り分けた分を食べて、パパッと洗って―――
コンコンッ
『姉さん』
「千景?」
『あの、その……先、教室で、待ってるから……』
「えぇ、分かったわ」
……部屋に入れないようにしたのは、何時からだったか。
積んでいる本の数から、無茶をしているのがばれない様にとしてきたけど……むしろそれが、千景に心配させてしまった。
不甲斐ない姉だ、全く……
何時か、謝って、安心させてあげないと……
「おはようございます」
「お、千草おはよう!」
「おはよう、千草ちゃん!」
「おはようございます、千草さん」
教室に入ると、球子さんに友奈さん、杏さんに―――
「おはよう、姉さん」
「おはよう、千景」
千景が、どこか安心したような表情で、こっちを見ていた。
「……姉さん、姉さん」
「千景?」
「―――いえ、やっぱ、何でも無いわ」
「そう?」
「えぇ」
何だったのだろうか?
ちょっと気になるけど……何でも無い、と言われてしまえば、それ以上は聞けない。
首を傾げながら、自分の席へと戻っていった。
「千草、千草」
「球子さん……?」
「何て言うか、その……千景と、何かあったのか?」
「えっと、その……」
放課後、教室でうなだれていると、球子さんが話しかけてきた。
聞かれるのは、千景との事だ。
「……少し、心配をかけてしまって、ね」
「そっかぁ……なんか、2人共様子がちょっと変だったから、気になってな?タマに相談できる事なら話してみタマへ!」
「気持ちは受け取るわ。でも、その……自分で解決しなきゃ、いけない事で……」
「そうなのか?」
「えぇ、そう―――」
―――どうか、周りの言葉に、耳を傾けて下さい。時には、周りを頼ってください。千草様『だけ』が頑張る必要は、無いんですよ―――
断ろうとしたとき、美佳さんの言葉が頭の中を過る。
「―――ねぇ、球子さん」
「ん?」
「あの、その……やっぱ、話してみても、良い、かしら……?」
「勿論!さぁさぁタマに言ってみタマへ!!」
目をキラキラとさせながら、ズイと近づいて来る球子さんに、少し悩みながらも口を開く。
「実は、その……今まで、千景に隠し事をしてて……」
「ふんふん」
「それで、その……それに、千景が気付いたみたいで、不安に思われてて……頑張って隠してたんだけど、それがかえって千景を不安にさせちゃって……」
「なるほど?」
「だから、その……何時かは、隠し事を打ち明かしたい、そうは、思うの……だけど、その……怖いの」
「怖い?」
一度口に出してしまえば、後はもう、スルスルと言葉として出て行ってしまう。
私の想いが、全て。
「隠し事をしてしまった事、それを千景に知られる事……それがもとで、千景から拒絶される事。全てが、怖いの……」
「……成程な。なんとなく事情は分かった」
「……どうすれば、良いのかしら……」
「うーん……やっぱ、ここまで来たら隠し通すか、全部話すかのどっちかしかないと思うぞ?」
「やっぱり、そうなるのかしら……?」
球子さんから帰って来たのは、考えてはいた選択肢だった。
ただし、と球子さんが続ける。
「どっちにしろ、決めるなら早い方が良いと思うぞ?」
「どうして、かしら」
「悩んでる姿を千景に見せ続ける方が、千景が心配するからな!だから、どっちを選ぶにしろ、早く決めた方が良いとタマは思う!」
「………そう、ね。確かに、それは、そうよね」
「うん。タマから言えるのは、それと……あと、あ、これもだな」
「?」
「……もし他に悩み事があったら、何時でもタマを頼りタマへ!タマは、千草の友達だからな!!」
―――友達、か。
前は、良く分からなかったけど。
今は、なんとなく、分かる。
「―――――ありがとう」
「どういたしまして、だ!!」
きっと、困った時に、助け合える人。
それが、友達、なんだろう。
