【完結】ヒソカは雑魚専? よろしい、ならば転生だ 作:虫野律
皆様に語り部であるワタクシから、一つ謝らなければいけないことがございます。実はワタクシ、皆様にあることに関し嘘をついております。
何故、その様なことをしたのか、とお思いでしょう。ごもっともでございます。語り部は中立で在るべきです。正論でございます。自分でもどうしてこの様な愚行に及んだか、明確には分かりません。
ただ、もしかしたら、感化されてしまったのかもしれません。この滑稽で憐れな嘘つきに……。
♠️♦️♣️♥️
「ねぇ。何で泣いているの?」
ヒソカは分からなかった。
ヒソカの弟が病院で亡くなった。ヒソカが5歳、弟が3歳の時のことだ。難病故に医師から余命を告げられていたとはいえ、両親は残酷な現実を簡単に受け入れることはできない。両親は悲しみにくれ、涙を流した。
しかし、ヒソカにはその理由が分からなかった。何も感じない。
それに実を言うと弟の直接的な死因は病ではない。ヒソカが殺した。理由は特にない。強いて言えば声がなんとなく好きでなかったからだ。
病室に居た弟の点滴を抜いたのだ。やけに大人びたヒソカに本来監督責任を負うべき大人達は油断した。目を離しても他の子供の様に物事の道理を弁えぬ行為はしないだろう、と。
幸か、不幸かヒソカが罪を追及されることはなかった。監督責任を問われることを恐れた病院上層部が隠蔽したのだ。一度、評判に傷が付くと持ち直せない風潮がこの国にあったことも病院の対応の背中を押した。
つまらないの。
ヒソカの心にあったのは虚しさだった。そんな中、プライマリースクール(日本でいう小学校)に入学したヒソカは周りの人間を見てあることに気がつく。
皆、楽しそう。つまんなくないみたいだ。羨ましい。ぼくもあんな風にはしゃいでみたい。
7歳のヒソカはそう考えた。しかし、どうすればいいかなんて分からない。悩んだヒソカはとりあえず、皆のマネをすることにした。周りと同じ様に授業を受け、興味のない漫画やテレビの話をし、外面だけの笑顔を張り付け、時にはクラスメイトの話に真剣に耳を傾けた。全て演技。くだらない嘘ばかり。
しかし、周りの目にはそれが嘘とは分からなかった。だから、ヒソカには友達ができた。それどころか、学校のヒーロー、皆の憧れに成るまでそれほど時間はかからなかった。元々優秀な人間だったのだ。天才だったヒソカがその気になれば、勉強も運動も他の追随を許さないレベルへすぐに到達する。
でも、ダメだった。何も変わらない。虚しいだけ。
くだらない。無意味。楽しくない。
ヒソカには分からない。皆のマネをしてみたが、結局
何も分からなかった。
生きてる意味ってなんなんだろう?
8歳を過ぎた頃にはこの様に考えるに至っていた。ヒソカは改めて周りを観察してみる。やっぱりよく分からない。周囲の人間は生きてる意味をどんな風に考えているのだろうか。
「ねぇ、何で生きてるの?」
ある日、ヒソカは訊いてみることにした。相手はヒソカに幼い恋情を向ける少女だった。
いきなり妙なことを訊かれて少女は目を白黒させる。それでも好きな人の疑問に答えようと一生懸命に知恵を絞る。
でも、はっきりとした答えは見つけられなかった。
「ごめん、分かんない。でも、お婆ちゃんが死んじゃった時、凄く悲しかったから、やっぱり生きていたいんだと思う」
少女は自分でもちゃんとした答えになっていないとは思っていた。それでも、気持ちを頑張って言葉にしたつもりだった。
「ふーん。じゃあ、死にたくないんだね」
「うん、それはそうだよ」
「変なの」
「そうかな」
どうやら人は死にたくないらしい。生きていたいらしい。そこまで分かったのはいいのだけれど、ヒソカに死にたくないとか、生きていたいという感情はない。ただ何となく産まれたから、死んでいないから、生きているだけだ。
