郡千草は勇者である   作:音操

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遅くなってしまい、申し訳ありません。
先日、勇者史外典の最新版を読んでいて胃に穴が開きそうなほど悩むことになりました、作者です。
ぐんちゃん関係の某巫女さんですが、思いっきり出会い方が違う感じになるんですよね……
本作のオリジナルの出会い方は考えておりますが、皆様の反応次第では思いっきり本作を書き直す事も検討しておきます。



第4話

「千草様、千景様。忘れた荷物などはありませんか?」

「大丈夫です。元から、そこまで多くはありませんでしたから……千景は?」

「私も、大丈夫よ」

「そうですか。それでは、行きましょう」

 

大社の人…真鍋さんの確認に、私と姉さんは大丈夫だと答える。

真鍋さんと出会ってから5日後の朝。

遂に、私と姉さんが香川へと行く日が来た。

既に荷物はトラックに積んで貰い、後は此処を出るだけ、という状態。

真鍋さんが乗ってきた車に乗り込もうとして、後ろから声をかけられる。

 

「ち、千草!千景!」

「……なに?」

「ほ、本当に、行っちゃうのか……?」

 

あの人…私たちの父親。

未だに未練がましく、縁を極限まで無くすことに反対している。

姉さんと共に、あの人の方を向く。

 

「はぁ……援助金の事なら、問題なく出るって話は何度もしたでしょう?」

「そ、そう言う事じゃなくて……」

「……勇者の親、って肩書がそんなに欲しいのね、貴方は。今まで私たちの事を邪魔者扱いしておいて、私たちが特別だって分かったら手のひらを返して……」

 

嫌悪を隠さず、姉さんがあの人を睨む。

私も、恐らく姉さんと同じような表情をしているだろう。

 

「……母さんは、まだ私たちの事を気遣ってくれたわ。何もしない貴方とは違って、料理も作ってくれたし、掃除や洗濯もしてくれた……病気になったら看病はしてくれたし、誕生日の日には『おめでとう』って言ってくれた……不倫をしても、私たちへの申し訳なさがあったのも、分かっている」

 

思い出すように、姉さんが母さんの事を語る。

確かに、あの人とは違って、親らしいことをしてくれた。

不倫相手と逃げたとしても、その事は変わらない。

 

「私は、貴方を親と思っていない。法的に親子の縁を切れるなら、直ぐにでも切りたいくらいには、私は貴方の事が嫌いよ」

「……私も、貴方の事、大嫌いだから」

 

姉さんと共に、あの人を拒絶する。

私も姉さんと同じく、この人の事を親と思った事は無い。

私たち2人の拒絶を受けて、あの人がうなだれる。

 

「行きましょう、真鍋さん」

「……かしこまりました。それでは、お乗りください」

「千景、行きましょう」

「えぇ」

 

姉さんと共に、あの人に背を向ける。

今は、少しでも早く、この村を出たかった。

車に乗り込む。運転席には大社の別の人、その隣に真鍋さん。

後部座席に、私と姉さんが座る。

 

「では、これより香川まで移動します」

「お願いします」

「お、お願いします……」

 

車が動き出す。

村の大きな道を、トラック1台と私たちが乗っている車が進んでいく。

 

「丸亀市まで、ここから大凡2時間かかります。長時間の移動となりますが、大丈夫でしょうか?」

「分からない、ですね。こんな長時間の移動なんて初めてなので」

「そうでしたか。道中、パーキングエリアやサービスエリアに寄るようにしますので、具合が悪くなったりしましたら、直ぐに言ってください」

 

そう言うと、真鍋さんがこっちに何かの袋を差し出した。

姉さんが受け取ったので、2人で袋を見てみる。

 

「ゆず飴……?」

「酔いの対策として、用意させて頂きました。飴やガムを食べて、窓から遠くの一点を見ると、酔いにくいかと」

「……お気遣い、ありがとうございます」

 

