【完結】ヒソカは雑魚専? よろしい、ならば転生だ   作:虫野律

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淫獣編を終わらすつもりが無理だった。すまない。



とある夜のお話

「ニコルん。この後、私の部屋でしようよ」

 

 アラタは夕食を食堂で食べている時にユナフィと呼ばれるメイドにこれ見よがしに聞こえるようにわざとらしくニコルを誘う。

 

 バキッ。

 

 凄い音がした。ネヴェアと名乗った正妻がグラスを握り潰したのだ。ファルはまたしても重い空気にさらされる羽目になってしまった。

 

「奥様いけません。すぐに処置をいたします」

 

 容疑者──ユナフィがネヴェアの手の処置をしようと連れて行く。

 ファルはふぅと息を漏らす。

 

 食堂には使用人が何名か残っている。おおっぴらに囮捜査という名の罠のことを相談することはできない。

 しかし、念能力者はいないようなので、オーラを文字の形に変化させて会話をする。一応、残った使用人からは見えない位置に文章を浮かべる。ファルがちらりと使用人に目をやった意味を2人は察し、頷く。

 

『やり過ぎじゃないか?』

 

『わざとらし過ぎますよ。もうちょっと控えめにした方がいいんじゃないですか?』

 

(ファルはまぁ分かる。プロだし、瞬時にオーラで文章を作る位出来るだろ。だが、ニコルんてめえは駄目だ。何でファルより速くて綺麗なんだ? 才能とかそんなレベルを越えてないか? 俺なんてトロトロ単語を並べるだけで精一杯なのに。すげー納得いかねぇ)

 

 アラタは細かいオーラの制御が苦手だ。一応、四大行と応用技はかろうじてできるが、一部を除き粗末なものだ。ぶつくさ言いながらえっちらおっちらと単語を作り返答をする。

 

『わかりやすい、だいじ、たのしい、わらい』

 

 アラタの作った単語を見た2人が微妙な顔をする。一生懸命作ったのにそんな反応をされ、ちょっとムカつく。

 

『おい。お前、遊んでねぇか? 一応、ハンターとしての正式な仕事なんだぞ』

 

『そうですよ。ふざけてないでちゃんとしてください』

 

(こいつら……。俺が反論出来ないのをいいことに好き放題言いやがって)

 

 好き放題しているのはアラタの方だが、そんなことアラタの知ったことではない。

 

 またトロトロと単語を並べる。

 

『つぎ、さくせん、わたし、へや』

 

 アラタが言いたいのは今夜、部屋で次の作戦を実行するということだが、上手く伝わるだろうか。

 

『何か考えがあるのですね。分かりました。今夜、そちらに行きます』

 

『……俺はニコルの友人つー設定で、この流れで混ざるのは少し不自然だから別行動にしたい。いいか?』

 

 アラタは小さく頷く。オーラで文字を作るより楽だし、早いのだ。

 

 

★★★

 

 夜9時。アラタの部屋にやって来たニコルは目眩を覚えてしまう。

 アラタはジャージにノーブラTシャツを着て、ベッドでゴロゴロしながらお菓子をポリポリやりつつ雑誌を読んでいるのだ。完全に自分の家モードだ。

 読んでいる雑誌は女性ファッション紙のようだが、『寝取り裏技特集』『合法的浮気の復讐100選』『切り落としても捕まらない方法』とか表紙に書かれている。この雑誌の売上はどのくらいか気になってしょうがないニコルだが、ぐっと堪えて見なかったことにする。

 最近、というか始めから何となくそんな気はしていたが、アラタに対して突っ込んでいたら時間がいくらあっても足りないのだ。ニコルはまた一つ大人の階段を上らされてしまった。

 

「よー来てそうそう何で変顔してんの?」

 

 ちょっとマジでニコルはキレそうになるが、紳士なので穏便にすます。

 

「……それで作戦って何」

 

 敬語が崩れて反抗期みたいになってしまうがニコルは頑張っているのだ。

 

「ふふふ。ニコンん」

 

 ニコルはアラタの厭らしい顔を見て、おうちに帰りたくなった。ニコルのおうちはここなので逃げ道はない。

 

「コンドームの貯蔵は充分か?」

 

「念の為、1箱持ってきたけど」

 

(おうふ。そう来るとは思わなかった)

 

「え? 何? マジでやりたいの?」

 

 身を起こしたアラタは、信じられない、といった風にニコルから距離を取る。

 

「……貴女が望むなら……」

 

(なんか急に闇を纏いだしたんだけど、ちょーウケるわ)

 

「さて、ニコルんよ。作戦を説明しよう」

 

 アラタは、なんかメンドクさくなったので今までのことは全部無かったことにして話を進める。

 ジャイアニズムを極めてらっしゃる。    

 

