【完結】ヒソカは雑魚専? よろしい、ならば転生だ   作:虫野律

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色々ツッコミどころ満載だと思うけど許してほしい。


誓い

「居ない! 何処(どこ)にいるんだよー」

 

 低い背丈と幼さの残る声。10才くらいに見える少女がペンドラゴン邸を走り回っていた。丁度、クロロが姿を現した時刻のことだ。

 

 少女のことを説明する為に、アラタの部屋へユナフィが訪れる前まで時を遡らせていただく。

 

「記憶は共有できているな」

 

 アラタの言葉に頷く少女。

 

 お察しの通り少女はアラタが自らの遺伝情報を元に造り出したクローン体だ。今の錬度では21才であるオリジナルの肉体を構築するまでには至らなかった結果、10才相当のアラタが誕生してしまったのだ。ニコルは開いた口が塞がらない。

 

(あちゃーやっぱダメかぁ。しかも、この感じだと致命的な問題がある)

 

 まず、分かりやすい問題点として子供故の身体能力の低さが上げられる。オリジナルからして大したことないのだ。その劣化コピーでは悲惨なものだ。

 さらに、潜在オーラ量もオリジナルに大きく劣る。これでは再構築は数回程度しかできない。クローンが更にクローンを造ることも難しい。何より不完全なクローンを元にクローンを造っても、外形すら取り繕えずにドロドロのたんぱく質の塊になる可能性が高い。再クローンは実用的ではない。

 というよりも、そもそもメモリが大幅に縮小されている。つまり、土台からして発の行使が不可能なのだ。

 そして、最も大きな問題点は寿命の短さにある。

 

「ごほっ」

 

 少女が血の混じった咳をする。

 

「どれくらい持ちそうだ?」

 

 アラタには予想できていたのだ。不思議なことではあるが、念能力者は自らの能力やメモリを明確に認識できる。習熟度により若干の誤差が生じるが、拙いオーラ制御しかできないアラタでも例外ではない。自身の感覚では今の段階ではクローン体は欠陥品だ。かつての自分のように。

 

「精々、1時間てとこ。それが過ぎるとバラバラに崩れて私は死ぬだろうね」

 

「うーん、やっぱそうだよね」

 

 死ぬ。

 

 何でもないことのように言うが、ニコルにはその価値観を理解できない。それにニコルにとってはアラタはもう大切な友人であり、姉であり、尊敬すべき上司のような存在だ。クローンだからといって死んでもいいとは思えない。

 でも、それでこそアラタさんだ、と思うニコルもいる。

 

「しょうがないから制限時間いっぱいでやれることをやるよ」

 

 少女に悲痛さや死への恐怖は見受けられない。

 

「でもその前になんか着る物くれ」

 

 文字通り産まれたままの姿の少女は至極真っ当な要求をした。

 

 さて、不完全なクローン体ではあるがそれでも有益な点もある。一つはクローン作成時点のオリジナルの記憶を共有していることだ。その部分に関しては脳の物理的な再現とオーラに蓄積された感情や精神作用のデータにより実現している。サイコメトリーと言う超能力をご存知だろうか。これは物や場所に残った残留思()を読み取り、その物の記憶や場所で行われたことを見る、というものだ。この現象がアラタのクローンにも起こっている。自らのオーラから自らの記憶を読み取るのは他者に対するものより難しくないようだ。

 

 アラタが意図も容易く造り出した現実の異質さを正しく認識したニコルは、茫然と少女を見るとはなしに見つめる。

 人が生殖行動に依らずに人を造り出す。これではまるで神かナニカのようではないか。

 ニコルは戦慄する。

 この現実が秘めた可能性に朧気ながら気づいてしまったのだ。

 

 貴女という人は、本当に……。

 

 ニコルの内心を知ってか知らずか、少女は、は! とした顔をしたと思ったら、神妙な面持ちでニコルに言い放つ。

 

「私のロリボディに欲情しているな!」

 

 小さくてもアラタはアラタである。ニコルは微妙な顔にさせられる。

 

「! そうだったのか! だから、あんなに喘いでもピクリともしていなかったのか!」

 

 アラタが2人も居るなんて地獄絵図だ。

 

 ニコルは無言で白シャツを脱いでロリアラタに着せてやる。

 

「そうやって優しくして密室に連れ込んで堪能するつもりなんだ! エロマンガで見たから知ってるぞ!」

 

 ロリアラタはもしかしたらオリジナルより残念な奴かもしれない。

 

「……時間が無いのでその話は後にしましょう」

 

 ニコルは12歳だが、大人である。

 

「ロリコルんもこう言ってるし早速、私の携帯を持ってファルを探しに行ってくれ」

 

「おっけー」

 

 ロリアラタはオリジナルから貰ったジャージのズボンを履いて、紐を絞り、裾をまくり上げて元気に飛び出して行ってしまった。

 

 その後、ロリアラタは半径500メートルより外側(測った訳でないのでおおよそだが)を探し回ったが見つからない。ファルの客室でもそれらしい痕跡は発見できなかった。無情にも時間だけが無駄に消費されていく。このままではファルを見つける前に寿命が来てしまう。焦りが募る中、冒頭のセリフを吐いてしまったのだ。

 

(何か見落としてないか。一旦、ゼロベースで考えてみよう)

 

