ゲームが、ゲームが悪いんです……
色んなゲームが発売され、そっちを遊んでいて小説の方が中々進まず……
他にも色々とあるのですが、大きな原因はこれです。本当に申し訳ない。
「……ン、ンンッ……ふぁあぁぁ……」
「あ、おはよう、姉さん」
「……おはよう、千景」
目を開くと、見覚えの殆ど無い天井と、大切な妹の優しい笑みが見える。
あぁ、膝枕して貰って、寝ていたんだった。
名残惜しいけれども身体を起こす。
「どれくらい寝てた……?」
「1時間くらいかしら。珍しく起こしても起きなかったから、そのままにしていたの」
「1時間も?そっか……ゴメンね千景、足痺れたりしていない?お腹は空いてない?」
「足はちょっと痺れてるけど、数分もすれば大丈夫よ。お腹の方も、大丈夫……」
クゥ、と音が鳴る。私のお腹と、千景のお腹。どっちもだ。
2人揃ってお互いの顔を見て、同じタイミングで笑う。
「……食堂、行ってみよう」
「そうね、行ってみましょう」
部屋を出て、書類と伊予島さんの説明を思い出しつつ歩く。
たどり着いた場所では、真鍋さんと同じ白装束を着た人たちが数名、食事をとっているのが見える。
食事の邪魔にならないよう、静かに中に入る。
食事中の人が気付かないよう静かに動き、料理が置かれている場所を見る。
……うどんが、多い。トッピングの量も、尋常じゃない。
温かいモノと冷たいモノ、トッピングを組み合わせると30種は余裕で越えていると思われるくらい、うどんが一杯だ。
そんな事を思いながら料理を見ていると、食堂の人だろうか、30代か40代と思われる女性が1人、向こうからこっちに来る。
「おやまぁ、いらっしゃい!貴方達が、高知から来たって言う勇者様だね!」
「え、あ、はい。高知から来た、郡千草です。こっちは妹の千景です」
「こ、郡千景です……」
「自己紹介ありがとう。私はこの食堂で料理を作ってる者だよ。気軽におばちゃんとでも呼んでくれると嬉しいね!」
豪快に笑う、左胸に『多田』と書かれたネームプレートを付けた女性。
初めて見るタイプの人だ。
「この食堂は好きなモノを選んで貰って、自分で持っていって貰う形で料理を提供させて貰ってるよ」
「そ、そうなんですね……」
「所謂、セルフサービスって奴なんですね」
「そうだよ。私からの説明はこれくらいかね……さ、色々あるから、好きなモノを選んでねぇ!腕によりをかけて作ってるから!」
笑顔でそう言われて、改めて料理を見る。
豊富なうどん以外には何があるのだろうかと料理を見て、ある食べ物を見つける。
うどんとそのトッピングの向こうに、『それ』はあった。
「……肉野菜炒めとご飯、味噌汁にしようかな」
「じゃあ、私もそれで……」
「食べ終わったら食器類は向こうのカウンターに持ってきてね!」
「は、はい」
「姉さん、あっちの方空いてるみたい……」
「そっか。なら、そっちの方を使わせて貰いましょうか」
千景と共に、周りに人が居ない席に移動する。
2個隣の席まで全て空席なのを確認して、一安心。
これなら、たとえ何か飛んできたとしても、方向から誰が投げてきたのか特定出来る。
「冷めないうちに、食べましょうか」
「そうね……頂きます」
「頂きます」
手を合わせ頂きますと口にしてから、箸を手に持つ。
取りあえず、まずはメインの肉野菜炒めから。
……野菜の悪さを誤魔化すために、私は調味料を沢山入れて濃い味にしていたが。
この肉野菜炒めは、そこまで濃い味、という訳ではなさそうだ。
「フーッ、フーッ……ん、美味しい……!」
一口食べれば、その美味しさに驚く。
醤油がベースだろうか、甘辛く、濃すぎない味付け。
野菜は歯ごたえがあり、今まで私が食べてきた野菜とは全然違うモノだと思い知らされる。
肉も、量が多いのは分かっていたが、肉の質そのものも素晴らしい。
全ての要素がかみ合って、素晴らしい料理となっている。
「本当に美味しいわ……」
千景も、その美味しさに感動しているようだ。
箸の進むペースは、私の作った料理を食べる時より少し早い。
……美味しいモノを千景に食べさせられた事には、喜びを感じる。
それと共に、それが私の料理では無い事に、悔しさも感じた。
感じた悔しさを表情には出さず、野菜炒めを食べ、味噌汁にも手を伸ばす。
ネギと豆腐のシンプルな組み合わせで、インスタントとは全然違う優しい味がする。