やっぱり分からないなぁ。
ヒソカはホトホト困り果てていた。どうやら死は
良くないものらしい。大人達が作る法律にもそう書かれている。教師も人を傷つけてはいけないと言う。
じゃあ、今度はそれをやってみよう。
普通に周りの真似をして、人間ごっこをしても何も分からなかったから、今度は禁忌とされていることをやってみることにしたのだ。
始めは誰にしようか。あ、そう言えばあいつ名前なんだっけか。忘れたけど、昔、殺してるんだった。ま、いいや。もしかしたら、一人じゃ足りないのかもしれないし、とりあえずもうちょっと殺してみよう。
後日、ヒソカは以前に生きていたいと言った少女を誘った。
「今日、2人で帰ろうよ」
ヒソカが少女に目をつけた理由は簡単に2人きりになれそうだったからだ。
「え! うん! いいよ!」
ヒソカから誘ったのはこれが初めてだった。たから少女はとても嬉しかったのだ。
有頂天になってヒソカと歩くも、次第に不安になってくる。ヒソカの行く道を少女は知らなかったからだ。いつもの通学路ではない。
「……ねぇどこに行くの?」
堪らず訊いてしまう。
「2人だけになれる場所」
ヒソカの答えにドキリとさせられてしまう。少女はあれやこれやと考えてしまう。それがいけなかったのだろう。気がついた時には見知らぬ廃墟の前まで来ていた。
「さぁ、中へ行こう」
ヒソカが言う。いつもと雰囲気が違う。少女は後ずさりする。
「……僕が信じられないかい」
そんな風に言われると困ってしまう。ヒソカくんのことは好き。だけど、今のヒソカくんは何だか怖い。
でも、嫌われたくない……。それにヒソカくんは何だか寂しそう……。
少女はヒソカについて廃墟へと足を踏み入れる。
二階にある部屋へ入るとヒソカはドアを閉める。錆び付いた蝶番が閉まる時の嫌に耳障りな音に少女は振り返る。
「ひぃ」
少女が見たヒソカは暗く冷たい顔をしていた。ヒソカが纏うおどろおどろしい雰囲気に悲鳴を上げてしまう。
「これから、君を殺すよ」
「……嘘だよね?」
ヒソカはそれには答えずに少女に近く。
後退りするも、ごつ、とすぐに少女の背が壁にぶつかる。もう後退はできない。
ヒソカが少女の手首を掴む。ギリギリと信じられない力で締め上げられる。
「痛! お願い止めて!」
ごきゅ。
少女の手首の間接が外れる。
「うぅぅ! 止めて助け」
今度は右手首が外され、床に転ばされる。
「いやぁぁぁ」
「ねぇ、何で死にたくないの?」
しかし、少女はそれには答えない。痛みと恐怖でそれどころではないのだ。
「やだやだ助けて!」
「何で助かりたいの? 教えてよ」
今度は足を捻り強制的に膝を脱臼させる。
「うぅぅ、いいい゛い゛!」
少女は答えない。しかし、ヒソカには興味を惹かれるものがあった。それは、少女の感情の高まりだ。死に瀕した人間の生存本能に基づくエネルギーの爆発。ヒソカにはそれが新鮮だった。
そして、ヒソカは希望を見つける。
この感情こそが生きる意味を知る手掛かりになるのではないか? きっとそうだ。だったら、続けよう。もっといい顔を見せておくれ。
「君は僕が好きなんだよね? 興味無かったけど、今の君は好きだよ」
「ひ。嫌! いやぁぁぁ!!」
あれ? おかしいな。
ヒソカは何故自分が拒絶されているか分からない。相思相愛のはずなのに……。
ま、いいか。きっと気が変わったんだ。良くあることだよね。
少女の顔を見る。固く目を閉じて涙や鼻水を垂れ流している。
何か気持ち悪いな。
「やっぱり君のこと好きじゃないや。でも、悪くはなかったよ」
ごりん♪
心地好い抵抗感と伴に首の骨をへし折る。
少女は朦朧とする意識の中で最後にヒソカを見て、そして事切れる。最後に少女の目が何を訴えていたかは、ヒソカにはついぞ分からなかった。