高知県産ゆず使用、と書かれている飴を、1つ口に放り込む。

柑橘類特有の爽やかさと、飴としての甘さが丁度良い具合に感じる。

窓の外を見ると、村の外れの方に来ているみたいだ。

姉さんと共に、窓の外を眺める。

 

「……さようなら、故郷」

 

窓の外の景色が、私たちの見覚えが無い景色に変わった時、姉さんが呟いた。

嬉しいような、寂しいような。少し複雑そうな表情で、小さく呟く。

その姿を見て、私は姉さんに話しかけようと思った。

前の2人には聞かれないよう、小さな声で話しかける。

 

「姉さん」

「どうしたの?」

「……なんだか、寂しそうに見えたから」

「……分かっちゃうか」

「姉さんの妹だもの」

 

私の言葉を聞き、姉さんが恥ずかしそうに指で頬を掻く。

 

「村に住んでいる人が悪いだけであって、あの場所が嫌い、って訳じゃ無かったと思う」

「……うん」

「周りに村の人が居なければ、静かで、自然豊かな場所だもの。嫌いじゃなかった……いや、結構気に入っていたのかも」

「うん」

 

姉さんの言葉に、共感を抱く。

確かに、村の人が居なければ、良い場所だとは感じる。

神社の辺りなんかは、特に静かで過ごしやすかったし。

 

「あの村から出られるのは嬉しいけど、もう来ないんだなって思うと……ちょっと、寂しいかなって」

「……そうだったのね」

「未練がましいわよね。村から出る事を決めたのも、もう来ないって決めたのも、私なのに……」

「……ううん、そうは思わないわ。私も、そう思うから」

「……そっか。気にしてくれて、ありがとうね、千景」

「良いのよ、姉さん」

 

さっきまでとは違う、心の底から嬉しそうな笑顔を見て、安心する。

その後、他愛のない会話をしながら、車内での時間は過ぎていく。

 

 

 

――――――――――

 

 

 

「ゔぅぅ……うぇっ……」

「ね、姉さん、大丈夫……?」

「だ、大丈夫よ千景……んぶっ……」

「もうすぐ、もうすぐ目的地ですので、もう少しだけ我慢を!無理そうでしたら、先ほどお渡しした袋に!」

 

丸亀市内に入ったけれど、姉さんが限界に近い。

どうやら、姉さんは酷い車酔いに襲われたらしい。

飴を舐めてもすぐに舐め終え、飴が無くなってから5分もしたら、あとは終始酔いとの戦いだった。

最後のパーキングエリアから20分程乗っているが、買い足した飴も舐め終え、これは本当に駄目かもしれない。

 

「見えました!あそこが御二人の住む寄宿舎です!」

「姉さん、本当にもう少しだから頑張って!」

「……ンッ」

 

姉さんが左手で口元を抑えつつ、右手を軽く上げる。

それを見て、私と真鍋さんの思考は一致しただろう。

『あ、これ本当にマズいな』、と。

何時でも差し出せるように両手でビニール袋を構えつつ、早く到着しないかと外を見る。

すると、丁度目的地に着いたみたいで、視界に寄宿舎と思われる建物が見える。

二階建ての建物だ。

車が寄宿舎の前で止まる。

……車が止まる時に生じる、前後の揺れ。それが姉さんに最後のダメージを与えた。

 

「ンッ、ンンンンッッ!?!?」

「直ぐに!お部屋にご案内致します!!」

「お願いします!!」

 

あの白装束で良くあんな動きが出来るな、と感心する程の速度で真鍋さんが走る。

案内された部屋に、姉さんが駆け込んだ。1階の右端の部屋らしい。

車を降りて、真鍋さんの方へと歩く。

……壁越しに聞こえる水音と姉さんのうめき声は、気にしないであげよう。うん。

 