……インスタントではない味噌汁なんて、いつ以来だろうか。
まだ母さんが家に居て、不倫もしていなかった頃。多分その時に飲んだのが最後だろうか。
味噌汁だけではない。
自分以外の誰かが作った料理を食べたのも、久しぶりだ。
「……姉さん?」
「どうしたの、千景?」
「いえ、その……姉さんが、泣いているから」
「……えっ?」
言われて、右頬に何かが伝っている事に気が付く。
指で軽く拭い、そのまま目の辺りを少し擦る。
「し、心配させてゴメンね?少し埃が目に入っただけよ」
「本当に、大丈夫なの?」
「えぇ、大丈夫」
自分で気付かなかったが、どうやら私は泣いていたようだ。
何故だろうか?……いや、分かっている。
過去を思い出していたのだ。
村の人から虐げられていなかった、遠い過去……まだ母さんが居て、不倫もしてなかったあの頃を。
あの人と母さん、千景と私、4人が慎ましくも幸せに暮らしていた、あの頃を思い出してしまった。
「そんな事より千景。味噌汁も美味しいわよ」
「本当?……あ、本当だ。温かくて、優しい味ね……」
「そうよね。とても温かいわ……」
千景の視線と興味を逸らして、もう一度だけ目の辺りを擦る。
これで、大丈夫……
「でも」
「でも?」
「……姉さんの料理は、もっと温かくて、心が落ち着く味がして、私は好きよ」
「……ありがとう、千景」
千景の方に手を伸ばして、頭を優しく撫でる。
満更でもなさそうに目を瞑って撫でられている千景を見ながら、私は微笑む。
そして、千景が目を瞑っているのを確認して、また零れてきた涙を拭った。
――――――――――
昼食を終えて部屋に戻ると、机の上に段ボールが1つ置いてあった。
疑問に思いながらも近づき、段ボールの上に置いてあったメモを見る。
『先ほどお渡しするのを忘れてしまっていたので、お部屋に置かせて頂きます。中身はある程度の設定をし終えたスマートフォンと、勇者御記となります。スマートフォンにつきましては、細かな設定をご自身でして頂いた後、ご自由にお使いください。勇者御記は、簡単に説明しますと日記になります。出来れば毎日、数行でも良いので書いて頂けると有難いです。時折確認させて頂きたいと思います』
中を開けると、確かにスマートフォンと『勇者御記』と書かれた1冊の本が入っている。
それと、スマートフォンの設定の仕方が書いてある冊子も付いている。文字の書き方からして、真鍋さんが書いてくれたのだろう。
冊子を見ていると、ドアがノックされ、そのまま開けられた。
「姉さん、あの……あ、姉さんの所にも、やっぱり届いてたのね」
「千景も?……なら、一緒に設定を済ませちゃいましょうか」
「うん」
ベッドに隣同士に座って、一緒にスマートフォンの設定をしていく。
パスワードにメールアドレス等、必要なモノは何で、どう決めるのか、冊子に分かりやすく纏められている。
その為、時折千景と相談しながら決めても、そこまで時間はかからなかった。
連絡先が間違っていないか、お互いに電話とメールをして確認し、登録は完了だ。
「これで大丈夫ね」
「そうね、千景」
「それにしても、スマートフォン……初めて手にするわね。アプリゲームとか、楽しみ」
「それは私も楽しみね。何か面白そうなアプリがあれば、一緒にやってみましょう」
「えぇ」
そんな事を千景と話しながら、すこしゆっくりと過ごす。
ここ数日は、縁を切りたくないと縋るあの人の対応とか、そういうのでゆっくりと過ごせなかった。
久しぶりに過ごす、千景と他愛のない話をしながらゆっくりとする時間。
やっぱり、こういう時間が一番落ち着く……
コンコンッ
『すみません、上里です』
「上里さん……はい、どうぞ」
聞こえてきたノックの音に反応すれば、相手は此処に住んでいる唯一の巫女、上里ひなたさん。
誰かが来るなんて思っていなかったから少し驚いたけど、とりあえず中に通す。
上里さんは私の部屋に入ると、ペコリと深く、綺麗にお辞儀した。
「郡千草さん、郡千景さん。先ほどはお土産、ありがとうございました」
「いえ、気にしないでください……お礼を言いに?」
「それもありますが、少しお誘いを、と」
「お誘い?」
上里さんの言葉に、千景と共に首を傾げる。
一体、目の前の少女は何を言っているのだろうか?