でも、ヒソカの心は希望に満ちていた。今までに見たことのない面白いものを知ることができた。人は死に瀕してとても興味深い感情を見せる。これが分かっただけでもよかった。
上機嫌なヒソカは廃墟を後にする。ヒソカに怯えていた死体喰いの魔獣達が少女に群がる。ヒソカがここを選んだ理由は後片付けをしてくれる子達が居るからだ。
「♪」
気分良く商店街を歩いていたヒソカは、とある駄菓子屋の前で足を止める。普段はあまりお菓子は買わないが今日はいい日だ。たまには買ってみるのも面白いかもしれない。
特に論理的な理由は無かったが、何となくそんな気分になったのだ。
「これ頂戴」
ヒソカが手に取ったのは当時、人気に陰りが見え始めていたガムだった。パッケージにはファンシーなピエロが描かれている。
帰り道に噛んだガムは、特別美味しくはなかった。でも印象的だった。
不味くもないし、また買おう。
★★★
ガムを買った日から少し経って、ヒソカは悩んでいた。
あれから、何人か殺してみたが何かが足りない気がするのだ。確かに他では見たことのない感情を見ることができるが、イマイチぴんとこない。
僕に殺された人間は何を感じていたのだろうか?
うーん、と唸るも答えは分からない。
そもそも、感情はどこにあるのだろう? 良く聞くのは心という単語だ。心って具体的にはなんのことだろう?
「あ」
ヒソカは何かに気づいた。
簡単なことだ。心は脳にあるんだ。人間の精神作用は脳に依存する。だったら、心とは脳の別名なんだ。
なーんだ。じゃあ、今度は脳を食べてみよう。そうすれば何か分かるかも。
そう考えたヒソカは次のターゲットに友達を自称する少年を選んだ。理由は席が近かったから。
いつもの廃墟でヒソカは気を失わせた少年を縛り上げていた。固く結ばれた四肢は血の気が無くなっている。
「うぅ……?」
痛みで意識が戻った少年が暫しヒソカと自分を見比べる。ややあって、状況が分かったのか、騒ぎ出す。
「ねぇヒソカくん! なんでこんなことするの! ふざけてるだけだよね? ねぇ、何か言ってよ! ヒソ」
「うるさい」
ヒソカが少年の顔を殴りつける。あまりにも煩いから、少しだけ力が入ってしまった。
少年の歯が数本抜ける。少年の口に血液の鉄臭い味が広がり、嗚咽を漏らしてしまう。
「静かにしてね」
ヒソカの言葉に少年は顔を歪めながら頷く。
「今日はこれから君を殺そうと思う」
「! なに言ってるの!?」
「何ってただの予定だけど……?」
ヒソカの心底分からないという顔を見て少年に絶望が産まれる。
ヒソカくんは違う。僕とも他の皆とも全然違う。言葉は通じるのに、会話ができない。
少年はヒソカの異常性に気づいてしまった。しかし、既に遅すぎた。
「助けて……はくれないんだよね」
「もちろんだよ! 分かってくれたんだね! やっぱり君は最高の友達だよ!」
ヒソカの嬉しそうな顔を見て、少年はもう逃れることのできない蜘蛛の糸に捕らわれてしまったことを悟る。悪魔がいるとしたら、きっとヒソカくんみたいな存在だろう。
「それでね。今日はいつもと違うやり方をしようと思うんだ」
「……」
「急に黙ってどうしたの? 変なの」
うるさいと言ってみたり、何故黙るかと疑問に思ったりまるで理解できない。少年はヒソカが恐ろしくて仕方がない。すぐに訪れる死よりも目の前にいる理解不能な人間の皮を被ったナニカが恐くて仕方がない。
カタカタと震え出す。少年は震えを止めることができない。
「まぁ、いいや。それでね、これから僕は君の脳を食べようと思うんだ。名案でしょ?」
「っっ!」
この時のヒソカの顔は少年の短い人生では見たことなどない、仮に平均寿命まで生き長らえたとしても目の当たりにすることは有り得ないと断言できる禍々しいものだった。
恐怖が強すぎて、声を出せない。呼吸音がやけに煩い。胸が痛いくらいにドクドクと騒いでいる。