こうして助けてくれた、球子さんのような人が、きっと。
球子さんが何処かへ行っても、1人教室で項垂れていた。
千景に、話すか、話さないか。
どちらにしろ、早い方が良い。
球子さんの言う事は、もっともだ。
今この瞬間ですら、きっと千景に心配をかけてしまっているのだから。
悩む、悩む、悩む。
怖い、怖い、怖い。
そう、怖いのだ。
千景に拒絶される、その僅かな可能性が、千景と向き合う事を躊躇わせる。
どうしよう、どうしよう。
1人悩んでいると、ふとナニカの気配を感じた。
顔を上げて、思わず困惑してしまう。
目の前に居たのは―――人の形をした、真っ白い『ナニカ』だったのだから。
『―――悩める【人】よ。考える【人】よ』
「……貴方、は?」
『選ばれし【人】よ、君に問おう』
中性的な声が、響く。
問いかけには応じず、むしろ逆に質問されたが。
『何故、考える?何故、悩む?恐ろしいなら、逃げてしまえば良いのに』
「それ、は……」
『何故、逃げない?』
その問いかけに、直ぐに答える事は出来なかった。
少し考えて、口を開く。
「―――逃げる事は、出来ない」
『何故?』
「私が……あの子の『家族』が、あの子を置いて逃げるなんて、二度と会ってはいけない。かつて、それで泣くあの子を、守ると決めたのは、私だから」
『君以外にも寄り添う人は居るだろうに。何故、周りに任せ逃げない?それが原因で苦しんでるのに』
「………」
またも、即答は出来ない。
確かに、今では美佳さんや真鍋さんなどの味方は居る。
昔とは違う。
―――でも。
「それでも、よ。私は、あの子にとって唯一の『家族』なのだから」
『それだけの為に?』
「私はあの子の、千景の姉。支え、導き、模範となるべき存在。そして―――千景を、誰よりも愛しているもの。逃げたりなんてしないわ」
『―――愛ゆえ、か。それもまた、【人】らしい行い』
私の答えに、『ナニカ』が上機嫌そうに笑う。
『―――良く、そこまで真剣に悩みました。良く、そこまで真剣に考えました』
「?」
『貴方のその姿に、私は【人】らしさを見出した。その姿を、私は愛おしく感じましたよ』
「何を、言って……そもそも、貴方は」
―――気が付いたら、『ナニカ』は消えていた。
「幻覚か、何かだったの……?」
考えても、何も分からない。
そう思う事にする。
でもまぁ、助かったところはある。
「……うん。私は、逃げない。千景を愛しているのは、本当だから」
例え千景から拒絶されたとしても、私は、千景を愛している。
心の底から、誰よりも、何よりも。
『ナニカ』との会話で、それをしっかりと再認識した。
「―――話そう、全てを」
『悩める人よ。考える人よ―――――【考える葦】の子よ。【私】は、貴女を好ましく思います』
『これからも、良く悩み、良く考えなさい。その果てを、見守りましょう』
――――――――――――――――――――
『部屋に来て貰えるかしら?』
『どうしても話したい事があるから』
『待ってます』
「姉さん……」
トークアプリの画面を、何度も見直す。
夕飯を食べて、別れて、自室に戻って。
どうしようかと考えていた時に、送られてきたメッセージ。
周りに気付かれないように、そっと部屋を出て。
姉さんの部屋の前に、私は立っている。
何を、話したいのだろうか。
何故、今まで隠していた部屋の中へと招き入れるのだろうか。
グルグルと、頭の中を様々な疑問が駆け巡る。
不安と、困惑と、色々と頭の中で混ざり合う、そんな感覚。
怖い、怖い、怖い。
―――怖い、けれど。
「姉さんが、待ってる、から」
―――コンコンッ
『入って』
「お邪魔、しま、す」
部屋の中へと、そっと入る。
あの日以来、初めて入るその部屋。
中は殆ど変わらない、けれど。
フワリと、甘い香りが漂っている、ような……?