「実は、若葉ちゃんの提案で、勇者と巫女全員で一緒に夕食を食べに行かないか、と」
「夕食を皆で、ですか」
「はい。御二人が引っ越して来た事で、全員が揃った訳ですから。これから一緒に過ごす仲間ですから、親睦を深める為にも、一緒に食事をと」
「成程……」
少し考える。
確かに、私たち2人が合流した事で、現状見つかっている勇者は全員揃った事になる。
私たちが来るまでの数日間、ようやく互いの事を知って落ち着いてきた所に現れた、素性の知れない相手。
どういう人物なのか、コミュニケーションを計ってみた、という事か。
参加しなかった場合に発生するデメリットは何だろうか。
まず、相手の事を知る機会が減る事だろうか。
コミュニケーションの機会が減るという事は、つまりそう言う事だ。
また、相手から確実に不審に思われるだろう。
素性の知れない相手程、信じられない物も無いだろう。
……もっとも、素性を知っていても信じられない相手だっているのだが。
まぁ、それは今は置いておくとしよう。
参加することで発生するメリットは?
まぁ、相手の事を知る事が出来る、という事でしょうね。
コミュニケーションをとれば、それだけ相手の事を理解出来るだろう。
信頼が得られるか、というと、そうでもないけど。
でも、参加しないよりは印象は良いだろう。
「……他の人も、参加するのかしら?」
「はい。御二人以外の、若葉ちゃんのお誘いを受けた人は全員参加するみたいです」
「そうなのね……」
私たち以外全員が参加するのか。
となると、参加しなかった場合全員が私たちを非難する訳だ。
……村から出てまで、そういう生活から逃げてきたのに、またそのような状況に戻る訳にはいかない。
そう考えれば、とれる対応はただ1つ、か。
「……分かったわ。参加させてもらう」
「本当ですか?ありがとうございます!6時半にここを出発する予定ですので、時間が近くなりましたら、また呼びますね」
「えぇ、お願いするわ」
「それまでは、ゆっくり休んでいてください」
ペコリとまたお辞儀をして部屋を出ていく上里さんを見送って、扉を閉める。
千景を見ると、不安そうな表情だ。
「……参加、するの?」
「参加するのとしないのと、メリットデメリットを考えたみたけれど……参加した方が良さそうなのよね」
「そう……姉さん、私、怖いわ……」
千景が怖がるのは、よく分かる。
素性の知れない相手と食事するなんて、怖いに決まっている。
それに、外食となれば、他にも知らない人が客としてそのお店に来ているのだろう。
そもそも、料理を出す店員も全く知らない人間だ、警戒する対象しか居ない。
警戒すべき対象が増えれば、カバーしきれない可能性だって出て来る。
もしそうなれば、何をされるのか……
あの村では、給食にゴミや虫の死骸を投げ込まれたりした。
そういう経験があるから、千景は怖がっているのだ。
「……千景」
「姉さん?」
千景を安心させられるよう、自分が感じている恐怖を押し殺す。
千景の両手を包むように握って、まっすぐ千景の事を見る。
「怖いのは、良く分かるわ。でもね……怖いからといって不参加の選択肢を選ぶと、前と変わらないわ」
「前と、変わらない……」
「えぇ。相手は唯一参加しなかった私たちに不信感を覚える。不信感が嫌悪に変わって、最終的にはあの村と変わらない状況になるかもしれない。そこまで行かなくても、あまり良い気分にはならないでしょうね」
「そう、よね」
「それに、相手に事を全く知らないまま行動する事になるわ。それは、避けておきたいと思うの」
「……分かったわ」
私の考えを聞いて、分かってくれたのだろう。
千景が、怖いのを我慢して頷いてくれる。
それを見て、千景の両手から手を離し、ギュウッと抱きしめる。
「……どうしても怖くて耐え切れなかったら、私に言って。その時は、一緒に帰りましょう」
「……ありがとう、姉さん」
「良いのよ、気にしなくて」