ヒソカが徐に部屋の中央、テーブルの上に置かれたギザギザとした銀色の物体を手に取る。ノコギリだ。ヒソカの意図を察した少年は、遂に失禁してしまう。
「うわー。僕たちもう9歳なのにカッコ悪ーい」
いつもの学校でいる時と、何ら変わらない調子が少年には非現実的に見えた。
ヒソカが少年の頭にノコギリを添える。合図も何もなしにそれは始まった。
ギコギコ。
麻酔などしている訳がないそれは、少年の耳に良く響いた。
ギコギコギコ。
痛みはある。だけど気を失う程ではない。失えない。
ギコギコギコギコ。
少年はこの時には、早く終わってくれ、早く殺してくれ、としか思えなくなっていた。
「お! やっと蓋が開きそう」
無限にも思える時間の後にヒソカが喜びに満ちた声を上げる。
そして、円い食器に入ったピンク色のメインディッシュが現れる。
脳外科手術を意識が有るまま行えることをご存知だろうか。そういった事例もあるように、頭蓋骨を開けられた位では人は死なない。さらに脳の損傷部位によっては死なないし、意識も保ったままだ。
つまり、少年は自分の脳が咀嚼される音をしっかりと聞いた。
モグモグとヒソカが口を動かす。ゴクン。
「あんまり美味しくないね。でも、凄いよ! 今までよりはっきりと気持ちが分かる! 今、君は恐がっているんだね!? やっと分かった! もっと教えてよ! 友達でしょ?」
そして、少年は重要部位を切り取られて漸く救われた。
ヒソカは、この日、やっと恐怖という感情を理解することができた。
今までも言葉やその定義は知っていたけれど、どこか非現実的な空想のように実感の湧かないものだった。
だけど、脳を食べることで現実に確かに存在すると認めることができる程度には理解できた。でも、それはほんの表層のそのまた欠片に過ぎない。
帰り道にヒソカは思案する。
何で恐がったのかな?
ヒソカは疑問に思いながら、もう一度、脳の血生臭いクリーミーな口当たりを思い出す。あまり美味しくはない。
その時に感じた感情を良く思い出してみる。
やっぱり一番は恐怖。
その次に感じたのは、困惑? いや、ちょっと違う。なんていうか。うーん。
ヒソカは上手い言葉が出てこなかった。が、すぐにいい答えが見つかった。
今の僕と同じだ。分からないって気持ちが恐怖と一緒になっていた。
ヒソカは何かが分かりそうだった。これが分かれば生きる意味を知ることにまた一歩近く。そんな気がする。
整理してみよう。まず、一つは皆は死にたくないみたい。そして、死にそうになると感情が溢れてくる。今日の友達みたいに恐怖を感じるのが普通なら、死ぬことは恐いから嫌だってことだ。生きるのは恐くないのかな? まぁ、これは後で考えよう。
それに、恐怖と不理解が一緒になっていた。それなら分からないものは恐いってことなのかな? おかしいな。それじゃあ、死ぬことは分からないことってこと? あ、別におかしくないや。死ぬことは分からないし恐い。これでもおかしくはないよね。
ヒソカは首を捻る。
なんか違う気がする。友達は死ぬことが分からなくて恐がってた訳ではない気がする。脳を食べた時、恐怖は2つの方向に向いていたけど、不理解は1つの方向に向いてた。改めてよく考えてみると恐怖の向いてる方向の1つは死だったと思う。不理解はそっちを向いていなかった。
これはヒソカ独自の感覚的な認識だ。理由や様態を論理的に解説することはできない。
じゃあ、何に向けられて……。あ、もしかして僕かも。あの場には、友達と僕しか居なかったし、それでもおかしくないかも。
一度そんな風に意識してみるとしっくり来る。きっとそうに違いない。それに、恐怖や不理解は対象に少しズレがあるけれど、輪っかのように繋がっていた。
ヒソカはここで1つの仮説を立てた。