「……姉さんが、大変御迷惑をおかけしました……」

「い、いえ、お気になさらず……千草様のお部屋はこちらで、千景様のお部屋はお隣になります」

「入ってみても、良いですか?」

「勿論です。今、鉤を開けますね」

 

真鍋さんに鍵を開けて貰い、部屋の中に入る。

……思ったよりも広い。第一の感想はそれだった。

ベッドや机などのある程度の家具は揃えられているみたいだ。

ここが、新しい生活の場所なんだ……

 

「気に入って頂けましたか?」

「……えぇ」

「それは良かった……千景様、良ければ先に荷物を搬入致しましょうか?」

「……お願いします。姉さんは、まだ駄目でしょうし……」

「そうですね」

 

お願いして、先に荷物を運んでもらう。

と言っても、衣服が詰まった段ボールと、ゲーム機やゲームソフトが詰まった段ボール位しか無いのだが。

幾つかの段ボールが部屋に運ばれ、それで私の移住は完了した。

 

「千景様のお荷物は、こちらでお間違いありませんか?」

「……はい、大丈夫です」

「基本的な家具についてはこちらで用意させて頂きましたが、何か必要なものなどありますか?」

「そう、ですね……私か姉さんの部屋に、テレビがあれば。そこまで大きく無くても大丈夫ですので」

「かしこまりました、数日のうちに用意致しましょう」

 

もう戻る事は無いだろう貸家では、テレビを使えるのはあの人が居ない時間だけだった。

据え置きのゲーム機で自由に遊ぶには、テレビは必要不可欠。用意して貰えるなら、お願いしよう。

他には、直ぐに思いつくものは無い。

 

「とりあえず、今はそれだけです」

「もし後で思いついたモノがありましたら、遠慮なく申し付け下さい」

「は、はい……」

 

……勇者というのは、そこまで親切にされる存在なのだろうか?

姉さんとはまた違う親切さに、少し困惑する。

そんな事を思っていると、隣の部屋の扉が開き、未だ顔が青い姉さんが出て来る。

 

「さ、先ほどは大変お見苦しいモノを……」

「いえ、どうかお気になさらず……お部屋に荷物を搬入しても宜しいでしょうか?」

「お、お願いします……私は少し、外の空気を吸ってますので……」

 

そう言うと、寄宿舎の二階へと繋がる階段に座って動かなくなる。

未だに車酔いの影響が続いているらしい。

隣に座って、背中をさすってあげる。

 

「姉さん、大丈夫……?」

「千景……今後大社の車に乗る時は、酔い止めを飲むようにするわ……」

「そうね、それが良いわ」

「飴とかガムとかも、用意しておかなきゃね……」

 

姉さんの言葉に、頷く。

車に乗っている時の姉さんは、凄い速さで飴を食べてしまった。

真鍋さんが用意してくれた飴も、8割は姉さんが食べてしまったし……

もしも用意するのなら、長持ちするので飴よりもガムの方が良いかもしれない。

背中をさすりながら、荷物が搬入されていくのを見守る。

数分もすると、搬入は終わった。

 

「荷物の搬入は完了致しましたが……大丈夫ですか?」

「な、なんとか……搬入、ありがとうございます」

「ベッドや机などは用意させて頂きましたが、他に必要なモノはありますか?」

「私か千景の部屋にテレビがあれば……」

「そちらについては、先ほど千景様にお願いされています。数日中には用意しますね」

「でしたら、今のところは他には思いつきませんね」

「かしこまりました。他に必要なモノが思いつきましたら、遠慮なく申し付け下さい」

 

そう言うと、真鍋さんは私と姉さんに何かを差し出す。

メモ、だろうか?