千景も私の背中に手を回して、優しく抱きしめてくれる。
互いに抱きしめ合う事1分程、千景が落ち着いてきたのを確認して、手を離す。
「6時半くらいに出るって話だったから、それまで一緒に遊びましょう」
「そうね。姉さん、何かやりたいゲームはある?」
「そうねぇ…あ、そういえばいつもやってる狩りゲー、作りたい武器の素材が足りないの。手伝ってくれる?」
「もちろん。ゲーム機を取ってくるから、少し待っててね」
「えぇ、分かったわ」
先ほどまでの怯えた表情がすっかり変わり、楽しそうにしているのを見て安堵する。
後は、無事に乗り切るだけ。
…何事もなければ良いのだけれど、どうなるかしら。
――――――――――
午後6時50分。
私と千景は、寄宿舎の面々……私たち以外の勇者4人と、1人の巫女と共に歩いていた。
6時半に集まった私たちは、何を食べようかと話になったときに高嶋友奈さんがこぼした『そういえば香川ではうどんが有名で、地元の人のソウルフードだって聞いたんだ。折角だから食べてみたいなぁ』と言う言葉で、乃木若葉さんお勧めのうどん屋へといく事になった。
うどん、か。自分で茹でた事はなかったので、最後に食べたのはインスタントのうどんか。
あれはあれで手軽に食べられて嫌いではないが……
「あぁ、ここだ。今や香川でも少なくなってきた、本物の純手打ち店だぞ」
どうやら、目的のお店に着いたらしい。
そこそこ大き目のお店だ。時間が時間だからか、人は程々に入っているみたいだ。
全員が中学生に満たない女子だけだからか、店員さんが少し怪しんでいるように見える。
が、乃木若葉さんを見ると驚いたような表情に変わる。
「あら若葉ちゃんじゃない、いらっしゃい」
「こんばんわ。7人なのですが、席は空いていますか?」
「えぇ、大丈夫よ。それにしても、子供だけなんて珍しいわねぇ」
「新しいクラスメイトです。香川の外から来た人も居ますので、香川の良さ……いえ、うどんの良さを知って欲しくて」
「新しいクラスメイト……そうなのね。お冷を持っていくから、奥の席へどうぞ」
店員さんが、何かを察したような表情で私たちを見る。
一体、何を考えているのだろうか……まぁ、どうでもいいか。
乃木若葉さんを先頭に奥の席へと行く。
2人用の机を3つ繋げ、片側に私、千景、上里ひなたさん。もう片方に土居球子さん、伊予島杏さん、高嶋友奈さん。そして、所謂お誕生日席に乃木若葉さんが座る。
全員の手元にお冷が置かれた事を確認し、乃木若葉さんが口を開く。
「コホンッ……本日は、私が提案した夕食を兼ねた親睦を深める会に参加いただき、ありがとうございます」
「若葉ちゃん、堅苦しい挨拶は必要ないと思いますよ?」
「うん、タマもその意見には賛成だ。お腹がペコペコだ」
「そ、そうだろうか……では、手短に。これを機に、皆の事を知りたいと思っている。香川のうどんを楽しみながら、親睦を深めていこう」
やはり、乃木若葉さんは真面目な人なのだろう。
わざわざ堅苦しい挨拶を考えて、暗記してきたのだろうと想像、強く感じる。
「…さて、挨拶はこれくらいにして、うどんを頼もう」
「ここのうどんはどれも美味しいですよ。もし良ければ、私たちのお勧めのうどんを注文しても良いでしょうか?」
「私はそれでいいよ!」
「わ、私もそれで大丈夫です」
「タマも最初はそれで行こう!」
お勧めのうどん、か。
周りの人も同じものを頼むとなると、怪しい事は出来ない……筈ね。
千景の方をチラリと見る。
私が見ているのを感じたのか、こっちを見て軽く頷くのが見えた。
私の判断に任せる、という事だ。
「……えぇ、私もそれで大丈夫よ」
「私も」
「……皆さん、ありがとうございます。それじゃあ若葉ちゃん、どのうどんにしましょうか」
「暑い事も考えると、ぶっかけうどんだろうか?シンプルなうどんを最初は食べて貰いたいからな」
『ありがとう』と言う前に、私たちの事を上里ひなたさんは見ていた。
気にしてくれている、のだろうか?