 ロリアラタに冷静さが戻り始める。この冷めているとさえ言える精神性はかつての少年から引き継がれているものだ。アラタの中に居る自分が今のアラタを助けようとしているかのようだ。

 

(まず、ファルの状況の推測からだ。ファルが計画を無視し、ニコルの円範囲から出るパターンを並べてみよう。1つは自らの意思で出た場合。つまり、淫獣よりも優先すべき何かがあって今もそれに集中している場合。2つ目は自らの意思に依らずに円の外側に出たパターン又はそれを継続させられているパターン。これは更に細分化できる。念能力により完全にファルの意思が無視されている場合、意思能力は健在だが人質等の存在により移動させられている場合。そして、そこで死亡している場合。大きく分けるとこの4パターンとその組合せになるか)

 

 組合せとは例えば、念能力により転送された先で人質を盾に軟禁されている場合等だ。

 

(でもパターンを整理したところで特定するには情報が足りない。ただ、携帯に出ないことから、外部要因による線が濃厚ではあると思う。仮に自由意思に基づくなら一言メールなりで連絡するはずだ。ハンターとしての正式な仕事なのだから尚更だ。じゃあ、外部要因、つまりは犯人として考えられる人物、目的はなんだ?)

 

 少ない情報でも、もしかしたら何か掴めるかもしれない。ロリアラタの思考は深く潜行していく。

 

(今のファルの見た目は平凡な20代の青年だ。ハンター試験に出る位だから多少動けるが、精々アマチュアハンターレベルの設定。そこまで珍しくないはずだ。そんな人間にちょっかいをかける? メリットが無いように思える)

 

 ここでロリアラタはあ、と声を漏らす。

 

(何もファルが受動的に何かされた訳では無いパターンもあるのか。ファルが誰かに接触し、その結果、戻れなくなることもあり得る。じゃあ、ファルがちょっかいをかけて、かつファルを返り討ちにできる可能性があるとなるとこの屋敷内では、念能力者であるベリーショートの女と銀縁メガネの男ぐらいだろう。屋敷外にファルが居る場合、屋敷内にも他に念能力者が居る可能性はあるが、とりあえずは確定している情報を前提に一定の仮定をして考える。ファルの目的はなんだ? 何故、彼らに接触した? うーん。何か不自然な点があったのか? そして彼らのどちらかが犯人だとしてファルは殺されたのか生きているのか。そもそも、屋敷外に居る可能性もあるし情報が少なすぎる。あーもう分かんない!)

 

 ガシガシと頭を掻き回し、不貞腐れたように腕を投げ出す。

 調理室にて思考に耽っていたロリアラタの回りには洗い終わった食器が裏返しにして並べられている。

 

(お、茶碗もあるのか)

 

 上手くまとまらない推測の合間に戯れに視線をさ迷わせていたら、この世界では見ることのなかった日本を感じさせる品を見つける。

 

(なんか裏返しにした茶碗って円みたいだな)

 

 考え過ぎて、色んな物が変な見え方になっている。

 

(……!?!)

 

 ぼんやりと眺めていたロリアラタが急に目を見開く。

 

(あーでも、確定できない。ただ、可能性としては無くははないか。他に予想もないし、ダメ元で一応、確かめて見よう)

 

 ロリアラタは拙く狭い範囲しか展開できない円にひと工夫を加えて、走り出した。何か考えがあるようだ。

 

 

 

 

★★★

 

 アラタ達と夕食を食べた後、ファルは1人自らの中にある違和感の正体を探る為に与えられた客室でパソコンを操作していた。

 

『行方不明者名簿』

 

 そう題されたページをハンター専用サイトで閲覧している。高速でスクロールしている為、常人には読むことは難しそうだが、ファルからすればPCスペックを考慮してかなりスピードを落としている。

 

「……見つけた」

 

 やっぱりだ。あの女──ベリーショートの女──、どこかで見たことがあると思ったんだ。しかし、行方不明の人物が何故、ペンドラゴン家に居る? 

 

 Webページの注釈に依ると、家族旅行でヨークシンを訪れた際に、忽然と姿を消したらしい。2年前に。そう2年前なのだ。それなのに容姿が変わっているようには見えない。確かに20代の2年程度では容姿がほとんど変わらない者の方が多いだろう。だが、姿を消す前日に家族と共に写る写真。これを高解像度で拡大すると良く分かる。その時と髪の長さ、色と眉毛の長さ、整え方が今日、見た姿と完全に一致している。これも偶然と考えることもできる。しかし、不自然な点はそこだけではない。

 どんな事情か知らないが、伴に旅行する程、仲の良い家族からの捜索願いが出されているのに名乗り出ずに、警察や探偵から気づかれないように行方不明者を続けているのは、引っかかりを覚える。そもそも、素人に簡単にできることでは無い。

 

 ファルのブラックリストハンターとしての経験とそれに基づく勘が、裏に何者かが存在していると警鐘を鳴らしている。それも、ただの外道ではない。確かな狡猾さと技量を兼ね備えた真の悪党の影がちらついているのだ。

 

「随分とキナ臭くなってきたじゃねぇか」

 

 まずは、ネヴェアにどういう経緯で彼女を雇ったのか聴いてみるか。

 

 ネヴェアと面会したいと使用人へと申し出るも用件は何かと訊かれてしまった。それはそうだろう。資産家の現当主の奥方ともなれば、一種の要人だ。ハンターライセンスを使えれば対応は変わったかもしれないが、今はそういう設定ではない。