見ると、電話番号が幾つか書かれている。

 

「真鍋暢彦の連絡先、大社本部の連絡先、寄宿舎の管理をしている人の連絡先……これは?」

「今後生活していく上で必要と思われる連絡先を、私の方で纏めさせて頂きました。基本的には私の方に連絡を頂ければ随時対応させて頂きますので、大社本部の連絡先はあまり必要ではないと思いましたが、念のために」

「……色々と、ありがとうございます」

「いえいえ、当然の事をしたまでです」

「その『当然』を、今まで受けた事が無かったので……『当然』の事をしてくれて、ありがとうございます」

「私からも、お礼を言わせてください……ありがとう、ございます」

 

姉さんと共に、頭を下げる。

この人の言う『当然』を、私たちは知らない。

あの村に住む大人が私たちに教えたのは、理不尽、悪意等ばかり。

私たちの言葉の意味を察したのか、真鍋さんの顔が辛そうな表情に変わった。

が、それも一瞬の事で、見る人を安心させるような笑みに変わった。

 

「恐れ入ります……無事荷物の搬入も済みましたし、私は大社本部に報告する為にそろそろ本部へと戻らせて頂きます」

「そうですか」

「はい。御二人から預かった武具を本部に届ける必要もありますので」

 

ビニール袋ではなく、大社の方で用意された白い布に包まれた2つの刃物。

錆が酷く、大社の方で打ち直し、新しい武具に鍛え上げる事に決定したらしい。

暫くしたら、綺麗になって私たちの手元に戻ってくるのだろう。

 

「これからの予定ですが、御二人のお部屋の中にある机の上に、書類を用意させて頂きました。そちらを確認して頂ければと思います」

「分かりました」

「お部屋の鍵を、御二人に渡します。もし紛失されたら、管理人へ連絡してください」

 

鍵を受け取る。

高知の貸家の鍵とは全く違う見た目に、新しい生活が始まる事を再認識する。

私たちに鍵を渡した後、真鍋さんが車のトランクからビニール袋を取り出し、私たちに差し出した。

 

「それと、こちらを」

「これは?」

「車内でお渡ししたゆず飴と同じモノです。二階の左端を除いたお部屋と、千景様のお部屋のお隣に、この寄宿舎で暮らす方々がいらっしゃいます。引越しのご挨拶をされてはいかがでしょうか?挨拶をされるときに、そちらの飴をお渡しすると良いかと」

「何から何まで、本当にありがとうございます」

「どうかお気になさらず……それでは」

 

姉の感謝の言葉に頭を下げると、真鍋さんは車に乗り込む。

姉さんと共に階段から立ち上がり、見送る。

車が見えなくなるまで見送った後、私たちは改めて寄宿舎の方を見る。

引越しの挨拶、と真鍋さんは言っていた。

今後生活を共にする人たちに、自分たちが寄宿舎に新しく来た事の挨拶をする、と言う事だろう。

 

「……千景、行きましょうか」

「……えぇ」

 

姉さんの手を握って、共に歩く。

人となりが分かっている真鍋さんとは違い、全く知らない人。

そんな人と会うなんて、とても怖い。

怖いけれど……姉さんが一緒なら、大丈夫。

温かな姉さんの手に少し安心感を覚えながら、私の部屋の左隣、そこにある部屋の扉にたどり着く。

二度深呼吸をして、姉さんが扉をノックした。

 

『はーい!今行きます!』

 

明るい声が中から聞こえてくる。

ドタドタと走ってくる音がして、扉が開かれる。

赤い髪の少女。左前髪に、花の飾りが付いたヘアピンをしている。

 

「えーっと……今日この寄宿舎に来た人、かな?」

「え、えぇ、そうなの。さっき引越しが終わったから、挨拶に」

「お隣さんと、そのお隣さんだね!私、高嶋友奈です!」

 

花のような、とでも言うべきか。

高知の同級生が浮かべた、嘲笑う笑みではない。

心の底から、楽しさや嬉しさを感じているのが分かる、明るい笑みを浮かべる少女…高嶋友奈さん。

 

