【完結】ヒソカは雑魚専? よろしい、ならば転生だ 作:虫野律
それから、後書きで重要なお知らせ(笑)があるんで良かったら見てね。
クロロへと使用した、流水岩砕拳はアラタに教えてもらった達人が使っていたものだ。ニコルのメモリは埋まっている為、オーラを使わない純粋かつ強力な武術を求めた結果が、流水岩砕拳だ。筋力や体格を必要としない点も選択を後押しした。
『
だが、しかし、ニコルはクロロに致命傷を与えられずにいた。
クロロは見抜いたのだ。僅かな誤差を。エラーとも呼ぶべき
確かにニコルはイメージトレーニングを現実にフィードバックできる。しかし、前提となるイメージが間違っていた場合は、当然の帰結として完全な技術習得から遠ざかる。
ニコルとて、それは想定済みだ。イメージトレーニングを繰り返しながら、細心の注意を払って修正してきた。だが、それでも、全てを完全に正しく想像することはできなかった。指導者とともに訓練していないことによるデメリットが生死を別つこの時に、ニコルを苦しめる。
「……っく!」
ダメだ。決定打は打たせてくれない。それだけじゃなくて、僕がやりたいことを尽く潰される。
クロロは、僅かな綻びを突きニコルの動きを制限していた。ニコルが右手で打撃を打ち込みたいなら、右手に体重移動でエネルギーを伝えらないような位置取りや連撃を僅かな予兆から見切り実行。
クロロから攻めるならば、動作と動作の繋ぎ目の僅かな隙──ニコルには僅かにぎこちなさが残っている──に攻撃を加えたり、通常のレベルでは問題にならない隙、ぎこちなさを巧みに利用している。
「……凄いな。聖人ファルといい、貴様といい、俺にここまでやらせたのはゾルディック以来だ」
クロロの言う「ここまで」とは、全力で癖や攻撃パターンを見切り、精神を集中して少しずつ、確実に弱らせる戦闘のことだ。実力差が大きい格下相手にはこんな面倒なことはしない。必要がないからだ。
自分を打倒し得ると考えたからこその安全策。確かに戦局はクロロが優位に進めている。
しかし、それは決して楽に行っている訳ではないのだ。
ニコルの激流のごとき峻烈な攻めに対応しながら、クロロは視界の端でアラタを見る。アラタは静かに目を閉じている。しかし、立ち上るオーラは単に静かなだけではない。威圧感がある訳ではないにも拘わらず、恐れを、あるいは畏れを抱かせる。
あの女は5分と言っていたか。何をするつもりか知らないがやらせない方が懸命か。
クロロ、ここで多少の被弾は覚悟でニコルを潰しに掛かる。今までも手を抜いていた訳ではない。しかし、ニコルの力を見たいという好奇心から、すぐに殺そうとしていなかったことも事実。
「っぅ……!」
クロロの蹴りがニコルの臓腑へと強烈に響く。衝撃が伝搬したのだ。
本気の殺意を持ったクロロは、ニコルへと加速度的にダメージを与えていく。
先程より、ニコルの攻撃も通るようになった。しかし、その何倍ものクロロの攻撃がニコルを捉える。確実かつ迅速にニコルを削っていく。
まだ、3分程しか経過していない。ニコルはここで終わってしまうのか? 相手が悪いからと言って諦めるのか?
否。
諦めるなんて有り得ない!
まだ誰も救っていないのに終わるなんて絶対に嫌だ!
修正してやる! 僕の武術が未熟な欠陥品ならば、今、今ここで修正してやる!
ニコルからオーラが爆発的に吹き荒れる。オーラが深く、濃く成るにつれ、思考がより加速していく。
正しい完成形とイメージのズレが問題。しかし、今、クロロに対応しながら『より貪欲に《インストール》』を実行すれば、当然大きな隙を晒すことになる。思考を2つに出来れば……。だが、どうやって? 僅かなズレがそのまま力の差に感じられる。ズレ……?
!!! いける……はずだ。いや、必ず成功させる!