 

「少しニコル君のことでお話がありまして」

 

「そうですか。しかし、今、奥様は入浴中です。時間も時間ですので明日以降にしていただきたく存じます」

 

 きっぱりと言われてしまうと単なる客の立場ではどうしようもない。絶を用いて侵入することはできるが、それで素直に対応してくれるとは思えない。

 ここは引き下がる。

 

「それもそうですね。礼を失していたようです。夜分に失礼致しました」 

 

 頭を下げてから、次の行動──こちらが本命だ──に移る為に足早に自室に戻る。そして最小限の商売道具をジャケットの内ポケットにしまいオーラを展開する。

 

 隠、円。

 

 隠密性の高い円は何もニコルの専売特許ではない。高い技術を持つファルにも実行可能だ。

 

 よし、廊下には誰も居ないな。

 

 絶。

 

 消える。そう錯覚する程の完成された絶。このレベルになると目の前に居ても容易には認識できない。

 

 ファルは一旦は自室に戻り、部屋から出ていないように周りに認識させた状態でスニーキングミッションを開始させる腹積もりだ。

 

 敵が分からない以上、警戒はいくらしても足りない。

 

 ファルの目的はベリーショートの女を人知れずに調べることにある。ネヴェアの紹介では護衛らしいが、それを言葉通りに受け取ることなどできない。

 

 先程の使用人が居た部屋へと向かい、耳へと凝で隠をかけたオーラを集中させる。一応、円は控える。感知されるリスクはなるべく下げたい。

 良く凝らされた聴覚が中の音を拾う。

 呼吸音が5人分。心音が4人、いや、5人か。1人変わった音で一瞬、迷ってしまった。

 

「今回のお客さんどう思う?」

 

 男の声だ。彼女ではない。

 

「ピンク髪の女か? 中々可愛いよな」

 

 違う男の声だ。

 

「何言ってるのよ。あんな女のどこがいいのよ? 顔も微妙だし、何より絶対性格悪いわよあの女。ユナフィもそう思うでしょ」

 

 女の声だが、ターゲットではない。

 

「……ええ。そうね」

 

 淫獣の容疑者の声だ。

 

「そうかな。女受けは悪いかもな」

 

「かもじゃなくて悪いのよ」

 

「まぁまぁ。男の方はどう思うんだ?」

 

 宥めた男で5人だ。この部屋には居ないらしい。

 

 ネヴェア曰く護衛である彼女はこの屋敷に住み込みで働いているらしい。何かあった時の為と言って彼女の部屋は教えてもらっている。使用人室に居てくれたら、彼女の部屋を調べるつもりだったが、そんなにツいていないらしい。

 

 ファルは屋敷を密かに動き回る。しかし、彼女の姿を見つけることはできない。リスクを承知で彼女の部屋も調べてみたが、何もない。怪しい点が何もないのだ。逆に怪し過ぎる。彼女がただの逃げ回る失踪者ならば何かあってもおかしくないだろう。警察の目を欺く為の黒い繋がりの証拠や偽造された戸籍、そういった不信な物が一切存在しない。考えすぎだろうか。しかし……。

 

 どうする? 広範囲に円を使うか? 

 

 ファルが2階の窓際で気配を殺して思案していた時だ。敷地の端、塀の近くの小さな小屋近くで何かが光ったような気がした。

 

 なんだ? 

 

 目を凝らすと、また何か光った。

 

 あれは……。

 

 今度は見えた。携帯だ。携帯の画面が光っているのだ。そして、それを持つのはベリーショートの女だ。誰かと通話しているようだ。

 

 ビンゴだ。流石にこれだけ離れていては声を聞くことはできないが、凝をすればぎりぎり唇の動きを見ることはできる。読唇術で発言を読み取る。

 

『こんやでさいごだ。…………。わかっている』

 

 少しの間、どうやら通話相手の話を聞いているようだ。

 

『おもしろいおんなをみつけた。……。うまくやるさ』

 

 女が笑う。苦笑だろうか。

 

『おれがもどりしだい"くも"はかつどうさいかいだ』

 

 くも? くもと言ったか? おいおいおい。まさか蜘蛛って幻影旅団のことか? そんな訳ない……とは言い切れない。というより納得できる。低く見積もってもあの女の念習熟度は十二支んクラス。さらに随所に見られる洗練された体捌きは、系統が違うがランクとしては心源流師範クラス。どちらかと言えば、かのゾルディックに通ずる動き。

 そんな奴がそこらに居て堪るか。

 

 ファルにじんわりと嫌な汗が滲む。無意識に傷の付いたロケットペンダントを握る。自身の体温により生温いそれは、幾分かファルの心に安らぎを与える。

 

 なぁ。もしかしたらそろそろ俺もそっちに行くかもしれないぜ。

 

 こんなことお前が聞いたら、笑い飛ばすだろうか。それとも心配するだろうか。

 

 ファルは小さく嗤う。

 

 そんなこと考えても詮無きことだ。

 

 安心してくれ、お前との約束は絶対に守る。

 

 瞬き。

 

 次の瞬間、ファルの目の前に女が現れた。いや違う。ファルが女の前に瞬間移動させられたんだ。女は手に本を持っている。良く見ると栞が開いたページとは違うページに挟まっている。すぐに距離をとる。1月の夜風が汗ばんだ背を冷やす。

 