「はい」

 

 ニコルに元気がない。しかし、アラタはそんなことどうでもいいので、当然、スルー。

 

「淫獣のターゲットは淫乱クソビッチだ。ここまではいいな?」

 

 ニコルが頷く。

 

「クソビッチの何が気に入らないか知らないけど、とりあえずセックスそのものが嫌いか許せないと仮定して、2つ方法を考えた」

 

 確かに淫獣の目的、嗜好、性格により囮の在り方も変わってくるだろう。

 

「1つ目。ニコルんがあのメイドをレイプする」

 

「それは……」

 

 ニコルは倫理的にも、個人的な心情的にもそれは選択したくはない。しかし、ユナフィが犯人だとしたら、即効性のあるアプローチであることは否定できない。

 

「2つ目。今から私が全力で喘ぐ。めちゃくちゃ本気で喘いで淫語も叫んで、ついでにニコルの名前も何回もしっかり叫ぶっていう超豪華バージョンだ。これでヘイトとストレスを与えてキレさせる」

 

(まぁ、パッと思い付くのはこんなもんだ。時間をかけてもいいならまだあるけどダリぃからやらね) 

 

「それでこの部屋なのですね」

 

「そ、こっちの方が使用人の部屋に近いからね」

 

 はぁ、とニコルはため息を吐いてちょっとした意趣返しをすることに決める。いくらアラタといえどもやられっぱなしはよろしくないのだ。

 コンドームの箱のビニールを破り捨て、びりっと箱の切り取り線を割く。

 

「別に演技じゃなくてもいいんですよね。最近、忙しくて溜まってるんですよ。だから、しましょうか」

 

「え」

 

 

 

 

 

 

★★★

 

「あ♡」

 

 アラタの『あ』だか『う』だか分からない嬌声が響き渡る。アラタのボイスコントロールは超一流の声優に敗北感を一方的に与える次元に到達しているため、何も知らない人が聞けばたまにいる喘ぎ声の煩い女としか思えないだろう。

 

「あ、そんな、あ、待って……」

 

 何か言い出したが中身を知ってる人間からすればコントでしかない。時折、息を混ぜながら話す様は、実にそれっぽい。

 

「やぁ、やめないでぇ。にこるぅ」

 

 吐き気を催す邪悪とはこのことである。

 この後も、聞くに耐えないワードを撒き散らすこと49分。そんなにギア全開でやるのは男からすれば辛いものがありそうだが、そういう設定での演技ではないらしい。ニコルのイメージは残念な方向に進み出している。

 ちなみに、アラタは真顔である。ニコルも真顔である。エロゲの収録現場かな。シュール過ぎて恐い。

 

(うん、何かダメかも分からんね。飽きてきたしそろそろフィニッシュといこうか)

 

 アラタが喘ぎ声のペースをあげて、小刻みに速くリズムをとっていく。そして……。

 

 響き渡るハイトーンボイス。

 

 妙な達成感がアラタに芽生えるが、静寂がすぐにそれを打ち消す。微妙過ぎる空気が部屋に充満する。

 

「「……」」

 

 念のためにと、10分程待ってみるも変化無し。

 

「「……」」

 

 両思いなのに一歩踏み出せない中学生のような気恥ずかしさと気まずさが漂う。やっていることは初々しさとは、かけ離れているばずなのに不思議な光景だ。

 

「正直、興奮した?」

 

 訂正する。アラタにはそんなまともな感情はなかったようだ。

 

「処女なのに無駄にリアルですね」 

 

 訂正する。ニコルも大して気にしていないようだ。

 

「処女言うなし」

 

「はいはい」

 

 完全に空気が弛緩してしまった。作戦失敗か。一応、確認する為、アラタはニコルに問う。

 

「ニコルん、円でそれらしい動きは感知したかい?」

 

「いえ、今のと……! ユナフィが緊急放送用のマイクを手に取りました」

 

「お?」

 

 ここでニコルの円についてお話しよう。通常、円の内部にいると自身が他者のオーラ内に居ることを認識してしまうものである。しかし、ニコルは円に隠──オーラや物を分かりにくくする技術──を重ね掛けすることに成功した。ただし、コントロールが異常に難しい為、単純な円より感知範囲は狭まってしまうが、それでも有用なことに変わりはない。この技術を使えば、念能力者に悟らせずに一方的に監視できるのだ。尤も、念能力者の習熟度や適性により気づかれる可能性はあるが、それは極めてマイナーパターン。少なくとも今、ニコルの円の中にいるユナフィには気づかれていない。異常な成長スピードと言えるが勿論、才能だけで到達した訳ではない。それについては後述する。今はアラタ達を見てみよう。

 

『ぁぁぁぁああああ』

 