ニコルはさらに進化する。進化が加速していく。
──『
ニコルの思考が2つに分かれる。脳の其々の役割を持つ部位ごとに細胞単位で強化対象を区別し、強化の程度に敢えて差を設けることで思考速度のズレを生み出し、完全な思考の分離、並列思考が実現する!
思考ないし意識の1つはクロロとの戦闘及び肉体の操作を!
もう1つの思考は実戦を通して理解したイメージと武術の欠陥を、異常に加速した思考速度によるイメージトレーニングで修正する!
文字通り加速度的に修正されていく様は、クロロに強い危機感を与える。次第にクロロへの被弾が増えていく。しかし、クロロもいいようにやられはしない。急所は確実に避けて、ニコルへより激烈かつ繊細に攻撃を加える!
だが、ニコルの中で
──『
『
ニコルの才は、覚悟は、幾つもの不可能を撃ち破り、
そして、そして遂にニコルの指突がクロロの肺へと迫る! 思考を加速することで接触の瞬間に全オーラを右手に収束させようとするそれは、『硬』と『流』の理想系。生粋の強化系であるニコルによって造り出される凶器は、まさに必殺。当たれば容易く肋骨を砕き、肺を穿つは
しかし、クロロに諦念は見られない。確かに、かわすことも、防ぎきることも特質系であるクロロには難しいだろう。だが、クロロの本領は、手札の多さにある。ここまでクロロは『
けれど、ここに至り発動せざるを得ないところまで追い込まれる。クロロは素直に称賛する。そして、蜘蛛に欲しい。そう心から願う程ニコルの武を認めさせられた。
ニコルの必殺の指突が迫る中、アラタから溢れだしていたオーラがアラタへと収束するのを、クロロも、ニコルも明確に感知した。目を向けずとも分かる濃密な力の奔流。
アラタの言っていた『止め』を刺す準備があと数秒で整うのだろう。クロロにとってそれは避けたい。
まず、ニコルを処理。その後、即座にアラタを無力化する。クロロはその様に行動しようと瞬間的に判断した。
──『
ニコルがクロロのコート触れた時、それは発動した。
そして、ニコルはクロロの上、100メートルの位置に居た。
何が起きた!? 何故、僕は空中に居る!?
あまりに予兆も何も無い異常事態に混乱するも、直ちに答えに辿り着く。『
瞬間移動能力か! アラタさんの言っていた幻影旅団団長である可能性があったから、細心の注意を払い観察していた。それなのに気づけなかった。
クロロの『
クロロは自らのオーラによる『神字』に『隠』をかけ、上空100メートルの位置に維持し続けていたのだ。この仕込みは、口紅を奪う前から継続していた。それだけ警戒していたのだ。急成長するニコルを、底の見えないオーラを持つアラタを。
そして、クロロのコートには『隠』により限り無く不可視へと近づけた『神字』が隙間なく刻まれている。クロロの盗んだ能力の中には『神字』を必要とするものも幾つかある。それらに対応する為に様々な意味を込めた『神字』を重ねて刻んでいるのだ。
ニコルが見抜けなかったのも無理もない。クロロが最も得意とするオーラの技術は『絶』及びその応用たる『隠』だ。クロロ達がまだ弱者だった頃、オーラを知らない時分から無意識に実行して来たのだ。盗んだ物で飢えを凌ぐ為に、仲間達を食べさせる為に。まごうことなき天才だったクロロのそれは成長と伴に人の枠に収まらぬ次元に到達した。
空中では身動きはとれない。地面に到達するまで悠長に待っていたら、アラタは何事かをする前にクロロに殺されるだろう。仮にアラタの能力を欲し、すぐには殺さないにしても重傷を負わすだろう。そして、まだ回復しきっていない衰弱したユナフィを簡単に
そうなれば、ニコル達の敗北だ。ニコルの敗北だ。それはニコルにとって許容出来るものではない。
ニコルの遥か下方でクロロがアラタに顔を向けるのが見えた。ニコルは加速世界の中でアラタに意識を向ける。
アラタは目を閉じ集中したまま。アラタに、アラタのオーラに不安や迷いは見受けられない。信じているのだ。ニコルを。尋常ならざる才を秘めたニコルを。ニコルを認めた自分自身を。
ニコルは、負けるかもしれないと少しだけ考えてしまった自分を恥じた。
アラタさんは僕を信じてくれているのに、僕が信じなくてどうする。
まだ、負けていない。
まだ、やれる。
まだ、生きている!