 ここまで、条件反射的に超集中(ゾーン)──念に依らない純粋な技術だ──へ切り替えることで劣化『全てを置き去りに(クロックアップ)』に類似の状態を作り出し、観察と判断を客観時間では刹那の間に遂行していた。不測の事態に遭遇した時にはそうなるように癖付けしているのだ。嵌め技、初見殺しなど当たり前な連中相手の商売だ。これはブラックリストハンターの必須スキルと言える。

 しかし、ニコルのように長時間、この状態を維持できるものではない。性能的にも大きく劣る。

 だが、十分な成果を上げたと言える。何故なら、ナイフ──おそらくはベンズナイフでファルが居た場所を一閃していたのだ。

 

「俺を不審者に見間違えたってことはないよな?」

 

「ふ。そうだと言って信じるのか?」

 

「分からねぇぞ。案外、ころっと騙せるかもしれないぜ」

 

「だったら、オーラを引っ込めたらどうだ。警戒心がはっきり見て取れるぞ」

 

 これ以上、言葉遊びの様なやり取りは無意味だ。核心を突く。

 

「幻影旅団が何の用だ?」

 

 そんなの訊くまでもない。奴らは盗賊だ。物、人、情報、その他人間の欲望の対象なら何だって奪うし、壊す。今回もお眼鏡に敵うお宝があったのだろう。

 

「なんのことを言っているか分からないな」

 

 白々しい! あくまで何も教えないつもりらしい。いいだろう。臨時収入だ。アラタに買わされた服やら靴やらで財布が寂しくなっていたんだ。丁度いい。

 俺の都合で悪いが、最初から全力で行かせてもらう!

 

──『薬師の宝箱(パンドーラー オブ ドラッグ)』!

 

 具現化系であるファルの発は様々な薬を精製するものだ。

 ファルの纏う空気が変わったのを察知したのだろう。女はバックステップで距離をとりながら、栞を抜き取り、素早く今のページへ移動し、本を消去! 

 

「!」

 

 抜き度ったと同時に女の外見が変化する。ややベビーフェイスの端整な顔立ちの青年──幻影旅団団長クロロ・ルシルフルが遂に表れる。

 

「それがお前の素顔か」

 

「さぁ。どうだろうな」

 

「そうかい」

 

 ファルは自身の能力により具現化した解除薬を飲み込む。

 20代の平凡な青年は、40歳の男へと変化する。こちらも漸く素顔を晒す。

 

「聖人ファル……? 成る程、随分と大物を引いてしまったらしい」

 

 クロロ達、賞金首からすればブラックリストハンターであるファルは有名人だ。当然、顔だけでなく様々な情報が流通している。言わば有名税だろう。

 

──強化薬精製! 

 

 ファルは筋肉増強剤を具現化し、飲み込む! 

 

 具現化系の特殊能力としてのそれは通常の物とは一線を画す効力だ。

 

 すぐに効果が表れる。筋力がより高密度に、よりしなやかになっていく。血管が浮き出た皮膚が赤みがかっている。

 

 一切の無駄を排除した踏み込みを以てファルが疾風となりクロロの左足側面へ水面蹴りを放つ。

 

 しかし、クロロは、その程度を受ける程未熟でも優しくもない。バックステップで危なげ無くかわして、しかし、反撃はしない。あくまで"見"に徹する構え。

 

 闇色のオーラが不気味だ。ファルは薄ら寒いものを感じるが攻撃を緩めはしない。

 

 水面蹴りからの低い態勢から、勢いそのままに砂利をクロロへ向かってかき上げるようにして放射状に飛ばす。

 

 たかが砂利。その様に楽観することなどできない。

 ファルは巧みなオーラコントロールにより、ほんの一瞬で多量のオーラを砂利に込めていたのだ。

 

『周』

 

 オーソドックスな使用法はナイフ等の武器や芸術品を対象とするものだ。

 だが、それは絶対のルールでも何でもない。卓越した技巧を以てすれば全てが対象になり得る。

 そして、具現化した薬により増大した膂力(りょりょく)が放つ砂利は、まさに回避困難な散弾銃だ。

 

 広い攻撃範囲が、クロロに能力の発動を余儀無くさせる。則ち、回避ではなく防御の一手。

 

──『幻想的転送(ジャンピングスター)』発動!

 

 幾つかの制約を基に瞬間移動を可能とする放出系能力だ。

 能力発動から、限り無くゼロに近いタイムラグで砂利の射線上──クロロの前に巨大な本棚が出現する。こちらも『周』によりオーラが込められている。

 

 ファルは本棚──巨大な盾を視認するとすぐに次の一手へと動き出していた。

 

『堅』へ『隠』。

 

 ファルは『堅』状態のまま気配を消す為に、濃密なオーラに『隠』を重ね掛けするという離れ業をやってのける。

 

 壁により視界が遮られた今が奇襲の好機! 