「2人が来ることは、事前に案内を貰って知ってたんだ!えーっと、群(ぐん)千景ちゃんと、群千草ちゃんだよね!」

「「 …… 」」

 

笑顔で、名字を間違えられた。

姉さんと2人で固まっている間に、高嶋友奈さんは言葉を続けていく。

 

「高知から来たんだっけ?」

「……えぇ、そうなの。田舎の方から」

「そっかー!あ、私は奈良県出身なの!」

「あぁ、貴方が……あ、これ、良ければ受け取って貰える?高知のお土産なの」

「高知県産ゆず使用のゆず飴!ありがとー!」

「他の人にも挨拶しに行くので、今日はこれで」

「そっか。それじゃあ、またね!」

 

パタン、と扉が閉まる。

それを確認して、数歩離れて、姉さんと顔を合わせる。

 

「……名字、間違われたわね」

「……新手の虐め、なのかしら?」

「字が似ているから、素で間違えているのかもしれないけれど……」

「郡と群って、右側しか違わないものね」

「……気にしないであげましょうか」

「そうね、それが良いかも」

 

仮に虐めだとしても、これくらい別に気にならない。

なので、気にしないでおく事にしよう。今はやるべきことがある。

階段を上がって二階へと進み、左から2つ目の部屋へと進む。

此処から右端の部屋まで、人が居るらしい。

姉さんがノックをする。

 

『む、ひなたか?……いや、ノックのし方が違うか。今行く』

 

誰かと勘違いしたが、違いに気付いたらしい。

その人だったら中に入ってくるのを許容したのだろうか?

そんな事を思いながら、扉が開けられるのを待つ。

先ほどの高嶋友奈さんとは違い、走ってくるような事は無かった。

 

「貴方は……初めまして、ですね」

「初めまして。さっき引っ越して来たばかりで、挨拶に来ました」

「それはご丁寧にどうも。私は乃木若葉です」

 

凛々しい表情をした少女、乃木若葉さんと言うらしい。

手にしているのは……刀、だろうか?

姉さんも気になったらしく、指差して尋ねる。

 

「あの、その手に持っているのは?」

「これですか?これは私の武器です。島根の神社で手に入れて以来、常に持ち歩くようにしていまして」

「貴方が、島根から人々を守って香川まで来た勇者なのね……」

「そう言う貴方達は、高知から来られた勇者の人、ですよね?」

「自己紹介がまだでしたね。私は郡千草。こっちは、私の妹の千景」

「郡千景、です」

「郡千草さんと、郡千景さん……今日来るという話は聞いていました。これからはよろしく頼みます」

 

深くお辞儀をする乃木若葉さん。

見ているこっちが感動する程、綺麗なお辞儀だ。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします……あぁ、よかったらこれをどうぞ。高知のお土産です」

「飴、ですか。ありがとうございます」

「他の人にも挨拶に行くから、今日はこれで」

「そうでしたか。それでは、また今度」

 

パタン、と扉が閉まる。

それを確認して、数歩離れて、姉さんと顔を合わせる。

 

「真面目そうな人だったわね」

「……ああいう人を、勇者と言うのかしら」

「なのでしょうね……」

 

誠実で、堂々としていて、礼儀正しい。

まさしく、勇者と呼ぶにふさわしい人だろう。

卑屈で、姉さんの後ろに隠れてばかりの私とは、まるで正反対。

……羨ましく思う。

 

姉さんに手を引かれるままに、隣の部屋へ。

そのまま、姉さんがノックをした。

 

『若葉ちゃん?……いえ、違いますね。今行きます』

 

若葉ちゃん……乃木若葉さんの事か。

乃木若葉さんと関係があると言うと、もしかしたらこの中の人は……

予想をしている間に、扉が開かれる。

落ち着いた雰囲気の少女が、そこには立っていた。

 