皆は、死ぬのも、理解できないものも恐い。生きていたいから死が恐い。理解できないものはいつ、どんな風に、どんな理由で殺されるか分からなくて、対策できないから恐い。根っこにあるのは生きたいって感情。全部繋がっている。
だけど、僕には全部分からない。いや今日、友達にちょっとだけ教えてもらったから、ちょっぴりは分かる。
ヒソカはある結論にたどり着く。着いてしまう。
「よし。じゃあ、これからは全く理解できない奴を演じて、目一杯恐がらせて、それから脳ミソを食べよう、うん、そうしよう♠️」
そうすれば、生きたいって感情に繋がってる恐怖を全部知ることができるはず。それで、いつか生きたいって気持ちも理解できて、生きる意味も分かる。
ヒソカは嬉しかった。今までの無味乾燥の白黒世界からやっと抜け出せる。そんな気がした。
ふと、ポッケに入っているものが気になった。ちゃちなシールがオマケについている準チョコレート菓子だ。友達がくれた物だ。
ビニールを破ってみる。キラキラとしたシールは相変わらず面白味に欠けているが、でも、気分のいいヒソカには悪くないと思えた。
★★★
それから、ヒソカは道化を演じ、食べて、殺して、食べて、殺して……。沢山、食べて、沢山、殺した。途中までは良かった。でも、ある所から先へは進めなくなっていた。つまり、味わえる感情があるラインから深くも強くもならなくなってしまったのだ。
ヒソカはまた困ってしまった。せっかく恐怖を少しは知ることができたのに、そこで止まってしまった。この先に何かが在りそうなのに、近づけない。
焦らされているようで、ムズムズとしてしまう。
「はぁ♦️」
11歳になったヒソカはとぼとぼと町を歩いていた。スクールバッグがいつもより重たく感じる。
何気無く、視線をさ迷わせていた時に彼女はいた。
「!♥️」
ヒソカの視線の先には14歳になる一人の少女がいた。
ヒソカは彼女を知っている。何故なら有名人だったからだ。
ヒソカの先輩に当たる彼女は、2年前までヒソカと同じプライマリースクールに通っていた。
そして、彼女は神童だった。勉強、スポーツ、芸術は言うに及ばず、人格面でも非の打ち所がなく、あらゆる才能に恵まれた神童、彼女を知った人間は皆そう言った。彼女の持つ浮世離れした美しさもその評価を確固たるものにしていた。
そんな彼女がいつかの駄菓子屋の前に居る。彼女を視界に捉え、ヒソカに驚愕が浮かぶ。
同じだ。僕と同じく
ヒソカはいつからか、煙を操れるようになっていた。そして、それはヒソカにしか見えないものらしかった。ヒソカの知る限り、煙を操れるのも、沢山纏っているのも、自分以外では居なかった。
だから、驚いたし、嬉しかった。
自分と同じ仲間を見つけて嬉しかった訳ではない。
ヒソカは思ったのだ。
僕と同種の人間が感じる恐怖こそ、僕にとって最も共感できる恐怖に違いない、と……。
それを知ることができれば、恐怖をより深く、より濃く理解できる。きっとそれは今の停滞した状態を壊してくれるはず。
ヒソカは知らず知らず笑っていた。
駄菓子屋でチープなトランプを買った彼女は、目的地があるのか迷いなく歩き出した。
今すぐ飛び付きたい衝動を抑えて、気配を殺して後を付ける。ここは人目がある。邪魔が入ったら面倒だ。
商店街を抜け、準工業地域に入り、その区域にある公園に着いた。そこでは1人の若い男が彼女を待っていたのだろう、嬉しそうに出迎えている。
それに応じ彼女も笑みを浮かべる。
変なの。
ヒソカの感想はなんか変というものだった。男はともかく、彼女からは違和感を感じる。その正体までは分からない。
2人が歩き出した。工場が建ち並ぶ道を進む。しゃべっているのは男がほとんどだ。彼女はそれに相槌を打ちながら、笑顔や驚愕等幾つかの表情を適切に見せている。
男にとってはそれが大層喜ばしいことのようだ。
ん? 雰囲気が変わった?