「千景」
「姉さん……」
「……こっち、来て?」
「……うん」
ポンポンと、自分が腰掛けるベッドを叩く姉さん。
その横に、座る。
「姉さん。話したい事、って」
「……千景」
「うん」
「ごめんなさい。貴女を、不安にさせてしまって」
「それは……」
「全部、話すから……ね?」
「……うん」
互いに指を絡めて、手を握って。
『離さない』『逃げない』と、無言での意思表示。
「―――私、ずっと怖かったの」
「怖かった……?」
「うん、そう。ずっと、ずっと、母さんが居なくなった、あの日から」
姉さんの言葉に、少しだけ考える。
でも、私は、あの日、気付いたのだ。
姉さんの、勇者御記。それを覗いた、あの日に。
「―――貴女を支え、導き、見守る。その重責を、果たせるんだろうか、って。ずっと、怖くて、悩んでた」
「それでも、『千景を支えられるのは私しか居ない』って、自分に言い聞かせて来た。そうして、ずっと頑張って来た、そのつもり」
「そう、その『つもり』であって―――あくまで、そこまでだった」
―――姉さんの理想は、私の、いや、他人が考えているよりも遥かに高く、尊いモノである。
きっと、誰かを支えたいと願う人にとっての最上の理想。
「支える、なんて綺麗なやり方が出来なくて……私は、貴女を私に依存させる事でしか、寄り添えなかった。気付けたのは、最近の事」
「そんな事はないわ、姉さん。それは―――」
「―――たとえ、どんな理由があっても、私は成し遂げなければならなかった。だって、私は貴方にとってただ1人の家族だもの。唯一の寄る辺を名乗るのならば、そうでなければならなかった」
姉さんにとっての原動力であり……姉さんを雁字搦めにしている、呪いの如き理想。
何処までも、姉さんを『郡千景の理想の姉』として縛り付けてしまう。
「もっと上手く出来る、もっと理想は高く遠い所にある……それが、分かった。だから、必死になって、我武者羅に……自分の事を顧みず、頑張ったわ」
「……それが、ずっと部屋の中に入れてくれなかった理由?」
「……うん、そう」
そう言うと、姉さんがベッドの下に手を伸ばした。
引きずる音と共に現れたのは、段ボール箱。
―――あの日開けた段ボール、だけじゃない。
合計で2つ。
「これ、参考書とか、色々入っているの」
「……何冊、あるの?」
「今は35冊、って所かしらね」
「35冊……」
「ちょっと、無理しちゃってたかもね」
「目の隈とか、もしかして……」
「そう、ね。ちょっと夜遅くまで勉強してたから……夜中の0時くらいまでかしら」
姉さんの呟きに、少し考え込む。
本の数は、この短期間で7冊増えている。
「嘘、よね?」
「千景?」
「ねぇ、姉さん。私も、本当の事、話すわ」
「何かしら?」
「―――私、姉さんが居ない間に、一度だけここに入ったわ」
―――この場で、まだ、私を少しでも不安にさせまいと嘘をつく。
姉さんなりの優しさなのは、分かる。
けど、今この場でして欲しい事は、本当の事を教えて貰う事。
だから、こちらから仕掛ける。
「それ、は」
「28冊。その時の本の数……7冊も増えてる」
「……そっか。千景には、バレてた、のね」
「うん。だから、教えて……本当の事を」
ギュッと、握っている手の力を強くする。
観念したように肩を竦め、大きく溜息を吐いて。
姉さんが、困ったように笑いながら、口を開く。
「―――夜中の2時まで勉強して、朝の5時に起きて、1人トレーニングをして、それで朝千景に出会うまでにシャワーを浴びて、丸亀城に行く。これが、私が最近ずっとやってた事」
「―――」
「目の隈は少し化粧で誤魔化してた、つもりだったんだけど」
「私には、分かるわよ……姉さんの、事だもの」
「そう、よね。千景には、隠せないわよね」
無茶をしている事、それだけは分かっていた。
けれど、その『無茶』が、想像以上で。
絶句する他なかった。
「眠れないの、最近」
「え?」
「正確に言えば、『寝ても悪夢で魘されて起きる』、かしら?」
「どう、して」