 声がする。緊急時放送用のスピーカーから、女の声──おそらくはユナフィのものだ──が流れ出す。苦しんでいるようにも、達しているようにも、哭いているようにも聞こえる。

 

 本来ならば、数秒にも数分にも感じるべき魔唱だが、しかし、アラタには無意味。単にあー、と長音が聞こているだけだ。

『自らの意思又は自らの生理現象でのみ自分の肉体、精神及びオーラを操作できる』という制約及び『この制約に違反しようとした場合は意図されていた現象が発生しない』という誓約。この2つによりアラタは操作系に対して反則的なアドバンテージを保持している。

 そう、この声は操作系能力の発動条件。従ってアラタは無事。一切の変調は伺えない。だから遅れてしまった。操作系能力の可能性にすぐに気付けなかった。

 気づくまでの一瞬の間、それが命取り。ここは、いや、違う。世界は何処だってそうだ。アラタは自らの失態を自覚する。油断した。

 

(ニコルは操作系対策を持っていない筈だ! まだ、教えていない。落ちたのか? 淫獣が操作能力を持つ場合の能力予想では催眠状態を強制するものだが、その他の可能性がないわけではない。ニコルは大丈夫なのか?)

 

 ニコルを見る。

 

「っ!」

 

 息吹──ニコルは丹田呼吸により不安を払拭せんとオーラを研ぎ澄ます。

 

「僕の読み通りだといいけど……」

 

 いつものニコルだ。凌いだのか。

 

(でも、どうやって? 無事を偽装させられている可能性が否定できない。ミスったなーもう!)

 

 アラタはオーラを練り上げる。以前よりずっと顕在オーラが増加している。アラタ本来の超大容量の潜在オーラが遂に顕在化する。そこに居るだけで念能力者でなければ、いや、もしかしたら念能力者であっても脆弱な者は命を刈り取られてしまうかもしれない。

 

(50%にすら遠く及ばない。でも、今の錬度ではこれ以上はリスクが高い)

 

 アラタのただならぬ様子にニコルは苦笑1つ。疑念の払拭を計る。

 

「音を使う能力者の話を教えてくれましたよね。一定の音、メロディを聴かせて幻術をってやつです」

 

(確かに教えたけど)

 

 アラタがザバン市を離れた頃に電話で訊かれたのだ。アラタの知る能力者はどんな人達か。何が出来て何ができないか。そう言ったことを急に訊かれて、少しだけ答えあぐねてしまった。この世界に実在する人物の情報をそんなに沢山言ってもいいのだろうか。

 そこでアラタは折衷案(?)を採用した。

 

(知ってる限りのハンターハンター以外のバトル系2次元キャラを念能力として解釈し直して列挙して、ハンターハンター世界の能力者も旅団やゾルディック等敵対した場合、能力を知らないと実力差から瞬殺されかねない危険人物だけは教えたけど、あれで良かったのかちょっと自信ないわ)

 

 しかし、アラタの不安を嘲笑うかのようにニコルは戦闘パターンを蓄積していく。

 

 ここ数日(・・)の副産物として、ニコルはことあるごとに『全てを置き去りに(クロックアップ)』を発動する癖がついてきていた。そうすることが不測の事態に対する最も効果的な備えだと考えたからである。 

 その癖に従い、不可解な声を聞いてすぐに『全てを置き去りに(クロックアップ)』を発動して、この声の原因及び意図するところの分析に入った。

 そして、すぐに思い至る。アラタに教えてもらった音を媒介又は制約に組み込む能力の存在に。可能性があるに過ぎない不確定な推測だが、あり得ないと楽観視することには危険だ。ニコルはさらに推測を掘り下げていく。

 アラタが言う音により幻術等の操作を加える能力では、一定のメロディ、歌を聴かせる必要があるパターンが一番多い。次に多いのは特定キーワードを聴かせて発動すること。今、響き続けている筈の声も一定時間、声を聴かせる制約──最多パターン近似値──をクリアするためとニコルは敢えて悲観的に悪いパターンを想定しておき、そのつもりで動くことで最悪の事態は最低限回避できるように行動していたのだ。この結論まで現実時間で声が聞こえ出してから約1秒。『全てを置き去りに(クロックアップ)』発動からは0,01秒ほどだ。まさに一瞬のみきり。

 

 今は何者か、おそらくは淫獣からの攻撃中の可能性がある。声はまだ聞こえている。悠長に説明している暇はない。端的に要点だけをアラタに教えることにする。

 

「僕の発は使用中は現実時間と同じには音が聞こえない。それがさっきの声による発動条件の瑕疵(かし)になった」

 

(じゃあ、一度、いや、もしかしたら俺が気づいていないだけで何度も発を使用して声を主観的に中断して操作から逃れたってことか。理屈は通ってる。でも、其だけじゃあ……)