少し考えていると、うどんが運ばれてくるのが見えた。
……まだ数分しか経っていないと思うのだけれど、提供まで早くないかしら?
インスタントとは違う、太い麺。
私の知っているうどんとは違い、つゆは並々と入っている訳では無いようだ。
小皿に分けて盛ってあるのはネギと…すりおろした生姜、かしら?
先ほど乃木若葉さんが言っていたように、具材などは殆ど無いシンプルなうどん。
「はい、お待たせしました。ぶっかけうどん7人前です」
「うわーっ、美味しそう!」
「そう言って貰えると嬉しいねぇ。でも、美味しそう、じゃないのよ」
「ここのうどんは本当に美味しいんですから」
「そう言う事よ。それじゃあ、ごゆっくり」
「ふふっ、皆さん、興味を持って頂けたみたいですね」
「美味いうどんで英気を養おうじゃないか。それでは代表して……頂きます」
『頂きます』
乃木若葉さんの言葉に続き頂きますと口にし、割り箸を割る。
さて、と……うどんではなく、まずはお冷を頂く事に。
千景も同じく、お冷に手を伸ばしている。
喉が渇いている、というのも無くは無い。けど、それだけが理由では無い。
変なモノが入っているなら、同じものを頼んだ周りに被害が出る筈。
周りの反応を見て、安全かどうかを見極める。その為にすぐうどんに手を伸ばす事はしないでおいたのだ。
真っ先にうどんを食べに行ったのは土居球子さん。
待ちきれなかったのだろう、勢いよくうどんを啜る。
そして、固まった。
「………」
「た、タマっち?どうかしたの?」
「な、なな、な……・なんじゃこりゃあああッ!?ぶっタマげたッ!!」
再起動したら、あとはもう止まらない。
伊予島杏さんの声も気にならない程に、夢中でうどんを啜っていく。
「……高嶋友奈、行きますッ!」
土居球子さんの反応に、何か感じたのだろう。
ズズーッ、とうどんを啜り、土居球子さんと同じく固まった。
「お、美味しい!具だって、出汁だって、見た目は普通なのに…!!」
「そ、そんなに……わ、私も、行きます!」
「あぁ、伸びる前に食べてくれ」
「伸びたうどんはあまりお勧め出来ませんし、作った人に申し訳ありませんからね。美味しいモノは、美味しい時に食べましょう」
興味半分恐れ半分といった感じで、伊予島杏さんがうどんを啜る。
そんな彼女の事を、乃木若葉さんと上里ひなたさんがうどんを食べながら見守っている。
「こ、これは…まるで、口の中で麺が踊るようです!こんなうどんは初めてです!!」
「だろう?素材だけではない、水にすらこだわりをもって作られたうどんは、良いモノだろう?」
「若葉ちゃん、きっと3人にはもう聞こえていませんよ」
「む、そうか……いや、それほどまでに夢中になってくれた、という事だな」
「えぇ」
誇らしげに語る乃木若葉さんと、そんな乃木若葉さんを優しい表情で見る上里ひなたさん。
そんな2人が、こっちを見た。
「2人は、食べないのですか?」
「え、あぁ、その……他の人の反応が凄かったので、ちょっと」
「そうでしたか……先ほども言いましたが、うどんは伸びない内に食べるのが一番です。どうぞ、まずは一口」
……流石に、周りの反応を伺うだけでは時間稼ぎも限界か。
少なくとも、今の段階で先に食べた人たちは問題なさそうではある。
……ここは、いくしかないか。
これ以上理由を付けて様子見をすれば、流石に不審に思われる。
チラリと千景と目を合わせる。
千景の表情には、私でなければ分からないだろうほんの少しの怯え。
「……えぇ、そうね。それじゃあ、頂きます」
うどんに視線を向け、ほんのわずかな時間だが変なモノが入っていないか確認。
見た感じ、あの学校の給食の様に虫が入っていたりしている訳では無い。
それを確認し、箸でうどんを数本挟み、持ち上げる。
ある種の美しさすら感じる。カップうどんなんかと比べるのは申し訳なく感じてしまう。
しかし、比較対象がそれしかないので、色々と比べてみる。
1本1本が長くて太く、しかし箸で挟んだだけで分かる程にコシがある。
うどんに絡んだつゆの香りは、嗅いだだけでその美味しさを予感させ、ゴクリと唾を飲み込ませる程に素晴らしい。
警戒心すら粉砕し、『早く食べろ』と身体の奥底から衝動が湧き上がる。
衝動のまま、うどんを食べ始める。