彼女が何事か言った途端、男から妖しい空気が漏れ出して彼女に絡み付く。
ここで彼女は初めて男の手を握り、先導して早足に歩き始める。男は喜色を滲ませている。
2人は廃工場へとたどり着く。
彼女が今までの張り付けた紛い物のそれとは違う、心からの笑顔を浮かべる。男が吸い寄せられるように彼女へ手を伸ばし……。
男の首がぐりんと回転し上下逆さまになる。男は喜色満面のまま、あっけなく絶命した。
へー。
ヒソカに好奇心が湧く。ヒソカにとって人間は弱く、脆すぎるものだった。しかし、彼女は少しだけ周りとは違うみたい。
彼女が倒れた男の胸に手を当てる。そして、とぷんと抵抗などまるで感じさせない所作で手を男へ突き入れる。
彼女は、数秒程男の中をまさぐり、怪しく口角を上げたかと思うと一気に手を引き抜いた。不思議なことに出血は見られない。
彼女の手には拳より一回り大きい球体が握られていた。
緑? 青? なんだろう? 青い果実? 林檎みたいだけど少し違うかも。
彼女はうっとりと青い果実を見つめたかと思うと、恍惚とした表情そのままでガブリとかぶりつく。彼女の薄めの唇は果実から零れ落ちる紅い肉汁で瞬く間に、深紅の妖艶さを纏い出す。人目も憚らずに汚ならしく喰い尽くす。
ふぅ、と妙齢の娼婦のように淫靡な吐息を漏らす。
次の瞬間、ヒソカを真っ直ぐに見据え、ねっとりと愛液にまみれた
「うふ、出ておいで」
どうやら、廃工場入り口の扉に隠れるヒソカに気づいていたようだ。ヒソカにとってはこれも意外で新鮮だった。気配を消す術を身に付けたと思っていたからだ。実際、息を潜めたヒソカを認識できた者は、少なくともここ1年間では1人も居なかった。
「バレていたんだね。何時からだい?♠️」
素直に姿を表し、疑問をぶつける。ヒソカは自分の声を聞いて自分がひどく興奮していると自覚する。
「私が駄菓子屋に居た時、君はとても熱い視線をくれたじゃない。あの時からあなたをずっと意識していたわ。かくれんぼが凄く得意なのね」
言われてみれば、あの時はそもそも隠れようとしていなかった。それに彼女を食べたいと無防備に欲情してしまった。それで警戒されたのかな。失敗、失敗。
少女と数メートルの位置で立ち止まる。
「ふふ、どうしたの? もっと近くにおいで」
手招きされるが、それには応じない。これ以上近づいたら、
愛し合うのはもう少しさっきの興味深い現象について、情報を引き出してからにしたい。
ヒソカはすぅっと目を細める。
濃い。彼女の煙は町で見掛ける誰よりも濃い。
ヒソカの内心を知ってか知らずか、少女がからかうように、ヒソカの股ぐらに目を向ける。
「そんなにしちゃってるのに……。ふふ、素直じゃないんだから」
言われて始めてヒソカは、自己の性器が熱を持っていることに気づく。数瞬、不思議に思うもすぐに合点がいく。
当てられたのだ。彼女の持つ強い生命力と情念に。それがヒソカの生物としての本能を強く揺さぶったのだ。
それを認識したヒソカは否応なしに期待が高まっていく。彼女ならば優秀な個体としてのより強い生への執着と、それに比例してより強い死への恐怖を見せてくれるだろう。そして、優秀であればこそ、理解できないものも少ないはず。裏を返せば、理解できないものへの耐性も少なくより強い恐怖を
彼女なら、僕に生きる意味を教えてくれるかもしれない。
いよいよヒソカの性器は痛みを覚える程怒張し始める。
「……凄い。一目で並みではないと思ったけど、じっくり見るとそんな次元じゃない」
唐突に彼女が食虫植物のごとき狡猾な色香を霧散させる。ヒソカをよく見て、通常の手法では無駄と感じたからだ。
「?♣️」
「こんな凄惨な才を見たのは初めて……」