 

 アラタの不安を察してまた苦笑する。このタイミングでスピーカーからの声は漸く止まったようだ。

 

「これだけじゃあ、僕が操作されていない証拠としては弱いですよね。でも今それを完全に証明出来るカードはないんです」

 

(まぁ、そうだよなぁ)

 

「だから、淫獣の想定外の事実を指摘してみようと思います」

 

「それを認識している時点で淫獣の統制下である可能性が下がるってことか」

 

「ええ。それではアラタさん」

 

「え、なんだよ改まって」

 

「貴女、処女ですよね」

 

「くっそワロタ」

 

(しかし、理にかなっている。俺を処女と認識しているならそもそも攻撃していないはずだ。であればニコルの記憶を読み、そう発言させたとすると淫獣の目的から矛盾した行動になる。つまり俺が処女と認識している時点で淫獣の統制下であるとは考えにくい)

 

「なぜばれたし」

 

「……勘ですよ」

 

(え、また闇を纏い出したんだけど、面白! これからはちょくちょく闇を纏って貰えるように色々やろうそうしよう)

 

 ぐう畜アラタ(処女)。

 

(まぁ、今の発言すらブラフの可能性、淫獣以外や念能力以外の可能性もあるけど、流石に現時点で考え出したらキリがないし、確認できないしなぁ。それはそれとして)

 

「それより私を疑わないの?」

 

「貴女程の人がヤられるわけないです」

 

「くっそワロタ」

 

【悲報】ニコルはポンコツだった【原作準拠】

 

 ニコルの認識ではアラタは莫大なオーラを持つ化け物であり、数多の能力者から致命的な情報を抜き取る手練れである。出会った時からして、超高レベルの念能力者(ギタラクルタクシー)を乗り物扱いして従えていた。ニコルはアラタに関して残念な勘違いをしている。おいたわしや。

 

「ところでニコルん。他の人達は眠っていたりするかい?」

 

 アラタはニコルの円に反応はあるか確認する。

 

「よく分かりましたね。動いているのはユナフィだけです」

 

 概ね、アラタの予想通りだ。

 

(ファルから被害者は皆、抵抗の形跡がなかったと聞いた時、幾つかの可能性を考えたけど、今の声を態々聞かせていることから声を発動条件とする操作系能力により抵抗できない状態にした、と考えるのが自然だ。であるならば、その内容は金縛り又は昏睡状態に陥らせるものと推測できる。それ以上の操作になると声を聴かせるだけで実行するのは、原作の操作系能力と比較しても、発動条件が緩いこの制約では困難に思える。更に都市伝説と言われる程、明確な目撃証言がないことから解を限定できる。則ち、単なる金縛りでは視界に入れば見えるはず。それが単なる偶然で何年も無かったとは考えにくいことから、意識のない状態に周囲の人間も陥っていた、つまり操作系能力による昏睡状態であったと推測できる) 

 

 しかし、ファルはどうしたのか。ファルは自身の能力により自己操作している為、──早い者勝ちの原則──操作系能力は受け付けないはずだ。

 

「ファルはどうしている?」

 

「見当たりません。少なくとも半径500メートル以内では確認出来ないです。これ以上は隠との併用は難しいです。円を感知されても良ければ半径1キロまで調べられますが、やりますか?」

 

「いや、それは止めておこう」

 

(何か嫌な感じだ。念には念を入れるか)

 

「ユナフィはまだ使用人室から出ていないかい?」

 

「ええ。今のところは」

 

 ここでアラタはカードを一つ切ることにする。未だ未完成だが、出し惜しみして死んでは意味がない。

 アラタが『血塗れの運命(ゲノムルーラー)』を再構築の発展系と言える形を目指し使用する。

 

「アラタさん……これは」

 

 アラタのカードを見てニコルに驚愕が浮かぶ。しかし、その疑問には答えずにニヤリとするだけに留める。

 

「「説明は後! そろそろ罠を張るよ!」」

 

 

 

 

 

★★★

 

 

 

 

   

 

 扉を叩く音。ノックされたのだ。

 

 扉が開く。ユナフィが1人で来たようだ。無表情ながらナチュラルメイクがしっかりと施されており、ユナフィの透明感のある美しさが際立っている。長いまつ毛とややタレ目気味の瞳が物憂げな色気を放っているが、手に無造作に握られた大型のサバイバルナイフが確かな暴力の気配を滲ませている。

 

 ベッドではショーツと黒いTシャツだけを身につけたアラタが眠り、床にはチノパンだけで上半身は何も身に付けていないニコルが倒れた体勢のまま床で眠っていた。

 

慈悲深き嬌声(ラブバラード)』。

 