口に含んだうどん、そこに絡んだつゆの味がまずは伝わってくる。
カップうどんとは全く違う、強すぎなく、しかし確かに感じるつゆの味。
粉末スープを溶かしただけのアレとは全く違う、優しい味だ。
次に伝わるのはうどんを噛んだ時のコシの強さ。
伊予島杏さんの、『口の中で麺が踊る』という表現に納得してしまう。
私の知っているフニャッとした麺とは全然違う。これには、1本1本に確かな存在感がある。
うどんの麺の味は……私の知っているうどんとは全く違う、としか表現できない。
知らないだけで、これはうどんの麺、その原料である小麦の味なのかもしれない。
私の知らない、しかしどこか安心する味が口に広がり、つゆと合わさり『極上』としか表現できない領域へと昇華されていく。
飲み込んだ時ののど越しは、本当にカップうどんと比べたらこのうどんに申し訳ない。
長々と1口のうどんを分析したけれども。
全てが、次の一言に集約された。
「……美味しい、わね」
「……わ、私も、頂きます」
私の反応を見て、安全だと判断してくれたのだろう。
千景が恐る恐る、うどんを摘まみ、口に含む。
飲み込んだ後には、他の人と同じく心底驚いた表情。
「こ、これは……本当に、うどん?私の知っているうどんとは、全然……」
「2人の知っているうどんがどのようなモノかは知りませんが、これが香川のうどんですよ」
「香川のうどんの中でも、特にお勧めのうどんです。どうですか?」
「……えぇ、美味しいわ」
「それはよかった」
「喜んでもらえてよかったですね、若葉ちゃん」
安心した表情の乃木若葉さんと上里ひなたさんを横目に、うどんを啜る。
記憶にあるうどんは温かいうどんだけだが、冷えたうどんというのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら半分ほど食べ、ふと小皿に載ったネギと生姜の存在を思い出す。
パラパラとネギを少しだけのせ、うどんと共に食べる。
シャキシャキとした食感とネギの風味が、うどんと合う。
次に生姜を少しだけのせ、うどんと共に食べる。
生姜の味が今までの味を変化させ、サッパリとしたその味に食が進む。
そして、どちらものせて食べてみる。
シャキシャキとしたネギの食感、生姜によって変化した味、全てが噛み合うことで箸が止まらなくなる。
アッと言う間に、うどんが目の前から消えていた。
「夢中になってくれる程、気に入って貰えたようで何よりです」
「……えぇ、そうね」
空になった器を見ながら、上里ひなたさんの言葉に同意する。
『夢中』という単語しか見つからない程に、私は食べる事に集中していた。
香川のうどん、恐るべし。
「見たところ、皆食べ終えたみたいだな。落ち着いたところで、少し自己紹介をさせて欲しい」
「自己紹介、ですか?」
「現状大社が見つけた勇者が、全員揃った。こうして集まったのは初めてだから、改めて自己紹介を、と思って」
「確かに、それは良いかもしれませんね」
乃木若葉さんの言葉に、伊予島杏さんが頷く。
来たときに挨拶はしたが、車酔いのダメージが残っていて把握しきれていない事も多い。
改めてここに居る人を観察する、というのは必要ね。
「では、ここは提案者である私から……香川出身、乃木若葉です。小学5年生で、修学旅行の時にバーテックスに襲われ、その際勇者の力を得て、人々を守りながら香川へと戻って来ました。丸亀市で暮らしていく中で、聞きたいことがあったら答えられると思います。これから、よろしくお願いします」
「次は私が。香川出身、上里ひなたです。若葉ちゃんとは幼馴染です。若葉ちゃんと同じく、バーテックスの襲撃の際に巫女の力を得ました。丸亀市や香川の事はもちろん、若葉ちゃんについて知りたい事がありましたら、私に聞いてくださいね?」
香川組、とでも言うべき2人。
今の所分かるのは、2人共礼儀正しい人である、という事。
少々乃木若葉さんは『かたい』人であるようだ。
上里ひなたさんは、一歩退いた場所から見守る人間、とでも言うべきか。
「じゃあ、次はタマだな!愛媛出身、土居球子!小学5年で、愛媛であの地震とかがあった時に勇者になったんだ!よろしくな!!」