「初めまして。先ほど引越しが終わりまして、挨拶に来ました」

「あぁ、貴方達が……少しではありますが、お話は大社の人から聞いています」

「と言うと、貴方が巫女さん、ですか?」

「はい。上里ひなた、と言います。郡千草さんと、郡千景さんですね?」

 

やっぱり、この人が。

島根から人々を守ってきた勇者である乃木若葉さんを、香川まで導いた巫女。

そして……現状、この寄宿舎に住む人の中でただ一人、私たちの事情を知る人。

 

「高知では、辛い目に遭われていたと聞いています」

「……どんな話を聞いたかは、確認しません。ただ……」

「誰にも言わない事、ですね?分かっています」

 

悲しそうな表情で私たちを見る、上里ひなたさん。

哀れみ、だろうか?真鍋さんがどんなことをこの人に言ったかは分からないけど、悲しんでくれているらしい。

そして、他言無用である事は知っているらしい。

 

「あぁ、良かったらこれを。高知のお土産です」

「ゆず飴、ですね。ありがとうございます」

「それでは、他の人にも挨拶をしに行くので、今日はこれで」

「そうですか。それでは、また今度」

 

パタン、と扉が閉まる。

それを確認して、数歩離れて、姉さんと顔を合わせる。

 

「……良い人そう、だったわね」

「そうね……他言無用の約束、守ってくれると良いのだけれど」

「守ってくれることを祈りましょう……」

 

あの村の事を、上里ひなたさんはどれくらい知っているのだろうか。

もし私たちの両親の事を……母の不倫などまで知っていたら。

そして、それが彼女の口から知られてしまったら……そう思うと、油断は出来ない。

周りに知られてしまったら、ここが私たちにとっての第二の地獄に変わるのだから。

そんな事を考えながら、隣の部屋へ。

姉さんがノックをする……が、返事は無かった。

 

「居ないのかしら?」

 

そう言いながら姉さんがもう一度ノックをするが、やはり返事は無い。

どうしたモノか、と首を傾げ、取りあえず隣の部屋へ先に挨拶に行くことにする。

右端の部屋の前に移動して、ノックをする。

 

『はーい!今行くから、ちょっと待ってくれ!』

 

高嶋友奈さんとはまた違った明るい声。

ドタドタと走ってくる音が響いて、扉が開いた。

小柄な少女が立っていた。

 

「ん?んん?始めまして、で良いよな?」

「えぇ、初めまして。さっき引っ越してきたばかりだから、挨拶に来たの」

「そっか、今日高知から引っ越してくるって話だったな!」

 

……なんだか、本当に高嶋友奈さんとは別の方向に明るい人だ。

高嶋友奈さんが『明るい女子』としての明るさなら、この人は『腕白な男子』の明るさ、とでも言うべきか。

そんな事を思っていると、少女の後ろから誰かがこっちに近づいて来る。

フワッとした長い髪の少女だ。

 

「た、タマっち!この人たち、私たちよりも年上の人だよ!」

「うえっ!?そ、そうだったか……?」

「そうだよ。学年も上で……あ、す、すみません!」

 

ペコペコと頭を下げる、長髪の少女。

 

「あ、あの、初めまして。私、愛媛から香川に来ました、伊予島杏です」

「同じく愛媛から来た、土居珠子だ!……です」

「伊予島さんと、土居さんね。私は高知から来た郡千草、こっちは妹の千景よ」

「郡千景、です」

「郡千草さんと、郡千景さん、ですね。よろしくお願いします」

 

あまり慣れない様子で、丁寧に話す土居さん。

何と言うか、この2人は正反対だ。

だけど、とても仲が良さそう……

 

「あぁ、よかったら、こちらをどうぞ。高知のお土産です」

「飴、ですか?ありがとうございます。読書のお供に、頂きますね」

「ありがとう……ございます。飴、かぁ……うん、山登りの糖分補給に良いかもな」

 

……どうやら、趣味も正反対らしい。

読書を好む落ち着いた少女と、登山を好む腕白な少女。

 