 ユナフィは自らの異能が期待通りの効力を発揮していることを確認する。制約と誓約のせいでアラタの部屋に向うのが遅れてしまったが、一度掛かってしまえば、不確定要素はなくなる。十分な見返りだ。

 能力が決まってくれれば取り繕う必要はないし、我慢する必要もない。ここからはユナフィの独壇場だ。ユナフィの中で押さえ付けていた憎悪が膨張していく。

 早く乳房を切り落としたい。散々、男のモノを咥えてきた口内をズタズタにしてやりたい。矮小な快感を得る為だけに存在している膣を子宮ごと引きずり出したい。

 股ぐらからゾクゾクと痺れる様な快感が自身の思考を鈍らせていることを自覚して嗤う。

 

 私はなんて醜悪な女だろうか。

 

 アラタをぐちゃぐちゃにする様を思い浮かべるだけで軽く達してしまった。想像だけでこれなのだ。行為に及んだらどれ程の快楽がもたらされることか。

 

 女に産まれて良かった。

 

 ユナフィは清廉な修道女の様に透き通った微笑みを浮かべる。

 

 ふと、ゴミ箱に目がいく。中には結ばれたコンドームが捨てられている。

 

 何か違和感がある。部屋を見回すも特に不自然なところは見られない。

 

 杞憂だろう。早くぐちゃぐちゃにしないと。

 

 ここまででユナフィは2つミスをしている。普段なら気づいていたであろうことを見逃してしまう。性への憎悪と快楽で曇っている思考は気づかない。情事に付き物の独特の匂いが一切しないことに。脱いだ筈のジャージや白シャツがこの部屋に存在しないことに。

 

 アラタ達にしてみれば幸運なことにユナフィはそのままアラタに近づく。立ち位置的にはアラタとニコルに挟まれる形だ。当然、これは意図されたものだ。

 

 そして、ユナフィはナイフを逆手に持ち……。

 

 アラタの陰部に勢い良く突き刺す。

 

 瞬間、慣れ親しんだ衝撃がユナフィを弾き飛ばす。

 

 殴られた? 何が起きている? 

 

 疑問に思うも、思考する暇を与えまいと追撃がユナフィの顔を強かに打ち付ける。

 

 ダメージは大したことはない。あの日、口紅がユナフィに侵入してから身体が異常に強くなった。それにこの妙な温い精液みたいなものを沢山纏えば更に強くなれる。

 

 ユナフィから爆発的にドロドロとしたオーラが溢れ出す。顕在オーラ量で言えば一流の念能力者を凌ぐレベルだ。しかし、それよりも問題はその異質さにある。不意討ちを決めたはずのニコルは自分が追い込まれている錯覚に陥る。それほどの禍々しさと重圧なのだ。

 

「なんつー濁ったオーラだよ。普通じゃないでしょそれ」

 

「酷いですね。これ、とても温かいのですよ?」

 

 余りにも普通に言われたものだから、ユナフィは普通に受け答えてしまった。しかし、一拍おいて事態の異常さに漸く気がつく。

 アラタは下着に穴が開いて衣服を血に染めてはいるもののダメージを負い激痛に苛まれているような感じではない。刺さったままになっている筈のナイフは、アラタの手に握られている。

 

「……何故」

 

「おしえませーん。いきなりアソコにぶっ刺しやがってマジ痛かったわー。処女膜破れちゃったわー。アラタちゃん泣いちゃう女の子だもん」

 

 棒読みからのわざとらしい嘘泣きでユナフィの気を逆撫でする。実にいい性格をしている。

 

 アラタが今、やったことは2つ。1つは身体精密操作で脳内麻薬、所謂エンドルフィンを大量に分泌させて麻酔代わりにしたこと。もう1つはニコルがユナフィを殴り飛ばして直ぐに『血塗れの運命(ゲノムルーラー)』で肉体を再構築したことだ。

 更に前準備として隠しカメラでユナフィの犯行の瞬間を記録済みだ。これで少なくとも傷害罪の構成要件は満たすので、当初の最低限の目標はクリアと言える。  

 

「ユナフィ。君が連続殺人犯とは信じたくはなかったよ」

 

 ニコルの眉間にできた皺が心中を現している。

 

「それなら、助けてくれませんか。全てはそこのピンク頭が悪いのです」

 

 しかし、ニコルは答えず、黙して油断なくユナフィを睨み付ける。

 

「残念です」

 

 ユナフィが言った瞬間、床が爆ぜる。ユナフィはアラタに肉薄し蹴撃を下そうとするが、『全てを置き去りに(クロックアップ)』を発動し、みきっていたニコルに硬で止められてしまう。

 

「ニコル様、そんなにこの女の穴が気に入っているのですか?」

 