「じゃ、じゃあ私も……同じく愛媛出身、伊予島杏です。小学4年生で、タマっちと同じく愛媛で勇者になりました。み、皆さんよろしくお願いします」
香川組に合わせて、愛媛組とでも言おうか。
元気いっぱいの土居球子さんと、大人しい性格の伊予島杏さん。
にしても……
「伊予島杏さん。貴方、土居球子さんよりも年下だったのね?」
「え、あ、あの、その……じ、実はそう言うわけじゃなくて……私、昔から身体が弱くて。小学3年生の時に、入院期間が長くなったので、1年やり直す事になったんです」
「……そうだったの。ごめんなさいね、無神経な内容の質問をして」
「い、いえ!」
ふと気になって聞いてみたけれど、返って来たのは少々重い話。
謝りはしたけれど、印象は悪くなっただろう。
失敗だったか……
そんな事を考えていると、土居球子さん伊予島杏さんに話しかける。
「そういえば、タマは杏よりも学年的には1年先輩なんだよな。そんな事気にしないでフツーに話してたけど、ふーむ……」
「た、タマっち?」
「そうかそうか、タマの方が先輩だもんなぁ……よぉし!杏、学校が始まったら、タマの事を先輩って呼んでくれ!!」
「え、えぇっ!?」
「学校の中だけで良いからさ!タマ、ちょっと先輩って呼ばれるのに憧れるんだよ!!」
「う、うーん……か、考えておくね?」
「前向きに頼むぞ、杏!」
……本当に、仲が良いのね。
土居球子さんの人の良さが、影響しているのかしら。
……警戒すべきは、土居球子さんの方かしら?
彼女はどうやら、ムードメーカー気質のようだし、こちらに話しかけてくる可能性は他より高い。
この2人の仲では、どちらかというと土居球子さんを警戒しておこう。
「じゃあ、次は私が行くね!奈良県出身、高嶋友奈!小学5年生で、四国に来てた時にあの被害にあって…それで、色々あって勇者になりました!!ここに居る皆とは違って、1人だけ四国の外出身、かな?でも、皆と仲良くなりたいな!よろしくね!!」
私たちとは違い、四国の外から来たという高嶋友奈さん。
挨拶に行った時と同じで、明るい笑みを浮かべている。
「そうか、1人だけ四国の外が出身か…」
「友奈さん、四国の事で知りたい事があったら、私たちに聞いてくださいね?」
「その時はお願いするね!でも、今は大丈夫……かな?」
「疑問形、なんですね……」
「まー、しょうがないだろ。急に聞きたい事とか言われても、パッと思いつかないだろ?タマはそうだ」
「だねー」
……明るい人、である事は分かった。
彼女も土居球子さんと同じく、警戒しておこう。
さて、残るのは私と千景、か。
私たち2人に視線が集まるのを感じる。
緊張するし、恐怖も覚える。が、それを表情や仕草には出さず、押し殺す。
今この場において、緊張も恐怖も出してはいけない。
弱みを曝け出せば、つけ入る隙として見られる。
何事も無いかのように、自己紹介をしよう。
「じゃあ、私ね。高知県出身、郡千草。小学6年生で、千景の姉。田舎出身で、普段気にしなかったからあまり高知の事には詳しくないわ。興味がある人はごめんなさいね。地震で避難していた神社が崩れて、そこで武器を見つけて勇者になったの。だから、実戦は経験していないわ。でも、足を引っ張らない様に頑張るから、これからよろしくおねがいします
「……高知県出身、郡千景。小学6年生よ。姉さんと一緒に、同じ神社で武器を拾い、勇者になったわ。これから、よろしくお願いします」
「ごめんなさい、少し人見知りしやすい子で……千景共々、よろしくお願いします」
やはり怯えを隠し切れない千景のフォローを少し入れて、挨拶を終える。
さて、どう来るか。
まず最初に来たのは……乃木若葉さん、みたいね。
「実戦経験が無いんですか?」
「えぇ。偶然なのか、私の住んでいた所はバーテックスが来なかったのよ」
「そうですか……」
「不安に思うのも当然だと思うわ。でも、覚悟はしているつもりよ」
「……分かりました。何か私に出来る事でしたら、何でも相談してくださいね」
「その時は頼りにさせてもらうわ」
乃木若葉さんからの質問に、事実を伝える。
恐らく、この中で最も戦闘をしてきた人だからこその不安、なのだろう。
私の発言に、ある程度納得したのか、大人しく引き下がってくれる。
次に来たのは……あれ、高嶋友奈さん?