「君がそれを言うのかい? 君は1000万人に1人の天才と評判じゃないか♥️」
ヒソカの言葉に一転して表情を曇らせる。
「……私は天才なんかじゃない。それどころか凡人にすら劣る劣等種だった。他人の何倍も時間と労力とお金を掛けても平均にすら届かない。努力なんて全くの無意味と、ある時まで……いえ、今もそう思っているわ」
彼女の話を聞き、ヒソカはある推測を持つ。
劣等種
「まぁ、でも見た目の良さだけは優秀でしょうね。おかげで苦労もしたけど、随分とやり易いわ」
獣欲を露出したまま息絶える男にチラリと嫌悪感に満ちた目を向け、勢いよく男の股関を踏みつけ、ぐりぐりと足を捻る。ぐちゃぐちゃと男のジーパンに血が滲む。一頻りそうしてから、ヒソカへと男と同じ粘着質な顔を向ける。
彼女の愛情表現を興味深く観察していたヒソカは推測を口にすることにした。どんな反応をするか気になったからだ。
「才の果実……。あの果実は他人の才能の象徴。それを喰らうことで君は才能を集め、あるいは高めてきた。それが神童の正体。荒唐無稽な与太話にしては面白いでしょ?♦️」
念能力という概念など知らないヒソカにとって、まるでフィクションのようにファンタスティックな現象だと思う一方で、確信に違い感覚があった。
ヒソカの話を聞くに従い、深まっていく、彼女の情念と欲望がそれを証明している。
「正解。それじゃあ、私が今、何を考えているか分かるわね?」
彼女の煙──オーラが色めき出す。視認可能な殺意が廃工場を満たしていく。
死肉を求めヒソカの後を付けていた魔獣達が一斉に逃げ出す。
「僕の才能が欲しいのかい? 奇遇だね。実は僕も君から貰いたいものがあるんだ♥️」
ヒソカの舐め回すような視線に勘違いしたのだろう。彼女が悦びと嫌悪が入り雑じった顔を浮かべる。
「貴方ならばいいわ。その代わり、終わったら死んでね。そうしないと才の果実は取り出せないから」
彼女の発言から、都合の良いところだけ聞き取ってヒソカは喜びを浮かべる。初めて肯定してもらい、舞い上がってしまったのだ。それ以降の言葉は頭に入っていない。
「ほんと!? ありがとう! じゃあ、早速、頭蓋骨を開けて!♦️」
「え?」
「え?♠️」
キョトンと見つめ合う。ヒソカは理由が分からず困惑してしまう。少女も同じ顔をしている。
どうしたのだろう? 変な顔。……あ。
ヒソカは大事なことに気が付く。逸る気持ちのせいで忘れるところだった。
僕が欲しいものをちゃんと伝えなきゃね。うっかりしていたよ。
ヒソカ同様、困惑していた彼女に更なる追い討ちが無邪気に実行される。
「君の脳を食べさせて。いいよね?♥️」
にっこりと微笑む様は発言内容を知らなければ、ミステリアスな美少年の誘惑に思えただろう。
しかし、殺意も害意もない純粋な悪意を一身に受ける少女は、内臓を直接蹂躙される幻覚を垣間見た。
少女は、それでも、否、だからこそ嗤った。歓喜したのだ。この運命に。
素晴らしい狂気、素晴らしい才覚。これ程の狂人に出逢えるとは、なんという幸運か。神など呪い殺してしまいたいが、今、この小さな異物に巡り合わせてくれたことだけは感謝してやる。神が望むならば、好きなだけ抱かせてやってもいい。
少女の無自覚な傲慢さがオーラをより威圧的に変質させる。
「あなたのことは好きよ。愛しているわ。でもダメ。先にあなたの才の果実を食べさせて。ね?」
「え! なんでさ? さっきはいいって言ったじゃない! 酷いよ!♣️」
しかし、ヒソカのすがるような詰問には答えず、少女は自分の欲望だけを押し付ける。
「もう待ちきれないわ。いいで、しょ!」
少女かそう言って目の前に倒れる男を右足で蹴り上げる。血肉を撒き散らしながらヒソカにおよそ55キロ、いや、