「千景。私は、ここに来るために、『あの人』を切り捨てた。私達の立場を守る為に、母さんすら切り捨てた……『家族』を、切り捨てたの。人として許されざる行為、外道の所業よ。それをした事で、勇者としての資格を剥奪されないかどうか、気が気じゃなかった」
何処か遠い所を見つめて話す姉さん。
「勇者の資格を剥奪される夢を見た。そして……千景に、嫌われる夢を、見たわ」
「そんな事!」
「怖かった。とても、怖かったの……だから、その恐怖を振り払うように、我武者羅になったわ」
「……………そう、なの、ね」
姉さんの頬を伝う涙に。
そして、浮かべている、辛そうで、苦しそうな表情に。
私は、姉さんの隠していた苦しみが、私の想像以上である事を、改めて理解する。
「他にもね、怖い事はあるの」
「他にも、まだ?」
「うん……ねぇ、千景」
「何?」
「―――『本当の私』って、何だろう?」
「本当の、姉さん?」
「うん、そう」
質問の意図が分からず、首を傾げる。
本当の、姉さん。
どういう意味か考えようとして―――
「理想の姉を演じる『私』、メッキがはがれた『私』……色々な『私』がいる。けれど、どれが本当なのか、分からなくなっちゃったの」
「―――」
「色んな『私』が居過ぎて、分からなくなっちゃって……でも、1つだけ、確かなモノはあった」
「……それ、は?」
「―――千景の為に、頑張る事。それだけは、私の絶対だから。だからね、頑張らなきゃ、それすら無くなったら私は私じゃなくなる、って思って……」
―――姉さんが、自分自身を、見失っている?
頭の中で、今の言葉が、グルグルと駆け巡る。
「千景のお蔭で、全てを見失う事は無かった。そう思ってるわ」
「でも、それは……私の姉という理想を求めなければ、そうはならなくて……だから、私が、私が居なければ……!」
「千景。それ以上は、駄目よ」
私の唇に、指を押し付けて。
姉さんが、私の言葉を遮る。
「……私はね、千景。貴方の姉である事に、誇りを持っているの。千景が居ない私の人生なんて、考えられない……」
「ねえ、さん?」
「だから、ね?千景が居なければ、なんて、言わないで……それだけは、駄目よ」
震える手で、そっと私の頬に触れて。
怯えたような表情で、姉さんが言う。
「貴方の為に、それすら奪われたら―――今の私じゃ、耐えれない……!」
「……姉さんも、そう、なのね。私達、まだ、離れられないわね」
「ごめんなさい、千景、ごめんなさい……貴方を独り立ちさせなきゃいけないのに、私が貴方に依存してしまって……!」
「うぅん、私も悪いの。いえ、私が悪いのよ、姉さん……貴方に、甘え過ぎたから。私自身が独り立ちする為に頑張る事を放棄したから、こうなっているの」
「違う、違うの!私は貴方のお姉ちゃんだから、だから私が頑張らないといけなかった!我慢して、貴女を……!」
「姉さん、聞いて」
涙を流して謝る姉さんに、告げる。
「―――今まで、ずっとありがとう。これからは、私も、頑張ってみるから。だから……姉さんだけが、頑張り過ぎないで?」
「ち、かげ……」
「私が、寄りかかり過ぎたんだよね、姉さん。私も、1人で立てるように、頑張るから……そして、姉さんの事を、ちょっとでも、支えられるように、なってみせるから」
姉さんの頬に、手で触れて。
優しく、そっと額に私の額を付ける。
ふれあい、本心を伝える。
「時間は、どうしてもかかってしまうけれど……出来る限り、頑張ってみるから。だから、ね?」
「ちかげ、ごめんね、わたし……!」
「謝らないで。私の大好きな姉さん、大切な姉さん……甘え過ぎてごめんなさい。頼り過ぎて、ごめんなさい。甘えるだけじゃない、そんな妹に、なってみせるわ」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!!」
「良いのよ、姉さん。今度からは、2人で頑張りましょう?」
自分の事を『不甲斐ない』と責める姉さんを、優しく抱きしめる。
ずっと、甘えて来た。ずっと、頼って来た。
―――変わらないと。私自身の為にも、姉さんの為にも。
この度は長期にわたり投稿が出来ませんでした事、申し訳ありません。
また頑張って投稿していきたいと思いますので、生暖かい目で見守って頂ければと思います。