「そうかもしれないね」

 

 ニコルのおざなりな言葉にも気を悪くすることなく生娘のような笑みを浮かべる。

 

「私の穴の方がきっとニコル様にご満足いただけますよ。乗り換えませんか?」

 

「彼女(笑)の前で堂々と寝とろうとしないでくれない?」

 

 アラタは堅をしてユナフィに殴りかかる。しかし……。

 

「ウッソだろおい。堅すぎ。こっちが痛いわ」

 

「随分と温い攻撃ですね」

 

 最初、ニコルに殴り飛ばされた時、ユナフィは(テン)しかしていなかった。殺さないように手加減していたとはいえ、天に愛された才に相応しい強化効率と打撃力を有するニコルを以てしてもほぼノーダメージだったのだ。ユナフィが練をした以上、今のアラタではダメージを与えるどころか吹き飛ばすこともできない。

 

「やっぱり、僕も手伝います」

 

 ニコルから助け舟が出される。

 

「いや、予定通りここは私がやる。ニコルんは手を出すな。いいね?」

 

「……分かりました」

 

(操作系には俺の方が耐性があるし、万が一、ニコルが操作されて2対1になったら厄介極まりない。加えて連絡の取れないファルのことも気掛かりだ)

 

 先程、ファルの携帯にかけてみたが繋がりはしたのに、出てはくれなかった。何事もなければいいが、打ち合わせでは淫獣が釣れたら、ファルも参戦して捕縛する予定だったのだ。しかし、参戦どころか連絡もつかない。アラタの中で嫌な予感が肥大して確信と成りつつあった。

 

(もしものために、対応力のあるニコルは温存させる。これが今の最善手。多少(・・)リスキーだが、やるしかない。それに、助けられっぱなしでカッコいいとこ見せないと上司の威厳が無くなっちゃうしね)

 

 アラタは賭けに出る覚悟を決める。

 しかし、それでもユナフィの攻防力は脅威だ。根性論でどうこうなる次元ではない。そんなことアラタも十分承知している。

 

 誤解のないように言わせていただくが、アラタの拳打が弱いわけではない。とある手段により顕在オーラを増やすことに成功したアラタの拳打は、平均的な強化系能力者の硬に匹敵するものだ。強化効率が極めて悪くても常識外のオーラ量を以てすれば威力は上がる。それでもダメージを与えられないのはユナフィの持つオーラの凶悪さによる。

 則ち、死者の念。

 ユナフィの持つ口紅は幾つかの特性、能力を持つがその一つに『強い性欲を持ち頻繁に性行為に及んでいる女性を殺すことでそのオーラを吸収しストックすることができる』というものがある。

 

 323。

 

 今までユナフィが殺して来た女性の数だ。その全てからオーラを奪えた訳ではないが、ストックしているオーラ量は相当なものだ。加えて死者の念──正確にはオーラのみだが──の持つ凶悪さが常識外の破壊力を産んでいる。先程、ニコルは硬を用いてガードしたがそれでやっと釣り合うのだ。しかも、ニコルの硬は『全てを置き去りに(クロックアップ)』によりじっくりと見極め、高精度で体幹と接触点のみにオーラを集中させている。対して我流で念を扱ってきたユナフィは、無意識からのオーラ移動分を除けば凝すらしていない。いくらニコルの素の身体能力が低いとは言え、規格外の破壊力と言えよう。

 

「この程度の攻撃しか出来ないのに何をやると言うの? 大人しくぐちゃぐちゃになりなさい」

 

 無表情であるにも関わらず、残虐で湿った欲望を垂れ流している。

 

 アラタが軽口を叩こうとした時、ユナフィが消える。否、尋常の動体視力では捉えられないスピードで挙動しているのだ。

 

 床が破砕されたと思ったら視界が急変する。アラタにはそう感じられた。衝撃。壁をぶち破り庭に投げ出される。

 

「っぅ!」 

 

 次いで痛み。開放骨折──肋骨が折れ肉体から飛び出している。急いで再構築。一瞬で回復するも、倒れたアラタを濃密で狂喜的なオーラを(まと)った蹴り上げが襲う。

 

「がぁっっ」

 

 決して脆くはないはずのアラタの堅を容易く貫通し下腹部にユナフィの右足が突き刺さる。文字通りサッカーボールの様に弾け飛ぶ様は出来の悪いCGみたいにパラドキシカルな光景だ。

 地上に接する前に、すぐに跳んでいたユナフィに掴まれ地面に叩きつけられる。衝撃で内臓が破裂する。また再構築で傷を消すも今度は真上に放り投げられる。

 無限にも刹那にも感じる滞空。嵐の前の静寂にも似た空白的無音。しかし、それは数多の命を破壊してきた悪意により終わりを告げられる。

 

「死になさい」

 

 着地点で待ち構えていたユナフィの怨念が込められた回し蹴りが炸裂する。強い殺意に呼応し、無意識ながら多量のオーラが集約された苛烈な一撃はいとも容易くアラタの下半身を爆散させる。

 

「……!」

 

 筈だった。

 

 ユナフィに激痛が走る。

 

 何だ? 何が起きた? 何故、私の右足が無い(・・)? 