 

 素早く左から回り込んで一撃を加えんと『流』により拳に攻防力を移動させて、しかし鉄槌は下されず、ピタリと止まってしまう。

 

「え? 何が起きたのですか? ここは……?」 

 

 ネグリジェ姿のネヴェアが事態を飲み込めずに混乱を携え立ち尽くしていたのだ。ファルにはそう見えた。そして、クロロは消えている。

 ファルからすればネヴェアは敵どころか保護対象である。もしも、本物であれば強大な威力の拳を叩き込むわけにはいかない。そして、何よりファルにとっては無視できない感情──とある恐怖が緊張の鎖を巻き付ける。

 

 しかし、ファルの感情とは別の冷静な部分が分析を開始する。

 

 パターン①。先ほど見せた変身能力でクロロが化けている場合。

 パターン②。自分がされた様に瞬間移動でネヴェア本人を呼び寄せ、クロロは瞬間移動その他の手段で身を隠す場合。

 パターン③。①、②以外の何か。

 

 現在、ファルが把握している情報から考えられるのはこの3パターンのみ。

 

 ここで幾つもの疑問が生まれる。

 まず第一にクロロの系統及び発は何か、という点。変身能力は操作、具現化、特質又はこれらの複合能力だ。一方、瞬間移動は放出系特化の能力。この2つの発を習得し、実践レベルで使いこなすのは、相当に重い制約や誓約がないと通常は不可能なはずだ。尤も瞬間移動に関しては見間違いでなければ制約ないし能力補助の手段を確認できた。

 そして、先ほど右手に持っていた本と栞。見たところ、能力の発動に関係しているであろうことは分かるが、それがどんな意味があるかは確定できない。一応、推測はあるが予断は禁物だ。

 さらに、パターン②とも関連してくるが、瞬間移動で自分も移動できるのか、という点も重要だ。これが出来るかどうかで戦い方が大きく変わってくる。

 

「あなた、誰?……」

 

 警戒しながら、思考していたファルへネヴェアが不安げに問いかける。

 

 直後、ネヴェアへ硬に近い比率で攻防力を配分された裏拳が強襲する! ファルが攻撃を仕掛けたのだ!

  

 完璧な不意討ちに近い一撃だった。しかし、ネヴェアは流によるガードをしつつも後ろに飛ぶことで衝撃を殺し、冷徹にファルを観察する。

 

「……何故?」

 

「ネヴェアは俺の本当の顔を知っている。従って、お前の問いはあり得ないんだよ」

 

 ファルはペンドラゴン邸に訪れた当初から変身して、わざとらしい偽名を使っていた。今の本来の姿を見たら、誰何(すいか)するのが、理にかなっているとクロロは判断した故の問いだった。

 クロロも、ネヴェアがファルの素顔を知っている可能性を考えなかった訳ではない。しかし、知っている場合と知らない場合を天秤にかけた結果、知らない方が確率が高いと考え、それを前提に整合性を求めてしまった。具体的な根拠を見出せずに賭けに出たことが強いて言えばミス。言い方を変えれば、運が悪かったのだ。そして、ファルが少しだけツイていた。それだけのこと。しかし……。

 

 らしく(・・・)ない。

 

 クロロをよく知る人物なら、彼が明確な根拠無くして賭けに出るということに違和感を覚えるだろう。彼の人の感情すらも理を適用する、ゲーム理論を彷彿とさせる行動論理からは導出できないと感じる筈だ。

 その違和感は正しい。クロロの狙いは単に油断を誘い、騙し討ちを成功させることではない。

 クロロにとっては攻撃の際に1欠片でも、クロロではないかもしれない、ネヴェア本人であるかもしれない、と不安を抱いてくれれば十分なのだ。

 これは確認作業。とある仮説を検証する為にしたことだ。そのためにクロロは所有する数多の手札の中から、2つの盗んだ能力とクロロオリジナルの2つの能力を併用した。

則ち、『盗賊の極意(スキルハンター)』並びに『栞のテーマ(ダブルフェイス)』及び『転校生(コンバートハンズ)』並びに『幻想的転送(ジャンピングスター)』の4つである。一応、全てファルに一度は見られていることから情報的優位を失うリスクを抑えられる点が選択の主な理由だ。念能力者は皆、自身の手札を極力秘匿したいものである。クロロも例外ではない。尤もクロロの場合は多少、手札が知られたところで如何様にもできるのだが。

 何はともあれ、クロロのやったことは次の通りだ。

 

 ①先程、『栞のテーマ(ダブルフェイス)』における栞を挟んでおいた『幻想的転送(ジャンピングスター)』により本棚を転移させる。

 ②同様に、とある仕込みをしていたネヴェアを転送させる。

 ③栞を『幻想的転送(ジャンピングスター)』のページへ挟んだ状態で『転校生(コンバートハンズ)』のページを開く。

 ④左手でネヴェアへ触れる(=『転校生(コンバートハンズ)』が発動しクロロはネヴェアの姿になる)。

 ⑤ネヴェアを『幻想的転送(ジャンピングスター)』で転送する。

 ⑥栞を③の時から開いていた『転校生(コンバートハンズ)』のページに挟む。

 ⑦本を消す。

 

 この工程をファルが本棚を回り込んで来るまでの約2秒で完遂していたのだ。クロロにとっては、本を開き、栞を挟むという行為は最も重要でありながら、最大の隙に成り得るジレンマを孕んでいる。だからこそ、正確さと速さは能力が発現した時から重点的に鍛えてきた。ネテロにとっての祈りに相当すると言えば分かりやすいだろうか。

 

「こっちはドーピングまでしてんのに涼しい顔しやがって

 

 ファル、ここで次なる一手へ、解除薬を具現化。素早く飲み込んでから、麻酔銃を具現化する!