幻影旅団だか、何だか知らないが、僕を、俺を、俺達を舐めるなぁぁ!
「────!」
自身の左手を手首から引きちぎる。それを投擲する為に必要なオーラのみを身体に残し、それ以外全てのオーラを左手に込める!
これ──左手を投げたら、身体に残ったオーラは零になり、死に至るだろう。仮に即死しなくとも落下により死は避けられない。
だが、それがどうした? 救うべくを救えずに生き長らえるくらいならば、足掻いて死んだ方がましだ。
「──────!!!」
ニコルの全力、正真正銘の全身全霊をかけた投擲が実行される!
クロロがそれを感知したのは、ニコルの左手が自らのコートをぶち破りながら、脇腹を抉り始めてからだった。負けず嫌いなニコルは『隠』をかけていたのだ。それが実を結ぶ!
──『
抉られながらも辛うじて投擲された左手を飛ばすことに成功する。しかし、この時点で、アラタの奥の手が完成する。
──よくやった。ニコルん。
──『
蒼き疾風が吹く。
アラタの『
しかし、これは簡単ではない。スピードに特化と一口に言っても操作する遺伝子は多岐に渡る。しかも、組み換えを1つ1つやっていく内に、最初に組み換えたものが戻ってしまうのだ。あまりにも繊細なオーラコントロールを要求される為だ。
そこでアラタは髪の色に着目した。則ち、髪色を変化させる遺伝子組み換えに、スピード特化の為のそれぞれの遺伝子組み換えを連動させる設定を、制約と誓約を利用して形成したのだ。
『髪を蒼に変化させてはならない。破った場合は次の誓約が実行される』という制約に、併せて『髪を蒼に変化させている間は、ペナルティとしてスピードに特化した遺伝子組み換えが強制的に実行され続ける』という誓約を作ったのだ。
操作系対策同様、意味が重複する部分があるが、保険的に作成した。これにより、髪を蒼に変化させる遺伝子組み換えを維持できれば、それだけで神経構造、神経伝達スピード、筋肉の質、バランス、脳構造、その他全てが速く機動する為だけの遺伝子を維持できる。
『
さらに重ねて精孔の超開放も行っている。
クロロを以てしても見切ることは能わず。反応すらさせぬ音速を越えた神速の移動術。それはさながら蒼き疾風迅雷のごとく。
アラタの手には血まみれのナイフが握られている。ユナフィが用意していた大型のサバイバルナイフだ。ニコルが時間を稼いでいる隙に、回収していたのだ。能力の副作用でアラタは自らの血や細胞がどこにあるか正確に把握することが出来るようになっていたから、すぐに回収できた。
何故ナイフが必要なのか?
今のアラタはあくまでスピード特化。徒手空拳では効率的にダメージを与えられないと考えたのだ。そして、アラタはナイフの血にオーラを込める。こうすることでアラタの主観的には楽に『周』をナイフへかけることが出来る。
アラタの『発』にとっては血液が能力の基礎になっている為であろう。あくまでアラタのイメージ上では、遺伝子の中心は血液にあり、遺伝子を象徴するのも血液という認識なのだ。それ故の副産物。
ニコルから手痛い攻撃を受け、無視できないダメージを負ったばかりのクロロは、自分に害意が向けられていることしか認識できなかった。仮に無傷でアラタと対峙していたとしても、今のアラタの速さについていくことはできないだろう。それほど、今のアラタは速い。当然、ニコルにした様にコートに接触した瞬間に転送することはできない。認識していないからだ。認識したとしても速すぎて『
アラタが蒼き髪を携え閃光と成りてクロロに一直線に迫る。
重ねて言うがクロロはこの時、アラタを認識できていなかった。しかし、クロロの毒虫が蠢く坩堝を生き抜いてきた経験と生物としての本能が無意識に急所へとオーラを集中させていた。
心臓、脳、首。破壊されると即死する箇所への『凝』。通常ならば九死に一生を得る好手。
しかし、今、それは悪手。
何故なら、アラタの狙いは殺すことではないからだ。クロロに聞こえるように、『止めは私が刺す』と言ったのはこの瞬間にミスリードを誘う為の罠。殺すものだと意識付けることで咄嗟の行動を誘導したのだ。アラタからすれば、元より格上のクロロを簡単に殺せるとは思っていない。
では、アラタの狙いは?