「挨拶は終わったので、今日はこれで」

「あ、あの……さっき来たばかり、なんですよね?」

「え、えぇ、そうですけど」

「後で書類を確認されるとは思うのですが、一応。寄宿舎暮らしでの食事は、食堂でとる事になってます」

 

伊予島杏さんに呼び止められて、話を聞く。

食堂、か。今は丁度お昼だし、行ってみるのもありかもしれない。

……人目のつく所で、と言うのが怖いけれども。

 

「それで……えっと、その、もしも……」

「もし良かったら、タマと杏で案内する……しますよ」

「……」

 

……私は、不安だ。見ず知らずの人と食事だなんて、怖い。

チラリと、姉さんの方を見る。

丁度姉さんも私の方を見ていたらしく、目が合う。

何かを察してくれたのか、直ぐに姉さんは2人の方を向く。

 

「そのお誘いは嬉しいけど、引越しで疲れちゃってて……少し休んでから行きたいから、場所だけ教えて貰えるかしら」

「なるほど……それもそうですよね。書類の方にも場所は書いてありますけど、あそこの道を……」

 

姉さんの言葉に納得してくれて、伊予島杏さんが姉さんに道を教える。

良かった、と表情には出さないが安堵する。

それと共に、私の考えを察してくれた姉さんに感謝する。

 

「えっと、今の説明で大丈夫ですか?」

「えぇ、大体分かった。ありがとうね、伊予島さん」

「いえ、気にしないでください」

「それじゃあ、また今度」

「はい、それじゃあ、また」

「またな!……じゃなくて、また今度!」

 

伊予島杏さんの言葉に、慌てて土居珠子さんも続く。

その後、パタン、と扉が閉まる。

それを確認して、数歩離れて、姉さんと顔を合わせる。

 

「……正反対の性格の人だったわね」

「でも、とても仲が良さそうだったわ……」

「そうね……どうして、あんなにも仲が良いのかしら?」

 

正反対の性格だった。

きっと、何度も意見が食い違ったりもするだろう。

姉さんと同じ疑問を持ったので、一緒に首を傾げる。

 

「……まぁ、今考えてもどうしようもない、か」

「それもそうね」

「それじゃあ、一度部屋に戻りましょう。今度の予定は部屋に戻ってから決める、って事で」

「えぇ、分かったわ。書類を取ったら、姉さんの部屋に行くわ」

「じゃあ、部屋で待ってるわね」

 

2人で階段を下り、一度自分の部屋へと入る。

机の上に置かれている大き目の封筒を手に、即座に隣の部屋へ。

ベッドに腰掛ける姉さんの、すぐ隣に行く。

 

「さてさて、書類は……あぁ、これが食堂とか、丸亀城への行き方ね」

「姉さん、食堂への行き方は、伊予島杏さんの説明と違ったりしていない?」

「……えぇ、大丈夫そう。嘘をつかれたりはしていないみたいね」

「そう、それなら良かった……」

 

真っ先に、食堂への行き方を確認しておく。

他人から与えられた情報を、鵜呑みにしてはいけない。

あの村で過ごしてきた私たちには、その考えが染みついていた。

……勇者関係の話は、調べようが無かったのもあるが、村の外に出られる嬉しさが勝って信じてしまった。

でも、信じて正解だった。

 

「で、他には……基本、真鍋さんの言っていた事と同じことが書いているわね」

「えぇ、そうね……あ、ここは特に聞いてなかった話ね」

「明日の予定、かぁ……」

 

明日の朝、タンスに用意してある制服を着た上で丸亀城に用意された教室へ向かう事、と書かれている。

制服、か。そう言えば、制服を用意するからサイズを選んでほしいと真鍋さんから紙を貰って、それを提出した事を思い出す。

真鍋さんと出会ったあの日の、おぼろげな記憶の中にそんな事があったはずだ。

 