 

 別種の薬の同時使用不可。

 

 ファルの持つ制約の1つだ。そのため、2種以上の薬を同時に使うことはできない。

 

 薬効の重複無効。

 

 更にこの制約があるので、例えば筋力増強剤を多量に服用したからといって高い効果を得ることはできない。重複分は効果を持たないからだ。

 

 今回は重複無効を保険として使う。制約を柔軟に運用するのは念能力者ならば、逆説的ではあるが重要な技術だ。

 

「銃……遠距離攻撃?」

 

 クロロが武骨な自動小銃らしきものを見て、僅かな警戒とある種の期待を抱く。

 

 しかし、クロロの独り言じみた問に答えず、ファルが銃の引き金を引く!

 

 発射直前に弾道を予測し、ファルを中心に円を描くように疾駆し注射筒(麻酔)をかわしていく。クロロは銃弾ではなくダーツの矢と注射器を足したようなデザインのそれが射出されるのを見て、ほくそ笑む。

 

 おそらく俺の予想は当たっている。

 

 クロロは更に確認作業を続行する。本を具現化、栞を『幻想的転送(ジャンピングスター)』へ移動し、本を消す。これで『転校生(コンバートハンズ)』が解除され、姿がクロロへと戻る。通常のアプローチで『転校生(コンバートハンズ)』を解除しないのは、時間とオーラを節約する為だ。『栞のテーマ(ダブルフェイス)』の制約というより、効果は栞を挟んだページの念能力を本を消したとしても使用できる、というものだ。つまり、栞を抜いてしまえば、当該念能力は強制キャンセルされる。こちらの方が費用対効果、時間効率がいいのだ。クロロも制約ないし特性を上手く利用している。

 

 そして、またしても『幻想的転送(ジャンピングスター)』が行使される。

 

「……流石は悪党と言ったところか」

 

 クロロは転送させたネヴェアを盾にしたのだ。注射筒がネヴェアへ突き刺さる! ファルはしかし、連射を緩めはしない。

 

 クロロは転送と不規則な横移動を以て当たれば即詰みな注射筒へ対処する。転送ができる為、盾であるネヴェアを常に持っている必要がない点もクロロの回避に一役買ってしまっている。不味い時だけ、手元に転送しれば良いのだ。

 

 しかし、人質ができたにもかかわらずファルに動揺は少ない。十分、あり得ると考えていたのだ。だからこその麻酔銃。重複無効により初撃以外は麻酔薬は意味をなさない。通常であれば麻酔薬の過剰投与は死に至らしめるリスクがあるが、制約によりそれはあり得ない。針傷はつくがそれくらいならば、アラタでなくとも直ぐに治せる。

 

 一方、クロロがネヴェアを盾にしたのは防御だけでなく、注射筒に仕込まれた薬の効果を検証する意味合いもある。

 先程の瞬間移動の時もネヴェアは意識があったのだ。連発する常識はずれの現象に混乱するものの、言葉を発する前に強制的に睡眠状態にされている。

 

 脈はある。呼吸も正常。つまり、睡眠状態にさせる薬か。

 

 クロロの予想は確信へと近づいていく。最後の確認作業へ移る。

 

「行くぞ」

 

 不規則な横移動及び絶妙なタイミングと位置取りで転移されるネヴェアにより確実に注射筒へ対処していたクロロは、突然、ファルへ接近する!

 ネヴェアを盾に右へ左へとジグザグに躍動しファルへ迫る。

 

「っちぃ!」

 

 そして、遂にクロロの魔手が麻酔銃を掴む!

 

「この距離では、銃は使えまい」

 

 ライフル型の麻酔銃の長い銃身は、近距離での肉弾戦には不向きだ。精々が鈍器として利用するぐらいしかできない。クロロクラスの体術使いには、それも難しいだろう。中型以上の鈍器を扱うにはどうしてもタイムラグが生まれる。クロロはその隙を逃しはしない。加えて、今は装備していないがナイフも所持しているはず。卓越した体術と最も相性のいい武器の一つがナイフであることからも、足を引っ張りかねない麻酔銃を維持する理由はない。

 

 ファルの選択肢が潰されていく。

 

 しょうがない。インファイトに付き合ってやる。

 

「いいだろう。乗ってやるよ!」

 

 そう言うや否や、麻酔銃を消去。ファルの左ジャブからの右ストレート、要するにワンツーが放たれる。しかし、上身をずらし最小限の動きでかわされる。

 

 どんどんいくぞ!

 

 ボディブロー、左ジャブ連打、アッパー、ジャブ気味のボディ乱打、右ストレート! 右! 左! 左! 右!

 

 ボクシングベースの洗練されたコンビネーション。

 ボクシングは実戦では弱い? 

 否! 断じて否だ! 合理性を追及したフォームから放たれる隙を与えぬ連打の暴風に囚われてしまえば並のファイターでは抗うことなどできずに沈められる!

 

 しかし、クロロは並ではない。体術のみでも超一流のファイター。これに加え、念能力者としては超一流との評価ですら余りに不十分。ネテロが最強の念能力者とするならば、クロロは差し詰、最巧の念能力者と評すべきであろう。技術、観察眼、頭脳、精神性、全てが悪魔的。人の形をしているのが不思議な程の規格外。

 

 それが、クロロという人間だ。

 

 一切の無駄を排除した体重移動、オーラ配分によりガード、受け流し、回避をしていたクロロは、ファル渾身の右ストレートをアッパーにより下からかち上げる。

 

 大きく弾かれ無防備な右半身を晒してしまう。これはあまりにも大きな隙。ここへ打撃やナイフを喰らえば大ダメージは必須だろう。

 

「だが、甘い!」

 

 ファルへと拳打を撃ち込まんとしていたクロロ、しかし、ファルからすれば絶好のタイミング!