 

「やー。痛めつけてくれたねー。しかも、胸と子宮を狙っちゃってまー。もしかしてレズ?」

 

 ユナフィが混乱している隙に距離を取っていたアラタから場違いに軽い揶揄が飛ばされる。アラタは無傷……とまではいかなくとも、せいぜいが軽傷クラス。それも瞬きする間に回復していく。とてもユナフィが想像していたものとは言えない。それどころかアラタを中心にオーラが激流となり空間を歪ませている。良く手入れの行き届いた芝生が抉れていく。

 

「……!」

 

 何時からか、ユナフィは自らが呼吸をしていないことに気がつく。常軌を逸した重圧は1人、一糸纏わぬ姿で光届かぬ深海に沈められている錯覚に囚われる。

 

 バカな。これは一体なんだ。なんなんだ? ただの色情狂ではなかったのか?

 

 ユナフィは混乱の極地に立たされる。

 

(いやー空中に投げてくれて助かったわー。あの隙に精孔を300%開くことができた。今んとこ、拡張すんのは集中しないと出来ないんだよなー)

 

 アラタの手札の一枚。身体精密操作による精孔の超開放。

 普通ならそんなこと出来ない。しかし、肉体の一部である精孔は身体精密操作の効果範囲であることは以前に述べた通りだ。そこに思い至ったアラタは、ふと意識を精孔に向けてみた。すると精彩にして精細に理解できるのだ。精孔1つ1つの存在が、動きが、操作感覚が。そこでアラタは考えた。

 

 シンプルに出口が広ければ沢山出せる筈、と。

 

 確かに、それは間違いではない。しかし、通常、やろうとして出来ることではないし、仮に出来たとしても、そんなことをすればすぐに潜在オーラが枯れてしまう。仮にすぐにはガス欠に陥らなくても、最悪、精孔を通常レベルまで戻せなくなりかねない。その結果、やはりオーラ枯渇により死に至る。

 

 だが……。だが! アラタにそれは当てはまらない! 潜在オーラ量だけなら暗黒大陸でも通用する規格外のナニカ。そんな怪物が身体精密操作という凶器を戯れに振り回している。精孔が戻らない? そんなもの精孔を再構築すれば即座に回復する。不条理、理不尽、それがアラタという人間なのだ。だからこそ、こんな無茶が(まか)り通る。通ってしまう。

 しかし、それでも完全にノーリスクとはいかない。通常以上に精孔を開くことは激痛を伴う。だけに留まらず、莫大な顕在オーラは脆弱なアラタの肉体を崩壊させていく。精孔以外を継続的な再構築により回復させ続けている為、外見上は分からないが必要とされる集中力とオーラ量は並大抵ではない。無茶な強化に相応しい代償と言える。

 

 異常な堅牢さを持つに至ったアラタの肉体へ、全力の蹴撃をぶつけた結果、行き場を失った大容量の運動エネルギーがユナフィの足を破壊した。それがユナフィの片足を奪ったプロセスだ。

 

「さぁさぁ大人しくお縄につきなはれ。今ならカツ丼を提供しよう。ニコルんが」

 

 ふざけた口調だが、その威圧感は全く笑えない。

 

「……るさい。うるさい!」

 

 しかし、ユナフィは折れない。いや、正確には違う。心が折れる。そんなのは等の昔に何度も経験している。言ってしまえば、ユナフィはもう既にズタズタに引き裂かれ完全に折れているのだ。バラバラに砕け散った心の欠片がユナフィの最奥にある軟らかく濡れた場所に突き刺さり、じくじくと追い立てる。色に狂い、快楽に支配された愚かな雌を壊せ、殺せと叫ぶのだ。

 

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い!!

 蹂躙され快楽にすがるしかなかった私はもう死んだ。今は違う! 壊し尽くす! 最も醜い私が擦りきれて消えてしまうように! いつか全てが消えてしまうように!

 

 だから。だからユナフィは……!