クロロの右腕が宙を舞う!
アラタは左手に持った大型のサバイバルナイフでクロロの右腕を肩付近から切断したのだ!
希薄なオーラしか纏わぬそこは、圧倒的スピードと濃密なオーラを兼ね備えたアラタにとっては抵抗を感じない程、柔らかい。
そして、宙を舞う右腕を掴む為に準備していアラタの右手がクロロの右腕を強奪!
アラタの狙いは『
0,1秒にも満たない間に一連の動作を完遂し、距離を取ったアラタは視界の隅に落下するニコルへ迫る影を確認した。
「遅い。何やってたんだよ。ファル」
ファルがニコルをキャッチし、全身を柔軟に使い落下の衝撃を緩和させる。
直ぐ様、回復薬を具現化しニコルに注入する。これは肉体とオーラを回復させるものだ。当然だが、オーラ回復量
には限界がある。つまり回復量の倍の量のオーラをファルが消費するのだ。しかし、ニコルの命を繋ぐには十分。
「ぎりぎり間に合ったってことでいいか?」
「ダメです」
「ひでー」
軽口を叩く余裕すら見せる。
ファルは何処に居たのか?
結論から言うと地下の隠し部屋に監禁されていたのだ。ニコルの円に感知されなかったのは、単純に地下へはオーラを拡げていなかったからだ。
ニコルの弱点の一つに思い込みが激しいところがある。ニコルはこの屋敷に地下があることを知らない。それ故に、無意識的にオーラを地上にのみ限定して拡張していたのだ。思い込みが激しいから、アラタへの過剰な評価を持ち、常識的な訓練しかしなかったが為にハンター試験を突破出来なかったのだ。尤も訓練に関しては既に常識をぶち破ることに成功しているが。
茶碗が逆さに置かれているのを見たアラタは半球状の円、則ち地上のみの円であった可能性に気がついた。そして、下方向に自らの数メートルしかない円を延ばし屋敷を走り回ったのだ。勿論、こんなのは賭けだ。希薄な根拠を元にしても必然的成功は掴めない。しかし、偶然的成功を掴むことはできた。まさに幸運だった。
さらに付け加えるとクロロの用いた
──『
この発は捕獲対象を、任意の部屋や場所に
具現化系の特性として一切の欠点を持たぬ、又は完全性を持つ物を具現化したり、特殊能力を付与したりできないというものがある。
被捕獲者からは絶対に脱出できないという強力な効果の代償がこの制約、欠陥なのだ。
斯くして肉体が崩壊する直前にファルを救出することに成功し、アラタのクローン体は短すぎる生涯を終えた。
月が木漏れ日のように穏やかな光を届けている。
「貴様……」
クロロが能力を封じられ、大量の血を失いながらも明確な意志を以てアラタを睨み付ける。
「天下の幻影旅団団長様がちょーうける(笑)。格下だと思ってなめプしてた奴に腕を奪われて今どんな気持ち? 格下くそザコナメクジにも分かるようにおしえてくだちゃーい」
ここぞとばかりに煽り倒すアラタ。ぐう畜アラタ(処女)、本日2回目。なお、膜は大きくて固いもの(ナイフ)で引き裂かれている模様。
ここには、監禁中に『絶』をしてオーラを回復させていたファルと桃色の髪をたなびかせ、余裕を浮かべるアラタが居る。一方、クロロはファル、ニコルとの連戦に加え右腕を失い、『
クロロの中で何かが切り替わる。
「はー、しんどー」
クロロが戦意を霧散させる。その声音は年相応の好青年らしいものだ。
「分かった。今回は俺の負けだ」
そう言って、口紅を投げて寄越した。
(お? まさか改心したのか?)