 ファルは構えを左右スイッチすることで、隙を最小限に抑え、更に自然な流れで引き絞っていた左拳へ『硬』でオーラを配分し、左正拳突きを放つ!

 

 クロロは僅かに口角を上げる。

 

 息もつかせぬ攻防の中で、刹那の間の極微小な動きであったが確かに嗤ったのだ。

 

 突然、クロロが『堅』を霧散させ、『絶』に近い『纏』に瞬時に切り替える。避ける仕草もガードする気配もない。ファルの拳の先にはクロロの胸部。このまま決まればクロロは心臓又は肺を破壊され死に至るだろう。

 

 しかし、それは起こらない。起こせない。

 

 ネヴェアの時の再現。クロロに当たる寸前でファルはピタリと動きを停止する。

 

「やはり、制約があるようだな」

 

 クロロが冷徹に淡々とした調子で言う。

 

「……」

 

「素直に考えれば、お前の系統は薬を具現化する具現化系だろう。しかし、変身、銃、ドーピング、これら全ての実用化には少なくとも強化、放出、操作、具現化系の適性が高レベルで必要だ」

 

 ファルは答えない。

 

「ドーピング時の打撃は強化系能力者が発を用いた時同様の威力だった。さらに麻酔銃の射程もかなりある」

 

 チラりと数十メートル先の木に刺さったままの注射筒を見やる。

 

「薬をベースにしている以上、治療薬も具現化可能のはず。ここまでオールラウンドにこなすには相当に重い制約や誓約がなければできない」

 

 クロロ自身がそうなのだ。その言葉には、確かな重みがある。

 

 ファルには致命的な弱点がある。それは制約や誓約よりもっと大切な、心の、魂の深い所に刻み込んでいる約束。

 ロケットペンダントが虚しく夜の闇に揺れる。

 

「不殺の誓約を科している。正解だろう」

 

 不殺の誓い。則ち、如何なる理由が有ろうとも人を殺めないという覚悟。

 

 それは、戦いを生業とするファルにとって最も重い制約又は誓約の1つである。この楔はあらゆる場面でファルの行動を著しく制限する。仮に戦闘と離れた生活であったとしても、様々な悪意、害意渦巻くこの世界で、念能力者がそれを常に遵守するのは簡単ではない。ブラックリストハンターならば尚更だ。

 

「そして、殺した場合のペナルティもかなり重く設定しているはずだ」

 

──もし、自分が人を殺害した場合、自らのオーラが尽きて死に至り、かつ完全に自らの肉体が破壊され駆動不可能になるまで殺し続ける殺戮人形になる。

 

 ファルの誓約の内容だ。

 念能力など関係なしに不殺を誓ったファルにとって、このペナルティは最も重い誓約。絶対に実行してはいけない狂気。加えて、一種の特質系と操作系の複合能力の側面が有るため、当然の様にメモリを消費する。しかし、それでも誓約としての高い効力はデメリットに釣り合うものだ。

 

 クロロは最初からしてある程度、商売敵であるファルの情報は持っていた。

 その情報によると、ファルの生獲(せいかく)率はブラックリストハンターで群を抜いている。実力差があれば不可能ではないが、賞金首連中はまさに魑魅魍魎。クロロですらも苦戦を強いられる存在が少数ではあるが確実に居る。そんな妖怪どもを相手どって長年、生き残って成果を上げてきたのだ。重い制約や誓約による強力な発がなければ不可能だ。

 更に、これだけの実績が有りながら基本的に1人で仕事をこなしている。群れるのを嫌うハンターは珍しくないが、それにしてもチームで仕事をしている回数が少な過ぎる。何か煙たがられる要素、あるいは、他者と共闘したくない要素があると推測できる。

 これらの情報だけでも、もしや、という思いはあった。

 

 そして、ネヴェアへと変身したクロロに攻撃を加えようとした時の過剰な緊張、麻酔銃という選択、重い制約や誓約がなければあり得ない発。

 

 不殺の制約や誓約があるとすれば全てに納得のいく説明ができる。だから、クロロはこの戦闘を確認作業と定義した。最後の確認作業は自らの命を晒すこと。本来ならば、弱い『纏』で『硬』を受けることは死のリスクがある。しかし、クロロにしてみれば対応可能なリスクだったのだ。クロロは『隠』により不可視に限り無く近づけたオーラをファルの攻撃予測ポイントに配分していた。『隠』と『硬』又は『凝』と『流』の併用は制御が難しいため、『隠』を用いない通常のそれよりもオーラ密度が下がってしまう。従って仮に当たった場合、ファルの練度であれば、通常よりも大きな無視できないダメージを負うが、死ぬ程ではない。それだけクロロのオーラは洗練されているのだ。

 果たして、その仮説は実証された。

 

 攻撃できずに固まっていたファルが口を開く。

 

「だからなんだ? 俺に諦めろとでも言うのか?」

 

「大人しく俺に能力を差し出せ、と言っても無駄だろうな」

 

 殺傷ではなく無力化と捕縛の手段を持つファルの念能力はクロロにとって極めて都合が良いのだ。

 