「時間を守って行動しないとね」

「……目覚まし時計、しっかり用意しておかないと」

「そうね」

 

平日の朝から、小学生ながら朝食の用意やゴミ出しを行ってきた私たちにとって、朝寝坊せずに起きるというのは必要不可欠なモノだった。

それに、高知の家であの人が立てた物音に反応して起きるようになってしまった私たちだ。

外的要因、つまり目覚ましの音があればすぐに起きられる。

起きられるのだが……姉さんの場合、外的要因が無いとずっと寝てしまう事を私は知っている。

 

あの人が仕事で家に帰ってこなかったある日。

目覚まし時計が電池切れで動かなくなっていたあの日、私はいつも起きる時間に起きた。

けど、姉さんはぐっすり眠っていて。

5分程物音をたてずに観察していたが、余りにも気持ちよさそうに寝ていたから、私は姉さんを起こさず、代わりにゴミ出しに出た。

その物音がしたら、姉さんは直ぐに目を覚ましたが。

 

「姉さん、目覚まし時計の電池は入れ替えてね?」

「わ、分かっているわよ。電池を変えて、起きる時間に設定する。大丈夫よ」

「……まぁ、もし忘れていたとしても、その時は起こしてあげる」

「えぇ、お願いね、千景」

 

あの日以来、姉さんが私を頼ってくれる事が1つ増えた。

『もしも時計が止まっていたりして、私が起きなかったら、その時は千景が起こしてね』、と。

姉さんには負担をかけてばかりだから、頼ってくれることがとても嬉しかったりする。

 

「……確認しておくべき事は、これくらいかしら」

「そうね。今日明日に関わる事は、これくらいみたい」

「よし、なら……ゴメン、ちょっと休ませて……」

「あ、本当に休みたかったんだ……」

「まだちょっと具合悪くて……」

「……姉さん、そんなに車酔いしやすい人だった?」

 

ふと、疑問に思った事を聞いてみる。

バスに乗って村から街中に移動した事も今までに何度かあるが、別に姉さんが酔っていたようには見えなかった。

特に、こんなにも酷い車酔いなんて、初めて見る。

 

「こう、臭いが駄目で……」

「そんなに変な臭い、してたかしら……?」

「うぅん、消臭スプレーとか、芳香剤だとは思うんだけどね……慣れない臭いがして、揺れと合わさって……」

「あぁ、成程」

 

確かに、車の臭いとは違う匂いがしていたとは思う。

個人的には気にならない香りだったが、姉さんにとってはあまり良くなかったのだろう。

 

「30分くらい、ゆっくり休みましょうか」

「うん、そうさせて……」

「姉さん、横になったら?ほら、膝貸してあげるから」

「……ありがと、千景」

 

そう言うと、ゆっくりと私の膝に頭を乗せる。

少しすると、静かな寝息が聞こえてくる。

そっと頭を撫でてみる。

 

「……姉さん、お疲れ様」

「スゥ……スゥ……」

「ふふっ……今は、ゆっくり休んでね。」

 

姉さんがゆっくり休めるように。

物音1つたてないよう、静かに時間が経つのを待つことにする。

姉さんの寝息だけが聞こえる部屋で、姉さんの頭を優しく撫でながら、私は姉さんを起こす時間まで静かに過ごした。




千草ちゃん、本当にゴメンね……(ゲ○イン属性付与

ようやくのわゆ組のキャラクターと合流させてあげる事が出来ました。
ここからが本番、頑張って書いていきます。

冒頭にも書かせて頂きましたが、某巫女さんとの出会いの部分は完全に本作オリジナルになる予定です。
本作オリジナル展開で、しっかりと原作並に『敬愛(彼女流表現)』の念を抱かせてあげられるか不安ですが、まずはそこにたどり着くまで頑張って書かないといけませんね。
まずはそこまで、どうか温かく見守って頂ければ……(土下座
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