それは有り得ない。アラタもそんなことは分かっている。ただの思考遊びだ。
クロロから宵闇より深い漆黒のオーラが溢れ月光を歪ませる。幻想的ですらある。
「だが、忘れるな。貴様らの、貴様の能力は必ず奪う」
──『
クロロは自らを瞬間移動させ、姿を消してしまった。
「瞬間移動か!」
勿論、無制限に自身を転送できる訳ではない。それ故の温存であった。
ちなみにクロロが口紅を渡したのはユナフィと繋がる糸状の赤いオーラにより居場所を悟られたくないからだ。盗賊が何処に居るかはっきり分かるなど、笑えない冗談だ。
(助かったー。もうオーラないから瞬殺されるとこだったよー)
慣れない『
ふざけたように余裕の表情で煽ったのはブラフ。アラタの歪んだ精神力が為した今日一番のファインプレイかもしれない。しかし、それを見破れない程クロロが追い詰められていたのも事実(本来の冷静さであれば見抜いていたはずだ)。
戦績は3人がかりで脇腹に重傷を与えたことと腕一本を奪ったことの2つのみ。まさに綱渡りの勝利と言える。
しかし、それでも勝利は勝利。加えてアラタは強力なカードを手に入れることができた。今は勝利の余韻に浸っても許されるだろう。
こうして長い夜が終わる。静かな夜は誰かを癒すことが出来たのだろうか。
★★★
上空、約1000メートル。オーラを変化させた翼をはためかせ、空からアラタ達を観察していた者がいた。銀縁メガネの青年だ。
そして、彼が小さく呟く。
「セオ様、彼女ならば、もしかしたら……」
その言葉は風にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
★★★
翌日の話をしよう。
それなりに回復したアラタ達は拘束したユナフィを監視しながら今後の流れについて話していた。勿論、口紅は渡していない。ユナフィの顔は傷痕だらけで、鼻骨が歪んでいる。死なない程度に回復はしているが、それだけだ。抵抗することはできない。仮に、抵抗してもすぐに制圧されるだろう。
「ユナフィはハンター協会に引き渡すってことでいいんだよな?」
念能力を行使する犯罪者の扱いについて、前もってファルから教えられていたアラタが確認する。
「ああ、それまで気を抜くなよ」
念能力者は非念能力者が拘束や監視をするには荷が重い為、そうなるのだ。刑務所も一般とは異なる。ちなみにハンターハンター世界では死刑制度は比較的マイナーだ。その代わりと表現するのが適切かは分からないが、懲役刑が1000年を越えるケースもある。実質的な終身刑だ。緩やかな死刑と言う者も居る。
静かに佇んでいたニコルが、やや言いづらそうに口を開く。
「アラタさん。ユナフィを治してくれませんか」
ニコルの言葉に一番驚かされたのはユナフィだった。
「……ど……う……して」
ユナフィから弱々しい言葉がつい漏れてしまう。
「ユナフィは覚えていないかもしれないけど、昔、僕は君に救われた。だから、ユナフィは僕にとって大切な人なんだ。沢山、命を奪ってきた以上罰は受けなきゃいけない。でも、少しでもユナフィの苦しみを和らげてやりたい」
おかしいかな、と付けたしたニコルは少し照れくさそうだ。
「はぁー」
アラタが大きなため息をつく。正直、そんか気はしていた。ニコルがユナフィを見る目は、複雑な感情が垣間見えていた。容疑者と聞いた時も辛そうにしていたのが印象的だった。
(ま、いっか。丁度いい練習台だと思えば寧ろラッキーだ)
アラタは自分以外を再構築したことはない。だから、失敗しても、まぁ、ニコルの好感度以外は大したダメージの無さそうなこの機会は、最高に都合の良いものに思えた。
ぐう蓄アラタ、通算3回目。
「オッケー。私のすることを止めないでね。いい?」
「? 分かりました」
「ファルもいい?」
「まぁ、傷を治すだけならな」
「ほんじゃあ、いっただっきまーす」
アラタはがぶりとユナフィの首に噛みついた。ちゅうちゅうと血を吸っている。
(不味……くない。どっちかと言うと美味しい。すごく美味しい。あっれー?)