 

「うるさい!!」

 

 ユナフィの形のいい唇が紅く煌めく。紅い濁流がユナフィの失った右足を再生していく。

 

「えーキャラ被りは止めてくれよ」

 

 爆発的な踏み込みで肉薄したアラタが中段蹴りを叩き込む。確かな手応えに相応しくユナフィは無様に地面に弾かれながら跳ばされる。

 

「あれー?」

 

 アラタの想像ではユナフィの腰は大きく抉れているはずだった。しかし、実際にはユナフィは原型を留めている。ユナフィの願いに呼応してオーラがより濃密に、より鮮明になっているのだ。   

 

「ぁぁぁぁぁぁぁああ」

  

 ユナフィから甘く、苦く、冷たく、温かい声が発せられる。怨嗟のようにも、耽美な艶声のようにも聞こえる。

 

慈悲深き嬌声(ラブバラード)

 

 口紅の能力ではなく、純粋にユナフィ本来の発。ユナフィの声を聞いた者を深い睡眠状態にする。一度、掛かってしまえば、どれだけ煩くても、ナイフで肉を裂かれても一定時間が経過するまでは目覚めることはない。これを使えば聞いた者に一切の苦痛を与えることなく殺すことができる。もしかしたら、これはユナフィに残った僅かな優しさ、あるいは、自分がこうであったならという叶わなかった夢なのかもしれない。

 

「すまんな。私には効かないんだそれ」

 

 操作系に耐性のあるアラタには無意味。接近して今度は腕を掴んで、捻りながら力任せに地面に叩きつける。ゴリっとユナフィの関節が幾つか外れ、先程のアラタ同様衝撃で臓腑が破裂する。

 

「……がぁ!」

 

 ユナフィから鮮血混じりの慟哭に似た声が漏れるも、アラタは攻撃を緩めはしない。

 倒れるユナフィの美しい脚を凶悪なオーラを纏い踏み付ける。肉が潰れる生々しい音と骨の砕ける感触。一回、二回、三回。四回。五回。美脚がミキサーに放り込まれたように汚ならしく潰れている。しかし……。

 

「うーん。やっば回復するかぁ」

 

 先程から破壊された瞬間には既に再生が始まってしまうのだ。これではキリがない。殺してもいいなら簡単だが、アラタ達の目的は生け捕りだ。説得が通用しない、この手の能力者相手に生け捕りはなかなかの高難易度になる。

 

「ァ、ァ、ァ、ァ、ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛ア゛ア゛ア゛ア゛!」

 

 突然の叫び。

 アラタは無意識に距離を取ってしまう。それは恐怖か、あるいは、あるいは憐憫か。

 アラタにはユナフィの心裏は分からないし、分かりたいとも思わない。それでも、そのオーラは、その表情(かお)は、その声は、とてつもなく重い。暗い。そして悲しい。

 ユナフィは自らの胸に腕を突き入れる。紅い血潮を撒き散らしながら暗い情念に濡れたナニカを掴む。ぶちぶちと筋を千切るのも厭わず一気に抜き取る。

 

「何だあれ」

 

(なんつーオーラだよ。オーラか触れた傍から芝生が枯れるなんてホラーだっつーの。努力、友情、勝利はどこだよ!?)

 

 少しだけ口紅の歴史を記述する。

 

『醜悪なる艶態を貴女へ』

 

 ユナフィが持つ口紅は、かつてパドキア共和国がパドキア王国だった頃に、性愛に溺れる女王へと皮肉と憎しみを込めた一文を添えて当時の国王近衛騎士から送られた物だ。しかし、騎士の心を本当に支配していたのは、下らない憎しみでも独占欲でもない。誰と関係を持とうと、何人と関係を持とうと決して満たされることのない渇きに急き立てられる弱い女への愛憐。自分では満たしてやることの出来ない慚愧(ざんき)の念。

 その後も女王は肉欲に魂を絡めとられていく。女王が何故そうなったのかは記録にはない。しかし、大きな転換期を迎え、滅びゆく王国に生まれた彼女には多くの苦悩と誰にも理解されぬ孤独があったことは想像に難くない。

 処刑台で女王だった小さな女が最期に見せた表情(かお)は……。

 

 ユナフィは口紅を塗ろうと血に濡れたそれを、同じく血で汚れた唇へ近づける。

 

 この口紅を塗ることでストックされた死者のオーラをユナフィの占有領域に移行することができる。つまり、塗りさえすれば、残り全て、200人以上のオーラを自らの物にできるのだ。そうなれば、アラタを殺せる。ユナフィはそう信じ、途切れ途切れの意識の中、無理やり腕を動かす。

 

 しかし、しかし、しかし。世界はユナフィに微笑みはしない。

 

「やっと見つけた。これは分からなかったよ」

 

 柔らかな声と端麗な風貌。クロロ・ルシルフルが熟練された体捌きと隠行により誰にも覚らせることなく、ユナフィから口紅を奪い、静かに言った。闇色の微笑みが妖しく、畏ろしく、美しく。

 ユナフィの夜は終わらない。





 
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