だが、それがなんなのだろうか。ヒソカにとってはまるで意味のない戯れに過ぎない。
避ける? 防ぐ? うーん、面白くないなぁ。ちょっと捻ってみよう。
一瞬で見極め、行動指針を決定したヒソカは全身をバネのように使い、勢い良く男だったものを殴り付けた。
「く!」
一撃で爆散。
血しぶきにより少女はつい目をつぶってしまう。いくら才能に恵まれようと、格下を一方的に殺す、戦いと呼べないハリボテの実戦経験しかない少女ではそうなっても仕方がない。一般社会で闘いの才を分別、収集することが難しく、未だ人の枠に収まる闘争の才しか持たぬことも一因だろう。
しかし、それが持つ危険を過不足なく理解するだけのバトルセンスや知性は当然ある。従って、大きいバックステップで後退しながら目を見開く。距離を取って仕切り直せばいい。そう思ったのだ。
「!」
少女の眼前に先程、胴体が爆散した男の生首が迫る。衝撃で飛ばされたのだろうか。身をひねりかわそうとする。
普通であれば、かわせたはずだ。だが、そうはならなかった。生首は不自然な軌道を描き、男の唇が少女の濡れたそれへと吸い寄せられる。
そして、口づけ。
「ん~!?」
不可解な現象と敏感な唇を嬲る汚物に眉をしかめる。
クスクスとヒソカが笑う。ヒソカがやったのだ。少女にはからくりは分からないが、それだけははっきりと理解できた。
「さっきは僕を愛してるって言ってたのに、浮気なんて酷いじゃないか♠️」
少女が生首を払いのけようとして、しかし、唇同士が固く結び付いていて離れない。
ヒソカの笑みが深くなる。それが少女の気を逆撫でする。
随分と舐めてくれるわね。
オーラを両手に集中させて、挟み込むように男の頭を殴り付ける。
ぼ。
鈍い破裂音と伴に、頭部が弾ける。
今度は私の番だと、少女が瞬動しヒソカに肉薄する。人外の領域には未だ及ばずとも、真っ当な人間としては最高クラスの武術の才を以て、拳打、蹴撃を連続で放つも、ただの一撃すら当てることができない。
ヒソカは余裕すら浮かべて、ひょいひょいと避けている。少女の気のせいでなければ、時折、不規則かつ不自然な回避をしているように見える。
やがて、少女が諦めたのか、攻撃を止めて距離を取る。
鮮やかなで優しい光が寂れた工場に侵入する。夕日が世界を赤く照らしている。
「……私では貴方に触れることすらできないようね」
悟った趣さえ感じさせる穏やかな声だ。しかし、ヒソカには少女が諦めたようには思えなかった。少女の纏う煙がドクドクと脈動しているのだ。
それがヒソカには堪らなく嬉しかった。底を見せない生命が、生への執着が、いずれ見せるであろう死への強い恐怖を期待させるからだ。
ゾクゾクと性器が疼く。
生きる意味を理解できぬヒソカにとって、優秀な才に裏打ちされた強靭な生命力は劇薬のごとき鮮烈さを以て、認識できぬ不可解なる本能を激しく圧迫し、ヒソカの獣欲を切なく膨張させる。
いい♥️ いいよ。そのまま、続けて。もっと激しく、もっと扇情的に……♥️
ヒソカから溢れる粘着質なトロリとしたオーラに少女が唇を舐める。
「そんなに私を誘惑しないでくれ。冷静さを失ってしまいそうだ」
少女は口ではそう言っているが、その実、精神は極めて理性的である。元々の性格もあるが、彼女の才が冷静さを失ったら一瞬で刈り取られると警鐘を鳴らしているのだ。
だからこそ、少女の言葉に嘘はない。
常軌を逸した才。
少女が求めて止まなかった、一時は諦めてすらいた夢が手の届く場所にある。嬉しくて仕方がない。
2人は愛し合う恋人のように互いに悦びを与え合う。死が二人を別つ時には、やがて絶頂を迎えるだろう。孤独と伴に……。
テンプレートランチ、地雷詰め合わせ? ~クソ風ゲロ展開添え~