疑問に思うも美味しいなら歓迎である。
アラタが変な性癖に目覚めた訳ではない。これが制約
なのだ。則ち、他者を構築する場合はその者の体液を摂取する必要がある。そして、最も効率がいいのが血液
なのだ。
能力の副作用で美味しいと感じてしまっている様だが、アラタは変態ではない。
(やっべとまんね。旨すぎでしょ。なんか気持ちいいし)
アラタは変態ではない、と信じたい。
上気した顔でユナフィの首に一心不乱にしゃぶりつく様は……。
アラタは変態である。
しょうがないね。美味しいんだもん。
「アラタさん、ちょっと……」
止めないと約束したはずのニコルがつい声をかけてしまう。ユナフィから文字通り血の気が引いているのだ。これでは死んでしまう。
(ちっ。しょーがねぇなぁ)
断腸の思いで口を離す。血が零れてしまった。舐め回したい衝動にかられるが、僅かに残ったプライド(笑)がそれを阻止する。
なお、制約上の必要量は既に大幅に上回っている模様。
──はいはい、再構築再構築。
まるでやる気のないアラタから漂ったオーラがユナフィを包み込む。キラキラとしたオーラは神秘的な風情がある。
逆再生でもするようにユナフィの顔を治していく。だけに留まらず、口紅と融合することで歪んでいた心臓も本来の在るべき状態へと構築される。
そして……。
ユナフィは本来の美しい姿を本当の意味で取り戻す。口紅とのリンクも切れている。口紅寄生の条件が口紅を塗り、かつ、口紅を所持している時に心臓に致命傷を負い、口紅と心臓が融合することであった為だ。心臓が治された結果、口紅との融合も物理的に切断され、強制的に寄生が解除されたのだ。
ニコルは、自分を醜いと言ったユナフィにどうしても言わなければいけないことがあった。
ずっと言いたかった言葉。弱い自分が言うことをずっと躊躇っていた言葉。弱い自分が言っても、ユナフィに響かないと思っていた。でも今は少しだけ強くなった。だから、もう伝えてもいいだろう。
「君は綺麗だよ。ユナフィ」
容姿ではない。心でもない。言語化するには曖昧に過ぎる感覚。でも、ニコルは昔から確かにそう感じていた。
ユナフィの中で絡み合った様々な感情がほどけていく。
悲しみ、哀しみ、諦念、憎しみ、愛情、後悔。
やがて、ユナフィの頬を涙が伝う。
ユナフィは涙を止めることができない。
ニコルはユナフィの頭をそっと撫でる。鮮やかな青がニコルには尊く、ただただ尊く思えた。
(うわーこれは酷い。多分ニコルは無意識なんだろうな。えげつねぇ)
ファルがこそこそとアラタに話しかける。
『おい、俺もう帰っていいか。なんかバカ臭くなってきた』
アラタも自慢の声帯操作でこそこそと返す。
『ふざけんな自分だけ逃げんな。仕事しろや』
数年に渡る都市伝説──淫獣の凶行は終わりを迎えた。
完璧なハッピーエンドではないかもしれない。でも、少しだけユナフィは救われた。
小さなこと。でも大切なこと。
冬の空は、高く、青く、晴れ渡っていた。
次話か、その次辺りから、多くの人にとって受け入れられないであろうクソみたいな要素を含んだ展開が始まります。今まで以上だと思います。ですので、キリのいいこの話で読むのを止めることもアリかと思います。
クソでもいいと言う方は歓迎します。地雷展開をどうぞ。