盗賊の極意(スキルハンター)

 

 他者の能力を奪うクロロ本来の発の制約に、対象者が死亡した場合は盗んだ念か使用できなくなる、というものがある。つまり、ターゲットと戦闘になった場合、殺さずに拘束する必要がある為、ファルの能力は極めて有用だ。

 だから、当初、曖昧な仮説しか持たなかったクロロであるが、もしかしたら優秀な手札が増えるかもしれないとの思惑から、ファルを殺すことに注力せずに確認作業に徹したのだ。

 

「……能力強奪系の発! 成る程、薄汚い盗賊らしい」

 

 ファルは今までろくに質問に答えなかったクロロが、自らの念能力を暗に述べた意味を正確に理解した。未来は死か、それより暗い地獄か。

 

「最後にもう一度だけ言う。俺に服従しろ」

 

 おそらく、俺ではこの不気味な盗賊には勝てないだろう。だが、降る訳にはいかない。誓ったのだ。あいつに。殺しはあいつで最後にすると! 悪意に晒され苦しむ人を1人でも多く救うのだと!

 

「お話は署で伺います。なんてな!」

 

 ファルの絶望的な戦いが始まった。地力からして格上のクロロが明確な弱点を知って潰しにくる。時にはネヴェアを盾に、時には自らの命を盾に、ファルの行動を制限し、確実に弱らせていく。

 それでも、ファルはただ良いようにやられていただけではない。少しでもクロロへダメージを与えようと、少しでもクロロのオーラを削ろうと、文字通り死力を尽くす。不殺の誓いを悟られた時、すでに目標を変えていたのだ。クロロにもファルの狙いが悟られる。

 

「消耗狙い。仲間の為か」

 

 クロロの電話での発言『おもしろいおんな』が状況からみてアラタを指しているのは明白だ。ファルを処理した後はアラタへ凶気が向かうはずだ。だから、アラタが生存する確率を僅かでも上げる為、純粋に消耗させる為だけの戦闘に切り替えた。これならば、捕縛よりも幾分難易度が下がる。致命傷を避けつつ、一定密度のオーラを配分した打撃や、距離をとっての麻酔銃乱射でいいのだ。勿論、クロロから致命傷を与えらられないようにすることや、距離をとることを完璧にこなすことはできない。確実に死へと近づいていく。

 

 ファルにとってアラタは不思議な奴だ。イタズラっ子のようなことをしてみたり、妙な鋭さを発揮してみたり、意味不明なことを言ってみたり。そして、ハンター試験で不殺攻略を実行してみたり。

 ハンター協会からせっつかれても決して弟子を取ろうとしなかったファルが自分から、弟子にならないかと誘ったのはアラタが初めてだ。

 不殺の誓約を知った者は大抵一緒に仕事をしたがらない。立派だと言ってくれた人も、少し時が経てば離れていく。

 しかし、アラタはどちらでもなかった。ドMだなんだとバカにして笑っただけ。それで、ファルに対する態度が変わることはなかった。終いには自分の部下まで紹介し出した。

 

『俺が、俺の誓いが嫌じゃないのか』

 

 ファルが聞いたらアラタは笑った。

 

『べっつにぃ? ヒーローなんてそんなもんでしょ?』

 

 アラタからすればジャンプ漫画の世界なのだ。然もありなんと考えていたから、大した驚きはなかった。ハンターハンター世界では、ちょーーーっっとキツいかも知れないけど。それに……。

 

『血迷って自殺もできないってことでしょ? いいんじゃない?』

 

 確かに不殺の対象は原則として自分も含まれる。自殺の解釈は限定される為、他者に対するものより絶対的ではないのだが、それはアラタには言わないことにした。ファルの勘がそうさせたのだ。

 そして、不殺と聞いて直ぐに自殺に思い至るアラタがとても──に見えた。

 

『そんなことより聖人ファルとか言う2つ名やばすぎでしょ。中2感がたまんねぇぜ!』

 

 アラタが気になるのはそこなのか。

 

 ファルにとってアラタは不思議な奴だ。だが、嫌いじゃない。

 

 だから……!

 

 しかし、ファルの思いを嘲笑(あざわら)うかのように戦いは終わりを迎える。もう立つこともできない。

 

「流石は1つ星ハンターと言ったところか」

 

 ファルを見下ろすクロロからは疲労が滲んでいる。息も乱れている。しかし、それだけだ。

 

 クロロが本を具現化する。とあるページへ栞を挟み、別のページを開き、体長2メートル弱の蜘蛛型念獣を具現化する。そして、左手に現れた刻印をスタンプでも押すように念獣へ付ける。栞を『幻想的転送(ジャンピングスター)』のページへ挟み、本を消去。

 制約の抜け道をつくような裏技により具現化したままの念獣に命令を下す。

 

「──────」

 

 蜘蛛型の見た目に相応しく糸を吐き出しファルへと巻き付ける。そして、空間の裂け目にファルと伴に消える。

 

 時刻は22:00を過ぎている。

 

 声が聞こえる。泣いているような不思議な声が。

 

 クロロは嗤った。 




クロロの瞬間移動能力の名前が分かんなかったから勝手につけた。蜘蛛型念獣は完全オリジナル。クロロの能力名は小説の名前から付けたかったけど、やっていいか分からないから我慢した。作者は知的財産系の法令が苦手なんじゃ……。
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