「あの!『
「……あぁ、それ?えぇ、私たちは郡、群じゃないわ」
「ご、ごめんなさい!すっかりそうだと思い込んでて……」
「いえ、良いのよ。紛らわしいのは本当だし」
「あー、友奈はタマと同じ勘違いしてたんだな。タマも杏に言われるまではすっかりそうだと思い込んでたからな!」
「もぅ、得意げに言わないでよタマっち。先輩達に失礼だよ!」
「うっ……す、すみません」
高嶋友奈さんの発言に、他の人にも飛び火したみたいだ。
でもまぁ、紛らわしいのは本当だし、こちらとしては余り気にしていないのだが……
……あぁ、そうだ。
「気にしなくて良いわ。それに、たったの1歳しか違わないし、話しやすい話し方でいいわよ」
「良いのか!?……じゃなくて、良いんですか?」
「えぇ。これから長い付き合いになるのだから、ね?」
「……じゃあ、タマはそうさせて貰うぞ!」
これで良し、と。
……下手に丁寧な話し方とかされると、その人の本質を探れないもの。
その人にとって自然に話せる状況、これが相手を探る為に必要よね。
それに、伊予島杏さんへのさっきの失敗を、少しでも取り戻さねばならない。
『多少の事は気にしない、良い人』として見て貰えれば良いのだけれど。
「高嶋友奈さんも、あまり気にしないでね」
「うん、ありがとうね、千草ちゃん!……千景ちゃんも、ごめんね?」
「……え、えぇ、大丈夫よ。気にしていないから」
千景が、驚いた表情を僅かに浮かべ、それを隠すように不器用に笑う。
……私も、少し戸惑ってしまった。
『千草ちゃん』に『千景ちゃん』、か。
そんな風に呼ばれたのが……とても、久しぶりだったから。
全てが変わったあの時よりも前。
つまり、ささやかな幸せが続くと信じていられたあの時。
もう微かにしか思い出せない、あの学校の同級生の、私たちに向ける楽し気な笑み。
それと共に、そう呼ばれていた……筈、よね。
数年の時の流れ、そして私たちにとっての地獄のような日々は、あの場所での平和だった頃を忘れさせてしまった。
おぼろげな記憶でしか、もう思い出せない。
「……姉さん?」
「どうしたの?」
「……また、姉さん、泣いているわ」
「……そう言う千景も、泣いているわね」
千景の声に、意識が現実に引き戻される。
千景の指摘に、また私が泣いていた事を気付かされる。
そして、今回は千景も泣いていた。
私が言うと、初めて気付いたのか頬を伝う涙に触れた。
「……本当、ね」
「えぇ」
「急に泣いて、大丈夫か!?」
「や、やっぱり名前間違えたの嫌だった?本当にごめんね!?」
「ち、違うのよ、これは。気にしていない、気にしていないから…」
同じことを思い、泣いたのだろう。
互いに涙を流した理由を察し、互いに相手の涙を拭う。
そんな私たちを、土居球子さんと高嶋友奈さん、私たちに対して多少の負い目のある2人が、心配に思ったのか慌てて話しかけてくる。
急に話しかけられ驚いた千景の手を握りながら、2人への対応をする。
そんな私たちの姿を、上里ひなたさんが悲し気な表情で見ている、ように見えた。
みんなでうどんイベントを、本作では此処に放り込んでみました。
原作では明確な時期が分からないので、親睦会として最初にやっても良いと思って書いてみました。
次回からは郡姉妹と他の原作キャラの絡みを書いていければなぁと思いつつ、更に書いてみたい事もあるからそれも書かなければ、と作業量の多さに絶望。
原作冒頭にたどり着くまでに、何話かかるのやら…頑張らねば(白目